白い悪魔
~薔薇乙女で一年戦争~ ――白い悪魔――訓練期間という名目で、巴は休暇を楽しんでいた。数年ぶりに帰ってきた故郷、サイド3の町並みをジュンの案内で散策する。「へぇ…このお店、まだあったんだ…」「だろ?あの人とか、僕らが子供のときから全然老けてないよな?」「…ほんと…全然変わってない…すごいね…。人形か何かなのかな…?」「流石にそれは…いや…待てよ…まさか!」「ふふ…桜田君がのって来るなんて…変わったね?」「…そうかな?」「…うん…変わった…」少し照れくさそうに頭を掻くジュンと、その隣を歩く巴。そして…その背後に追跡者の黒い影が…「うゅ~…いい雰囲気なの~!やっと巴にも春の予感なのよ~!」建物の陰に身を潜めながら、目をキラッキラに輝かせた雛苺。いつの時代も、どの年代も、決まって誰もが興味が有る。他人の恋愛。雛苺もその例に漏れず、木星で出会った友人直伝の尾行術で二人を追跡していた。「! 曲がったの!確かこんな時は…『見失わないように即座に追跡かしら~』なのよ!」意気揚々と二人の消えた角を曲がり――思いっきり、ジュンの背中にぶつかった! 「?? …こんな所で何してるんだ?」ジュンが手を差し伸べ、助け起こしてくれる。「……! そうね…雛苺も一緒に散歩しましょう?」巴が少し慌てた表情を見せ…それでもすぐに、笑顔で服の埃を払ってくれる。「うい!ヒナもご一緒するのー!」雛苺はさっきまでの目的も忘れ、楽しくなってきた。オープンカフェでお茶を飲む。雛苺がスプーンにすくったパフェをジュンに差し出す。顔の周りをベトベトにされたジュンが迷惑そうな顔をし、それを見た巴が優しく笑う。見つけた可愛いショップに入る。巴と雛苺が楽しそうに服を手に取り、待ちぼうけを喰らったジュンが不貞腐れた顔をする。古いゲームセンターに行く。ジュンと雛苺がレーシングゲームで対戦し、巴はどちらを応援したものかちょっと迷う。旧市街へ回り道しながら、帰路に付く。ジュンが両手で買い物の箱をかかえ、巴が雛苺の手を引く。ここが地球なら夕陽が見えそうな時間になり、研究所に帰ると…一人の研究員がエントランスから駆け出してきた。その研究員は、ジュンの姿を見るなり、叫ぶ。「大変です!ソロモンが…ソロモンが堕ちました!!」こうして…柏葉巴の最後の休暇は終わった…――― ※---フラナガン機関---※研究所内に設けられた、所長室。そこの椅子に座ったジュンは一枚の指令所に目を通し…それを丸めてゴミ箱に捨てた。(…誰が…こんな命令に従うって言うんだよ…!)ため息をつきながら、背もたれに体重を預ける。ギシッと軋む音だけが、静かな部屋の中にやけに大きく聞こえた。そのまま天井を見つめ続ける。こうしてても何も変わらないとは分かっていても…今はこうしていたい。不意にドアが小さな音で開き――「……桜田君…」巴が入ってきた。「なあ柏葉…やっぱり僕は何も変わってないよ…。弱くて、臆病で、自分の事で手一杯で…」「……出撃命令が来たの?」「……それだけなら…全然良くないけど…それだけなら、まだ良かったさ…」巴は部屋に置かれているソファーに座り…ジュンは立ち上がり、部屋の端に置かれたポットに足を向ける。「…コーヒーで良かったか?」そう言いカップを巴の前に置き、正面に座る。まるで絵画のように動きを止めた空間の中、カップから上がる湯気が時間が正常に流れている事を告げる。「…命令がさ…二人を強化人間にして出撃させろ…って…」 沈黙を破ったジュンの呟きに聞きなれない単語があったが、巴は黙ってジュンの言葉に耳を傾ける。「強化人間ってのはさ…ニュータイプの能力を無理やり上げさせた人間の事でさ…でも理論だけで、全然確率されてない技術でさ…」ジュンはそこで一瞬黙る。「…今の技術で強化人間の処置をしても…確かに強くなるかもしれないけど…それ以上に、精神は…心は…確実にボロボロになる…」ジュンはこの部屋で初めて、巴の目をしっかりと見る。「そんな命令…従える訳無いだろ…?」少しはにかんだような笑みを向けてくる。「……ありがとう…」「…いや…当然の事さ。上には何とか掛け合っておくし…この件は忘れてくれよな」「…うん……ありがとう…」さっきから『ありがとう』しか言ってないが…巴にはそれ以外の言葉が見つからなかった…。時計に針が逆に廻る事が無いが…それでも、失われた平穏が戻る事を誰もが願い…そして…無情にも出撃の日は来た…… ※---ソロモン宙域付近・ムサイ級巡洋艦内---※カタパルトが取り払われ、スペースを増した格納庫に、2機の機体が置かれている。そしてその前にはジュンと…ノーマルスーツに身を包んだ巴の姿があった。「柏葉…無茶はするなよ…?」「……うん…」巴は自らの搭乗する機体、MS-15・ギャンに視線を向ける。ひょっとしたら、自身の棺桶になるかもしれない存在。出撃は初めてではなかったが…鼓動が初陣の時より激しく耳に届く。――死にたくない――その思いだけが、胸に強く広がる…。「……帰ってきたら…また…雛苺と一緒に散歩しようね?」「……ああ…分かったよ…」生きる理由が出来た。死ねない理由が出来た。絶望できない理由が出来た。負けられない理由が出来た。勇気を与えてくれた幼馴染に、精一杯の微笑みを向ける。そして…巴は振り向かずに、自分のMSに乗り込む。振り向いたら…そこから弱い自分が忍び込んできそうだから…そして…コックピットのモニターの端に映る、巨大なMAに視線を向ける。絶対に守ると心に決めた存在…雛苺の乗るサイコミュ搭載試験機『ブラウ・ブロ』目を瞑り、息を吸い込む。そして…――「……柏葉巴…MS-15…出ます!」ミノフスキー粒子が高濃度で散布されていた為…艦との通信はすぐに途切れた。「私が斬り込むから…雛苺は遠距離からのサポートをお願いね…」『うい!ヒナがトモエを守るのよー!』「…ありがとう雛苺…でも…あなたは自分の身を守る事を考えて…」そう言い残し、巴はギャンのバーニアを大きく噴かせる。(私の格闘戦と雛苺の遠距離射撃…勝てるわ…勝てるわよ…)そして…遠くに…目標を搭載した戦艦『木馬』が姿を現した…『木馬』が放こちらの姿を確認し、メガ粒子砲を撃ってくる――!「!!?」光と同じ速度で放たれるそれを回避する事など不可能に近いが――巴は背中に走った悪寒と共に、それを全て回避した――!だが…全て避けたにも関わらず…悪寒はどんどん強くなる…それはまるで…どこかから、糸にかかった獲物を見つめる視線を向けられたような…「……! これが…プレッシャー…」背筋に感じる悪寒が、不意に痛みを伴いそうなほど強くなり――「!!」巴は咄嗟に操縦桿を倒す――!同時に数本、光の柱が真横をよぎり…そして、最強のMS・RX-78と…最狂のニュータイプ雪華綺晶が姿を現した…(ここは木馬の射程圏内…まずいわ…)すぐさま巴は、その場から踵を返す。作戦は…ガンダムの破壊、それのみ。何とかして敵をおびき寄せないと…だが…巴のそんな心配を他所に…敵は単機でこちらの追跡をしてくる…突然、一般回線で通信が入り――雪華綺晶がコンタクトを取ってきた。『ふふふ…逃げないで…可哀想な駒鳥さん…』ひたすら無視して、作戦ポイントへ急ぐ。『ふふふ…怖がらなくても大丈夫ですわ…』『くるくる…くるくると…一緒に踊りましょう…?』(……狂ってる…)今すぐ通信を切り、この狂人の言葉を止めたい衝動に駆られるが…その必要も無い。なぜなら…作戦ポイントに到着したから。巴はバーニアを止め…そして反転し、一気にガンダムに斬りかかる!『!!』雪華綺晶はその一撃をビームサーベルで受け止め――だが、同時に背後から迫った雛苺の有線式メガ粒子砲がガンダムの背に背負ったシールドを粉砕する――!「かかったわね!私と雛苺の連携を前に沈みなさい!」一気に雪華綺晶に切りかかり――同時に、全ての方向からサイコミュ式メガ粒子砲が火を噴く――!(勝てる…勝てるわ…!)直撃には至らないものの…それでも、完璧な連携の前にガンダムは…雪華綺晶はなす術無く逃げ惑うだけ…装甲が砕け…アンテナが折れ…純白だった機体に徐々に黒い焦げ後が目立ってくる…。「…勝った!!」巴のギャンが背後を取り――有線式メガ粒子砲が周囲を取り囲む――そして――――…巴には何が起こったのか理解できなかった……一瞬…まばたきすら許されない程の一瞬の出来事……ガンダムは…雪華綺晶は…片手のビームサーベルでギャンの腕を切り飛ばし――片手のビームライフルで有線式サイコミュを全て打ち落とした……――『ふふふ…』どす黒い…聞く者に吐き気を催させる程、暗い笑い声だけが聞こえる… 『やっと…見付けましたわ…『お姉様』を…』 「!!」追い詰めていたのではない…巴はその時、初めて気が付いた。雪華綺晶は…全ての攻撃を避けながら…雛苺の位置を探っていたのだ、と…「やらせない!」残った手にビームサーベルを持ち、斬りかかる――だが――『…まだいらしたのですか?……『お姉様』との素敵な時間…無粋な真似は遠慮願いたいものですわね…』片手を失い、出力の下がった一撃は易々と弾かれ――機体は一瞬、制御を失う――『ふふふ…では、失礼致しますわ…』そう残し、宇宙の闇に消えていくガンダム…「……くっ…!雛苺は…やらせない…!」機体の制御を何とか取り戻し、その後を追う―― 巴がやっとの思いでガンダムに追いついた時…そこには既に、至近距離という不利な状況で、たった一本残った有線式アームで戦うブラウ・ブロの姿…。翻弄され、もてあそばれるように機体に傷を付けられる雛苺の姿…。巴は両者の間に機体を滑り込ませ…そして…出撃前から密かに心に決めていた事を行動に移す――「…もう…勝ち目は無さそうね…だから…雛苺。あなただけでも…逃げて!」残った腕で…傷ついた機体で、最後の攻撃を仕掛ける――生きるつもりはない。間違いなく負けるだろう。だが…至近距離でMSが爆発すれば……それが例え『白い悪魔』であろうと…――『! …私とした事が…ふふ…前菜もちゃんと頂きませんとね…』雪華綺晶が嬉々とした声を上げてビームサーベルをギャンのコックピットに…巴に向ける――不意に巴の機体が大きく揺れ―――――――そして巴は…自らの前に、自身を盾に立ちはだかる雛苺を…ブラウ・ブロの姿を見た…… 光る刃がブラウ・ブロを貫く―――――――トモエ…ジュンとずっと仲良くね……―――雛…苺…?何を……?―――ヒナは子供じゃないからお見通しなのよー!―――雛苺…あなた……―――ジュンと仲良くして…幸せになって…それでね…時々でいいの…ヒナの事も…思い出してね……―――!! 待って!雛苺!そんな…!!「雛苺ーー!!」ブラウ・ブロが爆発し――視界が爆炎と閃光に包まれる――――機体が大きく揺れ、コックピットの中で壁に叩きつけられる―――巴は意識を失う直前―――雪華綺晶の声を聞いた気がした…… 『だァれが殺した…駒鳥さん……そォれは…わたし……』 ※---???---※巴は独特の消毒臭で目を覚ました。ここはどこ…――?そう思い周囲を見渡し…すぐにそこが艦内の医務室である事に気が付いた。痛む体に鞭打ち、上体を起こし…そこで部屋の隅に立つジュンに気が付いた。「…雛苺は…?」「宇宙空間を漂っていた柏葉を見つけて…何とかここまで運んだんだ…」「…雛苺は…?」「柏葉、3日間も眠りっぱなしだったんだぞ…」「…答えて……」「……」「ブラウ・ブロには脱出装置が付いていたわ…雛苺はどこ?」「……」「…雛苺は…脱出できたんでしょ…?…ねえ…答えてよ…お願い…」「……」「……」「……」「出って行って…」ドアの閉まる音が、暫くしてから聞こえた…。 「……雛苺が死んだなんて…嘘よ……」そう呟き…フラフラとした足取りで医務室から出る…「きっと…どこかにいるわ…きっと…今頃、寂しがって泣いてるかもしれない……」魂が抜けたように呟きながら…艦内を歩く…やがて…廊下の先に小さな人だかりが見えた…そして…その中心には、小さな死体袋…幽鬼のような足取りで、誘われるようにそこに向かう…「柏葉!よせ!!」誰かが肩を掴んできたが、その手を乱暴に振り払う…そして…死体袋を開き、中を見る…そこには…何も無かった。死体なんて、入ってなかった。ただ…小さな足だけが…その中に二本、転がっていた。 巴は手に冷たい感覚がある事に気が付いた。地面に手を付き、吐瀉物を床に撒きながら、泣いている自分に気付いた。ジュンが背中に手を回し、肩を抱いてくる。震える指先を、肩に置かれた手に伸ばす。雛苺に、もう会えない。その絶望感で、視界からは色が失われる。今の私では、敵を討つ事も出来ない。その事実が、視界を暗く染める。血液が止まったかのように白い手で、泣きながらジュンを抱きしめる。「…桜田君…お願い……」もう、何もいらない。命すら、投げ出したい。でも…その前に、しなければならない事が有る。その為に…「私を…強化人間にして……」
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