【夢の続き】~プレリュード~
外は、雨。参ったなあ、今日は晴れる筈だったのに。 今朝見た天気予報が、少しだけ恨めしい。 室内だから、特に大きな問題はないのだけれど。 どうせなら晴れて欲しかったのかしら、と。 そんな事をふと思う自分が、何だか可笑しかった。 持っていたバイオリンを、胸元に抱く。 ずっと、ずっと続けてきたバイオリン。 あなたは、私の演奏を。褒めて、くれた。 「……」 雨はまだ、やみそうにない。ぱたぱたと窓をうち付ける 小雨の旋律に包まれながら、私は―――
――― またお会いしましたね。物語のご案内役、道化のウサギで御座います。さて、何やら物思いに耽るこの人物。一体何を考えているのでしょう? そもそも、思いとは。本人が秘めるものについて、他人がその重みを、正しく量ることは出来ません。だからこそ、それを伝えるのは難しい。いや、そもそも。『伝える』という行為そのものが、難しいのだと。そう考えるひとの方が、多いでしょうか。 あなたは。伝えたい事は、ありますか? 今回は、この少女が見ていた夢の物語。これから、時間は幕の始めへと遡ります。暫くお付き合いして頂ければ幸いです……―――【夢の続き】~プレリュード~
うん、良い天気だ。からっと晴れた空に向けて、私は大きく背伸びをした。こんな日は、髪のセットにあまり気を遣わなくて良いから楽だった。「さあ、今日も楽してズルして学校行くかしらー!」いつもの口癖。気合入れみたいなものだった。今日も……楽しい事あると、いいのかしら。 学校では、成績優秀で通っている。『学校一、頭脳明晰』。いつの間にか、そんなことを言われるようになっていた。 本当の私は、すごくドジで。どんなことでも、器用にこなすことが出来ない。だから私は、それだけ人より頑張ろうと思うようになった。そうでなければ、すぐに他のひとに見放されてしまいそうだったから。昔と同じように。
恥ずかしい話、友達が全然出来ない時期があったのである。『楽してズルして』。当時の私は、本当にそんなことを考えてながら行動していたものだから、何をやってもうまくいかなかった。 ただ一人、そんな私に付き合ってくれたひとが居たのだ。 みっちゃん。家の近くに住んでいたお姉ちゃん。私の家は両親が共働きで、しかも大体何処かへ出張していることが多かった。私とみっちゃんの家は家族ぐるみの付き合いを昔からしており、独りになってしまいがちな私の世話をいろいろと焼いてくれた。彼女は、いつも何か失敗してしまう私を励ましてくれた。『カナ。そんな楽してズルしようとしちゃ、駄目よ?』私を諌めてくれる彼女。『それにね。カナは頑張ってる事があるじゃない。 カナのバイオリン、私とっても好きだな』
小さい頃から続けているバイオリン。私自身、これを練習しているのは楽しかったから、辛いとも思わずずっとやってこれた。『だって、私にはこれしか取り得が無いから…… 私はほんとうに、駄目な子なのかしら』うなだれる。みっちゃんはかわいくて、明るくて。それに比べて、私は。『ううん。そんなこと無いんだよ、カナ』抱きしめられた。『好きなことに熱中できるのも、ひとつの才能なんだよ。 こんなに頑張れるカナだから…… きっと色んなこと、楽しくやっていけるよ』褒められた。恥ずかしくて顔が紅くなってしまう。『うぅ、みっちゃんありがとう……かしら』 楽して、ズルして。そんなことばっかりじゃ上手くいかない。私はもっと頑張ってみよう。他のひとからは見られないようにすると、かっこいいかしら……? そんなことを考えた私は、それから色んなことに取り組んでみようと思ったのだ。嫌いな勉強だって、うまくやってみせる。まあとりあえず、普段ドジを踏んでしまうところだけは、今も直っていないのだけど。 ちなみに、そのやりとりが終わった直後。『ああん、カナかわいいー! なんて健気なのー!!』暴走したみっちゃんに頬擦りされて、ほっぺたが落ちそうになってしまったのだった。
それからの私は、勉強は家で頑張ることにして。入りたかった志望校へ受かることも出来た。進学校ながら、部活にも力が入っている学園である。そこで私は仲の良い友達に囲まれて、楽しい日々を送っている。「あら、おはよう金糸雀。今日は珍しく早いのね」教室で話しかけられる。「私だって、たまには早起きなのかしら!」 真紅。この学園で始めに出来た友達。 彼女は美しい。初対面では、とても高圧的な話し方だったので。綺麗な容姿に気おされたことも相まって、怖いひとなんだろうかなどと考えていた。しかしながら、そんな印象とは裏腹に、彼女は女の子らしく、かつ人に対する思いやりを備えたひとだ。もともと彼女の方に付き合いのあった友人達に、私は仲間入りすることが出来た。「あら、おはよう二人ともぉ」水銀燈。彼女も友達の一人。なんというか、真紅とはまた違った大人の魅力を兼ね備えた女性である。時々、自分でも気付かないような按配で私をからかってくるのだが、良い人だ。 なんというか。水銀燈をはじめ、彼女の友達はとても綺麗で魅力的な娘達ばかりで。私はなんだか気後れしてしまう。
ホームルームが終わり、一限の授業が始まった。「今日はこないだやったテストを返すぞ!」えぇー、いらないー! そんな文句がちょこちょこと出た。どんな学校でも、やっぱりテストは嫌なものなのかしら。「なかなか皆出来は良かったみたいだが…… 満点を取ったひとがクラスにひとりいます。 ……金糸雀! 頑張ったな。先生嬉しいぞ」おおー、という歓声。さすが秀才は違うな、という声が聴こえた。「ちっ……今回は勝ちを譲ってやるですぅ。 他の科目で勝負なのです、金糸雀!」「受けてたつかしら翠星石! 負けないのよ!」言われて、(いつもの事なので)半ば反射的に切り返す。「翠星石は数学が苦手だからね。勝負どころか、赤点とってないか 心配だよ……」「んなっ! 何言ってるです蒼星石! 今回皆で頑張ったじゃない ですか!」 双子の翠星石と蒼星石。突っ込み役と突っ込まれ役(ボケ役、であるとは限らない)の関係は見ていて楽しい。一見喧嘩しているように見えて。彼女達は、とても仲が良い姉妹なのだ。「あらぁ、翠星石。そんなこと言っておいて、テスト勉強で金糸雀に 泣きついてたのは、誰だったかしらぁ?」にやり、と水銀燈が笑う。「な、泣いてなんかねーです! 変なこと言わんでほしーのです!」言われて黙ってられないのが彼女の性格。また争いは泥沼化しそうだ。
「賑やかなのだわ」「やれやれ……」「二人とも、あいとあいとー!!」「……あ、先生が泣いてる……その諦めが、ひとを殺すのね」 いつの様に、状況を把握する真紅。 肩を竦める蒼星石。 なんでか知らないが応援を始めた雛苺。 そして、それよりもよくわからないことを呟き始める薔薇水晶。 その後も続く、もはやクラス名物となってしまった喧騒。皆、私の大切な友達だ。 もし。私が今勉強が出来なくて、何やっても上手くいかないドジな子だったら。彼女達は私と付き合ってくれるのだろうか。 『楽してズルして』という口癖は変わらないまま。 そんなことを少し考えてしまうのは、皆には秘密である。
『♪……~~♪♪』放課後、音楽室。独りで弾くバイオリン。夕陽が射し込んできて、室内は紅く染まっている。 演奏を終えると。控えめに扉を開けて、部屋へ入ってくるひとが居た。「よ、金糸雀。今日はもう終わりか?」「あ、ジュンだったのかしら」桜田ジュン。彼も、クラスでの友人の一人。「いや、翠星石に園芸部を手伝わされててさ…… 終わってから教室に忘れ物してたのに気付いて。 ここの前通ったら、何か音してたから」ちょっと立ち聴きしちゃったよ、と。簡単に事の経緯を話す彼。 彼は誰に対しても気さくで、人当たりが良い。随分とやさしい性格なものだから、ひとから何か頼まれたら断れない。今も、翠星石の手伝いをしていたと言っている。そんな彼に対する、私の女友達の評価は高い。人気もある。私としては、別段恋愛対象と言う訳ではなかったものの。なんとなく、気になる存在ではあった。
皆の、人気者。およそ私とは、正反対のパーソナリティの持ち主なのかもしれない。でも、以前ちょっとだけ聞いたことがある。 真紅とジュンは結構昔からの付き合いらしい。彼女自身は、『ここまでくると、腐れ縁なのだわ』なんて言っていたけど。そんな彼女が、少しだけ話したこと。『ジュンはね。昔はこんなに明るい性格では、なかったのだわ』ひとを信じず、自分から周りに対し距離を置いて。一言言えば、酷くいじけた性格だったのだ、と。 今の様子からは、とても想像出来ないことだ。そして真紅は、続けてこんなことを言った。『そうね……彼は強かったの。表面には見えづらいけど。 こころの奥に、折れないものを持っていたのだわ』そんな彼に、皆魅かれているのかもね。そう続けた彼女の表情は、微笑んでいた。 そのあと、彼の淹れてくれる紅茶はとても美味しいのよ、とか。服をデザインするのがとても上手なの、とか。なんだか嬉しそうに話していた彼女が、とても印象的だった。
「どうかしら? 外で聴くくらいなら、中に入ってくれば 良かったのに」私は彼に切り出す。「いやあ、良かったと思うよ。僕は専門家じゃないから 正確な評価は出来ないけど、途中で邪魔しちゃ悪いなとは思った」褒められてしまった。と言うか、そこまで気を遣ってくれることもないのに。そもそも演奏は、ひとに聴いてもらう為のものなのだから。「あ、ありがとうかしら。それより、翠星石は? 待ってるんじゃないかしら?」「あっ、やばい! 蒼星石も一緒だから大丈夫か……いや。 待たせるとあとが怖いからなあ」それじゃ、と。背中を向ける彼。部屋を出る間際、一つ言い残していった。「バイオリン、良かったよ。今度聴かせてくれよな」 行ってしまった。『任せてかしら!』だなんて、自信満々に答えてしまったけれど。今、なんだかどきどきしてる。 ガラス戸に、自分の姿が映る。窓から射し込む夕暮れ時の空気に溶けこんで、私は紅く染まっていた。 この顔の紅みは。夕陽のせいだけでは、ないのかもしれない。
「ははぁ。恋ね、カナ。恋する少女なのね!」目をきらきらさせるみっちゃん。今日も夕食をわざわざ作りに来てくれていた。こういう事はしょっちゅうで、料理の苦手な私としては嬉しいことこの上ない。何より私は、彼女が作る料理が大好きなのだ。「恋……って言ったって、私にはよくわからないのかしら!」みっちゃん特製の玉子焼きを頬張りながら、私は言い返す。「うふふ……カナも年頃の女の子だもんねー。 恋に悩んでいるカナも、激萌えだわっ」はっ! まずい、みっちゃんが私の話を聞いていない。こういう状態になった彼女は、暴走が近い。「みっちゃん!」「えっ??」我に返ったらしい。良かった。私も大分慣れてきた、というところか。 恋……か。食事中、私はその言葉の意味を考えていた。「カナ、大丈夫?」声をかけてくるみっちゃん。少し暗い表情になっていたかもしれない。心配させてしまっただろうか。
「さっきの男の子のこと? ……えっと、ジュン君、だっけ」「う、うん……」ここではぐらかす気には、何故かなれなかった。「大丈夫よぅ、カナ。カナはこんなにかわいいんだもの! 思い切ってアタックしてみるのもいいんじゃない?」そう、だろうか。私は、私の気持ちが、今のところよくわかっていない。いや、それよりも。「私は……かわいくなんか、ないのかしら。 私の友達の方が、よっぽど美人で、かわいくて、女の子らしくて……」そう、学校のクラスメート。彼女達も、ジュンのことをかなり気に入っているような素振りを見せている。勉強やバイオリンならばいざ知らず、もし恋愛沙汰の勝負になったら。私なんか、敵いっこないのだ…… ふぅ、と。みっちゃんが溜息をついた。「そうね、カナ。私も見たことあるけど、カナの友達は皆かわいいよね」そうだ。その通りだ。私は無言で頷き、そのまま俯いてしまう。「でもね、カナ。私はカナも、それに負けてないと思うの。 贔屓目じゃあないの。本当よ?」「ただね、カナ―――今みたいに、自分でいじけてしまったら。 輝くものも、輝かなくなってしまうわ」 顔を上げる。みっちゃんは穏やかに微笑んでいた。『ジュンは、今のような性格ではなかったのだわ―――』みっちゃんの声に、あの時の真紅の声が重なった気がした。
「勉強だって、頑張って出来るようになったカナだから。 努力を続けられる強さが、あなたにはあるの。 それはとても、とても魅力的なこと。 だからカナ、自信持ってね?」「……わかった、かしら!」私は笑顔で答える。私はまだ、自分でもそれが恋をしてるのかどうかわからなくて。だから彼女の言葉は、今の私にとっての『正しい解答』ではなかったかもしれない。 けれど彼女は、私のことを心配してる。心を、汲み取ろうとしてくれている。それだけで嬉しかった。 ただ、最後に。『いざとなったら、当たって砕けるのよ、カナ!』だなんて、縁起でもないことを言い残していったのは、少しだけ余計だったと思う。砕けてしまうのはいただけない。 私は私で。これからいつか、彼を意識することがあるのなら。もう少し、自信を持ってみても良いかしら―――
日常、だった。私達はふざけあい、楽しい時を繋げていく。平和な幕間は続くのだ。 ジュンと、もっと積極的に会話しようと思った。とりあえず、彼のことをもっとよく知りたい。今までも、もちろんちょっとした会話をすることはあった。でも、もっと。色々な話が、したい。 自分の感情を意識するようになると、周囲の行動もよく見えるようになってきた。雛苺は、恋愛感情をもってジュンと接しているようには見えない。何かこう……兄を慕うような。そん親愛の気持ちを持っているような印象を受ける。ただ、雛苺は背が低い割に、その、……胸が大きい。そのプロポーションで、、彼の腕にしがみ付いたりしている。天然でやってるのかしら。 自分の胸を見てみた。……く。あれは反則なのかしらー……『男のひとってやっぱりああいうの好きなのかしら』ぶんぶん。頭を振る。なんか私、考えが変な方向へ飛んでる?
抱き付きと言えば、それを確信的にやっている様子なのが水銀燈。何というか、大人の魅力だ。学校内でも一・二を争う程の美人。もっとも、彼女が甘い声で近づきながら彼に抱き付く度に、翠星石に毎度ひっぺがえされてる気がする。 当の翠星石はと言うと、割と見ててわかりやすくて。本人の前では素直になれないんだな、という感じ。他の女の子が彼といちゃいちゃしている風になると、あからさまに機嫌悪くなってるみたいだし。 蒼星石は……? 彼が翠星石と仲良くやってる様子を見てて、いつもにこやかにしている。 だけど、時折。それを見ながら、ふと寂しそうな表情になっているのは何故なのだろう。普段は見せない顔だから、すこし気になるかも。 薔薇水晶。彼女は、自分の感情を露骨に現さない。……と言うか、読めない。ジュンと話していると、通常状態と比べ不思議具合が三割増しくらいになっている気がするけれど。あれはテンションが上がっているからなのだろうか? それにしても、彼らの会話は本当にシュールなのかしら……個人的には、かなり好みだったりする。そんなにシウマイ好きなの? 薔薇水晶。みっちゃんの玉子焼きの方が美味しいかしらー! ……おっと。また飛んでしまったのかしら。私、みっちゃんと性格似てるのかも……
そして、真紅。昔、ジュンのことについて私に話してくれた時の、あの表情。とても穏やかだった。いつも彼に、紅茶を淹れて貰ってるのだろうか。彼らはもともと長い付き合いだ。何も言わなくても伝わるような、そんな信頼の絆のようなもので繋がっているような気もする。 なんてこと。こうなるともう皆、彼に何かしら特別な感情を抱いているようではないか! それでも不思議なことに、私達が仲違いするということは、今のところない(決して、『喧嘩をしていない』という意味ではない)。 ……多分。あくまで推測だが、桜田ジュンは、恋愛沙汰にはとんと疎いのではないだろうか? だからこそ私達のパワーバランスは崩れず、うまくやっている感じになっているのでは。頑張っても暖簾に腕押し状態ならば、事は動かないからだ。 どうしよう。私も何か、しなくちゃいけないかしら――
そんな事を、悠長に考えている場合ではなかったのだ。パワーバランスは、今まで危うい均衡を保ってきていているのだと思っていた。居心地よく、ずっと続くと思わせてくれるような、そんな関係。 しかし、それは違う。それは何処も危うくなく、むしろ『しっかりとした状態』であったことに気付く。 そう、均衡とは。崩れてしまってから、そのかつての存在を、よく意識して。安定を懐かしむ、ものではなかったか?―――――――――
「さあ、帰ろうかしら」放課後の練習を終えて、音楽室を出ようとする。 今日も西日が紅く眩しい。「今日はジュンと結構お話出来たし、良かったかしら!」満足だった、今のところは。毎日毎日、ちょっとずつ前進中。私は私で、マイペースで行こう。『いつか演奏、聴かせてくれよな』――そんなことを言っていた、彼。そうだ、そのうち放課後、彼を音楽室へ呼び出してみよう。そして私のバイオリンを、聴いてもらうのだ。我ながら妙案なのかしら! にこにこしながら玄関へ向かうと、そこに人影があった。夕陽の逆行で、姿が上手く視認出来ない。何やら話しているようなのだが、下駄箱の陰からはよく聞こえない。「あのシルエットと……声。あれは――」ジュンと……水銀、燈?
何をしてるんだろう。二人きりで―― 覗き見るのは悪いと思いながら、私は目を離せなかった。なんだろう。なんだろうか。いや、まさか。二人は既に、付き合っているということは…… そう考えた時。見れば、水銀燈の顔は、ジュンに近づいていって――― ゴトン! 小脇に抱えていたバイオリンケースを落としてしまう。しまった! 急いでそれを拾い。そして、訳も分からぬまま。私は音楽室に向かって走り出した。
――――――――――――――「ん? 何か今音がしたか?」ジュンが私に話しかける。「そおねぇ……誰か私達のこと、覗いてたんじゃないかしらぁ」何か落とした音のあとに、ぱたぱたと走って遠ざかっていく足音が聴こえた。誰か近くに居たことは、間違いないだろう。「ええっ? まさか……」彼は何だかうろたえている。「大丈夫よぉ、ジュン。 それよりも。今日は一緒に帰ってくれるんでしょう?」そう。気にする必要なんて、無いのだ。「わかった。……送っていくよ」「ふふ、ありがとう。やさしいのね、ジュンは」私は彼の腕をとる。今日はもちろん、自分の家まで。送って貰うつもりだ。――――――――――――――
外が、暗くなり始めていた。あれから結局、音楽室に戻ってみたものの。バイオリンの練習をする気には、なれなかった。 帰り道。ぼんやりとしながら、私は歩く。そうよね、水銀燈なら……あんな美人で。ちょっと意地悪なところもあるけれど、彼女は悪い人間ではない。「キス……してたかしら。大人の魅力、かあ……」私には、程遠い。届かない。とぼとぼと、独り歩いてその日は家路についた。「明日、学校休もうかしらー……」ちょっと明日は、皆と顔をあわせ辛い。そんな事を、考えていた。
――――――――――――――翌日、学校。とりあえず落ち着いて。まずはいつも通りの挨拶を。「おはよぉ、ジュン」「ん。おはよう、水銀燈」なんだかそわそわした感じで、彼は返してきた。……照れているのかな? まあ、昨日の今日だし、仕方ないか。ああもぉ、かわいいんだから、ジュンは。「……おはよう」「あらぁ、おはよう薔薇水晶」「……今日の銀ねえさま、なんだかテンション高い……」おや、そういう風に見えるのか。別に隠す事でもないが、少し気をつけた方が良いだろうか。「……何か良い事、あったの……?」ふむ、この娘は。いつも不思議な言動をしているように見えて、実は結構鋭いのだ。勿論、彼女とて。ひとの心を、正確に読みきれる訳ではない。しかし、ひとをよく『見る』のが、得意なタイプなのだろう。「そおねぇ……自分の気持ちを、再確認出来たってところかしらぁ?」とりあえず、偽りのない言葉を。どうもこの娘に対しては、嘘をつく気になれない。「……把握」え? なんだろう。『ピコーン』という音とともに、彼女の頭上に何か電球が光ったようなエフェクトが見えた気がした。思わず自分の目をこする。幻覚、よねぇ?「……負けないよ、銀ねえさま……」そう言って、薔薇水晶は自分の席へ戻る。 成る程。どう把握されてしまったのかは不安だったが、それは置いとくとして。私だって、負けてられないのだ。
ホームルームが始まる。「おはよう、皆! さて、出席をとるぞー。 おや? 今日は金糸雀が欠席か」 金糸雀の席が空いていた。本当に珍しい。今まで無遅刻無欠席だった彼女が、今日になって休むだなんて。 昨日の放課後、物音、走り去る足跡。放課後、いつも学校に残っている彼女は、――――まさか。「どうしたんでしょうねー。健康が取り得の金糸雀が休むなんて」「まあ、彼女は健康だけが取り得ではないけど……どうしたんだろうね」「心配なのー」「確かに……今の時期に風邪を引くというのも、珍しいのだわ」私の思考をよそに、皆めいめい金糸雀の心配をしている。「じゃあ……放課後みんなで……お見舞い」薔薇水晶の言葉が、鶴の一声となった。「それはいいわねぇ。ジュン、あなたも行くでしょ?」彼に話を振ってみた。「いいよ。それじゃ、放課後みんなでお見舞い行こうか」躊躇う様子もなく、了承を出す彼。まったく。そういうところは遠慮ないのよねぇ、あなたは。少し苦笑してしまう。
そうして。賑やかな面々で、金糸雀の家へ押しかけることになってしまった。 インターホンを押す。「!……みんな……! はやくダッシュしなきゃ……!」「あら、誰も出ないのだわ。留守なのかしら」鮮やかに、薔薇水晶に対し黙殺を決め込む真紅であった。他の面々も、それにならう。まあ、ちょっとかわいそうだが。「……くすん。誰かつっこんでよう……」なんだか泣きそうになっていたので、私は頭を撫でてあげた。よしよし。「……えへへ。だから大好き、銀ねえさま……」「あらぁ。私もあなたが好きよぉ、薔薇水晶」猫のように彼女がごろごろ懐いてきたので、あやしてみる。うん、可愛い娘ねぇ。「何そこでラブラブやってるですか! 金糸雀が全然出てこねーですよ!?」ぴしゃり、と。翠星石に突っ込まれてしまった。「!……今の切り返しは……なかなか良いタイミング……」薔薇水晶には悪いが、やっぱりちょっと放っておこう……
「居ないのかな。病院に行ってるのかもしれないね」蒼星石が、ひとつの考えを示した。それは有り得ることだ。「うゅ……やっぱり心配なのねー……金糸雀、大丈夫かしらー」雛苺がぽつりとこぼす。皆、その心配は同様のようだ。「ここで待っててもしょうがないな。 玄関で大勢騒いでても近所迷惑だから、今日のところはこれで帰ろう」 ジュンの提案。確かにそうである。心配する気持ちはわかるのだが、不在なのならば致し方ない。惜しみながらもそれぞれ帰路について……皆が居なくなった後、私は。金糸雀の家へ、踵を返していた。――――――――――――――
玄関のあたりが、何だか賑やかだ。私はこっそりと、二階にある自室の窓から、外を覗いてみた。「……みんな!? お見舞いにきてくれたのかしらー……」 学校にも連絡を入れず、無断欠席。午前中から電話が何度もかかってきたが、全部無視した。多分担任からだったろう。 みんなには、心配かけちゃったのかしら……悪い事したかしらー……そんなことを思いながら、もう一度覗き見る。 居る。水銀燈も、ジュンも。どうしよう。今会っても、まともに対応が出来る自信が無い。「みんな、ごめんかしら……」私は、居留守を決め込むことにする。ちくり、と。罪悪感で、胸が少し痛んだ。 暫くして。私は布団にくるまって、何を考えるでもなくぼんやりとしていた。 ピンポーン チャイムの音。誰か来たのかしら? でも。今日は完全に居留守を決め込むことにしたのだ。誰かきても、不在を押し通そう。 ……まだチャイムの音は続く。いやいや。私は、今日は居ないのかしら! その内、音がしなくなった。良かった、諦めてくれたかしら……
すると。 カツン と。窓に何か当たるような音がする。 ……何かしら? カツン カツン まだ何か当たってるみたい。私は窓を開け、外を見てみる。「……水銀燈!?」そこには、小石をいくつか手にしている水銀燈の姿があった。「あらぁ、金糸雀。体調は大丈夫?」どうして、どうして彼女がここに居るのか。帰ったのでは無かったか――「お見舞い品、持って来たのよぉ。ちょっとお家にあがって良いかしらぁ?」 今、一番顔をあわせづらい人物。そのひとが今、私の家にやってきた。どうして。さっきみんな、帰った筈なのに! もう、居留守は使えない。私は観念して、彼女を家へあげることにする。
彼女を居間へ通して、とりあえずお茶を出す。「どうぞ……かしら」「あらぁ、ありがとう。でもお構いなく。あなたは『病人』なんだからぁ」彼女の顔を見ることが出来ない。いつも微笑みを絶やさない彼女の顔を見るのが、今は何だか……怖い。 二人、暫く無言の時間が続いた。 不意に、水銀燈が切り出す。「まったくぅ。居留守なんか使っちゃだめよぉ? 皆心配してたんだからぁ」めっめっよぉ、と人差し指を立てて言う水銀燈。それは、本当に悪い事をしたと思っている。だけど……「ねぇ、金糸雀。昨日の放課後――下校口で、見た?」見た、というのは。あのことだろう。昨日の光景が、またあの時の光景が脳裏を掠める。水銀燈の顔がジュンに近づいていって、そのまま…… 答えない私の様子を見て、彼女はそれを肯定と捉えたようだった。「……やっぱりねぇ」ふぅ、と溜息をつく彼女。私は改めて、その姿を見やる。 女の私から見ても、綺麗なひとだと素直に言える。長い、ふわりとした銀色の髪。大人っぽい、身体のライン。それで……ジュンの、彼女で……
「ちょ、ちょっと! どおしたのぉ?」気付くと、私はぽろぽろと涙を零していた。「な、なんでもないかしらー……」嘘だった。でも、そう返すのが、今の私には精一杯で。そうだ、私は。彼のことが。ジュンが、好きだったのだ。だけどもう、それは叶わぬ夢。……夢? そう、確かに楽しかった。夢の様に楽しかったかもしれない、けど、私は、この恋の。自分の気持ちすら、伝えられなかった――!「――金糸雀?」聴こえる声が、近い。いつの間にか彼女は、私の隣に来ていた。「ねぇ。金糸雀は、ジュンのことが好きだったの?」問いかける彼女。「う……今まではよくわからなかったけど、昨日はっきりしたのかしら。 ジュンは、誰にでもやさしくて。そう、こんな私にも。 もっと一緒に居たいって思って、」「私はジュンのこと――好きなの」そう。出来ればそれを、彼に伝えてみたかった。
ふぅ、と。少し息を吐き出しながら。そっかぁ、そおなのねぇ、と。水銀燈はひとりごちた。そして、こちらの方を向いて言う。「私も。ジュンのことが、好きよぉ。――金糸雀と、同じように」それは、わかってる。すると。不意に、水銀燈は私の身体を抱きしめた。「すっ、すす、水銀燈……!?」思わずうろたえてしまう。ちょっと身体を動かしたくらいでは、この抱擁は離れそうにない。彼女の身体から、なんだか良い香りがする。 そして。「そっかぁ。……じゃあ私達は、ライバルなのねぇ」穏やかな声でそう言った彼女の言葉の意味が、わからなかった。
暫く抱き合ったままだったが、私の方も大分落ち着いてきたので、また二人で向かい合う。「ライバルって、その……」問いかける私を遮り、彼女が答える。「私、昨日ジュンに告白したの……だけど、フラれちゃったぁ……」そんな。でも、でも。「好きなひとが、居るんだってぇ。だから私とは付き合えないって…… でも、諦め切れなかったから」相手に彼女が居ないのに、引き下がれないでしょ? と。「だから、まだあなたのことが好きよぉ、って。 宣言してから、キスしちゃったぁ。こう、おでこにね」私の額をつつく彼女。なんてことだ。そんな真相だったなんて。「唇は、まだ貰えないからぁ。……でも私はまだ、諦めてないの。 いつかジュンを振り向かせるんだからぁ」強い、彼女は強い。もし振られる立場が私だったら、どうだったろうか。「だから。あなたもライバル、ね?」そう言って、水銀燈はウィンクした。「うー、どうなの、かしらー……」いまいち、自信が持てない。目の前にいる女性が、あまりにも、こう……「あらぁ。どおしたのぉ? こっちはただでさえ、強力なライバルが 増えて、焦ってるって言うのにぃ」「え……?」それは、私のことだろうか。強力、だって?彼女は微笑みながら言う。「だってぇ……あなたは頭がいいし、バイオリンを嗜むところなんかも 才女っぽいわぁ。そしてなによりかわいいし。 ドジっ娘っていうところも、結構ポイント高いかもしれないわねぇ」
そう、なのだろうか。みっちゃんにも、昔褒められた事がある。そしてもっと自信を持て、と。「ライバルにアドバイスするのも何だけど…… あなたはもっと、自信を持つべきだわぁ。 そうじゃないと勝てないわよぉ? だって多分、ジュンの好きなひとは……」付き合いだけは、やたら長いから。そういうのって、ずるいわよねぇ?そんな風に、諭してくれるのだった。 そうか。彼の好きなひとというのは。……きっと、あの娘のことだろう。これは確かに、気合を入れなければならないかしら。「私だって、負けないかしら。 楽してズルして、ジュンのハートをいただきかしらー!」「私だって、負けないわよぉ。あと、それとねぇ……」言葉。私は、素晴らしい友達に恵まれたと思う。さっきまで、彼女に恐れのようなものを抱いていた自分が恥ずかしい。いつの間にか、二人で笑っていた。
「明日は学校、来なさいねぇ」そう言って、水銀燈は帰っていった。結局、彼女とジュンは恋仲ではなかったけれど。どうやら……敵は手ごわいようだから。 ジュン。いつか私の気持ちを、聞いて欲しいのかしら―― それから。崩れたと思っていた平和の幕間は、もう少しだけ続くこととなった。何というか、休戦協定というわけでもないけれど。割とみんな、あからさまなアプローチをかけているようには見えない。 けれど、お互いの目が届かないようなところで。何か彼との進展が、あるかもしれない。そんなことを考えながらも、この均衡は続いていったのだった。 私達は一緒に居られるだけで、楽しさを共有出来る。そんな仲間だ。そんな仲間内で、『誰かの特別』になろうとすれば。普通、均衡は崩れてしまうものなのだろう。それはきっと、寂しいことなのだろうけど……
卒業が、近づいていた。学園を卒業しても、この仲間の縁は切りたくない。だけど、ここに居るうちに。私は伝えたいことがある。 放課後。私は意を決して、彼に声をかける。「ジュン」「お、なんだ金糸雀」「ちょっと、ついてきて欲しいのかしら!」彼の手を引っ張る。「お、おい! 何処行くつもりだよ!」抗議する声を半ば無視して、連れて行く。その様子を、たまたま水銀燈と薔薇水晶が見ていた。「……愛の逃避行……?」「そおねぇ。……逃げる必要は、ない訳だけど」(そう、いくのね。頑張って、金糸雀……)水銀燈は、二人の背中を見つめていた。
「ここ、音楽室じゃないか」そう。ここは私にとって、特別な場所。「いつか約束したかしら。私のバイオリン、聴かせて欲しいって。 大分遅くなってしまったけど……」「今、聴いていって欲しいかしら」 彼はちょっと驚いたようだったけど、けれど、すぐに了承。近くの椅子に座り、私の方を向く。「それじゃ、いくかしら……」 すう、と。体制を整える。 緊張する。どんなコンサートよりも。 本当に聴いて欲しいひと、ただひとりが、ここに居て。 弾き始める。旋律が踊る。 聴いてくれてるかしら。私の、音を。 昔から、これだけは好きで、ずっと続けてきたの―― ジュン、それは知ってた? 私のことを、もっと知って欲しい。 あなたのことを、もっと知りたい。 そんな想いを旋律に託し、弾き続ける。 だから、今は。私が奏でる音に、耳を傾けて欲しいかしら――
演奏を、終える。たったひとりの観客に、一礼をする。 ひとり分の、拍手。だけど、どんな盛大な拍手よりも、私のこころには響いていた。「はあ……どうだった、かしら」感想を求める。けれど彼が発しようとしていた言葉は、この拍手が代弁してくれているようだった。「どうって。すごいよ、金糸雀」 良かった。私の音を、聴いてもらえた。 そして、今。それより更に、伝えたいことは。「ねえ、ジュン。私は、あなたのことが――」
―――――――――――――――――――――――― 帰り道。今、あなたと一緒に歩いている。 夕陽。そういえば、初めて彼を意識した日も、こんな紅い空をしていたっけ。 三叉路にさしかかった。「この辺りで大丈夫かしら!」私は彼に話しかけた。夕陽に染まる彼の姿が、紅く見える。「……わかった。じゃあ金糸雀、また明日な」また、明日。そう、明日も明後日も。あなたに会える。「ありがとうかしら、ジュン。また、明日」 一人、家まではあとわずかな道を歩く。道の脇に車両確認用の鏡が立てかけられている。下を通りすぎるとき。鏡で自分の顔を見ていた。 私の顔は、紅く染まっている。映る表情は、笑顔。
家に辿り着く。入り口の辺りに、誰かの人影が見えた。「みっちゃん……?」 彼女だった。 私は今、笑顔。だけど、だけど、 私は彼女に駆け寄り、もう、我慢できずに、「ううっ……うわあぁぁぁあぁん!!!」 彼女にしがみ付いて、泣いた。
振られた時も、きっと笑顔で。そう心に決めていた。私は彼に『途中まで送ってほしいかしら!』とお願いし、一緒に帰っていた訳だけど。 さっきまでは、笑っていられた。けど、今。みっちゃんの顔を見たら、自分の中の何かが、決壊したようだった。「うぅっ……ひっく、だめだった、かしらぁ。 当たって、……砕けちゃったの、……かしらぁ、ぐすっ」嗚咽が止まらない。彼女は、私の頭を優しく撫でてくれる。ジュンに振られた時の水銀燈は、やっぱり強かったのだ。私は、いざ振られてみたら……もう、涙が止まらない。「カナ――カナ、がんばったね……」彼女の言葉と手が、私を慰める。 みっちゃんには、先日のうちに。私が好きなひとに告白するのだと伝えていたのだ。私のことが心配で、待っていていてくれたのだと思う。……ありがとう、みっちゃん。
――――――――――――――――――― 翌日、学校にて。私は金糸雀から、告白の結果がどうだったかをこっそりと本人から聞いた。他の友人達には、もちろん内緒で。なんていったって、私がジュンに告白して振られたことも。『諦めない宣言』をして、彼(のおでこ)にキスをしてしまったことも。女友達では金糸雀しか知らないのだから。 ジュンは。いつも一緒に居る仲間として。私が周りとぎくしゃくしてしまうのを気にかけて、私とあった出来事を、誰にも言わなかった。 本当、どこまで鈍ちんなんだろう。私の周囲は、きっと皆、あなたのことが好きで。私みたいに狙っているかもしれないというのに、全然気付かない。 だけど。その辺りが彼の悪いところでもあり、また良いところでもある。きっと、金糸雀の思いも。その胸に、しまっておくのでしょうね…… 惚れた弱みというやつか。……優しすぎる程優しいんだから、あなたは。
金糸雀の気持ちを知ったとき。私は半ば、結末を予測していた。彼女は……振られてしまうだろう、と。 だけど。自分自信が諦めきれない気持ちと。そして何より、伝えたいという気持ちそのものを、止める権利は誰にも無いのだと。私はそう思って、彼女の告白を、諦めさせるようなことはしなかった。 彼女は昨日、泣いていたのかな。目の周りが、何だか腫れているようにも見える。私も、ジュンに振られた日。彼と別れてから、自分の部屋で、泣きに泣いた。 金糸雀は今朝、学校で彼と顔をあわせたとき。『ジュン、おはようなのかしら!』と。とても良い笑顔だった。……彼女は、強い。 辛い思いを、させてしまった。 いつかわかってくれる日が、来るわよね? 私達は、言わば戦友なんだから―――私は、金糸雀を抱きしめて。暫くの間、ずっとそのままだった。
―――――――――――――――――――――――――――――― 外は、雨。参ったなあ、今日は晴れる筈だったのに。 今朝見た天気予報が、少しだけ恨めしい。 室内だから、特に大きな問題はないのだけれど。 どうせなら晴れて欲しかったのかしら、と。 そんな事をふと思う自分が、何だか可笑しかった。 ――自分の式じゃ、ないのにね――― ここは、とある宴会場の別室。 今は、結婚式の二次会である。 結婚式の主役である幸せな二人は、私や水銀燈が 予想していた通りの組み合わせだった。 卒業式の日。ジュンは真紅にその想いをつげ、 恋人同士となった。 まったく、私や水銀燈を振っておいて! そんなことを、口で言っていながら。 実はそのことに対し、後ろ暗い気持ちなど 無かったのだった。 彼らの交際を知った仲間達は。やっぱりというか、 一様に残念がっていたけれど…… 二人を祝福していた。それは、もちろん私も含めて。 本当に、良い仲間だと思う。
水銀燈が、私の家に来てくれた日。 彼女は去り際、ある言葉を私にくれた。『それとねぇ…… 私達の誰かが、彼の"特別"になるのなら―― きっとそれを、祝福できると思うわぁ』 もちろん、自分がその"特別"になれればもっと良いけど。 そんな風に言って笑っていた。 "特別"になれる夢は、繋げなかったけど。 あなたの言っていた言葉は、今ならわかる気がするかしら。 ね? 水銀燈―――
二次会には、皆揃ってる。 私は出し物で、バイオリンを披露することになった。 その準備をすると言って、別室へやってきたのだ。 持っていたバイオリンを、胸元に抱く。 あの後も、私はずっと弾き続けている。 あのね。 あなたに告白した日。私はその日の為に、 バイオリンを続けてきたんじゃないかと、思えたの。 おかしいかしら……? 最後に、もう一度だけ、心の中で呟く。 私は、あなたのことが。……本当に、好きでした。
「……」 雨はまだ、やみそうにない。ぱたぱたと窓をうち付ける 小雨の旋律に包まれながら、私は――あなた達を。 心から祝福しようとして、皆が待っている部屋へ赴く。 そう、私達の分まで。 幸せになってくれなきゃ……困るのかしら! 卒業前に、彼ひとりに聴かせてあげた曲を、 もう一度弾こうと思う。 あなたはまた、褒めてくれる? 部屋に入って、浴びせられる喝采。 よかった。みんな、良い笑顔をしてるのかしら。 すう、と。体制を整える。 今、あなた達のために。 幸せを繋ぐための前奏曲を、私は奏でよう―――
――― 如何でしたか? これにて、今回の夢の幕間は おしまいです。少女はその想いを少年に伝え。 そう、それは届かずとも…… 大きな一歩を、刻んだのです。 それでは機会がありましたら、 またお会いしましょう。 別な誰かが見ている夢は。 きっとまだ、続いているのでしょうから……―――【夢の続き】~プレリュード~おわり
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