『闇ノ世界ヲ泳グ』
私は暗い暗い水底へと潜ってゆく。『うぅっ、うぁぅ、ひっぐ』どこまでも広がる黒の世界。『ひぐぅ、ひっぐ、ひっ』光など届かなく。『ひうっ、うぅ、うぐぅ』底など果てしなく。『えぐ、えぐ、えっぐ』ただただ、深く深く。『ひっぐ、えっぐ・・・ひぐ』上下も分からぬ世界をひた、進む。『ひぐぅっ、えっぐ、えっぐ』堕ちるのか。昇るのか。『うぐっ、ひぃっ、ひっぐ』進むのか。戻るのか。『ひぅっ、ひぅっ、ひぎっ』分からないけれど。どこからか、誰かがむせび泣く声が聞こえる。私は、そっちの方向へ目指して「移動」することにする。~柏葉巴は、語る。「私たち太陽は、基本的に民間の組織なの。 普通の市民たちの中で、親兄弟などの親しい人が吸血鬼の被害を受けた、 あるいは吸血鬼の被害を受けた本人たちが立ち上げた『人類による人類のための吸血鬼撲滅の組織』。 さっきも言ったとおり、あくまで民間の組織で、決まったスポンサーは持っていないの。 最近は吸血鬼にも『人』権が認められるような風潮になってきたからね。 仮にも法が『人』と認めたモノを迫害することを助けちゃあ、企業とか人柄のイメージガタ落ちだもんね。 そういうわけで、活動資金の供給は安定していないのが、現状。 戦う事を目的とした部署、というか派閥ばかりじゃないから、結構普通に働いている人も参加してる。 私は学もないし、取り柄といえば、この刀くらいのものだから、お偉いさんの家の警備とかやってたの。 私が雛苺と出会ったのは、私が彼女の家の警備をやっている頃。 彼女の家は、数少ない『太陽』の協力者のひとつだったわ。 で、その頃はまだ面識もなかった。彼女はあまり家から外に出ることがないから。 そして雛苺もまだその頃は普通の人間の女の子だった。 ある夜のことよ。私はそのとき非番だったの。そのとき警備していた子は私とわりと仲がよかったわ。 その子は私に言ったのよ。 『基本暇だし、でも寝ちゃまずいから、そっちがよければ30分おきくらいに電話頂戴よ』って。 だから、私は毎回きっちり30分ごとに、その子に電話をかけていたわ。 だけれど、4回目か5回目の電話だったかな。その子は電話に出なかったの。 その直後よ。私に『太陽』としての出動がかかったのは。 もちろん目的地は雛苺の屋敷。ひどい有様だったわ。 庭師の方がきちーんと手入れされた庭園の草花は一本残らず刈り取られて。 屋敷にはところどころ大きな穴が開いてて。 生けとし生けるものはかたっぱしから枯れ果てていて。 そこに一人だけ、たった一人だけ、雛苺が生き残っていて。死にぞこなっていて。 彼女の首には、獣にやられたような噛み痕があって、顔色も悪くて、意識もなかった。 私と一緒にこの館に来た同僚たちは何も言わなかったけれど、みんなわかってた。 彼女はもう吸血鬼にされてしまったってこと。私たちの敵だってこと。 『吸血鬼はすべからく始末しろ』毎回毎回、私の上司は私たちに念を押したわ。 私以外は、それを忠実に実行しようとした。 でも彼女は、雛苺は、私にとって、ただの小さくて可愛そうな被害者。 吸血鬼によって人生が狂わされた人は何人だって知ってるし、私だってその一人。 だから、私は彼女を連れて、彼女を殺そうとした太陽から逃げ出したの」柏葉巴は、口を閉じる。~泣き声をあげるそれ。それは、暗くて寒い闇の中でぼんやりと浮かび上がる影。「誰か・・・来て」影は、幼子のような声で呟く。輪郭すらも惚けている。人語を喋るから辛うじて、知恵があるモノだとわかるが、そのままでは物体か生物かすらもわからない。その輪郭も、泣き声にあわせて細かく震えていることが、よく見るとわかる。「私の傍に来て、いなくならないで」それはただひたすらにぐずり続ける。影を慰めようと、私は手を伸ばすが。伸ばしたはずの手。それを見る。・・・これが私の手?私の手の輪郭も蕩け、すでに平らなひとつのものとなっていた。『だれ、だれかいるの? 私の話を聞いて』影が四方八方へと、細くて長い管を伸ばす。まるで種から芽が伸びるかのように。影から伸びた管は、私へと触れる。管が。私に触れた箇所から、私に這入り込んでくるのがわかる。否。管、陰。それらが私になってゆく。影から、さらに多くの管が現れる。管が刺さり、私の居場所が分かったのか、より多くの管が私の方向へと向かってくる。薄ら光る輪郭が、もう一本、もう一本と私へと突き刺さる。『わたしをひとりにしないで』はっ誰かに似ている気がする。ひとりで、どこにいけば分からないような中で。ついには大切な人も、手にかけてしまって。いつしか寂しいとかそういう感情も薄れてきて。いつの間にか、食すだけの物体に成り下がって。そうか。なんだか。ジュンと出会う前の私に、似てる。そう思うと、私は何も出来なくなってしまった。光のまったく届かない、深海のような場所で。影すら溶けていく世界で。ただ、何もせず。影の私は、影に取り込まれ、溶け込んでゆく。『少し、頭冷やすですよ』外界から、響く声。「頭」に響く、痛み。その直後に、巨大な錘が一度に載せられるような衝撃が奔る。私を茨で包み込み、一大シェルターを作らんとしていたブロンドの髪の女の子は、床に無様に転がっており。私の身体を万力のような力で縛りつけ、食い込んでいた茨の蔓は、今や緩んで、簡単に抜け出せる。そして見上げれば、私を今にも食い殺しそうな目で見下ろす翠星石。そんな彼女の右手には、ライフル。これが現実。ライフルのグリップの一部と、翠星石の手は血で濡れており。女の子のブロンドの髪は、一部がどろりと血で真っ赤に染まっており。ああ、殴られたのは、彼女なのか、と。私が思う。「そして」男声。この声は。このお父様より静かなテノールは。全てを見透かすかのようなあのまなざしは。「選手交代だ、翠星石」私を認めてくれた人。初めて私の友達になってくれた人。一緒に仕事をしてくれた人。桜田ジュンが、そこにいた。「じゅ・・・ん?」弱々しい声が洩れる。これは私だ。「翠星石、この糸たぐってけば蒼星石たちがいるところに着く! 早めに診てやってくれ!「はいです!」おぼろげな視界の中で、翠星石が走り去る。一方、ジュンが私たちへと歩み寄る。「また会ったわね。桜田ジュン」「数分ぶりだな、雪華綺晶」壁に寄りかかったぼろぼろの女の子に向かって、破棄捨てるように言う。ジュンの言葉を聞き、雪華綺晶と呼ばれた小さな女の子は、ため息をつく。残念そうだけど、その様子は、とてもうれしそうで、楽しそうで。「お前の負けだよ。残念だったな」そう言い、ジュンは嗤う。「お祭りは、おしまいだ」そういった彼の手から、指から伸びたものは、幾本もの細い細い糸たち。双子から聞いていた、ジュンの得物。鋼線。それらは、彼が手を腕を振り回すたびに、いつしか部屋中に伸びていた茨の蔦をずたずたに切り裂く。白い薔薇の花は飛び散り、棘付きの蔦は切られるたびに血液をまきちらしながらぼたぼたと床へ堕ちてゆく。ついでに、私のお腹の傷さえも、ワタの出かけたぬいぐるみの如く、縫い合わせる。怯む雪華綺晶。ジュンはその隙を見逃さず、素早く駆け寄る。雪華綺晶の小さな身体は、ジュンに押し倒され、掌で押しつぶされる。女の子は手足をばたつかせるが、一切効果がない。身動きを完璧に封じている。しかしそれでもなお、雪華綺晶は笑い続ける。「これで勝ったつもり? 可笑しいわ」ブロンドの髪が、不敵に揺れる。ジュンは不機嫌そうな表情を作る。不本意とはいえ、小さな女の子の身体を痛めつけているのだから、当然だ。「水銀燈の身体を奪う事に失敗し、僕にこうやって捕らえられている。 君の言葉ではこんな絶望的な状況を『勝利』とでも呼ぶのか?」雪華綺晶は、口元を大きく歪ませる。血で濡れ、しわくちゃになった右目の白薔薇に、心なしか生気が戻ったように見える。「『雪華綺晶』はまだ生きているもの。操り人形なんて、いくらでも取替えがきくわ」残酷な、笑み。残酷な、言葉。まるで他者をパーツとして扱うかのような言い草。それをさも当然のことのように語る少女。それをさも当然のことのように語らせられる『傀儡』。「私は、『雪華綺晶の心』は、死んでない」ジュンは女の子を睨みつける。その視線が見据えているのは、雪華綺晶。間違っても、可哀相な、ブロンドヘアの女の子ではない。揺ぎ無く。間違いなく。彼は彼女を討ち斃すべき敵として認識している。ジュンは、熊の形をした「ぬいぐるみ」を見たときと同じ目をしていた。汚いものを、憎いものを、排除しようとする目。徹底的に、完璧に、再起不能に、再生不可能なまでに。叩き潰す。潰れるまで叩く。ジュンは、右手で押さえこんでいた『人形』を片手で持ち上げる。そして、円盤投げの如く、放り投げる。女の子は床に頭からバウンドし、そのまま床を転がる。「酷い事するわ。この身体の子が可愛そう」鼻血をぼたぼたと垂れ流しながら、やっぱり女の子は笑う、嗤う。「私は平気なのか、って? 痛みを感じるのはこの子担当よ」「・・・やっぱりお前は腐ってるな」「そんなこと言っても仕様がないわ。痛みを感じるのはこの子の脳なのだもの」「そうか。なら、やっぱり心を殺すしかないのか」ジュンは両腕は天井へと振り上げる。薔薇を、蔦を、粉々に砕いた鋼線は、空中で絡み合い、何かを形作ろうとしている。「そういうことなら、お前のやったことを、僕も真似てみようかと思う」無数の糸たちは捻れ合いながら、それの形を作っている。「僕はね」私は、雪華綺晶が何をやったのかは知らない。だが、彼が鋼線で作ったものを―――鋭い針を―――見て、雪華綺晶は何をやらんとしているかを察したようだ。やっぱり彼女は、笑った。「針と糸の扱いだけは、この世界の誰よりも、上手いっていう自信があるんだよ」天井近くで作り上げられた、小さな鋼の針たちは、目標へと先端を向ける。「僕の名前は桜田ジュン。『神の為す殺戮(マエストロ)』と呼ばれるものだ。 以上をもって、雪華綺晶、お前への最後の挨拶とさせてもらう」目標。針の向かう先。それは。・・・私?第15夜ニ続ク不定期連載蛇足な補足コーナー「ぎん生徒とすい先生」銀「先生! 先生は前回はどうやって相手の狙撃手の弾丸を止めたんですか?」翠「オホン、えーでわ、説明してやるです。 この世界には『魔法』というものがあるです。反則? 何とでもほざくがいいです。 『魔法』という響きはカッコいいですが、存外地味なものなのです。 基本的に物体の運動に関わるものばっかりです。竜出したり炎出したりは出来ません。魔法では。 で、その地味ーな魔法の一つである、『停止の魔法』を使ったのですよ。 『魔法』を使うにはいくつかの条件があるです」・魔法に適正があること・十分な鍛錬を積んでいること・魔方陣を用いること・使用者・魔法のそれぞれにとって適切な触媒を使うこと翠「こんな感じですかねぇ。 まず一つ目の『適正』ですが、これは才能と言ってしまってもいいですね。 魔法を使える人間の中でも、90%以上は一種類の魔法しか使えません。 それも『適正』のせいです。複数種類の魔法を使える者は稀なのです。 そーゆーわけで、できない奴はどんだけやってもできねぇものなのです。 過去にそれを否定しようと、多くの『適正』のない人々が魔法の練習をしましたが、 大抵は途中で諦めて、残った少数は人生を魔法の練習のために棒に振ってしまった、とのことです。 二つ目の『鍛錬』ですが、練習すればちょちょいのちょいだと思われるかもしれませんが、 そんなことはねーです! 形にするだけならまぁ早けりゃ5年くれーでなんとかなるそうですが、 完全なものにするには一生を鍛錬に費やすくらいの覚悟が必要なのですよ。 三つ目の『触媒』ですが、これは翠星石の場合は『水』ですね。 魔法を使うには『触媒』で魔方陣を描くか、魔方陣が描かれた『触媒』を利用して使うのです。 翠星石は触媒の水で円を描いて、それを魔方陣としているです。 知り合いに鉛筆で魔方陣を描いている人や、手袋に魔方陣を縫い付けている人もいるです。 そして、魔法使いとしてレベルが上がれば上がるほど高度で複雑な魔方陣を使うことができるのです。 まーですから、簡単な円しか描けない翠星石は、まだまだひよっこなのですよ」銀「なるほど。それじゃあ、ジュンのあの読心術めいたものも魔法なのぉ?」翠「多分違うです。そんな魔法聞いたことありませんし、魔方陣も使ってないですし。 言うなれば、『超能力』ですかね」終
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