狂った果実4
例えば、いつもより早く家を出てみる。たったそれだけで、朝の時間なんて随分と違って見える。きらきらと輝く太陽が地面を暖めるが、それでもまだ肌寒く…だが、それが逆に心地良い。まだ人通りの少ない通学路では、小鳥たちが爽やかなメロディーを口ずさんでいる。(ああ…アイツと…水銀燈と登校の時間をずらすだけで、なんって素敵な朝になるんだろう…)僕はついついニヤケる自分の顔を抑えられない。「ふふ…うふふふふ…」それどころか、笑みさえ漏れてくる。そして、そんな朝早い時間だからこそ、見れるものも有った。例えば…校庭の隅。花壇の近くで、草木を慈しんでいる青と緑のジャージ姿の女の子。やっぱり女の子はあんな風に、おしとやかな感じがする方が断然良いね!僕はそんな二人の女の子の姿を、視かn……より脳に焼き付ける為に、何気ない感じを装いながら近づき…いつの間にか二人が、一瞬で消えた事に気がつかなかった。「抵抗しないでもらえるかな?……これも、君の為を思って言ってるんだよ…?」いつの間にか、青のジャージの女の子がいつの間にか僕の背後に回り、そう小さく声をかけてきた。僕は、振り向かない。ってか、振り向けない。だって……ああ、自己紹介が遅れたね。僕は桜田ジュン。見知らぬ青ジャージの子に、首元にいきなり鋏を突きつけられた…可哀想な高校生です。 「…桜田ジュン君…こんな方法で接触をしといて何だけど…僕達は、君の味方だよ…」青ジャージの女の子が、僕の耳元で囁く。オーケー、オーケー。味方なのは分かったから、僕の首に当ててる鋏をどけよう?な?何とかして、その言葉を伝えたいが…青ジャージの子の吐息が耳にかかり、鋏が僕の首をチクチクする。その快感……じゃない、恐怖に、僕の足はガクガク震え、緊張のせいで荒い呼吸しか返せない。そんな僕の様子に業を煮やしたのか…緑のジャージを着た女の子が、スッと僕の前に立った。「…ちんたらして見つかったら、元も子も無いですぅ。……ここは、多少強引ですが…!」そう言い、僕の口元にハンカチを押し付けてきた。おいおい。確かに、僕は匂いフェチでもあるんだぜ?それに、強引なのも嫌いじゃあないけど…だからと言って…いきなり男子に、ハンカチに染み付いた自分の匂いを嗅がせるかね?……いいだろう!嗅いでやろうじゃないか!僕はクワッと目を見開き、深呼吸をする。すると、あら不思議。僕の意識は溶けるように、眠るように、薄くなり……完全に眠りに落ちる直前、僕は気がついた。(…なん…だと?…クロロホルム?……彼女は…匂いフェチじゃなかったのか…!それは…予想してなかったな………僕とした事が………不…覚………――― zzz) ~~~~~(むにゃむにゃ……あぁ…そんなにキツく縛らないで……僕…もう…ああ……アッーー!!)「ーーッ!!!」僕は、体に食い込む縄の感覚で目を覚ました。なんって素敵な目覚めだろう。…いや、これ、皮肉ですよ?変態じゃないんだから…縛られるのが好きとか、ありえませんから。とにかく、目を覚ましたそこは……ここはどこだろう?部屋のつくりからして、学校には間違い無さそうだけど…僕は一体、どれ位の時間眠っていたのだろう?暫く、椅子に縛られたまま周囲を観察すると…チャイムの音が聞こえた。うん。やっぱり僕は冴えてる。学校に間違いない。それに校庭から聞こえる喧騒は、きっと昼休みのものだ。そして…こんな冴えてる僕を、アッサリと捕まえた青と緑のジャージの二人…間違いなく、目的は僕の天才的な頭脳だろう。何の根拠も無いけど、そう確信する。(だけど…見張りも付けずなんて、僕も甘く見られたもんだな!)僕は簀巻きにされたまま、ピョンピョンと地面を跳ねる。…疲れただけだった。 (…こんな所で無駄に体力を消費してもダメだ。何とか助かる方法を考えないと…)僕は床にグッタリしながら、何とか考えを巡らし…と、不意に扉がガラガラと開き、二人の女の子が部屋に入ってきた。制服に着替えているけど、間違いなく、今朝のジャージ二人組みだった。「(クスクス)……でも、クロロホルムはやりすぎだったね」「大丈夫ですぅ!漫画でもよく有る、常套手段、ってヤツですよ!」「ふふ…でも、実際に漫画みたいな使い方を素人がしたら、最悪の場合、一生意識が戻らないって言うよ?」「え゛!?…マジ…ですか…?」「ふふ…もしそうなったら、花壇に埋めちゃおうよ?きっと来年の今頃には、綺麗な花が咲くよ?」「……じょ…冗談…ですよね…?」「ふふふ…もちろん、冗談だよ?」いやぁ、見目麗しい女子達が、にこやかに会話してるのって、見てるだけで楽しくなるね。内容は酷かったけどさ!とにかく僕は、埋められたくない一心で、二人に声をかける。「…あの…起きてるんだけど…」 僕の声に驚いたように二人は体をビクッとさせ……あぁ…良いよ…今の表情……フヒヒ… 「ちょ…ちょっと待ってろです!」ロングヘアーの方の女の子がそう言うと同時に、二人は部屋の隅に置いてあるダンボール箱に飛びつき――そして、ショートヘアーの子が鋏。ロングヘアーが如雨露を持つと、二人はその先端を『キン』と合わせながら叫んだ。「普段は、緑を愛する園芸部!」「ですが!その真の姿は!!」「生徒会副会長・蒼星石!」「生徒会会長・翠星石!」「僕達!」「私達は!」「「学園の平和を守ると誓います(ですぅ)!!」」「………」何だこいつら?『それにしてもこの二人、ノリノリである。』なんてナレーションが聞こえる気がする。そんな呆然とする僕に気がついて…二人――蒼星石と翠星石というらしい――は、なにやら小声でゴニョゴニョ相談し始めた。「…おかしいですよ…タイミングはバッチリでしたのに…」「…ちょっとセンスが良すぎて、彼には理解できなかったみたいだね…」「そうです!このジュンとか言う野郎のセンスに問題有りなだけですぅ!」「うん。翠星石が徹夜で考えたセリフだもんね。変なわけが無いよ」なるほど。僕のセンスの問題だったのか。まあ、百歩譲って、それを認めてやっても良いが…ちょっとは疑問を持てよ。特に青いの。~~~~~ 「…とにかく、水銀燈に見つからずに君と接触する為には、仕方ない事だったんだ…」とりあえず、逃げない事を条件に縄を解いてもらい、僕は蒼星石から一連の流れの理由を教えてもらった。何でも、僕が水銀燈の魔の手から逃れる為の手助けをしてくれるらしい。「で…その為に、僕が水銀燈を拒絶する必要が有る…って事か?」実に分かりやすいまとめで、僕が聞き返す。「そうです。基本的に生徒会は、生徒個人個人の意思には干渉しないですぅ」「だけど…個人の意思とは関係無く、力による主従関係。それが立証されれば…」「私達が、力になれるです!」「なるほど。よく分かった。…僕にとっても、非常にありがたい提案だよ」僕は手を差し出し、翠星石と蒼星石の二人と熱く握手を交わす。当分、この手は洗わないつもりだ。「どうやら話はまとまったみたいだし……」「善は急げですぅ!早速、突撃ですぅ!!」「…へ?」流れが理解できない僕を引っ張りながら、二人が教室の出口に向かう。「ちょ…一体どこへ……!」「もちろん!直接対決ですよ!」「ふふ…正義の一撃を振り下ろすんだよ…ゾクゾクするなあ…」ちょっと待て。それは聞いてない。 ~~~~~あれよあれよと言う間に、僕は屋上まで連れて来られ…そこで破壊の天使・水銀燈が降臨するのを待っていた。「いや…いくらなんでも、マズイだろ!」僕はそう抗議するが…「大丈夫、僕たちがついてるから」「てめぇには指一本触れさせないですぅ!」すっかりぶっ飛んだ二人を前に、何の結果も出せないでいた……それでも…僕の事を、こんなに考えてくれる人が居る…その事実が……なんだろう…僕の心に不思議な勇気をくれる。(……ありがとう翠星石、蒼星石…僕は……)負けない。絶対に、二度と…水銀燈に屈したりしない!怯えきった羊の目から、戦う決意をした男の目に変わっていくのが、自分でも分かる。僕は、水銀燈がやってくるであろう扉。その先を射抜くように睨み続け…――やがて、その扉がゆっくり…まるで地獄の門のように開いた…… 背中に浮かぶ背景を、怒りのオーラで歪ませながら、水銀燈が姿を現す。100人いたら、99人が「怒ってる」と答えるであろう、彼女の姿――ああ、ちにみに残りの一人は「僕が昼食を奢らなかったから怒ってる」って答えるんだけどね。僕は、後ろに立つ翠星石と蒼星石の方を振り返り…そして…強張っていたけど、精一杯の笑みを浮かべながら、搾り出すように言う。「無理だ。逃げよう」「ちょ!何言ってるですか!ここまで来て、そんなのありえないです!」「そうだよジュン君!正義は僕たちに有るんだ!」二人が僕の背中を、グイグイと押す。いや!やめて!死んじゃう!マジで!水銀燈は相変わらず、恐ろしげな雰囲気を纏いながら近づき……そして、ピタリと立ち止まった。「…下僕のくせに、ご主人様の昼食を忘れるなんて……良い度胸してるわねぇ…」ああ、これはマズイ。200パー殺される。殺して、蘇生させて、また殺してで、200パーセントだ。完全に足がガクガク震える僕。そんな僕に……生徒会の二人が助けを出してくれた。二人は僕と水銀燈の間に立ち塞がり、勢いよく啖呵を切る。「やめるんだ!彼は君の下僕なんかじゃない!」「そうです!自分の意思を持った…大切な生徒です!!」 突然飛び出した、二人の女の子。水銀燈はその姿をまじまじと眺めると…僕に視線を向けてきた。「ですってぇ……ふふふ…いいわぁ……だったらジュン…あなたが決めなさぁい…女の子の背中に隠れながらガタガタ震えるか……私の前に跪いて、忠誠を誓うか……」蒼星石が、僕を庇うようにバッと両手を広げる。「…立ち向かうんだ……大丈夫…僕たちがついてるから…」翠星石も、水銀燈に挑むような視線を向けながら、激励してくれる。「……ジュンは……私が守るですよ…」僕は…僕は、そんな二人の背中がとっても眩しく見え…何だか泣きそうになってくる。頑張ろう。この二人の期待に答える為にも…!「ありがとう…二人とも……僕は…もう負けない!」 二人が顔をパッと明るくして、振り返る―――だが……すぐにその表情も、暗いものに変わってしまった。「…ジュン…君…?」「てめぇ…何してるですか…」「??」二人の蔑むような視線にゾクゾク……いや、不思議に思い、僕は自分自身に視線を向ける…―――…土下座してました。(い…いつの間に!?あ…ありのままに今起こった事を話すぜ!『立ち向かおう』と思ったら『土下座してました』何を言ってるのか分からないと思うけど、僕にも分からなかった!超スピードとか催眠術とか、そんなチャチなもんじゃねえ!もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……)愕然とした僕の耳に、どこか遠い感じがする声が聞こえる。「……帰ろうか…」「…完全に、しらけちまったですぅ…」ああ!待って!違うんだ!置いてかないで!スタスタと遠ざかる二つの足音に、僕は精一杯手を伸ばし―――その手を水銀燈に踏まれた。
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