真紅の茶室 其の伍 金糸雀編
ここは京都の外れ、静かな山間にひっそりとたたずむ山荘。茶室に一人籠り、茶を喫している真紅の姿があった。上洛を果たした際、真紅は和歌の第一人者・細川藤孝よりこの山荘を譲り受け別荘とした。以来、忙しい日々の合間を縫ってこの山荘を訪れ、茶の湯を楽しむのが真紅の楽しみとなっている。紅「戦の後の一杯のお茶……このひとときが一番落ち着くのだわ」自らたてたお茶を味わいつつ、真紅は姉妹や家臣を茶の湯に招いて交流を深めたいと考えていた。紅「ふぅ。さて、誰を招こうかしら。今までは比較的落ち着いた雰囲気でお茶を楽しめていたけれど……(水銀燈以外ね)」脳裏に浮かぶは、姉妹一そそっかしい「忍び」の顔――紅「……まぁ、たまには賑やかなお茶もいいかもね」そして約束の日はやって来た。が……紅「遅いわね……」イライラ刻限を過ぎても、「客人」が訪れる気配は一向にない。紅「まったく、礼儀を知らない子なのだわ。もう四半刻近くも過ぎているじゃないの……ん?」ふと頭上にわずかな気配を感じ、すくと立ち上がる真紅。茶室の隅に近づき、壁の裏側に隠してあった鉄砲を手に取る。手早く弾丸を込めて火縄に点火し、銃口を天井に向けて引き金を――紅「……そこっ!」ズドォーン!!!金「ひぃぃぃぃっっっ!!!??」ドサッ弾丸がこめかみをかすめ、天井板を突き破って畳に転落する金糸雀。紅「……チッ」金「ちょちょ、ちょっとおぉぉっ!!? 妹を射殺する気かしらー!!?」紅「安心なさい。急所は外してあるのだわ、コパカバーナ」金「か な り あ かしらー!! 日本語でおkかしらー!!」紅「騒々しい子ね……お茶は静かに楽しむものよ」金「茶室で鉄砲ぶっ放す人に言われたくないかしらー!!」紅「貴女が普通に登場すれば良かっただけの話なのだわ。まったく、貴重な行数を無駄にしたじゃないの」金「だってだって、折角の番外編なのよ!? カナだって少しは個性を発揮したいかしら!」紅「まぁ、どうでもいいのだけれど……壊した天井、直しておきなさい? お茶はそれまでお預けよ」金「うぅっ……はぁい、かしら……」〇本日の客人:金…………(ry金「はぁ~……や、やっと直したかしら……」紅「御苦労様。ま、自業自得だけれど……ところで、濃茶と薄茶、どちらがお好み?」金「……薄茶をお願いするかしら」紅「承ったのだわ」カチャカチャ金「はぁ……」ひとしきり落ち着いてみると、お茶を淹れる真紅の手際に見とれてしまう金糸雀であった。紅「? さっきから何を見ているの?」金「!? ……ふ、ふん! 何でもないかしら!? カナには忍びの術があるのよ? お茶くらいどうってことないかしら!」紅「何を怒っているのか知らないけれど……ま、お茶でも飲んで落ち着きなさい?」つ旦~金「い、頂いてやるかしら!」旦⊂見様見真似で茶碗を回し、口元に持っていく金糸雀。金「ゴクゴク……うっ……」紅「……どうしたの? お口に合わなかった?」金「お、美味しいかしら……とっても……」口元から広がっていくお茶の風味が、まるで心の芯までも暖めていくようであった。紅「そう、安心したのだわ。……でも、それならもっと素直な表情で表現してほしいものね」金「だって……悔しいかしら……」紅「……?」両手で茶碗を握り締め、急に今にも泣きそうな表情になる金糸雀。金「真紅にはこんな特技があって、他の姉妹やジュンや巴にも活躍の場があるのに……カナの仕事は使い走りばかりかしら……」紅「そんなこと――」金「カナは……! カナは、水銀燈の……皆の役に立てているのかしら……?」紅「金糸雀……」いつも明るい金糸雀がそんな悩みを抱えていたことに、今さらながら気付かされる真紅であった。紅(まぁ、影が薄いのが個性と言えば個性なのだけれど……)それを言ってはおしまいである。紅「そんなに落ち込むことはなくてよ? 貴女の役割の大切さは、水銀燈だってちゃんと認めているのだわ」金「そうかしら……? 伝令や偵察なんて、他の誰がやっても出来そうな気がするかしら……」紅「そんなことはないわ。貴女は誰よりも速く馬を走らせ、情報を伝えてくれる……少なくとも、私には真似出来ないのだわ」金「なら……それなら、もっと本編で出番を増やして欲しいかしら!」紅「そればっかりは作者の匙加減なのだわ……」出番だけなら雛苺といい勝負……などと言っても、この際何の慰めにもならない。紅「でも、これだけは言えるわ。これからの戦いには大局を見据えた戦略が必要。その為に諜報戦はなくてはならないもの――」それまでとは打って変わり、真剣な眼差しで真紅は説いた。紅「より早く多くの情報を得られれば、無駄な犠牲も減らすことが出来る……貴女の働きが多くの命を救うことにもなるのだわ」金「……本当、かしら?」紅「勿論。だから、自分の役目を卑下することなく励みなさい? 貴女の力は、間違いなく皆が必要としているものなのだわ」金「うん……わかったのかしら!」いつしか金糸雀の瞳に、本来のきらきらとした輝きが戻り始めていた。金「真紅、ありがとうかしら! おかげでやる気が漲って来たかしら! では、その御礼と言ってはだけれど……」持参した怪しげな形状の箱を開け、中から何かを取り出す金糸雀。紅「それは……ひょっとして?」金「そう! これはお父様から頂いた宝物にして我が愛器、『ぴちかーと』かしら!!」それは当時の西洋でもっとも新しい形の弦楽器――提琴(ヴァイオリン)であった。金「美味しいお茶の返礼として、カナの真心を込めた演奏を進呈するかしら♪」紅「気持ちは有難いのだけれど……そろそろ尺がなくなってきたから、割愛させてもらうのだわ。残念ね」金「Σ(゚д゚lll)ガーン! ひ、ヒドいかしらー! 折角の見せ場なのに!? しかも、お父様に教えてもらった曲なのにぃー!!」紅「……仕方ないわね。お父様が奏でていた曲とあれば、聴かないわけにはいかないのだわ。特別よ?」山荘に夕闇の静寂が迫る頃。その茶室からは繊細な弦の奏でる美旋律が鳴り響いていた。曲の名は「さようなら、我が愛するものたちよ」――フランスの作曲家、ジョスカン・デプレによる世俗曲である。一心にヴァイオリンを奏でる金糸雀の横顔を、障子から差し込む夕陽が薄紅色に染めている。紅(お父様が、金糸雀に託した曲……)真紅はいつしか時の経つ感覚も忘れ、むせぶようなその音色にいつまでも聴き入ってしまっていた……
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