蒼を受け継ぐ者
コックピットを覆っていた装甲がゆっくり持ち上がり…蒼いカラーリングの機体…RX79-BD1・ブルーディステニーから翠星石が降りてきた。振り返り、ゆっくり足元から、たった今まで搭乗していた機体を見る。所々焼け焦げ、煙を上げている…。だが、それでも特に致命的な損傷は見つからない。ただ一箇所…首から上が存在しない事を除いては…。「……」言葉が見つからない。何を言うべきか、何を考えるべきか。何一つとして分からない事が多すぎた。「翠星石~!大丈夫かしら!?怪我は無いかしら!?」大きな声を上げながら、金糸雀が駆け寄ってくるのが聞こえる。「はぁ…はぁ… す…翠星石…無事でよかったかしら…」肩で息をしながら、安心したように微笑みを向けてきた。「…心配かけちまったですね」いつもなら『だ~れの心配してやがるですか!私がやられる訳が無いですぅ!』とクネクネ踊りそうな所を…あまりにも、いつもと違う雰囲気に、金糸雀はりアクションに困ってしまった。「だ…誰もあなたの心配なんてしてないかしら~!」かろうじて、柄にも無い言葉で返すものの…それ以上は続かない。少し涙目になる。(ぅう…慣れない事はするもんじゃないかしら…)翠星石は固い表情のまま、金糸雀をほったらかして、格納庫の出口に向かう…。そして振り返り、いつになく真面目な表情で金糸雀に告げた。「チビカナ…今回の戦闘ログ…コピーして私の部屋に持ってきやがれです」 ※---連邦軍駐屯地・翠星石私室---※翠星石はソファーに座り、クッキーをかじりながら疲れた体を休める…程なくして、ノックもなしに金糸雀が部屋に駆け込んできた。「勝手に戦闘ログの閲覧は、軍規違反かしら…」「…知ってるですよ…」金糸雀は頬をプクーっと膨らませ…「だったら、これっきりにするかしら~」と相変わらずのテンションで答える。金糸雀は翠星石の隣に腰掛け、二人の正面に光ディスプレイを広げる。「けっこう無茶なサルベージしたから、映像は荒いかしら…」そう断りを入れ、戦闘ログの再生を始める。 ザー ザザー至る所から黒煙が上がる戦場の光景。カメラの中央に捉えられた1機の敵影。MS-08TX・イフリート。一箇所を除き漆黒のカラーリングの施されたそれは、エースパイロットのパーソナルカラーに他ならない。ただ一箇所…肩だけが赤く塗られ…そこに黒い翼のエンブレムが描かれていた…。イフリートのパイロットから、音声のみの通信が入る。『ふふふ…あなたも…EXAMに選ばれたのぉ…?』『EXAM…?何ですそれは?そんなの知らねぇです!』『…なぁんにも知らないのねぇ…つまんなぁい。だったら…早く逝っちゃいなさぁい!』黒いイフリートが尋常ではない速さで間合いを詰めてくる――!『その羽むしって、フライドチキンにしてやるですよ!』頭部バルカンと120mmマシンガンで牽制を放つも――その弾丸が黒いイフリートを捉える事は無い――『なぁ!? ちょこまかと逃げるなです!』ビームサーベルを抜き放ち、一気にバーニアを吹かす――ヒートサーベルとビームサーベル、二本の光の刃が衝突し空間に稲妻が弾ける――!『くっ!? やるやるぅ…面白くなってきたわぁ…!』イフリートのパイロットが馬鹿にしたような猫なで声を上げ――片手に握ったMS用ショットガンの引き金を引く――だが翠星石は、通常では考えられない速度と反応で跳び――至近距離から放たれた散弾を全て回避した!---「す…すごいかしら…まるで噂に聞くニュータイプ同士の戦いみたいかしら…!」モニターを眺める金糸雀が、驚きの声を上げる。「…私には…こんな操縦できないですよ…」「?? でも、動かしてるのは翠星石かしら?」食い入るようにモニターを睨む翠星石の横顔に…金糸雀はそれ以上言葉を紡ぐ事はできなかった…。--- 『ふふふ…ごめんなさいねぇ…訂正するわぁ…流石はEXAMに…蒼星石に選ばれただけの事はあるわねぇ…』『さっきから…何を訳の分からない事を言ってやがるですか!』弾きあう二本の光の刃を再び交差させながら、何度も切り結ぶ――『こっちは片付いたのー!翠星石!今から応援にいくの!』突然、雛苺から通信が入ってきた。『な!このおバカ苺!危ないから来るなです!』『でも、翠星石一人に無茶はさせられないのよ!』(マズイですぅ…チビ苺が来ても…こいつの前では良い的になるだけです…)漆黒のイフリートを睨みながら、操縦桿を握る手に力を込める。『だったら…チビチビが来る前に決着をつけるです!』『ふふふ…そぉねぇ。あなたが死んで…それで決着ねぇ!!』イフリートが両手にヒートサーベルを構え、距離を詰めてくる――ビームサーベルを抜き放ち、再び刃が空中でぶつかる――『派手に…ぶっ飛びやがれですぅ!!』叫びながら操縦桿を握り――至近距離から胸部ミサイルをイフリートに向ける――『ちぃッ!?』イフリートはもう片手に握ったヒートサーベルを振り下ろしながらバーニアで飛び――光の刃がブルーディステニーの頭部を刎ね――ミサイルがイフリートのバーニアに当り、大きな爆発が起こった―― ザザー ザー ザザ 「これで全部かしら」金糸雀はそう言うと、そそくさとディスプレイを閉じた。「ぅう~軍規違反はしたくなかったのに…お給料が…みっちゃんへの仕送りが…」ちょっと涙目になりながら、ゴソゴソと荷物をしまう。「…無茶言って、すまんかったですね…」翠星石が小さな声で呟く。「…翠星石が素直に謝るなんて…明日は大雪かしら~!」「! な…何言ってやがるですか!人がちょっと気を利かせたからって、調子に乗るなです!」「い…痛いかしらァァア!」翠星石は思いっきり金糸雀の頭をグリグリとして…金糸雀は涙目になりながらも、いつもの調子に戻った翠星石にちょっとだけ安心した。ひとしきり金糸雀で遊び…翠星石は自室のドアから外に出て行った。「? どこに行くのかしら?」翠星石は振り返り、微笑を返す。「な~に、ちょっとしたヤボ用、ってやつですよ。チビカナは適当に帰りやがれですぅ」ドアが閉まる音で、一人部屋に残された金糸雀は思う。失礼な事ではあるが…翠星石の優しい微笑み…あまりにも珍しすぎる…頭を振り、必死に嫌な予感を払いのけた。 ※---連邦軍駐屯地・研究棟地区---※槐が机に向かって報告書に目を通す。すると、小さな音を立てて背後の扉が開いた。槐はその相手の姿を確認すると…再び机の報告書に向き直る。「ブルーが大破したそうだが…まあ、相手がアレでは仕方あるまい…。…で…何をしに―――」「うりゃぁぁぁぁ!!」翠星石は、思いっきり!槐の背中に飛び蹴りをかました!「ぐぅ!?」槐が椅子から転げ落ち…翠星石はその胸倉をグイと掴んで上体を起こし上げる。「…教えるです…EXAMとは…蒼星石とは何の事ですか!?」「……」「…だんまりですか…こちとら、軍法会議も覚悟の上なんですよ…」翠星石は槐を突き飛ばし、その胸板に銃口を当てる。「ふ…流石、問題児を集めた『モルモット部隊』だけの事はあるな」槐は口の端に笑みを浮かべる。「…『モルモット部隊』だからです。…そんな部隊だったからこそ、命を賭けるMSに変なもの仕掛けられるのは我慢できないですよ…」槐は暫く黙り込む。そして…「いいだろう…君は『彼女』に選ばれたんだ。知る権利位は有るのかもしれないな…」立ち上がり、服の埃を払う。「ついてきなさい。君にEXAMを見せよう」 ※---研究棟地区・廊下---※翠星石は槐と一定の距離を保ったままその後に続く。廊下を歩きながら…振り向きもせずに槐が喋りだした。「昔、ある所に一人の天才がいてね。彼は究極のMSを創ろうとしたんだ。でも…どんなMSでも、乗り手が人間である以上、機械との誤差…微妙なタイムラグが発生する。それを覆せるのは…ニュータイプと呼ばれる人類だけ…」コツコツと鳴る靴の音が重なる。「そのニュータイプも、ほとんど確認されてないし、理論だって未完成だ。結局、人間の限界という理由で究極のMSを創る計画は頓挫した。…かに見えた。だけど、その天才はこう考えたんだ。『だったら、MSにニュータイプの能力を付加させれば良い』ってね」槐はとある一室の前で立ち止まった。「その天才の娘には、ニュータイプの素質が有った。愛する父の為、その娘は自ら実験台となり…そしてEXAMが完成した…」ドアが開き、槐が室内に視線を向ける。「紹介しよう。彼女が蒼星石。そして…EXAMだ」翠星石は握っていた銃を落とし、目の前の光景に言葉を失う…。そこには…体の至る所をコードと機械に繋がれ…ベッドの上で眠る一人の少女の姿※---研究棟・一室---※「こ…これは…」ベッドの上に横たわる蒼星石を見つめる。僅かではあるが、その胸は呼吸に上下している…「! 生きてるです!」振り返り、槐の胸倉を掴む。「こんな酷いことしてねぇで、蒼星石を自由にするです!」壁に押し当てられた槐は…視線をそらしながら答える。「勘違いしないでほしい…。これらの機械は…ただの生命維持装置だ…」「そんなわけあるかです!だったら何で、蒼星石は起きないんですか!」「彼女の心は迷子になってしまったんだ…」「どういう事ですか!分かるように説明しやがれです!」「彼女の精神は…EXAMに囚われ…そして…EXAMが在る限り…目覚める事は、無い…」「ブルーディステニーは…EXAMは壊れたんですよ!?」「…いいや…まだだ…あと…2つ残っている…」「!!」翠星石は掴んだ襟首を離し…床に落ちていた拳銃を拾い、銃口を槐に向ける。「…案内するです。そんな…人の心を利用した兵器なんか…全部叩き壊してやるです!」 槐は翠星石と蒼星石の姿に等しく視線を送り…「…いいだろう。EXAMに選ばれた君がそれを選ぶという事は…きっと彼女もそう願っているという事なんだろうからな…」そう言うと再び、廊下を先へ進んで行った。「蒼星石…今…起こしてやるですよ…」ベッドに横たわる少女に声をかける。暫く眠る少女の髪を撫でていたが…やがて槐を追いかけ、廊下に消えていった…※---連邦軍施設内---※槐に続いて廊下を進んでいると…突然!轟音と共に建物全体が揺れた――!蜂の巣をつついたように鳴り響く警報――!『施設内ニ侵入者アリ 総員第一種戦闘配置 侵入者ハ第四格納庫方面ヘ逃走中 繰リ返ス…』 「…第四格納庫ですか?…けっこう近いですねぇ…まぁ多分、大丈夫ですぅ」他人事のように暢気な口調でそう答え、立ち止まっている槐の背中を銃の先でつつく。「そんな事より、さっさと進むですぅ。…って、どうしたですか?青い顔して…。大丈夫ですよ、いざとなったら翠星石が格安で助けてやるですぅ!」「ち…違うんだ…第四格納庫には……」槐の言葉を最後まで聞く前に、翠星石は走り出していた――決して翠星石の足は遅い方ではなかったが…それでも、まだ格納庫に届かない足がやけにもどかしい…そして…格納庫に辿り着いたとき見えたのは…ロールアウト直後の、機体へのペインティングが施されてない機体…それがゆっくりと起動していく様だった…「なぁ!?何してやがるですか!!返しやがれですぅ!!」叫びながら、その前に立ちふさがる。(…あ。見つかっちまったですぅ…!)とりあえず、反省は心の中にしまっといて、拳銃を向けるも…MS相手では威しにすらならない…。(勢いで飛び出して…とんでもないピンチですぅ…)泣きたい気分になってきた。 すると、それは何の奇跡か…MSのハッチがゆっくり持ち上がっていった!「(お?おお??)大人しく投降するです!」よく分からない状況だったが…投降を勧告してみる。だが…返ってきた答えは…「ふふふ…その声…聞き覚えがあるわぁ…」「その声は!黒いイフリート野郎ですね!!」「ビンゴぉ…水銀燈よぉ…覚えておいてねぇ…」「お断りです!蒼星石を返しやがれです!」「嫌よぉ…だってコレ…こぉんなに素敵なんですもの…」そう言い水銀燈はハッチを再び閉じる――「!! 待ちやがれです!」そい叫びながら引き金を引くも…MSに唯の拳銃では何の効果も与えられない…ジタバタと暴れる翠星石を他所に、水銀燈はバーニアを吹かし――外部スピーカーのスイッチをひねる。『ふふふ…貰っちゃった~貰っちゃった~』嫌みったらしく、歌うようにそう言い…『じゃぁねぇ…お・ば・か・さん』その言葉を最後に、格納庫の壁を破り宙へと消えていった…―― ※---翠星石私室---※翠星石は一人、照明もつけずにベッドの上でうつ伏せになっていた。…あれから二週間。上官を殴り、銃を向け、さらには機密であるMSの破壊を企てた。それらの件で軍法会議にかけられ…処遇が決まるまで、自室に軟禁されている、という訳だった。内容が内容だけに、銃殺刑は免れないだろう。(でも…そんな事より…)思い出すのは、ベッドの上で機械に囲まれ目覚めの無い眠りに付く蒼星石の姿。(結局…私は…何も蒼星石にしてやれなかったです…)ごろんと寝返りを打ち、天井を眺める。………ノックも無くドアが小さな音と共に開き――二週間ぶりに見る他人の顔…金糸雀が入ってきた。「…格納庫に来るかしら…」だが、それだけ告げると、そそくさとその場から立ち去ってしまった。(チビカナも…辛い立場なんです…)自分に言い聞かせる。廊下に立っていた番兵に左右を固められながら、格納庫に向かう。「MS乗りならせめてMSの前で死ね、ですか…?粋な計らいですぅ…」皮肉を言ってみるも…番兵達は何のリアクションも返してこない。(…つまんねぇ連中ですぅ…)地面に敷かれたタイルを眺めながら、格納庫に向かった…※---格納庫---※格納庫の一角。そこには銃を構えた処刑人などはおらず…雛苺と金糸雀。そして、槐が立っていた。槐の顔は…前に会った時が嘘のように、頬がこけている。「…全く…君の弁護は二度としないと心に誓ったよ…」そう言い、ニヤリと笑みを向けてきた。「EXAMを倒せるのはニュータイプかEXAMだけ。だが、我々にEXAMを使いこなす事はできない。素質の有るパイロットは一人でも多い方が良い。散々そう言って、何とか説得できたよ」そして…そこから急に真面目な表情、上官の顔になり、伝えてくる。「ジオンは地球から撤退し、その活動を宇宙に絞ってきた。よって我々も宇宙を目指す」そして真っ直ぐ、翠星石の目を見る。「翠星石少尉。君には二つの選択肢がある。階級を剥奪され、軍を離れるか…再びEXAMのテストパイロットとして残るか…」そう言う槐の後ろには…今や連邦軍の力の象徴、ガンダムを模した機体。RX-79BD3・ブルーディステニー3号機… 翠星石はその機体を眺めながら考える。(…水銀燈に奪われたEXAMを破壊しないと、蒼星石が目覚める事は無いです…そして…それが出来るのはこの機体だけです…だったら…)「…考えるまでもないです」そう言い、BD3号機に近づく。機体にそっと触れる。(待ってるですよ…蒼星石…)振り向くと、金糸雀と雛苺が満面の笑みで迎えてくれる。「…とりあえず、この子を目も醒めるような蒼に塗りなおすですぅ!」 ~薔薇乙女で一年戦争~ ―― 蒼を受け継ぐ者 ――
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。