エピローグ 『ささやかな祈り』前編
「わざわざ調べていただいて、ありがとうございました。本当に、助かりましたわ。 ……ええ、はい。では、また明日に。それじゃあ……おやすみなさい」 通話を切るが早いか、ベッドの端に座り、耳をそばだてていた彼女が、聞こえよがしに鼻を鳴らした。 「バっカみたい。フランスに居た頃に、もう全ての調べがついてたでしょうに…… なんだって今更、あーんな冴えない男の助力を頼んだわけぇ?」「好きになってしまったから、お近づきのキッカケに」 「ぅえっ?!」首を絞められたような声を出して、彼女が凍りついた気配。私は振り返って「――って答えたら満足?」と、微笑んだ唇から、舌を出して見せた。プライドが高く激情家なこの子は、からかわれると、すぐに柳眉を逆立てる。「くだらなすぎて苛つくわ、そういうの。黒焦げのシシャモなみに嫌いよ」「ふふ……ごめんなさい。そんなに、怒らないで」言って、私はベッドに携帯電話を放り投げて、彼女の隣りに腰を降ろした。スプリングの微かな軋めきをお尻に感じながら、小さな彼女を膝の上に抱き寄せる。彼女は、しおらしく、私のなすがままになっていた。いつもなら、抱っこは疎か、気安く髪に触れられることすら嫌がるのに。「どうして、私が彼と親しくしてたか……知りたい?」「……別にぃ。勝手にすればいいでしょ」「あらぁ。もしかして、ヤキモチ?」「バカじゃない? いっぺん死んでみればぁ?」「とっくの昔に経験ずみですわねぇ、それは――」いつものように、娯楽としての口喧嘩を楽しみつつ、柔らかな白銀の一房を撫でる。彼女――ローゼンメイデンと呼ばれる人形『水銀燈』は、気持ちよさげに、うっとりと目を細めた。そんな素振りを見せられては、幸せな気分にさせられ、つい、私の口も軽くなる。「……そろそろ、新しい傀儡を用意しなければね」「前の傀儡は、かなりの役者だったわよねぇ。あの子の名前……雛苺、だっけ?」「コリンヌ、よ。彼女は、そのように生きる道を選び、全うした。だから、他の誰でもないの」「――そうね。確かに、そうだわ」「彼女くらい役目を果たしてくれる人と、巡り会えたら良いのですけれど」「そう簡単に見つかるなら、苦労しないわ。あの男……信頼できるの?」「なかなか良さそうですわよ。見ず知らずの私を、親身になって介抱してくれましたし――」「いまも、すすんで尽力してくれているし、ねぇ」脈はある、と思う。彼が、私に好意を寄せ始めていることくらい、承知している。ちょっとだけ事実に脚色した『おとぎ話』で、興味と同情のタネは、植えつけた。あと、恋の芽生えと愛の開花、夢の結実のためには……とりあえず、水と肥料を与えなければね。「さぁ、お仕事の時間よ、水銀燈。打ち合わせどおりに、お願いね」
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