Scene17:フラヒヤ山脈―某所―
******
フラヒヤ山脈――そう遠くはない未来。沈鬱に曇った空は、昼間でもただただ無気力かつ惰弱な白光を大地に投げかけるのみ。大地は当然のごとく氷雪に覆われ、空と同じくのっぺりとした白がどこまでも広がっている。だが、そこに降り立った「そいつ」は違った。一歩を踏みしめるごとに、雪に覆われた大地が音を立てて軋む。一呼吸ごとに、凍て付いた大気が熱い吐息に焼かれる。その体色は太陽に似た黄色。その体色は青空に似た青色。黄色と青色の鱗が縞模様となり、「そいつ」の全身を覆っている。「そいつ」の頭部には、人間程度ならば軽く丸呑みに出来てしまそうなほど、巨大な顎。その中には、一本一本が刃物に匹敵する鋭さを持つ、凶悪な牙が生えそろう。「そいつ」は、そんな巨大な顎を持つ頭部を、このフラヒヤ山脈の頂上部でもたげて見せた。右を見る。左を見る。もう一度、右を見る。「そいつ」の動作は、獲物を捜し求めている哨戒行為に他ならない。雪風に混じって流れる、憎いこの匂い。「そいつ」はしかし、この匂いを漂わせる存在が「人間」と呼ばれていることなど、生まれてから死に逝くまで、決して知りえぬ定めにあろう。どずん、と「そいつ」の巨大な前脚が、雪の大地に突き立つ。この前脚は、しかしよく見れば背から生えた翼……かりそめの前脚に過ぎないことは、誰もが理解できよう。前脚に張られた肉色の翼膜が、その予感にわなないた。自分自身の身に、やがて降りかかるであろう死闘の予感が、全身を刺激する。だが彼は、その死闘の予感に恐怖を覚えはしない。彼の身を走り抜けるは、それを超越した獣性。相手をその爪で引き裂き、牙で噛み砕く、その快感を思い出し、胸がはち切れんばかりに高鳴るのだ。彼は、その巨大な頭部を天高く持ち上げ――叫ぶ。吼える。打ち震える。さあ覚悟しろ、侵入者め。今まで屠ってきた、幾多もの獲物と同じ運命を辿らせてやろう。彼にもし言葉を話せる口があったのなら、おそらくはそう宣言していたのではあるまいか。全長およそ17m。原始的な飛竜の面影を残す、凶悪無比の骨格。彼こそ、「轟竜」の異名を取る雪山の暴君。「轟竜」ティガレックスは、その名に違わぬ豪壮な咆哮をこのフラヒヤ山脈にこだまさせた。さながら、侵入者に対する宣戦布告だ、と言わんばかりに。辺りに積もった雪が舞い上がり、彼の姿を白く覆い隠すが、それもまた長時間のことではなかった。
第三話「炎山」へ
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。