もしローゼンメイデンのポジションが逆だったら R 第6話ー1
めぐのローザミスティカが奪われてから数日後、真紅の教室を金糸雀が訪ねてきた。 当然一番気になっているのは水銀燈の事だ。「…水銀燈は今日も休みかしら…」「ええ…。やっぱり、めぐの事が効いたようね…」「当然かしら。もしみっちゃんだったら、私もきっと……」 あの日以来、水銀燈は学校を休んでいる。 二人とも水銀燈の心情を察し、心苦しくなって押し黙った。 あれだけ仲が良かったんだから、元々病弱だった水銀燈へのダメージはひとたまりもなかったのは想像に難しくない。「…そう言えば、みっちゃんはどうなの?」「…責任感じてるみたいで、あれ以来全然笑わないかしら…」「あのみっちゃんが…うちのジュンもすっかり元気失くして、生意気さが消えてしまったわ」 普段憎まれ口ばかり叩くジュンだったが、あの日以来完全に元気を無くし部屋に篭りきりだ。 憎まれ口も影を潜め、無気力ながらも言われた事はするようになった。 元々素直にするのが最初の目的だったが、こんな形でそうなってしまうなんて望んでいなかった。 こんな事なら前の方がよっぽど良い…そう思っていた。「…水銀燈にメールしても返ってこないし…心配だわ…」「私達にしてあげることなんて、全然思いつかないかしら…」「…水銀燈もだけど、みっちゃんもジュンも元気になって欲しいわ…」「…みっちゃん、責任感じて変な気起こさなきゃ良いかしら…」
―※―※―※―※―「驚いたわ。あなたから尋ねてくるなんて」「…あなたがまだ動いてるって事は、オディールはもう破壊されたようね…」 nのフィールドで巴は突然現れたみつに冷笑を浮かべて見下ろす。 その笑顔を睨みつけ、槍とカードを構えてそれを巴へと構えた。「めぐのローザミスティカ、返してもらいに来たわ」「良い度胸ね。ジュンは一緒じゃないの?」「…めぐのローザミスティカを奪われたのは私の責任、自分の責任は自分で付けるってもんでしょう!?」 言うや否やカードを投げ付け、飛び上がった巴に槍を構えて突進する。 巴は向かって来たみつの槍を木刀で弾き、反撃にとがら空きになった腹に回し蹴りを入れて吹き飛ばした。「ゲホッ…!」「あっきれた。たった一人で来るなんて…ずい分と舐められたものね」 みつはすぐに立ち上がり、槍を構え直して巴へと臨戦態勢をとる。 巴も歪んだ笑みを浮かべ、木刀を弄ぶように振り回してからみつへそれを向けた。「まあいいわ、いずれこっちから行くつもりだったから。手間が省けてよかったわ」「ふざけるんじゃないわよ…何が何でも、めぐのローザミスティカは返してもらうから!」 そう言い切ると、みつは悲鳴とも近い絶叫を上げながら巴へと駆け出して行った。 それを巴は動じる事も無く眺め、笑みのまま木刀を握る手に力を入れる。「その勇気と覚悟は認めてあげる。…でも、その判断は馬鹿としか言いようが無いわね!」 みつの槍を見切って横へかわし、隙だらけになったみつのこめかみへと向け木刀を振り上げた。
―※―※―※―※― それから一時間後、真紅の部屋―― ジュンは真紅が言ったとおりあれ以来真紅の部屋に引き篭もったままだ。 今日も一応起きてきたものの、朝食のパンを少しかじったらすぐ部屋に引き篭もってしまった。 ネットも雑誌も読むことも無くベッドで横になり、ただただ時だけが過ぎていく。「…クソ…ムカつく…」 めぐのローザミスティカが奪われた事で心にぽっかりと穴が開いたような気分だ。 こんな事ではいけない、そう頭では理解しているのだが心は言う事を聞いてくれない。 クサクサとした気分のまま時間が過ぎていく…それに苛立ち、またクサクサする…そんな悪循環。 いつ巴がまた襲撃に来るかも分からないと言うのに。 やがてもう寝てしまおうかと思った時、不意に鏡台の鏡が光り輝き波打ち始めた。 巴が来たかと思って即座に立ち上がり刀を二本取り出して臨戦態勢をとったが、殺気の様なものは感じ取れない。 訝しげに鏡を見ていると、黄色に輝くみつの人工精霊が現れジュンの下へと飛んできた。「ピチカート? どうしたんだ?」 ピチカートはジュンの意識にこれまでの出来事を流し込み、その全ての映像を見せ付けた。 意識に流れ込んだのは、巴と戦闘を繰り広げているみつの姿。 それを見たジュンの顔が一気に険しくなる。「何だって!? あの馬鹿、先走りやがって! そこまで案内しろ!」 ジュンはベルトに二本の刀を差し込み、先を飛んで行くピチカートの後を追いかける。 やがて鏡台に足を掛けてnのフィールドに飛び込もうとしたが、一旦足を止め部屋の中を見渡した。(…これでお別れになるかも知れ無いけど…恨まないでくれよ、真紅。お前との生活、結構悪くなかったからな…) もう会うことも無いかも知れない真紅の事を思っていると、ピチカートが急かすように点滅し始めた。 それに気付いてジュンは真紅への思いを断ち切り、意識をこれから起こるであろう激戦へと向ける。「分かってる、すぐ行くよ」 ピチカートが先に鏡の中に消え、その後を追いかけジュンも鏡の中へ飛び込んだ。 やがて鏡は元に戻り、部屋には何事も無かったかのような静寂が戻っていった。
nのフィールドをピチカートの案内にしたがって先へ進むが、一向にみつの気配が現れない。 薄暗い陰気な砂利道が続くだけだ。「ピチカート、まだか! どこにいるんだあいつ…!」 そう急かすがピチカートもこれが限界らしく、これ以上スピードが上がらない。 ジュンははやる気持ちを押さえ、ただただその後ろを付いて行く。みつがまだ無事である事を願って。
どれくらい走っただろうか、ジュンはこれまでとは違う荒れ果てた場所に辿り着いた。 地面には幾つものえぐれた穴や焼け焦げたような跡、引っ掻き傷のような物が付いている。 何か大掛かりな争いがあったのは間違いないだろう。 そしてピチカートもそこで止まり、困ったようにそこをウロウロ漂い始めた。「ここでみつと別れたんだな…どこに行ったんだあいつ…」 辺りを見渡しても人影は無い。まさか粉々に破壊されてしまったんではないかと嫌な想像が浮かんでそれを振り払った。 するとピチカートが何か見つけたのか、ジュンの後ろの方へと飛んで行った。 ジュンもその後を付いて行くと、そこにはメガネが落ちていた。 拾い上げて見てみたが、みつの物と見て間違い無いだろう。「これは…。ピチカート、これでみつがどこ行ったか分かるか?」 そう言ってピチカートに見せると、ピチカートはそれの周りを漂った後に先へと飛んで行った。 それの後にジュンも再び付いていく。
「…私の…ローザミスティカを…ジュンジュンに渡すわ…」「みつ…」「それを使って…お願い、巴を倒して…! そしてめぐの…みんなのローザミスティカを…取り返して…!」「…分かった、約束する」「…一つ言っておくけど、あげるんじゃないからね…。巴を倒したら…ローザミスティカ返してよ…」 冗談染みた笑みを浮かべ、ジュンの顔を見るみつ。それにジュンも笑って返した。「…それじゃ…バ…イ…バイ……」 そこまで言い切るとみつの体から力が抜け、手が地面に滑り落ちた。 その様子をジュンは何も言えずに見ていた。「…とうとう僕と巴の二人だけになったか…」 しばらくするとみつの体から黄色く輝くローザミスティカが現れ、ジュンの手の中に納まった。 ジュンはそれを見ると口に含み、静かにそれを飲み込んだ。 それからみつをそこに静かに寝かせ、立ち上がり踵を返して歩き始めた。「そろそろ悪趣味なゲームもお開きにするとしようか。巴…お前を破壊する事になってもな」 覚悟を決め、巴の下へと向かう。全ての元凶に終止符を打つ為に。―※―※―※―※―「…ベリーベル、レンピカ、スゥーウィ、メイメイ。みつはまだ見つからないの?」 持っている人工精霊達に逃げたみつの行方を捜索させていたが、一向に見つからず巴はイライラして人工精霊達を睨みつける。 あと一歩の所まで追い詰めたものの一瞬の隙を突かれて逃げられてしまったのが面白くなかった。 道端の岩に腰掛けて捜索させているが、もう二十分以上掛かっている。「あと少しだったのに…ベリーベル? どうしたの?」 ベリーベルが何かに気付いてたのか、巴の傍に寄って来た。 巴がその様子に気付くと、ベリーベルは巴の後ろに飛んで行った。 その後を目で追うと、一人の影がこっちに向かってきている。 巴は立ち上がり、置いてあった木刀を手に取ってその影を見る。「どうした巴? 機嫌が悪そうだな」「ジュン…」 巴は意外、とでも言いたそうにジュンの顔を見つめていた。 何故ここに、と言おうとしたがその前にジュンの傍を飛んでいるピチカートに気が付き、嘲笑的な笑みを浮かべる。「なるほど、あなたがみつのローザミスティカを…」「ああ。みつのローザミスティカなら僕が持ってるよ」「ふふふ、結局あなたもこれで私と同じね。アリスゲームに興味無いように見せておいて、瀕死のみつから…惨いわね」「…僕をお前と一緒にするな」 静かに、だけど怒気のこもった声。ジュンはベルトから刀を二本抜き、それを両手に持った。「僕は借りているだけだ。お前を倒したら戻すって言う約束でな」「私を倒す? 面白い冗談ね。分かってる? 私は四つのローザミスティカを持っている。対してあなたは二つ…」「それがどうした」「私はあなたの倍の戦力を持っている…あなたに勝ち目なんか無いわ」「さあな。そんなのやってみなきゃ分かんないさ」 口ではそう言うものの、実際巴の言う事は理解している。自分が明らかに不利なのは感じていた。 例えそうでもいずれ戦う運命にあるのは変わりない。どうあっても、巴との戦いは避けられないのだ。
「まとめて二つのローザミスティカが手に入るわね。これでやっとアリスになれるわ」「…一つ聞いて良いか?」「何?」「アリスになってどうする気だ? 憧れのオトーサマにキスでもしてもらうのがお望みか?」 ジュンのその質問を聞いて巴は少し考える素振りを見せたが、すぐにまたクスクスと笑い始めた。 その笑い方が不快で、ジュンは表情を歪める。「さあ。その時の事はその時考えるわ」「なんだと?」「お父さま何てどうでも良い。私のローザミスティカ――魂――がこう言うのよ。“アリスになれ!!”…ってね。それだけよ」 何ともいい加減で、そして身勝手な理由…それを聞いて、ジュンは怒りと呆れの混じった溜息を吐いた。「…逆に聞いても良い? あなたはなぜアリスゲームを放棄したの?」「…お父さまが気に入らない、それに僕は平和主義でね。それだけさ」 思っていることを素直に口にするジュン。それを聞いて満足したのか、巴は持っていた木刀をジュンに向ける。「なるほど。…そろそろ最後のゲームを始めましょう」「お前とこの時代で決着を付ける事になるとはな…長かったな」「…と、その前に。ここじゃ決着の場にしては殺風景過ぎるわ。ステージを変えましょう」 巴はそう言うとパチンと指を鳴らし、その瞬間に周りの光景が目まぐるしく変化していった。 何が起こったかとその様子を眺めていると、やがて光景が大きな神社の境内に変わったところで変化が止まった。 神社は酷く寂れており、巨大な御神木は枯れ、鳥居は色が剥げヒビだらけで空は暗く曇っている…一言で言って不気味な世界だ。 その世界を巴は手を広げ満足そうに見渡す。「どう? 私がアリスという神聖な存在になるに相応しい場所…そう思わない?」「…ああそうだな。お前の悪趣味な性格が現れていてよく似合ってるよ」 ジュンは二本の刀を、巴は木刀を構え睨み合う。「…ラストゲーム、スタート」 巴のその声が合図になり、最後の戦いが幕を開けた。
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