大人に為れ無いさびしん坊
私達は紆余曲折あったが、やっと大学に進学した。彼は自分の姉に苦労を掛けまいと一人暮らしを始めた。もうあの時の様に心配させるのが嫌だったのだろうし、姉に自分自身の幸せを追って欲しかったのだろう。大学生活に当たり、彼は眼鏡からコンタクトに変え髪を短くした。やはり彼は眼鏡を取った方が・・・もう、かわいいじゃないわね。自分自身に色気付いたのだろう。――流石に髪を染めるのは私達で止めさせた。
中学時代にある事で学校に来れなくなっていたが、私が無理矢理にでも引っ張りだした。其の為彼の学力は一時期底辺に落込んでいたので私達が必死に教えた。その甲斐あってか彼の学力は私が目を見張る程にぐんぐん成長していた。高校も私と一緒の処だった。その事について彼に痛く感謝された。私はただ彼と一緒に居たいだけだったのだが――。私は彼に対して絶対的な優位を得たかったのだろう・・・。「感謝されるのは当然よ。私は下僕の躾をしたまでよ」と言ってしまった・・・。そして彼からは「ひ、人が下出に出れば図に乗りやがって」と言い返されてしまった。裏目に出てしまったが、彼の感謝の気持ちは本物だった。――それが嬉しかった。私が知り合った友人達も彼を気に入ってくれたらしく、いつも彼がそこに居た。彼が人と仲良くする事が嬉しかったが――私だけと居る時間が減って心情穏やかでは無かった。特に私と張り合っていたあの子と一緒の所を視るのが…。
大学も学部が違うがまた彼女達と一緒になれた事は素直に喜ぶべきなのか。・・・在籍留学する者もいたのかしらね。まあ良い、此処で彼との距離を一気に縮める為、一人暮らしの彼の家に上がりこんだ。一応彼の姉に断りをしたら「あらあら、真紅ちゃんが一緒ならジュン君も心配ないわねぇ。これからもよろしくねぇ」と言う有り難いOKサインが出た彼は驚いたが私が今迄彼にしてきた事を恩着せがましく捲し立てたら渋々了承してくれた。
彼の住む家は大学近くのワンルームマンションだった。……さすがに納屋の様な所では無かった
私が来る前から家賃を自分で稼ぐ為、彼はあるブティックで働きだした。友人の知り合いの紹介もあった様だ。見た感じにもそこを選んだ彼の感性が素晴らしい事が解るものだった。高校時代に友人達との協力で彼の裁縫と言う名の天性の才能を再び花開かせる事ができた。いや、挫折を乗り越えて一層洗練されている事がひと目で解った。中学時代にたまに見せて貰った時の比ではなかったからだ。彼が働きだして暫くしたらその店の評判は大学では噂になって居た。私は彼の成長を傍から見て、泣いて喜んだ。しかし自分から離れて行ってしまいそうな彼に居た堪れなくなり私はその店に通う様になった。そこで友人達とも偶に会えた。何故なのかは自明の理だそれも押しかけた理由の一つだ
彼の姉はまだ仕送りをしている。やっぱり心配なのか、もう私に任せて弟離れしても良いのに・・・ふふ彼に今は金銭面でお世話に為っているので家事をしようとしたら断られた。掃除くらいはできるのでそれはした。流石に彼の部屋は掃除させて貰えなかったが。それでも私を迎えてくれたのだと安心した。其の為彼より稼いでこれから出来るであろう彼との愛の結晶達の為に私は勉学に励もう。此処は私の居場所だ!彼をあの怖気づいていたあの頃からここまで立派にしたのは私なのだ!ならば、これからも彼に尽くされるのも当たり前だ・・・そう思っていた
ある時、見てしまった!!彼が私の知らない女の人と楽しく話しているのを。盗み聞きをしたら彼女は演劇サークルの人らしく女優に成るのが夢だと言っていた彼はその彼女の話をまるで憬れる者でも見る様に聞いていた!そして衣装に付いてのアドバイスをしていた!劇団を見に来る様に言われていた!私は気が付いたら彼の家の自分の部屋で彼が作ってくれたくんくん人形を抱き締めながらベッドの上に座っていた。
・・・目から涙が止まらなかった。
あの目は、中学時代に外へ彼を連れ出そうとした、私へ投げかけてくれた目だった筈だ。ただ彼と一緒に居たいだけの女に為ってしまった私は彼に興味を持たれ無くなってしまったのか。
彼が帰ってきたので涙の痕を誤魔化してやめておけばいいのに彼女の事を聞いてしまった。彼は少し頬を赤らめて否定した。・・・解り易い。さらにこんな事を聞いてしまった。「なら、今迄に一番興味をお持ちになった女性は誰なのかしら」と、あの時の私はどうかしていたのだろう。彼の口から出て来た名前は 水銀燈
彼女はずっと昔からの縁で何かと争っていた。中学、高校共一緒だった。そして一番彼と一緒に居て欲しくなかった女性彼と彼女との間に何かあるのは確かの様だ。私はその後彼と口を聞こうとしなかった。彼は心配していたが「貴方には関係のない事だわ!」と怒鳴りつけ部屋に閉じ篭った。
次の日、一晩中眠れなかった。まだ完全に開いていない眼を擦り新聞に目を通すと、チャイムが鳴り続けた。煩く鳴り続けるチャイムをふらふらしながらも玄関を開けた。ちなみに大学は休みで彼はバイトだ。そこに立っていた人物は・・・彼が一番気になっている女性だった。「は~~~い。お馬鹿な真紅ぅ。貴女がジュンの家に居候してるって聞いて心配で来ちゃったぁ♪」彼女は私に会うなり不敵な笑みを湛えてそう言った。何を言っている心配しているのはどちらの方だ!今直ぐ殴り倒して遣りたかったが彼女は一応客、此処の主は彼なので部屋に通した。彼女に紅茶を出してやった。早く帰って貰おう。今は顔も見たくない。「もう手を出されてるかと思ってるけど―――貴女は簡単には出して貰えそうに無いわよねぇ。 彼をさんざん扱き使ってたんだしぃ、萎縮しちゃうんじゃなぁい」大きなお世話だ!確かに下劣とか言ったりしてたけど・・・それなりに意識はされている。―私達はもう家族だ。生計は十分だからもう一人この家に居ても良い様な気もするのに。
「そんな挑発には乗って上げないわ。 ――処で、何の用かしら。つまらない事なら承知しないわよ?」
「真紅が抜け駆けみたいな事するから私も此処に住む事にしたのよ。皆には内緒みたいだけど~ジュンが話してくれたわよ。 駄目じゃない、一人だけずるしちゃ。だから私も居候する事に決めた! これからよろしくねぇ。あ、部屋まだ残ってるみたいだから使わせてもらうからぁ。あ、当然ジュンには許可貰ってるけど♪」
何を言っている!笑えない冗談は止めて欲しい!彼女と住む!一つ屋根の下で!彼と三人で!
「貴女はだまし討ちがいつも得意だったものね。それで彼を手篭めにしようとしても誰も納得しないわよ。 ジュンがそんな奴選ぶと思うのかしら?」
昨日の事が鮮明に思い出された。何時の間にか私は飲んでいた紅茶を彼女の顔に投げ付けた彼女は一瞬何をされたのか理解できていなかったが、何をされたか解ると眉間を険しくして怒りを顕にした
「ふふふ、何するのよぉ。しぃんくぅ。熱いじゃない。なぁに図星だったって訳? いつも自分を高い所に持っていって全てを見透かした様な瞳をして御高説を唱えているのに! その癖やってる事がこれじゃぁねえ。あら、もしかしてこれがホントの貴女なのかしら。あはははは あーんなにジュンの為とか私達も成長しましょうとか言ってたのに。あははははは」
部屋に水銀燈の嘲笑が木霊する。私は黙って聞いていられなかった。
「私はその事に付いて否定はできないし、貴女に私の胸中を知って欲しくは無いけれど――その声、耳障りだわ!」
私は目の前に居る女を敵意を剥き出しにして睨み付けた
「そう、その瞳よ真紅。貴女にはそっちの方がお似合いよ」
その後私は彼女に飛び掛った。今回は私に『絆』と言う物が無かったのだろう…見事に空振った。すかさず彼女が後ろに回り込みもう片方の手を極めて来た。負けじと彼女の髪を引っ張り上げる。
この様な喧嘩は日常茶飯事だった。いつもの事ながら解る通りお互いの力は拮抗していた。この時ばかりは本当にそれが悔しかった。涙が止まらない。水銀燈は私の様子が何時もと違う事に気付いて自分が挑発した負い目からか防戦する様になっていた。その時の私は我を忘れていたらしく、いつもならしないだろう周囲の物を投げていた。ただ掴み掛かって行っただけだった様だ。
私と彼女が二人きりになるとどうなるかを心配したらしく、彼は早退してきたらしい。彼が部屋に入って来た時に目に飛び込んで来た物は――そこ等中に物が散乱していた中で咽び泣く私と私のツインテールを持って私を床に押さえ付けていた彼女の姿だった、と思う。私はその時の彼女の表情を窺い知る事ができなかったから・・・
彼は怒りはしたがいつもと勝手が違う事に気付き何も聞かないでくれた。が、掃除はさせられた。水銀燈の方は「私はやぁよ!私はたしかに真紅と喧嘩したけれど、この惨状は真紅の所為だもの。 あーあ汚れちゃった、シャワー借りるわね。あっ断らなくても良いのよねぇ♪」ちょっと貴女!と言いたくなったが、私は彼にどやされるまま掃除をした。でも――彼女の表情は浮かない顔だった。掃除中に彼がこうなった訳を聞いてきたが、また「貴方には関係のない事だわ!」と言ってしまった。
大分時間が経って掃除が終わった後、それを見計らった様に水銀燈がドア越しで「終わったぁ?」……今度は『絆』が有るから。ええ、きっと、だからこっちに来なさい。
「やぁよ、ほら貴女も汚れたでしょう。早く浴びて来なさいな。」彼は湯上りの彼女に少々見惚れていた。―――あの子が彼の脛を蹴りたくなる時はこういう時か・・・
蛇口を捻りお湯を出しさっきの喧嘩で付いた汚れを落とす。自慢の髪も酷く汚してしまった。髪が長いのも手入れに時間が掛るのが難点だ。双子の片割れとはそれで一日中話し込んでいられる。シャンプーしながら考えていた。彼と過していく此れからの事を…大学でもずっと一緒だと思っていた。彼に集まる女性達が別々になった今がチャンスだと。でも彼女・・・水銀燈が来た。彼女もあの時からの彼を知っている。全てに絶望していたあの彼を・・・そして不器用ながらも私や他の子を大切に思い接っしてくれる彼の優しさを。――彼女は彼がそう成って行く過程を余り知らないが。
ジュン・・・私じゃ駄目なの?―――やっぱり私だけでは満足できないの。―――それならそれで構わない。
視線を下へと向けると自分の肢体が視界に入る。あの子みたいな体型はしていないけれど、スレンダーと言うの・・・か?――彼はどの様に女性に触れたいのか?――優しく壊れ物を扱う様に扱うのか?それとも…私の体を洗う手付きが自然と淫らになる。次第に快楽を求めて錯綜する。――彼の事を思いながら何度自分の情欲を慰め、そして果てただろう。さっきの水銀燈の発言が蘇る「もう手を出されてるかと思ってるけど――」意味有り気だ。まさか皆ともそういう関係に・・・止めようそんな邪推は・・・まったく。
体を洗い終え、髪に特注のコンディショナー、トリートメントをした後バスルームから出る。ドライヤーで乾かしながら、毛ブラシで梳く、丹念に。いつもの通りの事をして落ち着こうとしても、私の不安は尽きなかった。その後疲れてしまった様だ。部屋に入った後直ぐに私は眠りに付いた。
次の日、水銀燈と私はあまり顔を合わせなかった。突然の居候だったらしく彼女の家から荷物が届くのはまだ先らしい。ならば彼女はどこで寝たのかしら・・・床?それとも、ソファーかしら。私が起きて来た時は彼しかいなかった。――三人分の紅茶を用意して昨日壊れたしまった物の買い換えリストを作っていた時彼女が徐に話しかけて来た。彼は用があるらしいので留守だ
「この前会った時と昨日会ってからの貴女何か変よ」私は貴女には関係のない事だわ!と言い掛けたが、彼女の目は私を本気で心配してくれているのが解ったので、私が焦った理由を喋った。私が何を求めているのか、何を目指しているのか解らないと。彼女は私の話を真摯に聞いてくれた。私が喋り終わると水銀燈は私を正面に立たせ力一杯殴った。私は血を吐いて蹲った。そして彼女は
「やっぱり貴女ってただ御高説を振るっていて何も解っていないわね。下らなぁい」
あまりの事に私は受身も取れなかった。動けないまま彼女の言葉を聞いていた。彼女は尚も続ける。
「貴女は本当は何もできないじゃない。私達皆バラバラで学部や何やらが違うってどういうことかしらぁ? ・・・つまりそういう事よ。貴女はその不安をただ彼に求めただけ。 そんな今の貴女じゃ私達と勝負にならないわよ。 今のはあの子達の分よ。あーすっきりした 抜け駆けなんて酷いわよ」
俯いてしまった。彼女達がそこまで考えていたとは知らなかった。でも彼女の話を無言で聞いてる内に何だかムカついて来た。そして起き上がり様
「煩いのだわ。なら貴女も同罪じゃないの」
「あらぁ最初にそれをした自分を棚に上げてよく言うわよ。」
「煩いのだわ。煩わしいのだわ。なら貴女達より大成して貴女達を使ってやる身分になってやる」
「あぁらお馬鹿さんの真紅にそんな事出来る訳ないじゃない。そんな事、無駄よ!」
「ならやってやろうじゃないの。でもその前に、黙りなさい!」
再び私は彼女に飛び掛った。
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