もしローゼンメイデンのポジションが逆だったら R 第5話ー3
レイピアの切っ先が喉に触れ、いよいよ最期かと観念した時、不意に影がオディールの上空に現れた。 それは巴で、木刀を振り下ろしながら二人に飛び降りてきている。 オディールもそれに気付き、振り向き様にレイピアを巴へと向けてその攻撃を防いだ。 その隙にみつは転がって脱出しその場を離れる。 オディールはみつが逃げたことよりも、巴が急に攻撃を仕掛けてきたことに気が向いていた。「どういうつもり? いきなり攻撃してくるなんて」「何って、今度はみつのローザミスティカを奪おうと思って」「みつは私の獲物よ、約束が違うわ」「あら、別に分けるなんて言ってないわよ。二人とも倒せば二つとも得られる…そう言う訳」「…そうか、あなた初めっからこのつもりだったのね」「何のこと? 契約違反をしたつもりは無いけど?」 しれっと言う巴に、オディールは空間に穴を開けレーザーを放った。 巴はそれを宙飛んでかわしたが、オディールも飛びレイピアで追撃を仕掛ける。 それを木刀で防ぎながら地面に二人とも着地すると鍔迫り合いの状態になった。「裏切り者め!」「ちょうど良い、あなたも同じローゼンメイデン、あなたのローザミスティカも頂くとするわ」「やれるものならやってみなさい、そう簡単に渡すつもりは無いけどね!」 激しく火花を散らしながら睨み合う二人を見て、みつはチャンスと倒れているめぐへと駆け寄った。 めぐを抱え起こし顔を覗きこむと、その顔は無念と悔しさに満ちているのが分かった。 その表情を見てみつは自分の無力さを呪った。もっと力があれば助け出せたかも知れないのにと。「めぐ…ごめんね、助けられなくて…。…みんなの所に戻ろう」 もう動く事の無いめぐを抱き上げると、激しい攻防を繰り広げている巴とオディールを残してその場を去った。
―※―※―※―※― nのフィールドから逃げてきて行き着いたのは真紅の部屋だった。 ジュンと真紅に訳を話し、みつとジュンでnのフィールドの安全なルートを使って水銀燈と金糸雀を連れて来た。 真紅の部屋に来た水銀燈はめぐの様子に気付くと、そのまま何も言えずにめぐの前に跪いた。「…めぐ…めぐぅ…」「…ごめんなさい、私が…私がもっと強かったら…!」 茫然自失といった様子の水銀燈に、みつは涙を流して頭を下げた。 その様子をジュンは憮然としたように見ていた。「…なんで僕を呼ばなかったんだ」「…呼ぼうにもオディールの力で空間が制御されてて…。それが解けたから逃げて来れたけど…」 そこまで言ったところでジュンが壁を殴りつけ、それにみつは思わず身震いした。 その顔は悔しさと怒りに満ちていて、誰も声を掛ける事が出来なかった。「畜生…巴の奴、畜生…!」「…言い訳なんかしても意味無いよね…ごめん、私のせいよ…! 私が甘く見たせいで、めぐは…!」 そこから先は嗚咽で何も言えなくなり、みつはその場に崩れ落ちて顔を手で覆い本格的に泣き始めてしまった。 そんなみつを、金糸雀はそっと抱き上げた。「みっちゃんは良く頑張ったかしら。こんなにボロボロになるまで…みっちゃんが戻って来ただけでも、良かったかしら…」「カナ…カナ…! うあぁ、ああぁぁ…っ!!」「そうよぉ。みっちゃん、ありがとう。めぐを連れて来てくれてぇ…」 水銀燈は笑顔を浮かべると、ボロボロのめぐを抱き上げて頬を撫でた。 全身に付いた擦り傷と、抱き上げた時に感じた致命傷の傷が攻撃の壮絶さを物語っている。「そんな状況でめぐを連れて来てくれて…感謝してるわぁ」「水銀燈…」「…めぐも良く頑張ったわねぇ。こんなになるまでぇ…。辛かったわねぇ…怖かったわねぇ…!」 ポタッとめぐの頬に涙が零れ落ち、それから堰を切ったように涙が止まらなくなりめぐをしっかりと抱きしめた。「めぐ…お疲れ様ぁ…! めぐ…ゆっくり休んでねぇ…!」 水銀燈とみつの嗚咽が真紅の部屋に鳴り響き、それからもう誰も一言も発する事は無く重い空気だけが部屋を包んだ。
―※―※―※―※― その頃、nのフィールド…。「ほらっ!」 巴の振りかぶった一撃がオディールの脳天へと振り下ろされ、それをオディールは避ける間も無く喰らうように見えた。 だが、それは幻影で攻撃が当たった瞬間それは鏡となって粉々に砕け散った。「変わり身…それがどうしたってのよ」 本物はどこかと辺りを見渡すと、幾つものオディールが自分の方を見て笑っているのが目に入った。 それを見て巴はおかしそうに笑って木刀を構える。「変わり身の次は分身って訳ね。それなら全部破壊するまでよ!」 木刀を持つ手に力を入れると、その分身が映っている鏡を片っ端から破壊していく。 一枚二枚と次々と破壊していき、六体目の分身を攻撃しようとしたところでそのその鏡からレイピアが飛び出してきた。 その攻撃を木刀で防ぐと本物が鏡は自分で砕け、中から現れたオディールは後ろへと飛び上がった。「死ねっ!」 掛け声と共にオディールの周りに穴が開きそこから幾つものレーザーが打ち出された。 巴はそれをバックステップでかわしたが、レーザーは地面に直撃して激しい爆風と砂埃が舞い上がって辺りを包み込む。 砂埃に視界を奪われそこから逃げようと飛び上がったが、宙に上がった刹那オディールが目の前に瞬間移動してきた。「なっ…」「空中なら避けようが無いでしょう?」 レイピアを巴へと振り下ろし、それを木刀で防いだがその勢いは殺せず巴は地面へとそのまま落下する。 何とか体勢を立て直したものの、それから木刀を構える間も無くオディールが降りてきて、木刀でレイピアを防ぐ。 鍔迫り合いになったものの落下の勢いがあったオディールの方が有利で、巴は今にも地面に膝が付きそうだ。「あんな真似するからこうなるのよ。みつの代わりにあなたが持つ三つのローザミスティカを頂くとするわ」「クッ…!」「さあ、裏切った事を後悔しながら死になさい!」 レイピアに力を入れて巴を切り伏せようとする。 それに口を歪めて巴は抵抗する。だが、その様子に違和感があるのにオディールは気が付いた。「ククク…」「…巴?」
「ククク…アハハハハ!」 圧倒的に不利な状況でありながら、巴は口元を歪めて笑っていた。 オディールは何がおかしいのか分からず一瞬怯んだ。「な、何がおかしい!」「これが本当の私の力だと思ってるの? 忘れたわけじゃないよねぇ? 私には一葉とめぐのローザミスティカがあるの…」「それが何?」「もしこの二つのローザミスティカの力を全部解放したら…どうなるでしょうね?」「っ…! まさか!」 今まで戦ってきていた巴はまだ実力を全部出していたわけではなかったのか。 オディールはこのまま危険だと判断し、その場から離れようとしたがそれは間に合わなかった。「…百パーセント解放」「うあっ!!」 巴がボソリと呟いた瞬間、木刀がピンク色の閃光と衝撃を放ち一気に光り輝く巨大な刀となった。 その衝撃で巴に覆いかぶさっていたレイピアは粉々に砕け散り、オディールも遥か後方へと吹き飛ばされた。 激しく地面を転がったオディールは何が起きたか訳が分からず、全身の痛みで立ち上がろうにも立ち上がれない。「う…くっ…!」「…形勢逆転。完全に私の勝ちね」 巨大化した木刀を持って、地面に転がっているオディールへと近付き歪んだ笑みを浮かべる巴。 オディールは巴に気が付き、息を大きく吸い込んで整えると睨んで立ち上がろうとする。「…まだよ、私はまだ戦える…!」 そう言って地面に手を付き立ち上がろうとするが、手は宙を切ってバランスを崩しその場に倒れこんだ。 その様子を見て巴は可笑しそうに嘲笑う。「くっ…なんで…」「そんな状態で勝てると思ってるの? もっと良く見なさい」 巴にそう言われ腕に違和感を感じ、そこを見るとオディールの表情が恐怖に染まった。
「そ、そんな…! 腕が…私の腕が…!!」 両腕を見てみると、どちらとも肘から先の部分が消えて無くなっていた。 さっきの衝撃波で吹き飛ばされた時、レイピアもろとも粉々に吹き飛んでしまったのだ。 両腕を失くした事により、恐怖で戦意を完全に失ってしまったオディール。 そのオディールに、巴は木刀を振り上げる。「腕がジャンクになっちゃったわねぇ。まあ、ローザミスティカが無事なら良いけど」「ひっ…!」「それじゃ、ジャンクには退場してもらいましょう。…ありがとう、あなたのおかげで楽に二つのローザミスティカが手に入ったわ」 一切の情けを掛けず、巴は一気にオディールへと木刀を振り下ろした。―※―※―※―※―「これでお望みどおりずっとミーディアムと一緒にいられるわよ。話すことはもう出来ないでしょうけど…」 ローザミスティカを抜き取ったオディールを鏡台の中から雪華綺晶の部屋に投げ捨て、歪んだ笑みを浮かべる巴。 部屋の中は真っ暗で、雪華綺晶は不在のようだ。「よかったわね願いが叶って。二人仲良く暮らしなさい…」 そこで足音が聞こえてきて、巴は見つからない内にと鏡の中へと消えていった。「それじゃ、お幸せに…」 巴がそこから立ち去ると同時に部屋の扉が開き雪華綺晶が入ってきて明かりが灯った。「ふう、さすがにステーキ十枚とライス二十皿は食べ過ぎましたわ。お腹いっぱ…オディール?」 鏡台の前にゴミの様に打ち捨てられているオディールに気がつき慌てて駆け寄った。 抱き上げると両腕は完全に無くなっており、全身がボロボロだ。「オディール!? どうしたんですかオディール!? しっかりしてオディール、オディール!!」 いくら名前を呼んで揺すっても返事があるわけ無く、雪華綺晶に悲痛な叫びがただただ部屋に鳴り響くだけだった。
―※―※―※―※―「これで三個…あとはみつとジュンだけ。私がアリスになるのも時間の問題ね」 ミーディアムの部屋で、手に入れたローザミスティカを取り出し、巴はそれを嬉しそうに眺めていた。 部屋にはぬいぐるみやおもちゃが多くあり、冷酷な巴とは酷く不釣合いな雰囲気だ。 そうしてローザミスティカを眺めていると、不意に部屋の扉が開いて巴はそれを仕舞い扉の方を見る。 そこには小学校低学年ぐらいの、大きいリボンが可愛らしい女の子が立っていた。 その指には契約の証である指輪が付けられていて、少女は巴を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。「あ、巴、お帰りなのー!」「ただいま雛苺。遅くなってごめんね」 駆け寄ってきた雛苺という少女に、巴は優しく微笑みかけた。 雛苺も同じように微笑み、巴の手を取った。「ううん、いいのよ。それより一緒に遊ぼなの!」「良いわよ。何がしたいの?」「あのねぇ、えーとお絵かきしよう!」「ええ、分かったわ。落書き帳と色鉛筆持ってくるわね」「うん!」 そう言って巴は棚に置いてある落書き帳と色鉛筆を持ってこようとそこへ向かう。 やがてそこにあるのを確認し手に取ると、不意に後ろから声を掛けられた。「あれ? 巴、お怪我してるの…」「え? ああ、これぐらい大丈夫よ」 雛苺が巴の脚に付いた傷に気が付き、駆け寄ってきて心配そうにそこを摩る。「痛いの痛いの、飛んでけなのー」「…ありがとう雛苺。もう大丈夫」「本当?」「ええ。すっかり治ったわ。さ、お絵かきしましょう」 床に落書き帳を広げ色鉛筆の蓋を開け、二人はお絵かきをし始めた。
初めのうちは雛苺は鼻歌を歌いながら楽しそうにお絵かきをしていたが、しばらくするとその手が止まり鼻歌も聞こえなくなった。 巴も手を止め雛苺の方を見ると、さっきまでとは違う悲しそうな表情をしていた。「どうしたの?」「…巴は…」「ん?」「…巴は、ヒナの近くからいなくなったりしないよね…パパやママみたいに、いなくなったりしないよね?」「雛苺…」 泣きそうな顔で巴の顔を覗き込む雛苺を見て胸が詰まった思いがした。 雛苺の両親は、巴と契約する一ヶ月前に事故で急死している。 今は親戚の家に引き取られているが、今でも孤独感を強く感じていて家に馴染めていない。 そんな深い暗闇の中現れたのが巴だった。 大好きなくんくん探偵の絵本にあった、真っ白なページにただ二言書かれた“まきますか、まきませんか”の文字。 それに子供ながらの直感的なものを感じ、クレヨンで“まきますか”の方に丸をつけたのが始まりだった。 契約したての頃は死んだ表情ばかり浮かべていて、こんなミーディアムで大丈夫だろうかと思っていたが、今では雛苺の姉と保護者みたいな存在で一緒に暮らしている。 巴のおかげで雛苺も本来の明るさを取り戻し、巴に良く懐いていた。
巴は泣きそうな雛苺の頭をポンポンとなで、優しい笑みを浮かべる。「大丈夫。私はずっと雛苺のそばにいるから」「本当…?」「ええ。約束よ」 笑顔でそう言うと雛苺も笑顔になった。それを見て巴も安心する。「そうそう、一つ雛苺に言わなきゃならない事があったわ」「何なの?」「前に言ったよね? 私はアリスになる夢があるって…それ、もうすぐ願いそうなのよ」「そうなの!? 良かったねなの!」「ええ。これも雛苺の応援があったからよ。ありがとうね」「ううん、ヒナこそ、巴が来てくれてありがとうなの! 応援してるのよ!」「ふふ、ありがとう」 それから二人とも笑い合ったが、雛苺の純真さとは裏腹に巴の中ではどす黒い思念がジュンとみつに向けられていた。(みつ、ジュン…首を洗って待ってなさい…アリスになるのはこの私…) そんな巴の冷酷さに雛苺は気付く事も無く、無邪気にお絵かきに夢中になっていた。第5話 終わり
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