『白薔薇ト苺ノ過去ト現在ニツイテ』
その日の夜にね、たまたまトイレに行きたくなって、部屋をでたの。それでね、一人でトイレに行くのは怖いから、お父様に一緒に来て、ってお願いしようとしたの。でも、お父様はどこを探してもいなかったのよ。怖かったから、そのまま一人でトイレに行ったわ。夜にひとりでトイレに初めて行けたの。怖かったけど、なんだかうれしかったわ。それで、トイレから戻るときに、明かりがついてたから、食堂に行く事にしたの。誰でもいいから、ヒナが夜に一人でトイレに行けたことを自慢したかったの。それで、食堂を覗いてみたら、お父様が沢山の大人の人たちと一緒に何かを喋っていたのよ。ヒナはじゃましちゃいけないと思って、お父様たちにばれないように一人でその様子を見ていたの。そうしてたらね、お父様が長机の燭題をちょっといじったの。その直後にヒナの後ろに階段が出てきたのよ。地下へ続く階段。そんなのがあるなんて、私は知らなかったわ。それでね、お父様たちが怖い顔してこっちに来たのよ。なんとなく、ここにいることがばれちゃいけない気がして、ヒナは隠れられる場所を探したわ。けれど、そんな場所はここにはない。いつも友達と一緒にこの家でかくれんぼしたのだもの。それにヒナはちっちゃいからかくれんぼは得意なのよ。でもね、一箇所だけ、隠れられる場所がそこにはあったのよ。新しくできてたの。それは、階段の下。地下室。そこに逃げ込むことにしたの。暗くて長い階段だったわ。ちょっとバランスを崩したら下に転げ落ちそうで。でもね、後ろからカツン、カツンって音が沢山沢山聞こえてくるの。追いつかれたり、いることがばれたりしたら、大変な事になると思ったの。だからいっしょうけんめい逃げたわ。それでね、階段がついになくなったところにね、おっきな繭があったのよ。青白く光る大きな繭。その後ろにはもっとおっきな機械のかたまり。足音はもうすぐ近くまでせまってきていたわ。だからヒナはその中に隠れることにしたの。それでね、機械の陰に隠れてすぐだったわ。大人たちが追いついたのは。その中の一人がいったの。『どうやら子鼠が一匹、紛れ込んでいるようですね』って。そう言われてすぐ気がついたわ。ヒナのくつが一足脱げていたのよ。ヒナは怖くてたまらなくって、機械の陰でずっとぶるぶる震えていたわ。私はすぐに寝ておくべきだったって、後悔したわ。『見つけたらどうする』『始末するに決まっている』『靴のサイズからして子供だ。おそらく・・・旦那様の娘さんだと思われますが・・・』『この事実は外に決して漏らしてはならない禁忌だということは、君だって十分わかっているだろう? 一ツでも、このことが外にばれてしまう原因があってはならないのだよ。そのためなら・・・』『・・・わかりました』『全ては人類繁栄、吸血鬼撲滅のために』・・・ヒナはずっとものかげでがたがた震えていたわ。お父様のあんなに怖い声を聞いたのははじめてだったわ。ヒナはずっと、目をつぶって、誰か助けて、誰かこっちに来て、って願っていたの。そうしたら、声が聞こえたのよ。『私が、そばにいてあげる』って。それで、ヒナが次に目を開けたらね、手がまっかになっててね、床と壁と天井が血まみれになっててね、そこにいっぱいいっぱい、ひき肉みたいなのがあったの。ひどい血のにおいに、引き裂かれた臓物からあふれ出す排泄物のにおい。すごい気持ち悪くて、吐いてしまいそうになったわ。でも一方で、そのおぞましい光景を見て、なんだか、幸せな気分になる自分もいたの。そんな自分がいやで、ほんとうにいっかい、吐いちゃったわ。そうしたらね、ヒナの口から、いっぱいいっぱい、お肉みたいなものが出てきたのよ。その日のディナーのメインディッシュはお魚さんだったはずなのに。ヒナは、ごくりってつばを飲んだわ。とっても濃い、血の味がしたわ。それでね、これは私がやったって自覚したの。この惨状を、作ったのは私だって、自覚したの。雛苺は、人を殺し、父親を殺してしまったって。頭の中がまっしろになったわ。手足が勝手に動いて、とまらなくなった。転がるように下った階段を、飛ぶように上った。やさしかったメイドさんたち。お母様。私の手はそれを八つ裂きにしていったわ。そして私の口は、肉袋になったそれらから漏れ出す体液をおいしそうに啜ったわ。彼女たちの肉を美味しそうについばんだわ。とても柔らかくて、まずかった。それでも、ひとくち喰らう度に体中に力が湧いてきたわ。ええ、実に美味でございました。このようなナリではありますが、私とて吸血鬼の端くれでありますから。でもね、きらきーは悪くないの。ヒナはね、ううん、ヒナがね、お願いしたの。『私を助けて』って。利害が一致したと、思ったのです。私は。私は、あの場所で、長い事、飼われておりました。血を啜ることも、肉を齧ることも、一切の自由が許されないあの暗くおぞましい場所で。私はそこから逃げ出したかった。自由な夜の闇へと。彼女は助かりたかった。目の前に迫る自らを死へと追いやるモノたちから。ならば、殺してしまえ、と。私は弱い。そして彼女も弱い。しかし、私は彼女の力を借りれば、人間数体くらいは造作もなく殺せます。けれど、彼女はそんなことは全く望んではいませんでした。私にとって、あの男は敵以外の何物でもなく、いつか必ずめちゃめちゃにしてやると誓っておりました。しかし、彼女にとってあの男は、何にも代え難い、大切な存在だったのです。あの男だけではありません。やさしかった給仕たちや、美しかった母親。それらが自らの事を恐れ、武器をとって自らに襲い掛かり、そして自らの手で、それらを屠る。その事が決め手になってしまいました。彼女の中で形作られていた小さな世界が、跡形もなく壊されてしまったのです。彼女の心は崩壊しはじめてしまったのですよ。それとともに、彼女の肉体の方も衰弱してゆきました。折角少しは自由になる身体にお邪魔できたというのに。このままでは彼女の身体が使えなくなるだけではありません。彼女の肉体、精神の衰弱に合わせて、私の心も衰弱してしまいます。彼女に必要だったのは、壊れ、傷ついた心を癒すこと。私に必要だったのは、私が憑いたことによって吸血鬼化した彼女の肉体を維持するための血液。背に腹は変えられません。私は助けを呼ぶことにしました。だから、きらきーはきらきーを捕まえてた組織に、つまりは”太陽”に助けを求めたのよ。~雛苺とも、雪華綺晶とも取れぬ『彼女』は、そう締めくくった。踊る白薔薇。踊らされていたはずの少女。二人はホテルから墜落し、そして私が救い上げた。けれど身体にかなりの無理を強いていたようで、彼女たちは指一本も動かせないような状態だった。もはや雪華綺晶/雛苺は脅威でも何でもなく、ただの弱くて弱い少女だった。というわけで今、私たちは、機関車に乗っている。そこにいるのは、私、ジュン、双子。それに柏葉と雛苺、雪華綺晶。田園風景の続くのどかな道を、くろがねの塊が駆け抜ける。「私は、雛苺の心が壊れる事がないように、応急処置として、私の心を少し与えました。 言うなれば、つめもののようなものでしょうか」雛苺の身体を借りて、雪華綺晶が語る。「でも、それがよくなかった」柏葉は、窓の外を眺め続ける。黒髪がさらさらと揺れる。雪華綺晶の方を見ようとさえしない。でも、彼女たちの話を聞いていることは確かな気がした。「壊れた心は、私の正常な心に依存することを始めました」翠星石は眼のやり場に困り、蒼星石は寝ている(彼女は腕は包帯でぐるぐる巻きにされていた)。「つまりは、融合」雛苺の右目の白薔薇が、風にあおられ、ふわふわとゆれる。「彼女と私との境目が、あやふやになりつつある。 さっき語った私たちのいきさつも、私が全て話しているつもりだった。 でも、ところどころ、彼女。雛苺の感情も漏れ出していた」金色の瞳は、じっと虚空を見つめる。「それだけではないわ。吸血鬼は『雪華綺晶』だけのものだった。 私がこの身体から出て行けば、彼女には何事もなく普通の身体に戻れるはずだった。傷は残るけど。 けれど今は、『雛苺』も吸血鬼化していってしまっている。そして私自身も、この身体から出られなくなってしまった」そこで、雪華綺晶は口を閉じる。この車両には、私たち以外の客は乗っていない。窓から窓へと、風が吹き抜ける。翠星石が貧乏ゆすりをする。きっと雪華綺晶に文句を言いたいのだろう。今までの話にだって、合点がいかないところもある。煮え切らない思いを抱く。「そういうことなら、いいものがある」柏葉の真後ろの席。背中合わせに座る青年。桜田ジュン。彼が投げて寄こしたのは、小瓶に入った透き通る橙色の液体。「お前がその子に取り憑いたのはいつだ?」彼は問う。「1ヶ月ほど前になるわ」まったく表情を変えることなく、即座に答える雪華綺晶。「なら全然余裕だ。これを1週間くらい飲み続けろ。お前がその身体からはがれることくらいはできるようになる」彼は言う。柏葉はその小瓶を、道具を手に入れたサルのような目で見つめていた。その一方で、私と翠星石は眼を見張った。それは見覚えがある薬。いや、見覚えがあるどころではない。仕事の度に見ることになる液体だった。その小瓶の中身は、吸血鬼となった人間に、無償で配っている薬だった。第十七夜ニ続ク不定期連載のはずだけど大体毎回やってる蛇足な補足コーナー『銀ジュンによるまとめ』銀「とりあえず蒼星石と雪華綺晶は暫く戦線離脱ねぇ」ジ「雪華綺晶がこれ以降戦うかどうかはわからないけどな」銀「今回はいわゆる伏線ばらまき回だったわね」ジ「まぁ薬の正体は僕が知ってるからともかく、太陽がなぜ雪華綺晶を確保してたのかは謎だな」銀「あとは柏葉が持っているかもしれない、太陽の裏極秘情報とかね。 それが雪華綺晶うんぬんに繋がってくるのかもしれないけど」ジ「まぁそういうわけで、次回からは新展開が始まると信じてる」終
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