《其処に至る経緯》
《其処に至る経緯》「………ヒット、もう一枚だ」事の始まりはなんだっただろう。とても詰まらない事だった様に思う。実際、記憶に残っていないのだから、そうなんじゃなかろうか。「ふぅん………三枚目だけど、いいの?」あぁ、そうだ。目の前にいる傲岸不遜なディーラーと小さな賭けをしていたんだ。それがどうしてか―僕自身が大人げなかったか、彼女が弁舌巧みだったか―今は大きなモノを賭ける事になっている。「ぎりぎりだけどな。――いいから、配ってくれ」彼女は、さも気にする様子もなく一枚のカードを裏向けて渡してきた。僕も同じ様にそっけなく受け取り――カードの数字を見て、にやりと笑む。僕達がしているゲームは、誰でも一度はした事があるだろう『ブラックジャック』。そして今、僕に配られたカードで………僕のカードの合計値は、20となった。「――スタンド。これでいい」この数字であれば、そうそう負けはない――相手が相手だけに、予断は許さないが。………『賭け』の内容を再度頭の中で確認する。『勝てば、彼女に何か一つ命令できる』。冗談交じりにちらりと唇に視線をやったら、相も変わらず冷たい口調で「構わないわ」と返してきやがった。『負ければ、僕が何か一つ命令される』同じくふさけて心臓に指を突き立てたら、薄笑いを浮かべて「それもいいわね」だと。『言い訳無用』。反故にされたら敵わないと先だって牽制したが、憮然とカッターナイフを自分の指に押し当て「血判状でも作る?」と威圧してくる。『勝負はこれで最後』。こんな大勝負、そう繰り返すものではない。それには彼女も賛同なのか、あっさりと首を縦に振った。もっとも、僕も彼女も負けるつもりはさらさらなかったが。「そう。じゃあ、オープンしましょう」ゆっくりと二枚の手札を表向きにする彼女。気後れしてはならない――僕も、倣う様にカードを彼女に示す。僕の数字は20、そして、相手の数字は………。「よし、僕の勝ちだ!」相手側の一枚目が捲られた時、僕は勝利を確信し、声をあげた。その数字では、どう組み合わせても『20』には届かない。………届かない筈だが。彼女は残っているもう一枚をめくり、静かに言い放った。「――残念ながら。私の勝ちよ」その言い方が余りにも自然で。僕は自分が数字を、トランプを見間違えたかと疑った。もう一度、眼を凝らしてみる――どう見ても、彼女の合計値は『13』。「って、僕の勝ちだろ、言い逃れ――」「数字の上ではね。でも、『私』はルールの上をいくわ。そうは思わなくて?」「………滅茶苦茶だな、おい」「知らなかった?」「………いや、知ってた」「そ。――命令よ。『朗繕学園に受かりなさい』」「あのな………簡単に言うけど、偏差値どれだけ足らないと思ってるんだよ」「『言い訳無用』。――それとも、貴方の鞄に入っている学園のパンフはただの見栄?」何時見たんだと苦笑するが、そう言えば是までの賭けでお互いの鞄は暴露されていたっけ。少しばかり彼女の視線から逃れ、頭を掻きながら窓の外―空を眺める。終礼が終わった後だと言うのに、空はまだまだ青が占めていた。(――今はまだ四月だっけ)だったら、我武者羅に勉強すれば、何とかなるか。「辛くて苦しい選択を勝ち取れって事、か」視線を彼女に―彼女の手札に戻して、溜息と微苦笑を洩らす。あやふやだった僕の道を、彼女は力技で決めさせた。恐らく、臆病者の僕には後押しが必要だと言う事を認識していて。「ええ。付け加えるなら――」柔らかい微笑を浮かべ、彼女はトランプをケースに直していく。僕の三枚のカードを受け取り。最後に、彼女自身のカード―『4』と『9』―を重ねた。「真紅と共に、なのだわ」―――――――――――――――――――――――《其処に至る経緯》 end《其処に至る経緯》After episode(もしくは、始まりの保守を致すのだわ)「――やった、漸くB判定にまで漕ぎつけた!」「前回の模試?まぁ、やっと教えていた甲斐が出てきた所って事ね」「素直に褒めてくれてもいいと思うんだが………」「あら、だから、紅茶を入れてあげているじゃないの。私が」「それ、わざわざ倒置法使ってまで言う事か」「言う事だと思うけど?」「自分をよく知っていらっしゃる………。――ところでさ」「はい、どうぞ。――何?」「ん、サンキュ。お前の判定結果は?」「勿論、Aだけど?でなければ、人に教えるほどの余裕は出ないわよ」「………うん、そうなんだよな。『勿論』って言えるほどなんだよなぁ」「………回りくどいわね。本当は何を聞きたいの?」「じゃあ、単刀直入に。――なんで、推薦使わなかったんだ?お前の成績なら、問題なく通った筈だろう?」「………幾つかあるけれど。一つ、教えている私が先に終わっていると、緊張感がなくなってしまうから」「ふぅん………そりゃまた、ご苦労なこって」「………一つ。足掻く貴方に優位に接せられるから」「あぁもぉ、そんな事だと思ってたよ、ちくしょう!」「ほほほほ、幾らでも喚きなさいな」「くぅ、近いうちに見返してやる………!」「期待せずに待っておくわ。――後一つ。ただ単に――」「――んく、相変わらず、紅茶入れるのだけは上手いな」「『だけ』は余計なのだわ。………ったく」「………ん、何か言おうとしてなかったか?後一つとk」「――聞き間違いよ。さ、早く飲み終わって、勉強の続きを始めるわよ」――ただ単に、『同じ時間を、同じ事をより多く過ごしたい』から――
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