「可愛らしい城の国」
「どう思う?」小鳥のさえずる木漏れ日の中で、少年が一人呟いた。白いシャツに黒いジャンパーを羽織り、分厚いブーツを履いている。ベルトの背中の辺りにはナイフの鞘が引っかかっていた。 「どうもこうも、お城でしょうに」少年の声に答えるように、若い女の子の声がした。その声の主は、少年が被る、綺麗なロゴが入った帽子だった。今度はその帽子が聞く。「本当にこの場所であってるの?ジュン」ジュン、と呼ばれた少年はリュックから地図やコンパスやらを取り出して熱心に調べてから、「うん、間違いじゃないぞ、アリス。ここであってる。ここが次に僕等が訪れるべき国だ」それから後ろを向いて、「国、ねぇ」アリスがぼやき、「国、なぁ」ジュンもぼやいた。そして続ける。「まあ、これなら入国審査もいらないだろうし、手間が省けるからいいけどな」「それはそうだけど…怪しくない?」「大丈夫。それを言うなら僕等の方がよっぽど怪しい。じゃ、入るぞ」「はあ…って、なによそれー!」二人は入っていった。深い森中に、ぽつりとそびえるその城に。全体的に丸みを帯びた、コミカルで愛らしいその城に。第五歩「可愛らしい城の国」 ―そこを出ると丘に着く。そこに色々なモノがあるから二人で決めて持っていくんだわかった―うむ…それでは、幸運を祈っているようん。じゃあね―…ふむ…『 』―ん?ああ、たった今だ『 ?』―さて、な。後は彼…いや、彼等次第だ「どう…思う?」「どうもこうも…なんだろう…」目の前に広がる光景に、二人はしばし立ち尽くした。コミカルなのは外見ばかりでなくその内部にまで及んでいて、ピンクの床にお菓子柄の壁。窓や机といったモノもすべて可愛らしく作られている。さらに、「ねぇジュン…なんかピカピカして飛んでるんだけど…」「う~ん…虫じゃないし…妖精?」「よ、妖怪!?お化けなの!?」「いや、そんな雰囲気じゃないけど…てか、普通にキレイだろ。こういうの喜ばないか?女の子って」「私はティンカーベルの粉よりプロペラ機で空を飛びたいと思う女の子なのさ。ヒューマンパワー万歳」アリスが力強く宣言した。「あ、そ」そんな幻想的ともファンタジックとも言える空間に佇んでいると、通路の奥から何かがこちらに近づいてくるのが見えた。やがてそれは、耳の垂れたイヌだと分かる。ただし、 「お…おおおお化けー!!!」「いやだから、どう見ても違うだろ。ただのイヌのぬいぐるみだ」「私の知ってるイヌのぬいぐるみは二本足で歩いて来ないー!!!」「んー…まぁ、そうなんだけど」モコモコした足を器用に使って、耳と目尻の垂れたそのイヌのぬいぐるみは二人の前にやってくると丁寧なおじぎをした。「あ、ドモ…」「あああジュン!見てるよ!このお化け私を見てるよー!」「ただ上目づかいのぬいぐるみなだけだ。えっと…僕はジュンでこっちがアリス。入国…というか、入城したいのですが」そのぬいぐるみはじっと二人を見つめ、やがて振り返り、今来た道を戻り始めた。「ん…着いて来いって事かな」ジュンが歩き始めると、アリスが叫ぶ。「いやー!きっと美味しいもので太らせてから魔女に食べさせる気だー!カニバリズム反対ー!!」「まだ言うか。てか、どの道地図にある全部の国を回るんだからいい加減諦めろ。それに悪くても死ぬような事はないよきっと」「ジュンは奴らの怖さを知らないの!?ティンカーベルだって原作では大人になりかける子供を粉で浮かせてその後にィ~~!!」「はいはい。ほら、もうすぐ何かの部屋につくみたいだから静かにな」ジュンにたしなめられてようやくアリスが口を紡ぐ。その間に、前を歩くぬいぐるみがピンクのドアの前に辿り着いていた。立ち止まって一度こちらの様子を伺うと、二人の目の前でズブズブとドアをすり抜け、部屋の中へと入っていった。 「・・・」「・・・」たっぷり三分の沈黙の後、アリスが弱々しく呟いた。「…ねぇ、帰らない?」「…よし、入るぞ」そうジュンが言ったのは、ぬいぐるみがドアに消えてから六分後。「うー、やっぱり?」「ああ。僕等は城を訪れるために旅をしてるんだ。ここで怯えて引き下がるワケにはいない」ジュンがゆっくりと、微かに震えながらドアに向かって手を伸ばす。「きっとこのドアだって何か仕掛けが…あれ?」思いの外、ジュンの指先には固い手触りが感じられた。何度かペタペタと目の前のドアを触ってみるが、それはやはりそこにあった。ドアノブに手をかけてみる。鍵は掛かっていない。 「アリス」ジュンがはっきりとした声で言う。「な、何?」「この先で何かあった時…言えないと嫌だから先に言っとく。今までありがとう。凄く楽しかった」「ジュン…ぐすっ…私も…ひっぐ…楽しかったよ…」鼻声でつっかえつっかえに答えるアリスに微笑み、直ぐに真剣な表情に戻る。「よし…開けるぞ」そのドアは軽く、ノブをひねると途端に開いていく。まるで内側から引かれているようだった。「ッ…!」ジュンは固く目をつむる。体が部屋の中に入ったのがわかった。足が何か柔らかいモノを踏んだ。慌てて別の場所に足を置いたが、また踏んだ。二人はしばらくその状態で固まっていた。が、とりあえず何かされる気配は感じられないので、ジュンはゆっくりと目を開けてみる。そして、そこで見たものは―「…あれ?」ぬいぐるみ、クッション、フリルの入った服に、リボンのついたプレゼント箱。そういった可愛らしいアイテムで埋め尽くされた、可愛らしい女の子の部屋だった。「ジュン!応答せよ!ジュン!…ああ…ジュン…いい子だったのに…」「勝手に殺すな。それより、ちゃんと見てみろよ」「う…?あれ?ここどこ?」アリスが戸惑い気味に尋ねる。「部屋の中。まー、あんな外見の城にあんな通路だもんな。こういう部屋だってのは想像できたよな…まったく…」どこかばつの悪そうな顔で、ジュンがため息をついた。「うい…誰なのー…?」「ん?」「およ?」うず高くつまれたクッションの上から、ピンクのリボンが揺れている。そして、その下からひょっこりと金髪カールの可愛い女の子が顔を出した。「あ!久しぶりのお客さんなのー!」「うわ!」元気よく声を上げた女の子は、何を思ったのか四メートルはありそうなクッションの頂上からジュンめがけて飛び降りた。慌ててジュンが手を広げて、「ぐえっ!」頭の上から、その女の子と後から降ってきたクッションに潰された。「ヒナはね、雛苺って言うのよ!おにーちゃん達は…うい?おにーちゃん?」「ジュン!応答せよ!ジュン!…ああ…ジュン…いい子だったのに…」「ふぐ…勝手に…殺す…な」「それじゃあ改めて。私はアリス。よろしくね」「うい!よろしくなのー」「それで、そこで伸びてるのがジュン」「…よろしく」「はいなのー」今、三人はその広い部屋の中央にある小屋の中にいた。その小屋はいわゆる“お菓子の家”で、実際にクッキーやらアメやらで出来ていた。女の子が座っている椅子やジュンが横になっているベッドも同様だったが、何故か壊れずに人を乗せて役目を果たしている。 「それにしても…とっても可愛い部屋だけど…」アリスが言った。「うい!ヒナのお気に入りなのよ!」「あ、うん、そうじゃなくてね?こんなに色々と部屋に敷き詰めちゃって…大人の人に何か言われない?」「う?」雛苺は首をかしげた。「ここはヒナの部屋なのよ。だからヒナが好きに出来るの!」「へえ…やっぱり城のお姫様ともなるとスケールが違うわね。じゃあここはヒナちゃんが独り占めできるんだ?」「いいえ。ヒナ以外にも住んでる子がいるわ」「え?誰誰?」雛苺が答える代わりにお菓子の部屋の扉と窓が勝手に開き、そこからたくさんのぬいぐるみがふわふわと飛ぶように入ってきた。実際飛んでいた。「みんなヒナのお友達なの!」あっという間に、そのお菓子の家とその周りには動物のぬいぐるみでいっぱいになった。その状況を体を起こして見たジュンが言う。「しかしこうしてみると…凄い光景だな…」「ホント…どうやって動いてるんだろうね…なんと言うか、非科学的だし…」そのぬいぐるみ達はふわふわと宙を舞って雛苺の周りに楽しそうに漂っていた。二人がぬいぐるみ達に目を奪われていると、雛苺が面白いモノ隠していたようにいたずらっぽく笑い、「ふふふ。じゃあヒナの一番の親友を紹介するのよ!くんくーん!」ぬいぐるみの名前を呼んだ。するとお菓子の家の玄関から、器用に二本足でぬいぐるみが歩いて入ってくる。例の、二人を案内した垂れ目垂れ耳の犬のぬいぐるみだった。 「あ、あの時の奴か。くんくん…ねぇ」ジュンがやや渋い顔をしていると、くんくんと呼ばれたぬいぐるみは雛苺の元へと歩き、そのまま雛苺に持ち上げられ彼女の腕の中へ納まった。それから、二人は雛苺に長い長いくんくんにまつわる話を聞かされることになる。この子がどんなにいい子なのか自分がこの子とどれだけ仲が良いのかこの子の好きな食べ物は何か好きな遊びは何かこの子とよく話す事は何かこの子の自慢は何か云々。 最初にジュンがギブアップし、アリスも懸命に話しに付き合っていたものの、一度聞かされた話を改めて繰り返される頃には『うんうん』や『へー』といった相づちだけ打っていた。正直、話は半分聞いていなかった。 二人がようやき解放されたのは、ついにアリスも黙り込んで一人機関銃のように雛苺の話が打ち出されていた頃。流石に疲れたらしい。「ふわぁ…うゆ…じゃあヒナは寝るのよ…」お菓子の椅子の上で船を漕ぎはじめ、やがて机に突っ伏して寝息をたてた。アリスがジュンにこの子を運ぶように言おうかと考えていると、周りのぬいぐるみ達が雛苺の周りに集まり、そのまま体を浮かせて家から飛んでいった。 「わー…便利ー」アリスが感心して言う。「僕にもあれ…頼めないかな…凄い疲れたんだけど…」「女の子の特権だよ。男は動く!」「理不尽だ…」ジュンがアリスに急かされ動き始めるとくんくん人形が歩いてきた。ジュンの前で立ち止まってから、向きを変えて歩き出したので二人はそれにならいついて行く。可愛らしい通路を辿って着いた部屋は、なんとも可愛らしい女の子の寝室だった。 「こ…ここで寝ろと言うのか…」ジュンがうめいて、くんくん人形が頷く。小刻みに揺れて、どことなく楽しそうだった。「いいじゃあん~ジュン~とってもプリティーだよぅ~?あ、でもこういうのに目覚めてもらっちゃうとそれはそれで…」「野宿よりマシだ」アリスが声色を変えてからかうのをピシャリと抑え、リュックや上着を放り投げてベッドに倒れる。「あ…ふかふかだ…今だけなら女の子になってもいい…」「まったく…あ、ジュン。ご飯どうするの?ここに来てから食べてないでしょ?」「ぬ…そう言えば…」体の半分ほど埋もれたジュンが、手足をもぞもぞと動かしてリュックに辿り着き、中から長距離移動用の携帯食料を取り出してかじった。「こーら!行儀が悪い!」「疲れてんだから勘弁してくれ…ん、てかアイツは何も食べずに寝ちゃったな」「雛苺ちゃん?あー確かにね。あの部屋にはお菓子しかなかったし…誰か運んでくれるのかな」「誰って…誰?」ジュンが携帯食料をちぎってかじる。「えーと…ぬいぐるみ?」「あ、なんか納得した」食べきった携帯食料の袋を捨てようとゴミ箱を探したが無かったので、仕方なくリュックに丸めて入れた。「ふぅ。…にしても、見ず知らずの人間がいきなり入って来て、その城の姫と会ってるのに顔も見せないなんて…ここの大人は何してんだ?」「居たら来ると思うよ」アリスが答えた。「そう言うことなんだろうな…まあ色々含めて明日だな。んじゃお休み」「おやすみー。私の手入れは朝一ね」「…了解」そう言ってから、フリルの付いた枕に頭を乗せ、レースの入ったかけ布団を羽織った。『あは…あはは…急に、なんなんだろうね?あはは…』『・・・』『別に平気だよ?だって…今までだって…家事は私が全部してきたし、大して家にも帰って来なかったし。ほら!何にも困らない!』『・・・』『だからいいの!私にはまだパパがいるもの!だから…だから私は平気なんだ!大丈夫なんだ!いつも通りやっていけるんだ!』『・・・』『あはは!だからほら!涙だって…流しさないんだ…あんな親のためなんかに…流してやるもんか…!私は…私は…!…う…あっ…あー!!!』『・・・』ジュンがゆっくりベッド体を起こした。溜め息をついて、頭をかく。「なんだかなー…」「ねぇジュン。朝一番のセリフがそれじゃあ幸せになれないよ?」眠たげな目を隣の机の上に置かれた帽子に向ける。「ほっとけ。てか、起きてたのか」「私はいつも君より先に起きてるのだよ。はい、こんないい天気なんだからシャキッとなさい!」「ういー」確かにガラス窓の向こうは晴天が覗いていて、心地よさげにる草木がそよ風に揺れていた。なので、今出来る限りシャキリと動いて、ずるずる準備を開始する。「朝ご飯も…コイツかな」リュックから昨日の夕飯と同じモノを探し出して、嫌々かじった。「おはようなのー!」「おはよ」「おはよ~う」とりあえずと雛苺の部屋に向かうと、昨日と同じクッションの山の上から元気な声で挨拶する雛苺を見つけた。「今度は飛び降りてくるなよ」ジュンが先にそう念を押すと、えへへ~、とはにかみながらよじ降りてきた。「なあ雛苺?ちょっと話があるんだけど」「うい?」ジュンがそう言うと、雛苺は首を傾げて近付いてくる。二人の間にくんくん人形がやってきて、止まった。「あのさ、雛苺はご飯何食べたんだ?昨日の夕飯とか、今朝の朝食とかさ」「う?」雛苺は再び首を傾げて、ジュンを見た。今度はアリスが、「えっと…じゃあさ、言いたくなかったらいいんだけど…お母さんとお父さんは?今はどこかにいるの?」「・・・」雛苺は何も言わず、ただキョトンと立ってアリスを見ている。「?」ジュンは雛苺が何か話し出すのを待ったが、ただ沈黙が流れた。可愛いらしい部屋の中で、三人はただ黙ってそこにいた。「んーと、聞こえなかったか?だから、食べたモノとかパパとママとか他の人…ん?」ジュンが雛苺に近付いて問いただそうとすると、くんくん人形が割って入った。ジュンの足を掴み、その体に不釣り合いな大きい顔を振る。それを見て、アリスが言った。「…あ、ねぇ雛苺ちゃん。この人形にお城の中を案内してもらっていいかな?ほら、私達昨日ここに来たばっかりだから見て回りたいんだけど!」「うい!構わないのよー。じゃあくんくん、ジュンとアリスお姉ちゃんをよろしくなの!」雛苺は笑って答え、クッションとプレゼント箱の積まれた部屋の奥へと消えていった。ジュンとアリスはクッションが部屋の外へ向かうので、その後ろを着いていく。そして、くんくんがドアをすり抜け、ジュンとアリスがドアを閉めて部屋から出た時、「…申し訳ありません。ジュンさん、アリスさん」「うお!」「わ!」くんくん人形が喋って謝った。大人の女性の声だった。「しゃ、喋った…人形が…?」「お前は帽子だけどな」戸惑うアリスに的確な指摘を入れ、ジュンが聞く。「まあその、こちらこそ何か悪い事しちゃったみたいで。すみませんでした。…それで、教えてくれるんですか?彼女の事」「…はい。それでは、着いて来てください。全てお教えします」暗く、落ち着いた声でそう言った。そして三人は、可愛いらしい廊下を歩き始めた。「こちらです」「・・・」「・・・」案内されたのは廊下をしばらく歩いて着いたドアの前。ただ、そのドアの付近から今までの可愛らしい壁や床の絵柄は消え、ドア自体もごく一般的なドアだった。所々に弾痕や傷跡、黒いシミがあるのを除けば。 そんなボロボロで汚らしい扉の前に立っていたくんくん人形が、振り返ってジュンに言う。「ジュンさん、申し訳ないのですがこの扉を開けていただけませんか?私では無理なのです。鍵はかかっておりませんので」「は、はい」ジュンがその二枚扉を押すと、ギギギ…と耳障りな音を立てて開いた。正確に表現すると、壊れた。「構いません。もう使えませんから」焦るジュンを落ち着かせてから、くんくん人形がやや言いづらそうにジュンに頼む。「あの…私はこのドアの先へは歩けません。ですから、抱えてくださると有り難いのですが…」ジュンは了承し、脇腹を抱えて持ち上げる。が、「あの…出来れば曲げた腕に乗せていただけると…」「あ、スミマセン…」「もう、マナーがなってないんだから。あー、責任を感じるなぁ」「…うるさいな」こうしてジュンは頭にアリス、腕にくんくん人形を抱えて部屋に入った。その部屋の中は酷い有り様で、敷物は引き裂かれ、イスは散乱し、シャンデリアは落ち、壁には所々にひび割れと穴。かろうじて原型を留める中央の長テーブルに乗っていた破片から、そこが食卓であることが見てとれた。 「そちらに」くんくん人形が短いてを部屋の右奥隅を示す。崩れかけの足元に注意しながらテーブルと散乱する椅子を避けていくと、「ひっ!」アリスが、引きつった悲鳴を上げた。そして、「私と、雛苺です」「・・・」落ち着いた声を聞きながら、ジュンは目の前のそれ、ボロボロのドレスを巻かれた、抱き合って横たわっている、大小2つの白骨死体を見つめていた。「あなたは…雛苺のお母さんなんですか?」しばらくして、ジュンが口を開いた。「はい。名を雛菊と申します。もっとも、これはここに嫁いでからの名ですので…本名はベリーベルです」ベリーベルと名乗った人形が2つのそれを見ながら答える。「どうして…こんな事に?」「…あれは、もう10年以上前のことになるでしょうか。雛苺が近くの森で迷子になり迷っている方々を連れてきました。6、7人だったと思います。柄の良くない方々でしたが、彼女はあのような性格なので親切…というより、助けてくれと言われたのを良しと答えただけなのでしょうね。中にはかなり危険な状態の方も居ましたが、なんとか一命を取り留めました。他の方々は雛苺に恩返しと良く遊んでくれて、娘も彼等に懐いていました。…今にしてみれば、“取り込んだ”という表現の方が正しいのですが」 そこでベリーベルは言葉を切った。ジュンが尋ねる。「では、その方達に?」「ええ…ジュンさん、アリスさん。このお城にいらした時、不思議に思いませんでしか?」「はい。こんなしっかりとした城が立っているのに、道は荒れて城壁は風化してました。家も跡があるだけでしたし」ベリーベルは頷いて、「あそこは私達が逃げないよう火を放った場所なのです。ジュンさん、そこの壁の穴から城の裏手が、この国の全体が見渡せます」ジュンはゆっくりとその穴の方に歩き、覗いた。「うっ…!」「ひ、酷い…!」「気分の悪くなる景色をお見せしたのはお詫びします。ですが、これが一番この国に起きた事を正確に伝えられるので…」ジュンとアリスはたまらず目をそらしたが、ベリーベルだけはその光景を見据え、続ける。「娘が助けた彼等は、恐らく札付きの盗賊達だったのでしょう。全員の体調が全快した頃…この国の全てを奪ったのです。救命の恩など…彼等には微塵もありませんでした。とても…遺憾な事です」 その言葉は、重く、その部屋に染み渡った。 「それでは…あの、同じ質問で悪いんでけど…どうして、こんな事に?」ベリーベルが街の方からジュン達へと顔を向ける。「私達の事ですね。お話します。先程も言いましたが、私はこの国を起こした雛家に嫁ぎました。その前の私の家、ベル家には少し不思議な力があるんです」「不思議な…力?」アリスが聞いた。「力、といっても大したものではありません。私の家は精霊の巫女の家系と言われ、その血をひく娘には精霊と対話することが出来ると言います」「せ…精霊、ですか?」ジュンが渋るとベリーベルは笑った。「昔の話しです。確かに私や母、祖母には特別な力はありましたが…それはある場所に行くと何かを感じたり、何かが聞こえるような気がする、といった程度です。あくまでも一方的なコンタクトなので、対話など出来はしません。ですが…」 「雛苺は出来た、と?」くんくん人形は頭を縦に振る。「実際私を含め、全ての大人は確認出来ませんでしたから疑う人もおりました。ですが、私が見るに恐らくは。それが突然の覚醒なのか、雛家の血の力なのかはわかりませんが」 「それで…それが?」ジュンが首を傾げた。「ああ、すみません。それで、あの日…あの忌まわしい時の事です。私達はここで食事を取っていました。そこに彼等が銃を持って入って来て…夫が撃たれた時、私は全てを悟りました。嘆く暇もありません。せめて娘だけはとあの子を抱えて走ったのですが…この通りです」ジュンの横の白骨は、大きい方が背中の服に、小さい方は頭に穴が空いていた。「そして撃たれた時、あの子の体が熱くなった気がして…それから意識を失って、気付いた時には…城はあの子が良く描いていた理想のお城に。私はあの子が一番大切にしていたこの人形の姿に。あの子は…その中で元気に遊んでいました」 「その…不思議な力が原因だと?」「それしか考えられません。私がこの姿で居られたのは、あの子の近くにいたからか、私自身の力なのか…でも、正直なところ、どちらでも構わないんです」ベリーベルであるくんくん人形は少し顔を上げ、ゆっくりと呟いた。「あの子がああやって笑っていて、それを私は見ている事ができる。親として、これ以上の幸せはありませんよ。私は…幸せ者です」∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽だから嘆かないで。私は幸せだった。とても、とても、幸せだったよ。だから嘆かないで。私は幸せだ。とても、とても、幸せだよ。なのに貴方は泣いている。私の為に泣いている。それが何より辛いこと。貴方はわかっているのかい?∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ 「僕達に…何か出来る事はありますか?」ジュンの提案にベリーベルは首を振った。「私達は過去の遺物。あなた方は今を生きる人。本来ならば会う機会さえ無いのです。私達にこれ以上関わってはいけません。ですから…」ベリーベルが二人を見て、今までに無い強い口調で言った。「ここから出て行ってください。今すぐ!」「え…」ジュンが声を出した瞬間、城全体が大きくきしんだ。すると、可愛らしい床や壁、天井から無数の茨が伸びてくる。それは激しくのた打ち周り、何かを必死に探しているようだった。 「始まりましたね…」「な、何がですか!?」ジュンが叫ぶ。「この城はあの子が望むように出来たもの。あの子が幸せでいるモノだけが存在します。逆に言えば、それ以外のモノは拒絶され、“無かった事”になるのです。あの子にとって、そばに居ない親は存在しなかったモノとして扱われるのですよ。食事という行為も同じです」 「だ…だから!?」今度はアリスが叫んだ。「あなた方が戻らないのをあの子が不安に思い始めたのでしょう。ですが、この城に『不安』は存在できません。ですから、あなた方を探しているんです」「じゃあ戻らないと…」「いいえ」ベリーベルがはっきりと言った。「あの茨に捕まれば、二度とこんな事が無いようにあなた方は人形にされます」「いいっ!?」「この場所はあの子の力の干渉を受けていませんので問題ありませんが、ずっとこの部屋にいるわけにもいきません。あなた方は、旅を続けるのですから」「でも…どうすれば!?」アリスが叫ぶように聞くと、ベリーベルが言った。「私の力で少しの間干渉を防ぎます。ジュンさん、私を抱えて走ってください!」「わ、わかりました!」ジュンがベリーベルの指示の元、食卓から玄関までの最短ルートを走り抜ける。その間いたるところから茨が伸びてきたが、ベリーベルを中心とした球体状の結界がそれを弾いた。 途中、肩に何か当たったような気がして顔を向ける。抱いたくんくん人形の耳が片方無かった。「ベリーベルさん!?」「覚悟の上です!さあ走って!」廊下を抜け、階段を下り、ロビーに出て、玄関へ。その間も次々にくんくん人形の体は朽ちてゆき、既に体と頭以外は、片目と鼻と手が一本くっ付いているだけになった。 「この人形は…あの部屋で唯一“実際に存在したモノ”なんです。私はそれを力で押さえていましたが…それが現実の産物である以上、何時かは朽ち果てるべきなんですよ」 「じゃあ…ハア、じゃあ、僕等が来なければ…ハア、もっと…!」「いいえ。貴方を受け入れたのは私です。あの子の一時の喜びの為に。その為に私は今の自分を捨てるのです」「そんな…今幸せだって言ったじゃないですか!」玄関が見えた。だが、茨がその出口を塞ごうとしている。「幸せです。それは、あの子が笑っているからです。貴方達が来て、娘はとても喜びました。それが、私の全てなんです」「…ッ!」「それに、彼等の本性を見抜けなかった私に、永遠にあの子といるなど過ぎた幸せ。ただ…貴方達には迷惑をかけましたね。ですが」「うわっ!?」突然ジュンの体が宙に浮き、玄関に向かって吹き飛ばされる。その寸前に、ジュンは聞いた。「大切な人が幸せなら他は何でもいい。そういう人もいるんです」遠ざかるくんくん人形に何本もの茨が巻き付いた。すでに綿の塊と化していたそれは、あっという間に引きちぎられ、砕け散った。「ぐっ!」「きゃあ!」地面に叩きつけられたジュンはアリスを飛ばしながら、草の上をころがる。体を支えて顔をあげると、それは昨日見た、コミカルで愛らしい城門が固く閉じられていた。 「はぁ…はぁ…なんなんだよ…くそ…」全身で息をしながらジュンがうめく。「だからファンタジーはキライなんだよう…いいもん、もっとキライになってやる」「あ、そ」答えるのもだるそうにポツリと言ってから、ジュンはアリスにくすんだ綿がくっ付いているのを見つけた。「ベリーベルさんの…だな」「…お墓でも作る?」「いや」ジュンははっきりと言った。「あの人は自分の墓なんて興味ないだろ。あの世にいたって、雛苺の事だけしか考えてないさ。ホント…迷惑な人だったよ。まったく…」「ふうん?妙にイラついてるじゃない。どして?」ジュンが自分とアリスについていた土や草をはらう。「さあね。自分でもよくわからない。アリスは?」「私は悪くないと思うけどなー。ファンタジーはごっつキライだけど、これはアリ。人間らしい鋼鉄の意志ってヤツさ!」「はあ。そんなもんかね」ジュンはリュックから水と、食料と、地図を取り出す。溜め息もオマケについてきた。「次でラストか…贅沢は言わない。命の保証ができる国がいい」「あははー。同感」ジュンは水を飲み、地図で次に向かう方向を考えてながら、食料を嫌々かじった。 一人の旅人がいました。背が高く、金髪の器量の良い男です。その男が、とある国を訪ねました。男が森を歩いていると、目の前から女の子がやってきます。『うい?おじさん何してるの?』男は答えます。『この辺りにある国を探しているんだよ』女の子は嬉しそうに叫びました。『ヒナ案内出来るの!連れて行ってあげる!』男はお礼を言って、飴玉を女の子にあげました。『美味しいのー!でも、どうしてくれたの?』男は笑って答えます。『案内してくれるお礼さ。こういう親切はとても大切な事なんだよ。ありがとう』女の子も笑いました。『ヒナ、これからも迷った人を案内する!クマさんとかワニさんとかは怖いけど…頑張るもん!』男は腕を振り上げる女の子に連れられて、お城へと向かいました。女の子の頭には、ピンク色のリボンが楽しそうに揺れていました。
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