23.閃光少女
一刻も早く敵を殲滅して、雪華綺晶の救援に向かおう。ただそれだけを考え、引き金を引き続ける薔薇水晶。だが機械仕掛けの人形兵器達は、確実にその数を増やしつつある…。東西に分断されたはずの敵の全てが、目に前に集結しつつある…。薔薇水晶の眼帯の下の左目からは、とめどなく涙が流れ続けた。全ての敵が、ここに集まっているという事実。その意味。それはつまり、街の反対側にいる雪華綺晶はすでに……視力を失ったはずの左目が、とっても熱かった。 23. 閃光少女 蒼星石が鋏を振るい、敵を切り裂く。斬り倒された敵の背後から、新たな一体が銃を携え飛び出してくる―――放たれた弾丸が蒼星石の肩を貫き、それでも蒼星石の腕は振り下ろされ―――ボキン、というくぐもった音と共に片刃の鋏は人形の胴体に突き刺さったまま折れた。蒼星石はバランスを崩し、地面に膝を付く。だが…「……まだだ……まだ…終われないんだ……」呻くように呟き、残った片刃の鋏を杖にして蒼星石は立ち上がる…。人形が一斉射撃の陣形を組み…金糸雀は傘型の盾を構えてその前に仁王立ちをした。 次の瞬間、大地を震わせる程の射撃音――!『ピチカート』により弾丸は防げるが、その勢いは防ぎきれず―――金糸雀は後ろに吹き飛ばされた。その隙に乗じて、人形の一体が傘を飛び越えナイフを突き出してきて…金糸雀は咄嗟に硬く目を瞑るだけで――「とりゃぁぁああ!!」翠星石が叫びながら、ドロップキックで人形を蹴り飛ばしてくれたお陰で、急死に一生を得る事が出来た。「あ…ありがとうかしら…」「…礼を言う暇があれば、今度からは自分で何とかしやがれです」翠星石はゆっくりと立ち上がる敵を見つめたまま返す。 人形はゆっくり立ち上がり…感情の無い目で翠星石と金糸雀を見つめ、再びナイフを―――瞬間、その頭部がパンという音と共に弾け飛んだ。 振り返ると薔薇水晶が、薬莢を排出しながら目で頷く。翠星石と金糸雀も力強く頷き返し、再び敵陣目掛けて走る。金糸雀が防御の為に『ピチカート』を構え、翠星石がその背後に身を隠しながら爆弾をせっせと投げる。だが、溶岩が冷え固まった先から再び流れ出るように、敵はジリジリと距離を詰めてくる。薔薇水晶が援護射撃にとスコープを右目に当て…瞬間、視界に影が落ちる。「……!!」そのまま地面を転がり、緊急回避をし―――同時に先程まで居た場所にはナイフを持った機械人形が着地した。人形は着地した動きからそのまま、再び薔薇水晶に斬りかかる。薔薇水晶はライフルの銃身でその一撃を止める。ナイフとライフルがガチガチとせめぎ合い…だが、非力な薔薇水晶の顔に、凶刃の切っ先は徐々に迫る――「……っく……!」尖った先端が薔薇水晶の左目まで後数ミリに届き――薔薇水晶は堪らず、人形の脇腹を蹴り飛ばした。再び距離が開く。腕に勝る薔薇水晶の、振り回しの効かないライフルが先か――心無い人形の銃砲が放たれるのが先か――薔薇水晶は蹴り上げた姿勢から、人形を狙って銃を構えなおす―――吹き飛ばされた人形は、体勢も立て直そうとせず、地面に転がったまま銃口を薔薇水晶に向ける―――一手。それも、致命的な一手の遅れ。 だが、人形の指が引き金を引くより早く――「薔薇水晶!伏せてなの!!」そう叫び雛苺が飛び出し、両手に掴んだ発破『ベリーベル』を投げつける――響く爆音―――砕ける人形――降り積もる砂埃――「雪華綺晶と約束したのよ…だから…ヒナも頑張るの!」薔薇水晶を助け起こしながら、雛苺は強がった笑みを精一杯に浮かべて見せた。 道化師を模った悪魔の機械人形は、一向にその数を減らせる気配は無い。絶望しか見えない荒野で…彼女達は、一人の人間の存在を心に、闘い続けた。―――それでも…水銀燈なら…… ―※―※―※―※― 「…ラプラス……さて、誰の事ですかな…見当がつきませんね……」白崎は笑みを浮かべ…とぼけたように肩をすくめた。「…ボケた事言ってくれるわねぇ……薄汚い床板に抉られた脇腹は、良好かしらぁ?」水銀燈は通りの中央に立ち、白崎と向かい合う。距離は、十数メートル。まだ、二人とも銃には触れない。「……ほう……誰かと思えば……あの時、無様に地面に口付けしていたお嬢さんでしたか………」白崎は額と目を隠すように手で押さえ…肩を小刻みに震わせ始めた。「……これはこれは…クックック……死んだはずの人間が生きている…何とも感動的な話ですなあ……」やがて小さく肩を震わすだけだった笑いも、通り全体に響き渡る狂った声に変わる。「トリビァル!実に!実にくだらない!」白崎が役者のように両手を広げ―――水銀燈がマシンガン『メイメイ』に指先を当て―――通りを挟んでいた全ての建物から、狂気の道化人形が銃を構えて姿を現した―――!「……待ち伏せ…なんて、陳腐な罠ねぇ……」水銀燈はメイメイに指をかけたまま、動かない。「陽動と正面突破、などという、陳腐な作戦にはお似合いだろうと思いましてね」白崎は余裕の表情で水銀燈を見下したように言う。「そうそう……6名居たお仲間ですが……つい先程、5名になったようで……」 水銀燈の心臓が、ドクンと脈打つ。誰かが、死んだ。誰が死んだのか。残ったメンバーは、どの程度無事なのか…。 「…最も、ここで死ぬ貴方には関係の無い事でしたね……」白崎は懐からズラリと長身の銃…バントラインスペシャルを抜き放つ。「無残に変わり果てた貴方の死体は……絶望の演出として、彼女達の前に晒して差し上げましょう…」そして…片手を、まるで処刑の宣言でもするかのように高く掲げた。銃を構えた人形達が、ガシャりと規則正しい音を上げる。「……それでは、さようなら…美しきお嬢さん……」白崎が腕を振り下ろそうとした、まさにその瞬間―――水銀燈は笑みを浮かべて言った。「5人…そう……戦いが始まった時も、5人しか居なかった……でも、それが6人になった……」水銀燈の顔からは、笑みが消えてない。「……居なかった一人は……どこで何をしてかのかしらねぇ…?」「……?……―――!!」白崎は最期を迎えるはずの水銀燈の言葉が一瞬理解できず―――そして―――『何か』ある、そう理解し……腕を振り下ろす―――だが―――それより早く、街の各所から火の手が上がり始めた―――! 同時に水銀燈は片手に握った何か―――金糸雀の作った発破を周囲に投げ―――「そらそらァ!!もう遅いわよぉ!!」マシンガンで宙に浮いたままの発破を片っ端から打ち貫く!爆炎と衝撃が建物ごと人形を吹き飛ばし、通りは炎に包まれ、地獄が広がる―――「こんな…!こんな事が…!この私の作戦が…!!」銃を握ったまま、地面に伏せるように倒れながら、白崎は街を焼く炎を睨みつけた。そして……自分の眉間に狙いをすまし佇む水銀燈に、静かな憎悪の篭った視線を戻す。「…『策士、策に溺れるべからず』……ウチの策士さんの方が、一枚上手だったみたいねぇ……」水銀燈はマシンガンを片手に、白崎を見下ろす。「悪党には、相応しい末路、って感じじゃなぁい?」そう言い、引き金に指をかけ―――そのまま、後ろに下がった。「でも……あなたと私には…もっと相応しい決着がある……そうよねぇ…?」通りの中央に立ち、ゆっくりと立ち上がる白崎に挑発的に視線を飛ばす。「……決闘…って事よぉ……さぁ…構えなさい」 ―※―※―※―※― 二葉は車椅子に座ったまま、真紅に銃口を向けていた。不意に、街から爆音が聞こえ―――街に広がる炎は二人の居た部屋の窓からも確認できた。「……これは、君のお仲間の仕業かな?」二葉は視線を窓から真紅に戻し、低い声で聞いてくる。「さあ…どうかしらね……」実際、真紅には何の確信も無い。それでも、この窮地を脱出する為の駆け引き。その為だけに、意味深な発言で相手の注意を逸らせる。銃を持つ者と、持たざる者。二人の間に、深い沈黙が流れた。「……君たちは何故…自らの命を投げ打ってまで、こんな事をするのだ…?」二葉は感情の消えたような瞳を真紅に向ける。「Aliceの力と権力の為か…?英雄として名を残したいが為に、あえて無謀に挑むというのか…?」復讐の為…二度と悲劇を繰り返さない為…そうして荒野を駆ける時、常に考えていた事が有った。「…私の信じる道を生きる為よ」真紅はゆっくり、口を開く。 「……その為に、死地へと赴くか?……それは…矛盾だな……」二葉の暗く濁った目が、真紅の言葉ごと射抜く。「いいえ…矛盾ではないわ……だって…生きる事って、闘う事でしょ…?」呟くような、囁くような遣り取り―――真紅には一瞬、二葉の目に『何か』の感情が過ぎったように見えた…… ―※―※―※―※― 「……やっと…始まってくれたね……」蒼星石は肩を押さえながら、炎の上がったゴーストタウンを一瞥した。肩の傷口からは、どんなに押さえても血が流れ続け―――指先を伝って、地面に小さな溜りを作っていた。「大丈夫ですか!?蒼星石!!」翠星石が医療品の詰まった鞄を片手に、蒼星石に駆け寄る。「…うぅ…酷い怪我ですぅ……今、治療してやるですよ!」そう言い、鞄の中に手を突っ込み、止血用の糸を取り出すが…「ありがとう、翠星石……でも…そんな時間は無いよ…」蒼星石はそう言い、翠星石の肩に手を伸ばし―――その指先は虚空を掴んだだけ。「……そう……せいせき……?」「………ううん…何でもない…僕は…大丈夫だよ…」「何でもない訳無いです!ちょっとこっち向きやがれです!!」翠星石は蒼星石の顔を両手で掴むと、息のかかる距離まで引き寄せた。 蒼星石の目。自分の顔を鏡に映したように存在する瞳。綺麗で大好きな、オッドアイ。その右目が…右目の瞳孔は、血に濡れぼやけていた。「……少し…血を流しすぎたかな……?」蒼星石は少し弱気な笑顔で…それでも優しく、翠星石に告げる。「蒼星石…そんな……目が……!」「…大丈夫だよ……僕の友達は…片目でもとっても強かったんだよ…?」頬に当てられた翠星石の手を、そっと、つかまえる。「だから……僕も頑張らないと……」蒼星石が再び戦場に足を向け―――だが、その先に一人の人物が立ち塞がった。「……どいてくれないか…雛苺……」蒼星石はそう声をかけるが…雛苺は動かない。燃え広がる街と、眼前に展開される敵の軍勢。それを交互に見つめ…そして雛苺は静かに語りだした。「…ヒナのお父様もお母様も……みんな、死んじゃったの……ヒナはね…一人ぼっちになっちゃったのよ…」発破『ベリーベル』の詰まった鞄を、雛苺はギュッと握り締める。「でもね……ヒナは……真紅や雪華綺晶や…巴やオディールや…カナリアや……皆と会えたのよ……いっぱい、お友達だできたの……だから…もう…一人ぼっちじゃないの……」雛苺は爆弾の詰まった鞄を、両手で抱きしめる。「…だからね……もう…誰も一人ぼっちになんて…なって欲しくないの……!」そう言うと雛苺は、鞄を抱えたまま戦場へと一人駆け出す――― 「雛苺!!」誰かがそう叫んだ声で、金糸雀は振り返った。そして見たのは―――敵の軍勢目掛け、一人走る雛苺の姿―――その手には、自身の制作した爆弾が鞄一杯に詰められている――――「…そんな……雛苺!!」金糸雀は叫び、防御も忘れて雛苺へと手を伸ばし、走る。だが、届かない。必死に走る。足が絡まり、地面に倒れる。届かぬと分かっていても、それでも手を雛苺の姿へと伸ばす―――もし…鞄の中の『ベリーベル』を全て同時に爆破させれば……広範囲の敵を一気に殲滅する事だって可能だろう……だが……それは同時に、実行者の命すら消し飛ばす爆風―――「雛苺!!ダメかしら!そんなの…ダメかしら!!」金糸雀は必死に手を伸ばす―――そして―――指と指の間から消えてゆく雛苺が、少し振り返って微笑んだように見えた―――― ―――ヒナがお喋りできなくなっても…カナリアはお友達でいてくれるかしら…?――― 「雛苺ぉー!!」叫び声と同時に―――地面を低く揺らす衝撃―――全てをなぎ払うかのような突風―――金糸雀は…地面に顔を伏せながら、泣いた。戦場であるという事も忘れて、泣いた。―――何故…あんな小さな子供が……自分の無力さに、涙を流した。そして……異変に気が付いた。爆発の規模が、小さすぎる事に。衝撃波や砂塵こそ派手だが……人形達の破片が降ってこない。立ち込める砂埃に、目を凝らす――――そこには…うっすら…呆然とした表情の雛苺の姿が…――― 「ひな…いちご…!」自爆したはずの彼女が、何故生きているのかは分からないが……それでも、涙を拭きながら、這うように雛苺の下へと進みむ。そして―――風が砂塵を飛ばし―――そこには…雛苺の傍らには…誰かの姿が…―――「そ…んな……」その人影に気が付いた金糸雀の動きが止まる。「…うーん…計算より、効果薄いなぁ……やっぱり、才能無いのかな……」その影の持ち主は、そう言い眼鏡を指先で持ち上げる。「そして……あなたが雛苺ちゃんね?」その人物はそう言うと、地面で呆然としてる雛苺をヒョイっと持ち上げた。「…ふ…ふゆ…?」何が何だか分からない。そんな雛苺の顔を暫く眺めていたその人物は……不意に奇声を上げる!「あああ!!!かっわいいなあああ!!!カナの次くらいに可愛いいいいいい!!!!」「ピギャー!!」その人物は、雛苺の頬に自分の頬を高速で擦りつけながら、絶叫した。「そんな……みっちゃん!?何でここに…!?」金糸雀が―――驚愕の声を上げた。 だが、当のみっちゃんは雛苺を抱きかかえたまま、平然とした様子。「はーい、カナ。あんな手紙送ってくるもんだから、心配で来ちゃった」ロリっ子を抱えながら、ご満悦の表情で金糸雀に歩み寄った。 「それに…『技術屋』って、横の繋がり強いでしょ?ジュンジュンからも手紙来たしね」そう言い、悠然と歩くみっちゃんだったが…不意に、その足が止まった。いつの間にか、首にはギラリと刃が突きつけられ…後頭部には銃口が向けられている。「……感謝はするけど……『私の』雛苺から手を離して……」刀を持った人物が、小さな声で警告を発する。「そうよ。『私の』雛苺を早く返して」ショットガンに弾を送る音がガシャンと響く。「トモエに…オディール…!」ゆっくり地面に下ろされた雛苺は息を呑み…そして二人の胸に飛び込んだ。「ぅぅ~…とっても…とぉっても怖かったのよー!」泣きじゃくる雛苺の頭を撫で、巴が優しく言う。「…ごめんね…寂しかったでしょ…?」雛苺の涙を指先ですくいながら、オディールが言う。「…一人の犠牲で済むなら……でも、そうじゃないのよね……ごめんね…雛苺」「み゛っちゃ~~ん!!」金糸雀も泣きながら、みっちゃんの胸に飛び込む。「みっちゃん…ありがとうかしら……本当に……みっ…ちゃん……」 みっちゃんは暫く、金糸雀の背中を撫でていたが…やがて、翠星石達の方に向き直った。「ここの指揮は誰が執ってるのかな?」「なんですかこのデカ人間…文句あるですか?」翠星石が一歩前に進み出る。「ううん…よく持ちこたえたと思うわ……」そう言うと、みっちゃんは小さなグレネードを手に持ち、翠星石に見せる。「これは…急いで作ったんだけど…人形に指示を出してる電波を一時的に遮断する金属粉を撒く物なの」「やっぱり、みっちゃんは天才かしら!!」金糸雀が自慢げに声を上げる。「……効果は……?」薔薇水晶が手を挙げて、静かな声で尋ねる。「…良くって…十数秒かな…」「たったそれだけですか!天才が聞いて呆れるですぅ~。…でも……なかなか気が利くじゃねぇですか!」翠星石がみっちゃんの背中をバンバンと叩く。「それじゃあ……そろそろかな…?」蒼星石が、軋みを立てて動き始める人形に視線を向ける。「うい!もう…負けないのよー!」雛苺が元気の良い声を上げる。巴が刀を下段に構え、オディールがショットガンに弾を詰める。 敵はやはり、圧倒的な数で押し寄せてくる。それでも……誰の目からも、絶望の影は消えていた。翠星石は、すっと息を呑み…眼前に展開する敵陣を遥か彼方まで見つめた。最後の号令が…――――「全員――― 突撃ですぅ!!」空高く響き渡る――――― ⇒ see you final Wilds !
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