24. Wild Bunch! (前編)
24. Wild Bunch!「…あのまま撃っていれば、貴方の―――」「御託はいいわぁ……さっさと始めましょう」ゆっくり立ち上がり、白崎は服の埃を叩き落とした。決闘―――数メートルの距離を挟んで、水銀燈と白崎が睨みあう。「…では、ルールはいかが致しましょう?」条件が互角にまで戻ったと見た白崎は、口の端に浮かぶ笑みを隠しながら告げる。「……死んだ方が負け……それで、十分よぉ…」水銀燈は薄氷のように鋭く、紅い瞳を白崎に向ける。 炎に包まれた街の通りで…二人の間に伝えるべき言葉は、尽きた。「… … …」熱い風が、水銀燈の髪を揺らす。「… … …」白崎の眼鏡に、街中に広がる炎が反射する。………―――――焼かれた窓が、断末魔のような音をたてて割れる。……――――呼吸が――鼓動が――大きく聞こえる。…―――一瞬。だが、全てが止まる。銃声が一つ、空に轟いた――――…… 水銀燈は……硝煙の昇る銃口の先――― 胸を穿たれた白崎の姿を見つめていた。そして……白崎は胸を押さえ…よろめくと――― 口の端に笑みを浮かべた―――!「ラプラスゥゥゥゥウウ!!!」水銀燈は叫ぶ。倒すべき敵の名を。サブマシンガン『メイメイ』をフルオートで振り絞り、弾丸の雨を降らせる!「素晴しい!ですが…やはり甘い!!」白崎はステッキのように銃身を伸ばした銃、バントラインスペシャルの引き金を引く―――凶弾が水銀燈の肩を貫き―――放たれた銃弾は白崎の足元を…大地を弾いたのみ―――「…くッ!!」水銀燈は堪らず、地面を転がり、建物の影に飛び込んだ…。「ククク…私は既に、貴方のような替えの効く人間ではないのでね……卑怯だと罵りますか?小心者と蔑みますか?クックック……」通りからは白崎の、悦にひたったような声が響いてくる。防弾チョッキ。予想出来ない事では無かった。十分、考えれる事だった。だが、一手、遅れた。 水銀燈は歯噛みしながら、肩の傷に触れる。弾は貫通しているが……血管をやられたのか、血が止まらない。腕がしびれる。「最も……何と言われようと、心は痛みませんが…?」馬鹿にしたような、狂気を孕んだ耳障りな声が、肩の傷を疼かせる。通りからは押し殺した笑い声が聞こえ、身を隠した建物からは火の手が迫る。「ククク……どうします…?そのまま、自らの広げた炎に焼き殺されるか……どうしても、と言うのなら……一思いに楽にして差し上げますが…?」白崎の言う全てが、いちいち神経を逆なでする。どうするか…その考えが、水銀燈の頭にグルグルと広がる。だが…水銀燈はやがて、獲物である『メイメイ』を、通りに向かって投げ捨てた。ずっと―――周囲からどれだけ蔑まれ、忌み嫌われても…例え、絶望の淵に立たされても……それでも、諦めなかった。例え、誰もが見放そうが……私だけは、私の事を信じる。水銀燈はあの日――― 荒野に飛び出した日――― 崖から飛んだ時――――その時と同じ目で、通りに静かに歩み出た。 「……まさか…今更、投降などとは言わないでしょうな…?」白崎は水銀燈の眉間に照準を合わせたまま、嫌味な笑みを浮かべる。水銀燈は通りで白崎と向かい合ったまま…自分の手を見つめる。「あの時…あなたに勝てなかった日から……そりゃあもう沢山、練習してきたわぁ……」水銀燈は静かに、ポケットの中に手を入れる。白崎がその動きに、少し反応するが―――痺れる腕を振り、それを制した。「…煙草…失礼するわぁ……ジェントルマン…?」水銀燈はポケットから煙草を取り出し、古いオイルライターで火を付ける。そして、そのまま…火のついたライターを掴んだまま―――白崎を指差した。「……『曲撃ち』…って言うのよぉ?……知らないのぉ?…おばかさん」ライターを地面に投げる―――その先には―――白崎の背後には―――彼がここまで来るのに使った、一台の車。そのタンクには穴が開き―――白崎は目を見開き、自身の足元を見た。そこには弾丸が地面に弾かれた『跳弾』の跡―――流れ、広がってきたガソリン――― 白崎が弾かれたように水銀燈に銃を向ける――だが、引き金に触れるより早く白崎の体に火が燃え移り――――炎に包まれた白崎は、獣のような咆哮を上げる―――!やがて…炎の中で、黒ずんだ『何か』がドサリと倒れる音がした。…水銀燈は煙草を指先でピンと投げ…ゆっくりとした動作で、地面に落ちた『メイメイ』を拾い上げた。そして……思い出したように、炎の中で動かなくなった白崎を見つめた。―――復讐は…終わった。かといって、闘いが終わった訳ではない。まだ…仲間達は闘っている。肩から腕を伝い、ポタポタと血が滴る。地面に赤い斑点を付けながら…水銀燈は街の奥――― 薔薇屋敷へと進んでいった。最期にもう一度、白崎だったものを振り返る。「………」言うべき言葉など、すでに無かった。 ―※―※―※―※―「…生きる事とは…闘う事…か……」二葉は確認するように――自分に言い聞かせるように、真紅の言葉を繰り返し、呟いた。「それなら…私は…死人だな……」低い、小さい声だけが、広間に何の反響も無く溶けていく。人形のように、何の感情も表さなかった二葉の瞳。真紅がそこに初めて見てとった感情は…自嘲の笑いだった。二葉は暫く、真紅の姿を見つめる。そして…真紅から奪った銃、ピースメーカーを左手に持ち替え…右手で懐から、新たに銃を取り出した。ピースメーカーが、硬い音を立てて床に投げられる。「拾いたまえ。……私も…生きてみたくなった……」「…何故……?」真紅にとっては思いもせぬチャンスであったが…その意図が見えない。「…君が勝てば……教えてあげよう…」二葉は小さな声でそう答える。真紅は一歩一歩、警戒しながら足を進め…銃を拾うと、二葉から視線を逸らさぬまま、一歩一歩、後ろへ下がった。 広間には静寂が広がる。街から響いてくる轟音も、絨毯の上で何の反響も残さない。異様な静寂に、自分の呼吸音ですら何か別のものに聞こえる。誰かの断末魔のように、街から一際大きな炎が上がる―――真紅はピースメーカーの銃口を持ち上げる―――二葉は動かない―――左手でピースメーカーの撃鉄を起こす―――二葉はまだ動かない―――真紅の指が引き金に触れる―――二葉は――― まだ動かない―――!?―――何かが…おかしい…!真紅は咄嗟に、銃口を逸らせようとするが―――だが、放たれた弾丸は止まらず――― 二葉の胸を貫いた―――― 「……何故…?」硝煙の上がる銃を下げ…真紅は胸から血を流す二葉を見つめた。二葉は…熱い血が流れ続ける自分の胸に、満足そうに手を触れている。「フ…フフ……これでいい……これで…私は……」口から血を流し…それでも二葉は、真紅に笑みを向けた。「二葉は……二度、死んだよ……一度は事故で……そして……もう一度は…今……」苦痛に顔を歪める二葉だったが…その目は先程までとは違い、生きた人間のそれだった。「私は…一葉……死んだ二葉になり代わり……ずっと生きてきた……亡霊だよ……」二葉…いや、車椅子の男はそう言うと、そっと腕を下ろした。「……すまんが……窓まで押してもらえんか……外が見たい……」真紅は銃を腰に戻し…車椅子を窓辺まで押す。「……ずっと…本当の…私自身の…生き方を……」窓から見える光景。炎に包まれた街より、さらに先。悠久の荒野に、男は思いを馳せるように視線を向ける。「……今……私は…間違いなく…私として生きている………感謝…する…ぞ……―――」再び、広間に静寂が戻った。 ずっと偽りの人生を送ってきた男。彼が一体何を考え、どういう気持ちで過ごしてきたのか。分からない。分かり合うには…共に過ごした時間は断片的で、短すぎた。それでも真紅には……立っている位置の違いはあれど、この男もAliceに人生を狂わされた一人だという事は理解できた。「…Alice…こんな物さえ無ければ……」呟き、広間の奥に佇む巨大な機械に向き合う。こんな物さえ無ければ……誰も苦しまず…誰の血も無駄に流れなかった……親指で撃鉄を起こし…続けざまに引き金を引く―――!装填された弾丸の全てを、正確に、余す所無くAliceに叩き込む。バチバチと電気の弾ける音がして……やがてAliceは……静かに、光を消した……―――あっけない。こんな事の為に…… 全てを終えた。その虚脱感。真紅はピースメーカーの薬莢をバラバラと地面に落とし、新しい弾丸を装填した。―――後は…皆の所に何とかして帰るだけね……弾倉にゆっくり、弾を詰め―――真紅は自分の手が震えている事に気が付いた。弾丸を一つ、床に落としてしまう。真紅はそれを拾おうと身を屈め…そのまま崩れるように地面に倒れた。震えが止まらない。引き攣ったように呼吸が苦しい。背中に氷を刺されたような恐怖感が広がり――とても寂しい。真紅は気が付かなかった。いや、気が付かないフリをしたかった。Aliceを破壊し、全てを終わらせる。その一念で、この手を赤く染め続けてきた。自身を正義と信じ、裁きを下してきた。では…Aliceが無くなった今では…?自分こそが…Aliceに囚われた……最後の怪物なのでは…? どんなに理性で押さえつけようとも、心から忍び寄る声に、震えは止まらない。死ぬべきだという思いと、死にたくないという本能。Aliceという目的が失われた今、真紅を支えていた決定的な『何か』は……切れた。真紅は倒れたまま、膝を抱くように身を小さくするばかり…… 《後編へ》
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