あなたには愛する人がいますか?
心とは夜空の星のように、離れ離れの孤独なカケラ。
その末には、誰とも触れ合うこともなく儚く散りゆく運命・・・。
しかし中には、小さな窓を通し繋がり合った煌きがあるといいます。
想い。
時に己を犠牲にしてまで愛する者を救う、それは別れを告げる皮肉にして残酷な鋏。
これは自分の影法師を真に愛した、二人の少女の哀しい悲しいお話でございます・・・。
恐怖の幕間に垣間見る一雫の涙。
静かに張り詰めた空気の中、壇上には厳かな断罪人。
その重い口が裁きの言葉を下す。
「・・・判決----被告人を死刑に処する。」
ざわつく法廷。
泣き叫ぶ声。そして怒声。
その隙間を一人の少女が連行されていく。何を言う訳でもなく、ただうなだれたまま。
少女、名を翠星石という。両の手には重い鉄の鎖。
『・・・蒼星石、これで良かったのです。これで・・・。』
彼女は瞳を閉じ、想いを巡らせる。
あの哀しい運命の日を噛み締めながら・・・。
一ヶ月前---
晴れた昼下がり。ここは大学の中庭。今日は冬にしては暖かく、爽やかな日差しが気持ちいい。隣りには蒼星石。いつも一緒の、大好きな妹。
「翠星石、そろそろ行かないと講義に遅れちゃうよ。」私なんかよりしっかり者で、堂々としている。そんな誇りの彼女。「今行くですぅ~!」私は二人で歩くのが好き。そばにいると、優しい気持ちになれるから。「よう、翠星石。蒼星石。」「! こ、こんにちはジュン君・・・。」「おっすですぅ、ちび!」
あ、ちなみにこの冴えない奴は私と蒼星石の・・・。「僕は午後休講だから、それじゃな。」後ろ姿を見せるジュン。隣りでは蒼星石が顔を真っ赤にしている。
「蒼星石~、ジュンのこと見て『恥ずかしい・・・』なんて・・・いつになったら馴れるんですかぁ?w」ムッと頬を膨らます蒼星石。「もう!心を読むのはやめてよ!翠星石だってドキドキしてたくせに~!」双子とは不思議な存在。いや、多分私達だけに限
ることだけど・・・。「そんなこと言っても仕方ないですぅ。」
そう、私達は互いの思いが読み取れる。そうでなくても、それが強ければ自分の心に自然と流れ込んでくる。
幼い頃から『そう』だった。 基本的に、無断で心の中を覗くことはタブーだったけど。でもお互い特に気にはしていなかった。むしろ隠している悩みなどは二人で解決できた。そう、私達はそういう関係。そんな事を考えながら、ふと少し昔を思い出す。それは高校時代、テスト中。『ぅう・・・蒼星石ぃ~、この問題どうやって解くですかぁ?』心の中で蒼星石に助け船を求める。『翠星石は遊んでばっかりだったから、教えてあげな~い。』キッパリと断ち切られる。『姉の頼みが聞けないってんですかぁ!?』『僕は勉強したほうがいいよって言ったけど、翠星石は聞かなかったじゃないか!』心の火花が飛び散る。
「成績に関わってくるんですよ!? 」「自業自得じゃない!」
気付いたら心の中ではなくて、声に出して言い合っていた。
当然二人とも廊下に立たされた。廊下でも、心の中の激闘は続いていた。二人、手を繋ぎながら。『蒼星石の手、暖かいですぅ・・・。』『翠星石の手、柔らかい・・・。』「あ」その後顔を見合わせて笑い合った。
『そういえばそんなこともあったです。』つい笑いがこぼれる。
「懐かしいね。でもあれはやっぱり翠星石が悪いよw」目の前では蒼星石がクスクス笑っている。
「あ~! 蒼星石!心を読んでたですね~!」
「お互い様~!」
そう言って共に駆け出す。この後の講義には、一緒に仲良く遅刻した。
暖かい木漏れ日が降り注いでいる。
そよそよと。
さらさらと。
それから一週間後、私達は大学の休みを利用して、二人での登山を計画していた。そこは冬になると、とても綺麗な雪景色が見れる事で有名だった。
「少し険しいコースだけど、翠星石はついてこれる?」
小生意気な笑顔を向ける蒼星石。
「蒼星石こそ、おやつは300円までですよ!」
よく分からない言い合い。
でも、そんな愛しい時間、とても優しく流れていく。
私達は一緒。
いつまでも。
いつまでも・・・。
一面の白い世界。サクサクと心地良い雪の感触が、足の裏から伝わってくる。「やっぱり来て良かったですね!」「そうだね!まだ山小屋は遠いけど、のんびり行こうか。」珍しく蒼星石もはしゃいでいるように見える。雪に映る彼女の横顔は透き通っていて、とても美しかった。
しかし、
30分
1時間
今まで晴れていた空には、厚い雲が顔を出し、次第に気温が下がってきた。「風が出てきたね・・・。翠星石、少し急ごう。」蒼星石も気付いていたようだ。「はいですぅ。」
軽かった足取りがだんだんと重くなる。とうとう雪まで降り始めた。それは純白な氷の結晶ではなく、まるで灰色の暗い鉄の粉。
雪が降る降る。
しんしんと。
さあさあと。
【ここで視点変更】何十分経っただろう。激しい吹雪のカーテンが辺りを包み込んでいた。視界はほとんどゼロ。
「そ、蒼星石! 山小屋まではまだ遠いですか!?」荒々しい風に声が流されそうになる。「・・・そうみたい! どこか吹雪をしのげる場所があればいいんだけど・・・!」
ビュウ!突然の横風に、すぐ前を行く蒼星石の細身が飛ばされかける。「うわっ!」「蒼星石!大丈夫ですか!?」すぐさまそばに駆け寄る。「うん、なんとか・・・つっ!」「あ!あそこの洞穴で休むですぅ!」重い吹雪を押し分け、ようやくその目的地へ辿り着く。そこは、なんとか二人が入れるような狭い空間。
「ほら、こうやって体を寄せれば暖かいですよ!」くっつき合う二人。しかし蒼星石の体温はそれに反するかのように下がっていく。今日にそなえて、山についての知識を養ってきた蒼星石は感じていた。
この吹雪は明日になってもやまない。
そしてこのままでは・・・。
蒼星石は自分の足首に手を添える。さっきの転倒で、かなり痛めてしまったようだった。
蒼星石は必死に心を閉ざし、読まれないようにしながら、打開策を探す。
『これじゃ、もう歩けない・・。もし僕のペースに合わせて山を下ろうとしたら、絶対に助からない・・・。 翠星石は、翠星石だけは・・・。』
『僕を置いて行け、なんて言っても翠星石は聞きやしないだろうね・・・。 なんとかしないと。』
隣りでは翠星石が眠たそうにしている。時間の問題、そう思った蒼星石はある案を決意した。
『翠星石・・・辛い思いをさせるかもしれないけど、君を助けるためなんだ・・・。』翠星石の頭を優しく撫でる。そして閉ざしていた心を開く。
睡魔に襲われていた翠星石の頭に、突然何かが流れ込んでくる。それには感じたことの無い殺意が満ちていた。心に聞き耳を立てる。
『僕は死にたくない・・・。そうだ、翠星石のポケットにはビスケットが残ってる・・・。彼女を殺して奪おう・・・。やらなければ、僕分が死ぬ・・・。』あまりのショックに体中の細胞が痺れる。翠星石は恐る恐る蒼星石に目を向ける。そこには目を血走らせた蒼星石が。「翠星石・・・生きて帰るのは僕だ・・・。」狭い空間の中、すぐにでも襲われる距離。腕を振り上げる蒼星石。「そ、蒼星石・・・いやぁぁあぁ!」
ドスっ
滴る血。それは蒼星石のものだった。翠星石は自分のピッケルを反射的に突き立てていた。鋭いそれは、蒼星石の腹部に深く食い込んでいる。
「な、なんで・・・?蒼・・せ・石?」蒼星石が振り上げた手には、折り畳まれた彼女の薄い毛布があった。
もたれ掛かるように倒れる蒼星石。彼女の頬は冷たかった。翠星石の心には蒼星石の最期の想いが流れ込んでくる。『これで・・・良かった・・・。翠・・星石、・・・君は・・・生きて・・・。』蒼星石の顔には一滴の涙、そして穏やかな笑顔に満ちていた。翠星石は全てを悟った。彼女は蒼星石を抱きながら洞穴に、吹雪にさえ響く声で泣いた。
そのあとはほとんど記憶に無かった。目が覚めたら蒼星石と抱き合いながら寝ていた。彼女が残した一枚の毛布と共に・・・。
_____翠星石は決めていた。事故が落ち着いた後、出頭しようと。血族を殺した罪、そして罰。それは死。
「私が・・・妹を殺しました・・・。」
_____冷たい独房の中、あの日のことを思い返していた。
_____死んで罪を償えるとは思っていない。
_____救われようとも思っていない。
ただ最期まで清かった彼女に救われたこの命で、自分を騙し、穢れて生き続けるのはあまりに辛かった。
裁判の日は、明日。
カツ、カツと冷たい音が廊下に鳴り響く。
「翠星石、出なさい。」
黒い男の人に囲まれながら歩き続ける。着いた場所、目の前にあるのは、ひとつの椅子。
縛られる四肢。冷たい感触。
「最期に言い残したことは?」感情のこもらない声に首を横に振る。涙はとうに枯れていた。「無いです・・・。ただ、私が後悔しないうちに・・・早く・・・。」
ゆっくりと黒い布を被せられる。それと同時に静かに瞳を閉じる。
闇が視界を覆う。しかし彼女が向かう先には闇は、無い。
『聞こえますか、蒼星石・・・? 私もすぐに行くですから・・・。誰にも邪魔されない、 ふたりだけの世界へ・・・』
FIN
想いを貫く。
それは正しいことなのか、間違ったことなのか・・・
誰が知るというのでしょうか?
しかし離れ離れの星が触れ合うことの奇跡。
分かれても、絆は断ち切れないもの。
愛する人を大事になさって下さい。
それが悲鳴と化すか、涙と化すか・・・。
想いという天秤に掛けてみることです。
それでは、ごきげんよう
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