DUNE
もうすぐだ。もうすぐでこの大事件を俺の手柄にできる。長かった。本当に気が遠くなりそうなほど長かった。この調査には、俺の全財産を掛けている。この記事を会社まであとは届けるだけ。そうしたら俺はヒーローになれる。夜、いまだに光の途切れることの無い繁華街。この封筒だけは何者にも奪われちゃいけない。大手出版社に運よく就職して3年。何のいいこともなかった。だが、その3年は、今日という日のためにあったのだろう。抱える封筒の中身は、ここ40年で最大とも言われる、大物政治家の汚職事件についての証拠だ。くくく。他の出版社を出し抜いてやれる。それに、この事件の核心に触れていることは、編集部の人間にすら言っていない。部内が騒然とするのが目に浮かぶ。そしてすぐに、俺を称えるに違いない。ああ、楽しみで楽しみで仕方が無いなぁ。浮かれるのも当然だろう、とだれに対するでもなく呟く。いままで、自身を馬鹿にしていた編集長。見下していた同僚。いくつもの顔が、浮かんでは消えてゆく。そのどれもが、驚愕し、嫉妬にゆがんでいた。タクシーを使う気にはなれない。タクシーが見つからなかった訳なんかじゃない、出版社までの、ネオンの輝く道が、俺だけのためだけに用意された、赤いじゅうたんのように感じたからなんだ。ふと、自分を呼ぶ声が聞こえた。当然のことながら、名前で呼ばれたわけではなく、風俗店への呼び込みなわけだが。「お兄さん、そこのお兄さん。私を買ってほしいの」それは、風俗、男を知っているにはあまりに幼すぎる声だった。見たところ、その少女の年齢は、中学校に入りたて、とは言いすぎだが、そのくらいのようにも感じられた。胸には、大きなバックを大事そうに抱えている。家出でもしてきたのであろうか。おそらくその中には、適当に詰め込んだ衣類が入っているに違いない。家出をしたはいいが、金に困り、適当にみつけた男に声を掛けたというところか。おもしろい、買うか。「幾らだ?」普段なら、断っているだろうが、この日ばかりは特別だった。自分への祝いだ。その少女は、片手の指を数本立てて見せた。この外見なら、もう少し取れるだろうに、といえる金額だった。どちらでもいいか。損をするのは俺じゃない。さぁ、楽しむことにしよう。そして二人は、近くにある、ラブホテルへと入り、無人のチェックインを通り、空いている部屋へと行った。先にシャワーを済ませた少女の待つベッドルームへと向かう。バスローブに着がえた少女は、暇そうにベッドの端にすわり、物珍しそうに、部屋の中を見渡していた。もしかすると、このようなところに来たのが初めてなだけではなく、性行為すら初めてなのかもしれないな。最高の上玉だな。あのフランス人形のようなかわいらしい顔が、喜悦に歪むのを早くみたい。だが、その前に少しだけ、シチュエーションを楽しもうか。我慢したら、我慢した分だけ、ご馳走はうまくなる。「なぁ。君の名前は何て言うんだい?」どうせ二度と会うことの無い行きずりの相手でも、名前を知っているほうが、燃えるだろう。「私?私の名前は雛苺って言うの。ヒナって呼んでほしいの。お兄さんの名前は?」首をちょこんと傾けて言うしぐさがかわいらしい。決めた。この娘が絶頂に達するときには、首を閉めながらにしてやろう。快感の海に溺れながら、現実の世界でも空気を奪い、溺れさせてやる。「俺の名前は、茂部って言うんだ。さてヒナちゃん。今日はどうしたんだい? 家出でもしてきたのかな?大方、家出したけど、お金が足りなくなって、 俺を呼び止めたってとこかい?」雛苺の顔が、驚きの色に染まる。「すごいの!当たりなの!どうしてわかったなの?」こんな簡単な推理にも驚いてくれる。彼女はいい客だった。「まぁ、ヒナちゃんの状況を見れば、すぐにわかったよ。というか、分からないほうが不思議だね」彼女はひとしきり感心した後、何かに気がついたようだ。「あ、お兄さん。頭に糸くずみたいなのがついてるのよ。ヒナがとってあげるの。こっちに来て欲しいのよ」言われるままに、俺は雛苺の隣に座り、頭を出す。「ちょっと、あっちを向いて欲しいの」そのまま体を回転させた。頭を触り、何かを取る感触。「そのままあっちを向いていて欲しいの」このあと、服を脱ぐ音が聞こえ、振り向いて、との声がし、振り返ると、彼女の裸が目の前にあるに違いない。これは、彼女の恥じらいか。そう思っていると、首に彼女の腕が巻きつく感触がした。背中には、見た目の割りに、大きな二つの乳房があたる。その感触を楽しんでいると、腕にこめられた力が急に増してくるのを感じた。あわてて、腕をはずそうとするも、うまく外れない。少しずつ暗転してゆく視界の中、耳元でこんな声がした。「頭の後ろなんて、見えるわけ無いじゃないの。分からないほうが不思議ね」あ、書類を届ローゼンメイデンが普通の女の子だったらDUNE第一話「Shutting from the sky」数日前。午前六時。じりりり、というけたたましい電話の音。全く何だろう。人が気持ちよく寝てたというのに。『アリス、起きていたか。仕事が入った』前フリもなしに、いきなり本題に入る声。まぁ、無駄話されると、それこそ切れそうだ。その分マシといえよう。「一体何?どこの誰?」朝早くに電話を掛けてきたことに文句を言ったところで、この人間には流されるだけであろう。電話を掛けてきたのが、ではなく、“仕事相手”が誰か、ということを意図したものである。『とある新聞記者だ。ちょっとお偉いさん方の気に食わないらしい』「ふーん。期限は?」『まだ決まっていない。というより、殺すかどうかすらもまだなんだ』「じゃあ何で?」未定の仕事を依頼してくるのか。『それに関しては、今日こっちに着てから話そう。十時ごろに来てくれ』そして、一方的に電話を切られた。まぁいいか。どっちでも。人には言えない仕事をしている。私の名前は、アリス。これは、便宜上つけられたものだ。本当の名前なんて知らない。あるのかどうかさえ。物心つく前に親に、スラム街というのすらまだ手ぬるいところに捨てられ、幸運にも、子供が欲しいと思っていた女に拾われた。そして、その“母”が殺され、私は、その“町”で独りで生きることとなった。ある程度、その女には学があり、私は、文字の読み書きができる。どれほど月日が経ったのかわからないが、“町”で出会った同じ年ぐらいの少年、少女とともに、私は街の銀行へと強盗に行った。途中までは完璧だったのだ。ありえないことが起こった。そしていつの間にか、警官たちと銃撃戦になり、私だけが生き残った。連行された警察署で何を気に入られたかは知らないが、司法取引として、汚れ仕事を請け負うことになった。六年の訓練を経て、手にした仕事は、政府お抱えの、非公式な殺し屋。出かける準備ができ、私は玄関を出る。歩いて数分したところで、声を掛けられた。「あ、おはよう雛苺。仕事か?」声を掛けてきた眼鏡を掛けた青年に声をかけられた。桜田ジュン。近所に住んでいて、人付き合いのほとんどない私の唯一ともいえる、一般人の知り合いだ。「おはようなの、ジュン。そうなのよ、ヒナはこれからお仕事なの」仕事は何ですか?と聞かれて、殺し屋です。なんて答えられるわけが無い。一応、中小企業に勤めている、と言っている。「そうか。方向同じだよな?駅まで一緒に行かないか?」「うん!一緒に行けてヒナはとっても嬉しいの!」駅までの数分、他愛ない話をしながら歩いていった。ふと、二人はどのようにみえているのだろうか?と考えてみる。……やはり、仲のいい兄妹だろうな。そして、ついた駅で別れ、別々の電車に乗った。“職場”につき、その小さなビルの入り口をくぐる。「来ましたね、アリス。では、仕事の説明をしましょうか」そう、私がいすに座るなり切り出してきたのは、電話とは別の男、白崎。ウサギにどことなく似ている。ここには、私以外には、殺しをする人間はいない。もともと、依頼はそう頻繁にあるものではないのだ。一人でじゅうぶんに、事足りる。今回の依頼主は、某政治家。汚職事件がリークされそうだから、その前に殺してくれ、というもの。一人殺したところで何が起こる?と言いたいところだが、今回に関したら、鍵を握っている人間はそいつ一人であり、そのことを誰にも口にしてないらしい。つまり、そいつ一人を消してしまえば十分。どうして依頼者がそれを知ったかなんて、興味がない。まぁ、馬鹿な男だ、とは思うが。依頼は何の痕跡も残さず、文字通り消してくれ、らしい。正直なところ、対象が誰であれ、興味なんてなく、ただ仕事をこなすのみだ。今までしてきた仕事といえば、子供を殺された金持ちの親の犯人への復讐。政敵の抹殺などなど。すべて、金持ちからの依頼だ。この世界なんて、金を中心に回っている。落とした男の下着を脱がし、バックに入れていた紙おむつに履き替えさせる。そして、同じくバックに入れていたワイヤーで絞め殺す。中には他に、膨らませた黒いゴミ袋六枚、肉切り包丁、のこぎり、簡易砥石が入っている。ワイヤーがしまり、意識が無いとはいえ、必死に生きようとケホケホと咳ごむ。後ろから見ると、耳が真っ赤に染まっていた。眼は充血し、舌は出て、涙、唾液、鼻水、様々な体液を垂れ流しているだろう。酸素が脳まで回らなくなり、だらりと上がっていた手が下がる。そして、数回痙攣をした後、全ての活動を止めた。鼻を突く、糞尿の匂い。全ての筋肉が弛緩したのだ。ただの肉塊となった男の体を、バスルームへと引きずってゆく。まず、紙おむつをはずし、トイレに流す。勃起していた。男を殺したとき、大抵こうなっている。そうまでして種を残したいのだろうか。汚らわしい。男のバスローブを脱がし、体をバスタブへと横たえさせる。しりの辺りをシャワーで軽く洗い流した後、私もバスローブを脱ぎ、男の体を解体し始めた。傍から見れば、ある種のエロティシズムを感じたのかもしれない。死体と戯れる、裸体の女。その体は、紅に染まり。小さなパーツに分解された男の体から、十分に血を抜き、何重にも重ねたゴミ袋へと入れる。この男の所持品もすべてまとめてだ。すべての片づけを終えた後、ドアのところで清算し、出ようとすると突然、めまいが来た。ここのところ、ずっとだ。世界が、私以外の”人”を置いてゆき、音を忘れる。そしてこの後には決まって“誰か”が来る。「いつもながら見とれるほど手際がいいな、お前さんは。」振り向きなんてしない。この声は確か五人前に殺した老政治家だ。「お前さんには悔やむことなんてないだろうな。 だが、見守ろうとする人間はいるのだぞ。」この声に、返事をしたことは無い。したらきっと、もう戻れなくなる。馬鹿みたいだが、私は死者が怖かった。彼らはいつも、甘い言葉で、私を誘惑する。時には、彼ら自身の過去を交え。私が、普通の人間として生きることができるなどと、語る。一瞬か、永劫か。どれほどの時間が経ったかはわからないが、また眩暈がし、世界に“人”と、音を呼び戻す。このことは、まだ誰にも言っていなかった。狂気の淵には、私しかいない。DUNE 第一話 「Shutting from the sky」了
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