この町大好き!増刊号5
「おお!?見るですよ!今、学校がチラッと見えたですぅ!! 」電車の4人掛けのボックスシートに腰掛け、窓に噛り付いていた翠星石が嬉しそうにはしゃぐ。「他の乗客がいないとは言え、騒ぐのはみっともないわよ。翠星石 」同じように窓に張り付きながらも、真紅は翠星石をたしなめる。「…全く、二人とも子供ねぇ… 」窓際の席を取られ、ちょっと拗ねた水銀燈がぼやく。「はは……でも、僕も今から楽しみだよ 」今日ばかりは、蒼星石の笑顔も苦笑いじゃあなかった。学園生活。部活。夏休み。彼女達は今、合宿という名の旅行の真っ只中。ちなみに顧問の先生は置いてきた。予算の都合で普通電車。それでも目的地に近づくにつれ、彼女達の顔にも笑顔が溢れはじめる。「だが…… この時は、誰も予想だにしてなかった…… まさか…楽しい旅行が『あんな事』になるなんて………ですぅ。…… 」「……翠星石、妙なナレーションをはさむのは止めて頂戴 」不吉な事を言いだした翠星石に、真紅がすかさずつっこんだ。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ この町大好き! ☆ 増刊号5 ☆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 「真紅の考えは甘いですよ! 夏。旅行。海。とくれば……遭難。無人島。と続くに決まってるですぅ~! 」翠星石は座ったまま足をブンブン振り、(何故か)満面の笑みで声を上げた。「いや…普通は『素敵な恋の思い出』とかじゃあないかな…? 」「一般的には、そっちよねぇ…… 」蒼星石と水銀燈が苦笑いを浮かべた。「私はそんなハレンチな事は姉として許さんですよ!! 蒼星石に近づく悪い虫は、全部この翠星石がコテンパンにしてやるですぅ!! 」翠星石は横に座った蒼星石の腕をとりながらジタバタする。「じゃあ、どんな相手なら、お姉さんとして認めてあげるの? 」向かいに座った真紅が楽しそうに微笑む。「あらぁ?それは私も聞きたいわねぇ…? 」真紅の横に座る水銀燈も、ニヤニヤしながら翠星石を見る。「う~ん……そうですねぇ……こう…優しい感じがする人が良いですぅ。 あと、おちょくり甲斐がある方が、私は楽しいと思うですよ。 で、そんな人と休日二人でのんびりデートとかしたり……その内、どうしてもと頭を下げるなら… そんな時には翠星石も、しゃーなしで手くらいは繋いでやらん事も……きゃーー! 」暴走しはじめた脳と夢見がちな瞳。いつの間にか、自分の理想について喋っている翠星石。「って、何言わせるですか!! 」少し赤くなった顔で我に返り、翠星石は足をジタバタさせる。「……翠星石に近づく悪い虫は全部…僕がやっつけないとね… 」何だか今しがた聞いたようなセリフが、今度は蒼星石の口からボソリと漏れた。 ◆ ◇ ◆ カタン コトン… カタン コトン…電車はゆっくり、目的地に向かう。のんびりとした時間の流れる車内には、4人の乗客だけ。「そう言えばこの前、良いリーフを手に入れたのだわ。 せっかくだし、お茶にしましょうか 」真紅がそう言い、網棚から鞄を下ろして、そこから魔法瓶を取り出す。「おお!それは良いですね!こんな時こそ、翠星石の出番ですよ! 」そう言い翠星石も自分の鞄を下ろし、皆の前でバッと開く。中には、お菓子がギッシリ詰まっていた。「…って、翠星石…あなた、着替え持って来てないじゃないのよぉ 」水銀燈が可哀想な子を見る目を翠星石に向ける。「……いや…僕の鞄に…無理やり…ね…… 」蒼星石が遠い目をしていた。◆ ◇ ◆ カタン コトン… カタン コトン…電車はゆっくり、目的地へ向かう。クーラーの効いた車内に居るのは4人だけ。温かな湯気の上がる紅茶が、冷房で冷えた体に心地よかった。 向かい合わせの二人掛けの椅子。4人がそこで、のんびり過ごす。と……「そう言えば…確か蒼星石がトランプ持ってきてたですよ! 」そう叫ぶや否や、翠星石は蒼星石の鞄を勝手に物色し始めた。「え…いや…確かに持ってきたけど…何で知ってるの?って、何で勝手に僕の鞄開けてるの!? 」ちょっと慌てる蒼星石の声は「見つけたですぅ~!」という翠星石の声にかき消された。…という訳で、ボックス席でトランプ遊び。ゲームはオーソドックスに、『ババ抜き』暫く、キャッキャとゲームは続き…そして、終盤に差し掛かった。翠星石は、二枚だけ残ったカードを水銀燈に向け…ニヤリとしながら、足を組む。「さ…て。水銀燈…もし私が…『右のカードがジョーカー』と言ったら…信じるですか…? 」「……さぁ?……どうかしらねぇ……? 」水銀燈も、そんな翠星石に挑むように笑みを浮かべる。(翠星石の性格を考えると……彼女は…絶対に、正直に言ったりしない……だったら…! )そして水銀燈は…自分の考えを信じ、『左』のカードに手を伸ばした…。翠星石の手から一枚のカードを取り…水銀燈はそれを手元に引き寄せた。そして、そのカードの柄を確認しようとした瞬間―――!「ヒッヒッヒ……これを見るですぅ… 」翠星石はそう言いながら、残った一枚のカードの柄を…ハートが3コ散りばめられたカードの柄を見せてきた! 「嘘でしょぉ!? 」自らの予想が外れた事に驚きの声を上げながら、水銀燈が引き寄せた一枚の絵を確認する。……普通にジョーカーなんかじゃあなく、スペードのA。「………え? 」素っ頓狂な声を上げる水銀燈。「ジョーカーなんて始めから持ってないですぅ! いやー、ハッタリに引っかかって本気で考える水銀燈の顔、そりゃあ見ものでしたよ!! 」お腹を抱えて転げまわる翠星石。数分後…綺麗に箱にしまわれたトランプを、頭の上にタンコブが出来た翠星石が鞄に戻していた。◆ ◇ ◆ カタン コトン… カタン コトン…4人以外、誰も居ない車内。優しく揺れるリズムに合わせて、静かな寝息だけが聞こえてきた。コトン、と電車が揺れ、その拍子に真紅は目を覚ます。隣に座る水銀燈も、斜め向かいの蒼星石も、座りながらスヤスヤとお昼寝中。年齢より随分幼く見えるあどけない二人の寝顔に、真紅は思わず目を細める。そして、向かいに座り、流れ行く景色を見つめている翠星石に気が付いた。 彼女の目は、どこか遠い所を見つめるようで…真紅は思わず、声をかけた。「どうしたの、翠星石。考え事? 」真紅の言葉に翠星石は肩をピクッと反応させ…そして、窓の外を見つめたまま答えた。「…いや……ちょうど今、忍者を飛ばしてる所ですぅ…… 」「忍者? 」「そうです。忍者ですぅ。こう…流れる町の、ビルの上を…ピョーン、ピョーンと…… テレビゲームみたいで、案外これが楽しいんですよ? 」じっと景色を見つめたまま、翠星石が答える。「そう…… 」悩み事でもあるのかしら?そう考えていた自分の空回りっぷりが恥ずかしい。真紅は短く答えると、翠星石と同じように窓の外の景色へと視線を向けた。過ぎ去る景色を見つめる真紅の目には……ビルの上をピョーン、ピョーンと渡る『くんくん探偵』の姿が見えたり見えなかったり……◆ ◇ ◆ カタン コトン… カタン コトン…電車はゆっくり進み。やがて郊外へ。見える景色も、ビルから民家へ。そして、山へと変わっていく。 「むにゃ……むにゃ……もう食べれんですぅ……………ハッ!? 」いつの間にかまどろんでいた翠星石は、自分の寝言でビクッと目を覚ました。正直、こんな寝言を聞かれていたらと思うと…恥ずかしい。モジモジしながら上目遣いに皆の様子を見てみると…全員、窓の外の景色に釘付けだった。はて?何かあるんですかね?翠星石もつられて窓の外へと視線を移すと……どこまでも広がる、空の青。それを映して静かに揺れる、水の青。これは……「海ですぅ!! 」一気にテンションが上がる。
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