【 2years~金糸雀~ 】 《二人の為の小夜曲》
【 2years~金糸雀~ 】 《二人の為の小夜曲》「ふぅ………………」麗らかな昼下がり、街のこじんまりとしたドールショップのテラスにて。癖のある髪をいじりながら、一人の女性が溜息を零す。元からの癖っ毛からか、学生時代にずっとアップにしていたからか、或いはその両方か。一週間前にストレートパーマをあてたばかりだと言うのに、セミロングの彼女の髪の先端はもうくるんとカールの様になっていた。普段は己の容姿に無頓着な彼女であったが、ここ数日は気を遣っており。思い通りにならない髪に、少しばかり不快な表情になる。――女性のその手の顔は珍しく。彼女と同席している二人の女性は各々に彼女を気遣う。「………髪、まとまらない?」――少ない言葉に、計り知れないほどの親愛の情。時代錯誤なモノクルを付けた彼女は、薔薇水晶―女性のかつての級友であり、現在に至る親友。「あぁん、物憂げなカナも可愛いー!カメラがないのが悔やまれるぅ!」――解り易い言葉に、解り易い表情。年齢を気にしない黄色い声を上げる彼女は、草笛みつ―女性のかつての担任であり、現在に至る親友。「ん、いつもの事なのかしら――ありがとう、薔薇水晶」言葉に込められた想いに、微笑みと共に笑む彼女は。「みっちゃんはいい加減、そーゆー言葉を控えるのかしら」涎を垂らしそうな顔を、半眼で呆れる彼女は。「いい加減、いい歳なんだし。――カナも、人の事は言えないけれど」自身の名を一人称にしてしまう昔の癖が抜けず、苦笑する―彼女の名は、金糸雀。「あっはっは、私は永遠の二十九歳よ、カナぁ」「………実年齢なのに、嘘吐いてるみたいに聞こえる。――金糸雀、よく注意されてるもんね。旦那様に」えへへ、と親友の笑い顔に感化された様に、薔薇水晶はにまにまと笑む。余人が見れば他意を感じそうな表情と言葉だったが、長年の付き合いのある金糸雀には、親友の真意が言葉通りだと言う事が解っていた。だから、事実かしら、と困った様に苦笑する。「彼、昔っから挙げ足とりだったもんねぇ」うんうんと大げさに頷き、みつは同意する。薔薇水晶のそれと違い、彼女の言葉には裏があった―私も、よく取られてたし。「みっちゃんは足どころか諸手も挙げてたのだから、取られてもしょうがないと思う。それと。――ジュンの悪口を言わないで欲しいのかしら」高校卒業後、二年の遠距離―オーストリアと日本―恋愛を経て。彼と彼女は色々なすったもんだの末、ゴールイン。六千二百九十八万五千六百秒前より、彼女の姓は、『桜田』となっていた。――口を尖がらせてむくれる金糸雀に、みつは先程の薔薇水晶の様な笑みを返す。にまにまにまにま。どう贔屓目に見ても他意のある表情に、突っかかったら負けだと思いながらも、金糸雀はついつい尋ねてしまった。「………何かしら、みっちゃん」待ってましたと言わんばかりな勢いで、ブラウスを開襟し、胸元にぱたぱたと風を送りつつ。みつはあっけらかんと言い放つ。「あっついわねぇ。よ、地球温暖化の原因っ」「まだ寒い。………風邪、引いちゃうよ?」一切の情状酌量もない揶揄に、真紅や水銀燈ならば手を出しただろうか、と金糸雀はかつての級友―今でも親友―を思い出し、やり過ごす。反応を返さない彼女にさめざめと泣く振りをする被告人だったが。それをフォローするのはもう私の役目じゃない、と心の中で舌を出し、金糸雀は素知らぬ振り。遊んでいるのか意固地になっているのか、ブラが見えそうな程ブラウスを広げるみつに、今のフォロー役である薔薇水晶が、わたわたと服の前で両手を振る。彼女の様子に自戒の念を抱いたのだろうか―みつはブラウスから手を放し、薔薇水晶の頭を撫で、幾分真面目な視線を金糸雀に向ける。微笑む表情に、金糸雀は多少身構えた―長年の付き合いにより、知っている。彼女のその類の笑みは、相対する者の心を揺さぶる前振りだと。「んー、ちょっと寒くなってきたかなぁ?――息も、白くなる位にね」頭を撫でられ、同意も得られた薔薇水晶は、幼子の様な笑みを零し。心中を読まれ、言質まで取られた金糸雀は、年相応の苦笑いを返す。「もう、わかり難い攻め方をしないで欲しいのかしら。………みっちゃんの、言う通りなのだけれど」ふぅ………――小さな声で認めた彼女は、再度溜息をつく。彼女の憂いの原因は、彼女・金糸雀の彼・ジュンへの想いの変化。高校で友人として話していた時も、留学して長距離恋愛していた時も、指輪を交換し口付けと共に末永く将来を誓い合った時も。何時でも何処でもどんな時にも、彼女の心はどきどきと音をあげていた。時には煩わしいほどの音に、辟易した事もあったのだが。今にして思えば、あの音こそが自分の全ての原動力であったのかもしれない。甘酸っぱい思い出と共に、高らかになっていた鼓動を思いだす。――そう、それは思い出であり、現在ではない。ここ数日、いや、もしかすると数週間――高らかに鳴る鼓動に、覚えがない。それはつまり――「ありゃ、半分当てずっぽうだったんだけど。………まさか、倦怠期とか?」あり得ないわね、と言葉を締めるみつに、金糸雀は返答をできず、俯く。がたんっ――直後、薔薇水晶が立ち上がった。基本的に感情を顔に出さない彼女であったが、殊更に無表情。喜怒哀楽の全てを押し込めたようなその表情で、呟く――「………とっちめてくる」「はいはい、ばらしーちゃん、すとーっぷ。まだ一方的にジュンジュンが悪いって決まった訳じゃないし」言うが早いか、動きだす薔薇水晶――の肩をがっしり掴むみつ。阿云の呼吸な二人に、金糸雀は少しだけ笑みを浮かべる。だが、みつに掴まれながらも何所かを―見当は付いている、自らの夫の所へだろう―猪の様に目指す薔薇水晶に、苦笑しながら金糸雀は口を開く。「ジュンは全然悪くないのかしら。カナも、ジュンも、何が変わったと言う訳ではないし。ただ、カナの心が………少しだけ、静かになっちゃっただけなのかしら」弁解の様に語る彼女に浮かぶのは、やはり寂しげな笑み。向けられた薔薇水晶は、結局何も言えず………同じ様に悲しみの表情を浮かべる。(相変わらず、カナにべったりねぇ)自分の事を棚に上げ、みつは薔薇水晶に対してそんな事を考える。みつ的には、そろそろ薔薇水晶にも『そういう対象』が別にできればいいな、と思わないでもないが。兎にも角にも、場を占める重い空気を払しょくしようと、彼女はこほんと空咳を打ち。元教え子の二人の視線を集め、言い放つ――「と言う事は、よ。………そろそろ、カナは私のお嫁さん!?」「なんでそうなるのかしら!?」「金糸雀は、ジュンのお嫁さん………!」「じゃあ、ばらしーちゃんは私の嫁ー!」「『じゃあ』の意味がわからないのかしら!?」「違うよ、ばらしーは――ま、まさちゅーせっつぅぅ………」力技で場に喧噪を戻した―上に、愛する薔薇水晶にスキンシップを行え、みつは満足そうだったり。薔薇水晶は薔薇水晶で、強過ぎる抱擁に軽く関節は悲鳴を上げているが、くすぐったい様に笑む。じゃれ合う二人にかつての自分と夫を重ね、呆れながらも金糸雀は笑みを取り戻す。――取り戻し、そして、ふと気付く。晴れやかな空気、はしゃぐ二人、弾む鼓動――それは、是までの自分と彼の雰囲気。穏やかな空気、微笑ましい二人、緩やかな鼓動――それは、今の自分と彼の雰囲気。恋をしていた自分は、相手の動作や言葉、立ち居振る舞い全てが気になっていた。彼の不器用な笑みにときめいて、乱暴な気遣いにはらはらして、小さな癖にどきどきして。恥ずかしくなるような恋心、それはそれで素敵な事――だけど。自然な笑みに微笑みを返し、さり気無い助けに感謝し、良い所も悪い所も全てを受け入れて。一方通行だった想いの残り香を残しつつ、昇華していっているのだろう――――二年という、時の流れの中で。波立つ心を映した激しい恋から、静かな海の様に穏やかな愛に。愁いの表情を微かに残していた彼女であったが。そう思い、そう感じ、自らの幼い憂いをくすくすと笑う。唐突な金糸雀の含み笑いに。薔薇水晶は顔をきょとんとさせ―すぐに、喜びの表情を浮かべる。「よくわかんないけど………金糸雀、嬉しそう。ばらしーも、嬉しい。えへへ」金糸雀はにこにこと笑う薔薇水晶に、同じ様に笑みながら心配させたことを謝罪する。そして、薔薇水晶に抱きついたままのみつに顔を向け――「みっちゃんの言う通り、『あり得ない』事だったかしら」この人は、きっと自分が話し始めた頃よりわかっていたのだろう――金糸雀は思った。その心の変化を口に出して指摘する事は簡単だ。けれど、人から言われて教えられて、納得出来るだろうか。だから、彼女は直接には何も言わず、気付かせようとした。その方法は突飛で出鱈目で、――(実益も兼ねていたのだろうけど)。「あっはっは、何が『あり得ない』んだっけ?」「言わせないで欲しいのかしら、もぅ、みっちゃんの意地悪!」お互いの言葉とは裏腹に、二人はくすくすと微笑みあう。その笑みもまた、二年前には交わした類のないモノ。――要領を掴みえない二人の会話に、間に立つ薔薇水晶は相変わらず訳がわかっていなかったのだが。大好きな二人が大好きな笑顔になっているのだ――心配事は消えうせた、と更ににこにこ。麗らかな昼下がり、街のこじんまりとしたドールショップのテラスにて。癖のある髪をいじりながら、金糸雀は小さく、けれど、幸せそうに笑んだ。――それから暫くして。金糸雀は名残惜しく思いながら、席を立った。「久しぶりに、曲を作りたくなったのかしら」言い残し、後ろ髪を引かれながらも去ろうとする彼女。後ろ髪を痛くない程度に掴みながら、薔薇水晶は「もうちょっと………」とおねだりする。自分よりも随分と背の高い彼女に掴まれ、微苦笑する金糸雀であったが。みつに説得され手を離す親友の頭を撫でてから、足早に去って行った。金糸雀が立ち去ってから、お茶会の片づけをしている時。薔薇水晶はふと手を止め、同じく片づけをしているみつに質問を投げる。「ねね、………金糸雀、どうして、溜息ついてたの?」「んー、ばらしーちゃんには判り難い話だと思うけど。よし、おねーさんが解説してあげましょう―難しい説明と、簡単な説明、どっちがいい?」「ぅ………む、難しい方で。あと、『おねーさん』じゃない………」じとーと見てくる薔薇水晶に、あっはっはと快活な笑いを返し。一転、表情を穏やかなものに変え、みつは元教え子に講義する。「そうねぇ………ドーパミンとエンドルフィンって知ってる?」「後ろの、知ってる。耳をくりって回すと出てくる………っっっっ」「いや、その裂帛の気合いが私にはわかんないけど。ドーパミンって言うのは、刺激的で高揚感を伴う脳内麻薬なの。一種の躁状態を作りあげ――」「………三行で、お願い」「あっはっは。ま、要するにカナの心は、『好き好きー』っていう恥ずかしいのから、『愛してます』っていうもっと恥ずかしいのに変わっていってるっていう話よ。その過渡期だから、そういう感情に戸惑って『倦怠』と勘違いしたんでしょうね」親友の傍から見れば可愛らしい変化に、くすくすと笑みながら、みつは嬉しそうに語る。彼女のざっくばらんな―身も蓋もない―解説に、薔薇水晶は漸く合点がいき、素直な笑みを浮かべ。も一つ――と、とてとてと元担任に近づき、彼女を少しだけ見上げ、尋ねた。「………お父様にも、そんな感じ?」「んー?………どうかなぁ」「ぅー………お義母様の、意地悪っ」その夜に――金糸雀は、愛する旦那様に出来たての一曲を贈る。檀上は彼女の指定席―彼の膝の上。譜面は彼女の頭の中―滔々とした想い。留学の際に彼に贈られた愛器ピチカートを弾き終え――。抱き締める様な形で拍手をしてくる夫の顔を見上げる。「――どうだったかしら?」「うん、………楽しい曲だと思った」拍手を終え、そのまま両の腕を折り抱擁してくるジュンに、奥さまは少々ご不満顔。「むぅ………一拍の間は何かしら」頬をぷっくりと膨らませる彼女は大層可愛らしく。彼は腕の力を少し強めて。「いや、表現しにくい曲だと思ってさ。途中までは賑やかで騒々しくて………でも、楽しくなる様な。途中からは穏やかで優しくて………やっぱり、楽しくなったから」だから――「『楽しい曲』?」「あぁ」「短かった気がするけど………あれで終わりなのか?」「今は、かしら。奏でるのはカナだけど、作るのは二人で、だもの。――六千三百七万と二千秒、ありがとうかしら」「あぁ………そう言う事か。――これからもよろしくな、金糸雀」「ふふ………此方こそかしら、ジュン」_――今は二人の譜面、十月十日後には三人になる譜面。それはまた、別のお話。―――――――――――――――――――――――《二人の為の小夜曲》 終後日な保守を致すかしら「むぅ………家計簿が赤い。どうしたものか」「どうしたんですか、貴方。――わぉ、見事なくらい真っ赤っかですね」「………ほんとだ。あれ、でも………ドールは売れてるのに………?」「みつはともかく、ばらしーは見ないでくれ。まぁ、確かに売れてはいるんだがな」「あっはっは」「………買っているのが、我が家の大黒柱であって」「………還元?」「あっはっは、それはちょっと違うと思うな、大黒柱兼お義母様は」「笑いごとではない、と言うか君が買ったら意味がないではないか!」「だって、貴方が作るドール、可愛いんですもの!――それに、その代り、休暇を利用して私が装飾品を作ってるじゃないですか!」「それは私が買っている!」「………大丈夫かな、このお店………――ん、ドアの開く音………お客さん?」「――こんにちは、薔薇水晶、槐先生はいるかな」「昨日ぶりかしら、薔薇水晶。今日は、ジュンの付添だけど」「あ………。んと………きのうは おたのしみ でしたね 」「あぁ、お楽しみだったよ」「――さらっと答えないで欲しいかしら!?って、聞いた薔薇水晶もわたわたしないの!」「――おぉ、良く来てくれた。で、私とみつが頼んでいた物は………創ってきてくれたみたいだな」「………先生だけならともかく、みっちゃんの頼み物………い、嫌な予感が」「えと、お父様も十分………うん。逃げよ、金糸雀――ひっ!?」「に~が~さ~な~い~わ~よ~っ、さぁぁ、お楽しみはこれからっ!」「ほ、頬が摩擦で――」「――まさちゅーせっつぅぅ………」「――素直に、私とみつと君とで結婚二周年のプレゼントを用意した、では駄目なのか?」「僕はそこまで『素直』じゃないですよ。――って、此処で剥かないでください、みっちゃん先生!」(※本作はスレ二周年記念に投下したものです。 原案をーnのフィールドーの『ネタを~』>>402様から頂きました)(※本作は『甘い保守』シリーズのアフターストーリーです。 金糸雀トゥルーエンドの後日談として書きました)
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