灯台の下 【Another story~Spinningwheel and Prompter~】
「さて・・そろそろ頃合いかな・・」携帯を取り出す。「────もしもし?翠星石?──で?どうだった? ──うん、うん、そっか。──よかったね。僕も嬉しい。 ──や、それだけだ。それじゃ、ごゆるりと。 ──ははは、冗談だよ、ゴメンゴメン。──うん。それじゃあね。」「上手く行ったようですね。」「あっちはね。」「あっちは、というと?」「もう一つの糸車。糸が縺れた糸車。それをほどきに行かなくちゃ。」「ほう。・・・・貴女も損な役回りですね。」「もう、慣れてますから。こういう役は、僕だけで十分だ。」「・・自ら舞台を降りて黒子に徹する、と。」「そういうことかな。」「我々も似たようなものですから、よく分かりますよ。」「そうですか。・・・・では、僕はこれで。今日は本当に助かりました。有難うございます。」「いえいえ。私も大いに楽しませていただきました。 ・・もう、このカクテルは、作ることは無いでしょう。」「そうして頂けると有り難いです。それでは、また来ます、兎さん。」「またのご来店を心よりお待ちしております、黒子さん。」月が明るい。生暖かい空気が肌を包み込む 「・・・さて、行きますか。」-----------------------巴は、泣いていた。先程のところがまだ熱い。 ──────────────────桜田君。 疼く。切ない。─────どうして────どうして──── ・・・ン・・・・ンポーン・・・・・・ピンポーン・・・・・ 「・・はい・・・」「やあ、巴。僕だよ。」「・・・蒼星石・・・・」「・・・・」「・・・・」沈黙。蒼星石がその沈黙を破って、「・・泣いていたのかい?」「・・・・」「・・ジュン君、かい?」「・・・・知ってたの?」「うん。実はさ、一ヶ月くらい前に聞いたんだ。 ジュン君本人に。翠星石に君とのこと見られたって。」「えっ?そうだったの?」「知らなかったの!?」「ええ・・それであの娘、急に・・てっきり別れただけなのかと・・・」「全く、つくづくあの人もトラブルメイカーだよ。 それでね、僕は怒ったんだ、彼に。優柔不断だって。 そしたら、彼、君のこと選んだみたい。」 ──────君のこと選んだみたい。その言葉が、重くのし掛かる。 「・・・違う・・違うの・・・」激しい慟哭。蒼星石は巴を抱き寄せる。 「・・・何か、あったんだね。・・・聞かせてくれないかな?」 蒼星石になら話してもいい、と感じた。まるで自分に語りかけるような気がしたから。巴は、今日あったことを全て話した。 「そうだったんた・・・」「・・・桜田君は、私の事を求めてなどいなかった・・・・・ 所詮、彼は私に欠けた偶像を求めていただけ・・・・・」「・・それは、違うよ。だって、仮にそうなら、わざわざ君と二股掛ける訳がない。」「それはそうだけど、でも・・」「それに彼、その時にこう言ったんだ。君のことも昔から好きだったって。 静かな中にある柔らかい優しさに惹かれた、って。 不覚にも、何故か僕もちょっとドキッとしちゃった。」 「そんなことを・・・・」「彼は、ちゃんと君を君として見ていた。大丈夫、安心して。だから、ね?」「うん・・うん・・・・」 顔を上げる巴。 「もう、大丈夫。・・よかった、その事が聞けて。 ・・あの人は、私の事を求めていてくれた・・・」 途端に蒼星石の表情が曇る。どこか悲しげだ。 「・・どうしたの、蒼星石?」「・・やっぱり、君にはこの事を話しておくべきみたいだ。」「・・・・」「彼が君と付き合おうと決めたのはね、君の告白を断りきれなかったからだって。 ・・・・君が壊れてしまいそうだったからだって・・・・」「・・・・そう。じゃあ、彼は同情という愛で私と・・・・」 目頭が熱い。駄目だ。泣いちゃ駄目だ。必死に泣かまいと堪える。蒼星石は目に涙を浮かべている。 「・・・・何で、貴女が泣いてるの?」「・・・・泣いて、良いんだよ?無理する必要なんか無い。」「・・・別に、泣きたくなんか──」 と、急に視界が真っ暗になる。暖かい。 「・・嘘。言ったでしょ、君と僕は似てるって。 君のことなんか手に取るように分かるんだ。だから、泣いていいよ、思いっきり。」 暖かい。鼓動が聞こえる。あ、もう駄目だ─────── 「・・・うん、今度こそ、もう大丈夫。」 顔を上げる巴。その顔はとても清々しかった。 「そう。・・それじゃ、ジュン君に電話しよっか?」「・・えっ、何で───ううん、分かったわ。」 携帯の電話帳を開く。彼に電話する前に、やるべきことがある。彼のメモリーの登録名の「ジュン」を「桜田君」に戻す。準備完了。 プルルルル。プルルルル。プルルルル。プルルルル。プルルルル。ガチャ。 『・・・・もしもし。』「遅すぎ。もっと早くでなさい。」『・・・・』 無言の彼。その間に、伝えたい想いを言葉に紡ぐ。 「・・桜田君。ありがとう。」『えっ・・・・』「一ヶ月。とても短かったけど、貴方の隣に居れて、とても幸せだった。 本当にありがとう。後悔はしていないわ。」『────ま、待て!早まるな!』「・・・・・・・・・・・・へ?」 思わず素っ頓狂な声をあげる。 『い、今どこだ?すぐに向かうからな!』「・・・・・・・・・ぷっ。くくくっ。あっはははは。」 隣でやり取りを聞いていた蒼星石も笑い出す。 『・・・・・・・・・・へ?』 今度は彼が素っ頓狂な声をあげる。 「・・・桜田君。私、メンヘルじゃ無いんだけど。自殺なんかするわけないじゃん。」『・・・・・・へっ?・・あ、な、何だよ!驚かせやがって!』「人をメンヘル呼ばわりするなんて、最低ね。桜田君。」『なっ・・・・』「うん。最低だね、ジュン君。」『そっ、蒼星石!?何で君がいるんだ?』「最低なジュン君には秘密だよ。」 笑い出す巴。 『クソッ、何だよ人を散々馬鹿にしやがって!一体何で電話してきたんだよ─────ちょっと、何の話ですかぁ?』「あ、翠星石?実はね、かくかくしかじかで・・・・」 蒼星石が今の出来事を面白おかしく説明する。バカ笑いする翠星石。 『イーッヒッヒヒヒ!馬鹿ですぅ!ジュンは世界一の大馬鹿者です! ・・・ククッ、腹痛てぇですよ! ─────ちょっと、いい加減返せよ。もしもし、一体何の用だ?』 「あ、ジュン君?ちょっと待ってね。今、巴に変わるから。 ───もしもし。・・あのね、桜田君。 もし良かったら、これからも友達としてお付き合い出来ないかな?・・・・」『えっ・・・・』「ダメ、かな・・」『いや、俺は全然・・・・・・・本当にいいのか?』「うん!」 自分でも驚くほど爽やかな返事だった。 『・・・・うっ・・ありがとう・・』「泣かないの!男でしょ?」『・・でも・・・僕は君を・・』「だから、良いって言ってるじゃない。・・あんまりしつこいとウザいよ?」 そう言って、蒼星石にウインクする巴。 「・・うん。ウザいよジュン君。」『なっ・・・・わ、分かったよ。・・それじゃ、これからもよろしく。』「うん、よろしくお願いします。桜田君、翠星石にも替わってくれない?」『ああ、分かった。──もしもし。巴、ですか?』「うん。・・・・ゴメンね、桜田君を奪うような真似して。」『そんな事・・・・微塵も思って・・・・ねぇですよぉ・・・』「・・そう。ありがとう。」『・・巴。これからも翠星石と友達でいてくれるですか?』「・・・・勿論よ。ずうっと、友達。」『はいですぅ。ずっと、友達ですよ?』「うん・・・・ねぇ、もう一度桜田君に替わってもらえる?────もしもし。私から一つ、お願いがあるんだけど。」 『・・何だ?』「・・・あの娘が、いつ尋ねられても、 心から幸せだって言えるように、全身全霊をかけること。」『・・・・ああ、分かった。約束する。』「良かった。それが聞けて安心した。・・それじゃ、そろそろ切るね。」『ああ・・おやすみ。オヤスミですぅ。』「お休みなさい。 ・・・・ふぅ。疲れた。久しぶりだわ、こんなに長く喋ったの。」 「ふふっ。君自身も少しずつ変わり始めてきたんだよ。 勿論、良い方向にね。 それじゃ、僕も帰るかな。」「泊まっていけば?」「ありがとう。でもいいよ、翠星石の部屋を借りるから。」「わかった。・・今日は本当にありがとう。」「どういたしまして。それじゃ。」「うん、じゃあね。」 ------------------------翠星石の部屋に着く。合鍵を使って、中に入る。 「ふぅ・・・・」 リビングで一息つく。 「あれで、良かったんだよね。・・・・」 正直、本当の事を話していない部分もある。罪悪感に苛まれる。「ううん。あれで、良かったんだ。黒子の役目はしっかり果たした。 ─────恋、か。僕だって、昔から────」 いや、止そう。その感情は封印したんだ。姉に、自分の想いまで託したはずだ。ふと、カレンダーに目を遣る。今日の日付が空欄だ。『仲直り記念日』とメモ欄に書いておく。 ───────恋、か。気にならない人が居ないわけでもない。その人は自分の事を変な呼び名で呼び、事ある毎に自分のところへ話し掛けに来る。鬱陶しい以外の何物でもなかったが、その純粋でひた向きな感情には好感が持てるのだった。 ───次は、僕の番かな。一度舞台から姿を消した黒子なのに?また舞台に上がらせて貰えるだろうか?・・・ううん、きっと大丈夫だ。あんなに心優しい演者さん達なら、きっと暖かく迎え入れてくれるだろう。次の舞台に様々な想いを馳せながら、蒼星石は眠りについた。
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