8.敗北の価値
薄暗い廊下の広がる中、水銀燈と翠星石、蒼星石と薔薇水晶が進む。目指すは、何所とも知れぬ出口。潜むは、謎の3人組。…残りの二人。 8.敗北の価値 「どうだい?薔薇水晶」通路を塞いだ瓦礫の山に手を入れ探る薔薇水晶に蒼星石が尋ねた。「…うん…。もう…少し…」そう答え、薔薇水晶はうんと手を伸ばす。「………とれた…!」言うと同時に薔薇水晶が手を引き抜くと…予備の弾丸を入れたバックのベルトだけが、手に残っていた。「…銃には何発残ってるんだい?」「……6発…」「なるほどね…」蒼星石は顎に手を当て、少し考える仕草をする。この狭い通路では、振り回しの聞かないライフルは扱い難いだろう。弾丸も限られている。敵がいる、と断言できるわけではないが…「用心に越した事は無い。僕が先行するから、薔薇水晶はサポートしながら進んで」蒼星石はそう言うと、闇の広がる廊下へと足を踏み出していった。暫く進むと…銃声が聞こえる。断続的に続く銃声…。恐らく…例の3人組の誰かか…全員か…とにかく、誰かがいるのは確実だ。銃声に紛れる事の出来る今なら…様子を探るにはうってつけだ。蒼星石はそう考え、目で薔薇水晶に合図を送る。音源が近づき…発砲による光が漏れている部屋を見つけた。 扉の隙間から中の様子を窺う…そこには…壁一面に広がる巨大なモニターと、それを破壊している一人の金髪の女。「どうやら、相手は一人みたいだね…」蒼星石は小声で薔薇水晶に伝える。金髪の女が弾を撃ちつくし、モニターから光が失われる。機械が完全に破壊した事を確認すると、手に持った銃からバラバラと空になった薬莢を落とす。そして、素早い、手馴れた動作で弾丸をリロードすると、それを腰に下げたホルスターに入れた。蒼星石達には完全に背中を向けており、その表情は読み取れない。「いつまでコソコソと覗き見なんてしてるの」背中を向けたまま、金髪の女が突然、聞こえる声でそう言った。その言葉を受け――蒼星石は目で薔薇水晶に合図を送る。薔薇水晶が音もなくライフルを構える。それを確認して…蒼星石は扉を開けた。「君こそ…こんな所で何をしてるんだい?」声をかけながら、相手との距離を測る。まだ遠い。「同業者だ、なんて嘘は言わないでほしいな。同業者なら…こんなもったい無い事はしないからね」話しながら少しづつ、足を進める。金髪が鋭い目で言う。「…あなた…この装置が何なのか知ってるの?」「さあね。高価で売れそうだと思っただけだよ」あと一歩…そう思い蒼星石が足を踏み出そうとした瞬間――金髪の女は、右手でコートの裾を払い、腰につけた銃に手を伸ばした。二人の間の空気が凍ったように冷たく、固くなる…女の指が、銃に触れるか触れないかといった位置でピタリと止まる。金髪の女を睨みながら、蒼星石は考えを巡らせる。あの構え…きっと彼女は早撃ちに自信があるのだろう。そして腰に下げた銃…コルトSAA…『ピースメーカー』と呼ばれる信頼性の高い代物。そしてこの距離。一合目を合わせるには、あと一歩届かない…。数歩の距離で、二人が睨み合う…。空気が静かに震えだし…それが極限まで達する――蒼星石が鋏を手に取る。金髪の女が銃を引き抜く。ほぼ同時に、二人の影が動いた―― 金髪の女が部屋の入り口でライフルを構え機会を窺っていた薔薇水晶に向け、引き金を二度引く。薔薇水晶は一旦壁に身を隠し銃撃をやり過ごす。蒼星石が留め金を外した鋏の一本を投げナイフが如く金髪に投げつける。だがそれも、金髪の女の恐るべき反応の射撃により空中で叩き落される。そして続けざまにもう一発――「くッ!」蒼星石は咄嗟に鋏を盾のように構え身を固め――。『ギィン!』と鈍い金属同士の激しく衝突する音が響く。同時に後ろに飛び退いた――。部屋の入り口…薔薇水晶が待機している場所まで、蒼星石は下がる。壁に身を隠しながら、薔薇水晶に声をかける。「無事かい?」「……牽制されただけだよ…」「『ピースメーカー』の装弾数は6発…だよね…」「…うん……あと2発…」―※―※―※―※―金髪の女――真紅は、相手が身を隠した壁を油断無く睨みつける……突然、そこから一つの影が飛び出してきた――!それ目掛けて引き金を引く――「!? 帽子――!?」それは先程の鋏使いが被っていたテンガロンハット――(残りは一発…全く…いやらしい帽子ね…ッ!)同時に再び鋏使いが飛び出してくる―――※―※―※―※― 一気に間合いを詰める蒼星石。最後の弾丸の引き金を引く真紅。(この一撃を凌げば…チェックメイトだよ!)再び弾丸から身を守るべく鋏を盾にする――そして――鈍い、鋭い音と共に…鋏が中心から二つに折れ――弾丸は一度目と『全く同じ』場所に当たり…ダメージの残るそこに再び一撃を喰らう事により…負荷に耐えられず、砕け散って――相殺しきれなかった衝撃と共に、蒼星石の身体が飛ばされた…。―※―※―※―※―蒼星石の鋏が無くなった以上、決め手は私しかいない…!薔薇水晶が身を乗り出し、ライフルを構える――だが真紅は右に右に身を翻しながら薔薇水晶に近づいてくる…右に…それは薔薇水晶から見ると、死角となりやすい左側…「……それでも…!」薔薇水晶がその金髪をスコープに捉え、引き金に指をかけた時、突然…壁にぶつかり、銃身がブレた。「…!?」(集中しすぎた…!?)部屋の入り口、狭い廊下。両脇に存在する壁。銃身の長いライフルは振り回しが効かず、扱い難く…そして相手も、それを狙っていた…。気が付き、薔薇水晶が体勢を変えようとする――作り出した好機に、真紅が地面を蹴る―――― 完全に、相手のペースだった。―― チームの中で攻撃面で腕を振るう二人…―― その二人が…真紅が薔薇水晶の首を腕で絡め取る…。「私には目指すものがある…。こんな所では終われないのだわ」そして…薔薇水晶の首を一気に締め上げると…廊下の闇に溶けるように消えていった…―※―※―※―※― 「きゅう…」と言い、完全に伸びている薔薇水晶。怪我こそ無いが…鋏とエースの自負心を砕かれた蒼星石。蒼星石は薔薇水晶に肩を貸し、起こし上げる。「…随分と遅くなってしまったけど…予定通りここを脱出しよう…」それ以外に発するべき言葉は見当たらなかった…。重い足取りで…薄暗い廊下へと戻る…。◇ ◆ ◇ ◆ ◇薄暗い廊下の中…オイルライターの火が水銀燈の顔をボゥっと照らす。キンっと小気味よい音がして、その光も消えた。ふぅ、っと白い煙を吐きながら、水銀燈が言う。「ごめんなさいねぇ。せっかく蒼星石との二人っきりのチャンス奪っちゃったわねぇ」翠星石はニヤリと返す。「…だったら、町に帰ったら一杯奢りやがれですぅ」水銀燈は「はいはい」と曖昧に答え、眼前に広がる闇を見ながら煙草を揉み消した。「それも…無事に太陽の下に出てから、ねぇ…」翠星石が背後を固め、気配を消しながら二人は廊下を進む… 不意に水銀燈が壁に身を寄せ足を止め、カスタムメイドのサブマシンガン・メイメイを手に取る。翠星石も壁に張り付き聞き耳を立てる…。水銀燈は指先のサインで翠星石に情報を伝える。――壁の向こう。一人。先手必勝。壁から身体を離し、銃を壁に向ける。瞬間――!壁から手が生え…いや、手が壁を突き破り水銀燈の腕を掴んだ!そのまま伸びてきた手は水銀燈を振り回し、軽々と投げ捨てる。「きゃぁーーー!」その光景に翠星石が悲鳴を上げる。そして…その手は壁を突き破り…「ふふふ…驚かせてしまいました?」それが全身を現した…「あわわ…」と、突然の光景に腰を抜かす翠星石を見ながら、それは言う。「そんなに驚かれると、頑張った甲斐が有りますわ…。私は雪華綺晶…。れっきとした人間ですわ。ひょっとして…オバケでも出たと思って頂けましたか?」楽しそうにニッコリ微笑んでみせる…。「やってくれたわねぇ…!」水銀燈が立ち上がり、銃を向ける。雪華綺晶は微笑んだまま、しゃがみ込む。サブマシンガンが火を噴くのと同時に…雪華綺晶は床を殴り…めくれ上がった床を抉り出し、盾にして弾丸を全て防いでみせた…! 「ちぃッ!?」水銀燈は片手で拳銃を取り、壁と化した床板を二挺の銃で撃つ。その威力で壁はボロボロと崩れだし…だが、破片となった床板の背後に既に人影は無かった…見ると、先程まで壁の有った場所には…巨大な穴が穿たれており…その先には、小さく切り取られた青空が見えていた…。「な…何ですか!?今のバケモノは…!?」翠星石が唖然とした声を上げる。「知らないわよぉ…私だって…」水銀燈はそう答え、煙草を一本咥えた。「とにかく…脱出は成功、ってところ…よねぇ…」呆れたように、大穴を見つめる。―※―※―※―※― 「はぁい。お待たせぇ」合流地点で水銀燈は集合していたメンバーに声をかける。「オバケが…バケモノが出たですぅ…」「翠星石、お化けだなんて幻覚だよ?…ひょっとして、また薬の調合失敗したの?」蒼星石にしがみつき、ガタガタ震える翠星石。「カナが一番に帰ってきたかしら!」「…うん…カナリア…頑張ったね…」テンション高く騒ぐ金糸雀と、その頭をポンポン撫でる薔薇水晶。「全員無事みたいねぇ。…で…こっちは敵に出会ったけど…皆はぁ?」…情報を統合するに…やはり相手は例の3人組だったようだ。圧倒的な射撃の腕を誇る金髪の女…。一人は発破を使う雛苺という少女。人間離れした規格外の力を振るう人物…雪華綺晶。そして…その名前を聞いた瞬間…薔薇水晶は力なくその場に膝を折った…。「きらきーが…?…なんで…?」呆然と、幽鬼のように呟く…。 ―※―※―※―※― …ある程度の事情を知っていた水銀燈と蒼星石により、薔薇水晶は馬車の中で横になって休む事になった。仲間と、お宝。目の前に転がる、二つの事態。水銀燈は心の中でそれを秤にかける…。答えなど、初めから分かりきっている事だった。「残念だけど…今回は引き上げよぉ…」水銀燈の合図で、薔薇水晶を除く全員が撤退の準備をする。馬車で膝を抱えている薔薇水晶の頭を、水銀燈がそっと撫でる。「…今回は…完全にしてやられたわぁ…。でも、私達は生きている。荒野では、負けても生きてたら何とかなるし、勝っても死んだら意味が無いのよぉ」そして、薔薇水晶の頬をキュっとつねる。「…だから…そのぉ…何が言いたいか、ってぇ…生きてる限り、チャンスは有るって事よぉ?」不器用な慰めの言葉に…薔薇水晶も少し…ほんの少しだけ、元気を取り戻す。「…うん…ありがと…銀ちゃん…」ほんの数時間ぶりに陽の光を浴びた彼女達は…荒野に吹く風が、この時だけは優しいものに感じられた。 ―※―※―※―※―荒野の端にある、一つのゴーストタウン。そこにある一軒の大きな屋敷…周囲の荒れ模様とは逆に…煌々と窓から光が漏れている…。赤い絨毯が敷かれた廊下を、一人の男が歩いていた。その奥。豪華に装飾された、一枚の扉。その中には、窓の外を眺めながら、こちらに背を向けて座る車椅子の老人がいた。車椅子の男が、背を向けたまま言う。「白崎か…。どうかしたか」「失礼致します。ご報告が…。梅岡の管轄区内にあった工場が、何者かに破壊されました。手口からして、盗掘が目的とは思えない、との事です」報告を聞く車椅子の男は、何も答えず窓の外を見つめ続けている。白崎は続けて告げる。「一応梅岡には、自分の身は自分で守るよう伝え、予算も送りました」その言葉を聞き、男は車椅子を動かし、振り返った。「なら、問題は無かろう」そして車椅子の男が壁に目を遣る。そこには…巨大な機械が、低い音を立てて唸り続けていた…。 壁一面に存在する機械が鼓動のように点滅を繰り返す…機械の端に刻印された文字…『ALICE』…
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。