歌い続ける
おやおや皆々様、御久しぶりでございます。
ところで、美しい絵画や風景には人を魅惑する力が宿っているといいます。
籠の中、あの小さな鳥のさえずりにさえ。
しかし、歌を失った飼い鳥は、翼をもがれた天使に同じ。
誰にも必要とされず、孤独に朽ちゆく運命。
その末に、悪魔に売った魂の代償に得た歌声は何を奏でるというのか・・・。
これは羽根のように軽く、鎖のように重い愛の物語。
混沌の扉が、再びその口を開こうとしています。
それでは参りましょう、己の足跡を見失わぬよう・・・
○○精神病院隔離棟・・・カツカツと廊下を叩く靴の音。看守1「・・・またですか、あの患者・・・。」看守2「あぁ。ここに運ばれてきてから毎日な・・・。夜も眠らずにああやって歌ってるんだ。」
二人の話し声以外には、暗く唸るような「歌」が木霊するだけ。
看守1「なんだか他の患者とは違いますよね。不気味っていうか・・・『憑かれてる』みたいで・・・。」看守2「言うな・・・。しかし医師達が話してるのを聞いたんだが、止めようとすると『連れ去られる』と叫びだすらしい...。何かから気を紛らわすために歌ってるんだとか・・・』
看守1「連れ去られる?誰に?何から気を紛らわすんです??」看守2「さぁな。だが・・・あいつの目を見てみろ。俺は何年もここの看守やってるから分かるが、 あの目をした奴は大抵過去に恐ろしい体験しちまったとか、未だにそういうもんに縛られてる目だ・・・。ああなったら、もう戻ってこれない。」
凍りついたように静かな病棟。
響くのは暗い、冥い、呪怨のさえずり
『・・・~・・・~♪・・・フフ・・・フ・・フフフ・・・』
一年前・・・
友達1「なぁ、桜田! お前同じクラスの金糸雀ちゃんと付き合ってるんだって!?」明るい声の先には、クラスの端で一人たそがれている僕。
「・・・え? いきなりなんだよ。」
友達2「そうなのか!?」
めんどくさいなぁ・・・まぁ適当にあしらっとくか。「まぁそういうことになるかな・・・」
そう、金糸雀は特別な存在。歌の才能を買われてスカウトされた有名人。この学校のアイドルだ。
僕は彼女の彼氏ってとこかな・・・。あいつは僕にメロメロみたいだけど。
「あ、ジュン! 今日はカナがお弁当作ってきたかしら!」ちっ、今日もかよ・・・。「ん、ああ。」
「それとそれと、明日はカラオケ行かないかしら?」うるさい奴・・・。「あぁ、また今度な。」
「じゃ、じゃあ今日一緒に帰らない・・・かしら?」うざいなぁ・・・「今日は無理。」
いつもいつも、こんな調子だ。僕のどこがいいっていうんだ?
気付くと、目の前には涙を浮かべた金糸雀が。
「ぅう・・・ジュ、ジュンはカナのこと・・・嫌いかしら・・・??」
泣けばいいとでも思っているのだろうか・・・「あぁ、ゴメン。好きだよ金糸雀。」ふん、こんな言葉反吐が出る。
「カナも好きかしら! カナは・・・カナはジュンのために歌い続けるかしら!」
満足気な笑顔の金糸雀。
僕のために歌い続けるか・・・僕のためにね。
それは突然だった。誰も予測していなかった。
ある理科の実験中・・・
ガシャン!
甲高い破割音。響き渡る悲鳴。激しい騒動。
ここには地獄のような光景。
「あ゛ぁぁぁ゛ぁあ゛!!! ガナの顔がぁ、のどがぁぁ゛!!!!」
これは・・・夢か? だとしたらなんて醜い、怖い。
ただれた金糸雀の顔。飛び散る濃硫酸。叫び声。
僕は、教室を抜け出して吐いた。
後ろからは恐怖の旋律が零れだしている
そらから金糸雀が再び登校してきたのは半年後だった。賑やかな教室が静まり返った。
扉の前には顔に包帯を巻いた金糸雀が立っている。
「・・・・・・。」脇目も振らずに僕のところへ歩いてくる。「久しぶり・・・かしら。」体に油汗が浮いているのがわかる。「・・・おう。」「久しぶりかしら、ジュン・・・。」そう言って顔の包帯を解き始める。とっさに目を逸らしてしまった。見るに耐えない゙それ゙。
火傷の跡は生々しく残り、赤黒く腫れた顔。引きつった笑顔はまるで嫌らしくニヤけたようだ。
「あのときの言葉・・・カナ覚えてるかしら。ジュンは覚えてるかしら?」
「あのときの・・・ことば?」
『好きだよ金糸雀』
脳内にフラッシュバックするその言葉。僕は、はっと表情を曇らせる。それ金糸雀は気付いたようだ。
「ジュン・・・覚えててくれた・・・。」
何が言いたいんだ? どうしろって言うんだ?
「カナはもう、昔みたいな綺麗な声は出ないけど・・・それでもジュンだけのために 歌い続けるかしら・・・。」
それを聞くと僕の中で何かが切れる。気付くと金糸雀を突き飛ばしていた。
教室中の視線が伝わってくるのが分かる。それでも僕は気にしなかった。「ふざけるな、この化物。」
目の前に倒れているそいつは唖然としている。もちろん、教室も。
「僕がお前を好きだって? 冗談はよせ。もう僕に近づくな。」そう言い捨てその場を去る。教室からは泣く声だけが響いた。
僕が金糸雀の彼氏でいた理由は、「金」と「名声」。あいつの彼氏というだけで、僕が見下されることはなくなった。それにあいつの歌は売れていた。頼もうと思えば金に困ることもなかった。
そう、どれもこれもあの日までは。
僕が彼女と一緒にいる理由も今では皆無だ。
僕には関係ない。
ただこれだけは言える。
愛なんて、羽根のように軽い。
金糸雀の死はその一週間後に聞かされた。病院の屋上から飛び降りたらしい。その場の目撃者によれば、落ちながら「歌」を歌っていたらしい。
クラスはざわついたが、すぐにいつもどおりに戻った。
そうだ、僕には関係ない。
僕もいつも通りだ。
そう、何も変わらない。
なのに、
足の震えが止まらない
つまらない授業。僕はうたた寝をしていた。クラスの大半が寝ている。
~・・・・♪・・・~・・フフ・・・フフフ・・・♪・・・
歌が聞こえた。微かな、でもはっきりと。
冷や汗が滴っている。鼓動が速い。眠気が掻き消える。
周りを見渡すが、原因となるようなものは無い・・・。
え?
視界の隅。今、窓の外を何かが落ちてった。
気のせいだ。
カンケイナイ
暗い空間。僕はどす黒い池に足を浸している。周りには何も無い。ただ、闇、闇、闇。何処からか微かに聞こえる歌。耳を塞ぐ。それでも染み込んでくる。僕は、泣いている。
コワイコワイコワイ
ふと見下ろす。僕の真下の水面には僕が映っている。僕の゙うしろ゙にも何か映っている・・・。
ちがう、それは映ってるんじゃない。
何かが水の中に潜んでいる。
ガバっ
薄暗い部屋。六時を指す時計。
これは、ただの夢。
ただの夢。
耳が、
痛い
いやな夢だった。体中が冷え切っている。なぜか耳が痛い。キリキリ引っ張られてるように・・・。
渋々立ち上がり部屋に朝日を取り込もうとする。重々しいカーテンに手を掛ける。日の光が目を刺激する。細めた目をゆっくり開く。
スッ
僕のすぐ目の前をあいつが落ちていった。目が合った。あいつは笑っていた。さらに体温が下がった。
頭は混乱している。驚くことなんてできやしない。ベランダから体を乗り出し下を確認する。しかし何も無い。
当然だ。
寝返そう。
どうせこれも夢だ。
今聞こえてる、歌だって
学校は楽しい。友達。勉強。お喋り。買い物。先生。
ちがう!!!!そんなことはどうでもいいんだ!!!!!!くそくそくそくそ!!!!
あの日聞こえた小さな歌。どんどんでかくなっていく!!!!!
今じゃ頭にガンガン響きやがる!!!
耳が引き千切れそうだ!!
ちくしょう!!!!!あの化物!!!!!
金糸雀ぁぁああぁあぁ!!!! 出て来い!!!! いるんだろ!!! 殺してやる!!!!
歌。暗闇。夢。あいつあいつあいつあいつアイツアイツアイツアイツ
僕はもう学校へは行ってない。皆が僕を見ている。気が滅入りそうだった。窓には紙を張り、カーテンを締切り、一人ベッドにこもる毎日。
耳が、痛い。
鏡で耳を見ようとする。久しぶりに見る鏡。学校へ行かない今、必要は無かった。そこには・・・
「ぎゃあぁああぁぁぁぁ!!!!」
鏡に映る僕の後ろ。そこにはアイツが、金糸雀が僕の耳を引っ張り上げている。
満面の笑顔で。
耳からは血が滴っている。
引っ張り上げた耳に顔を寄せるアイツ。なにかを呟く。
「あ な た の た め に 、歌 い 続 け る 。」
看守1「恐ろしいことって・・・一体・・・」
看守2「あまり見続けていいものじゃない・・・お前も連れて行かれるぞ。」
看守1「あっ、待ってくださいよ!」
カツカツ
遠ざかっていく靴の音
『待ってくれ! 僕は、僕は歌ってなんかいない!!! 誰か助けて!!!』
心の叫びは届かない。
だってそこにいるのは
ただ歌い続けてる少年がひとり。
体を奪われた、少年がひとり。
FIN
愛という薄いヴェールはあるゆる物を通します。
憎しみ、怒り、恨みさえ。
そして時には鎖となって縛りつける鉄の茨・・・。
あなたの耳に聞こえる音は何を奏でますか?
愛の歌? 呪怨の叫び?
愛とは軽く、重い物・・・。
底無し沼にご用心、抜け出せなくなる前に・・・。
それでは、ごきげんよう
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。