灯台の下 【2】
買い物の帰り道。買い物かごの中身を見ると、今日はどうやらジュンの好物のハンバーグのようだ。普段は敢えて彼の嫌いなものを混ぜて困らせている翠星石が、なぜ珍しく好物を作るのかというと、 「ハンバーグなんて作るのも久々ですねぇ。ジュンの野郎、今日が付き合ってちょうど三年だって覚えているですかねぇ?」 意外に彼女はこういった記念日に拘る性質で、以前ジュンがファーストキス記念日の事を忘れていたときはいじけてしまい、ご飯も作らず一日中ジュンの寝室に引き込もっていたこともあった。───今日はまた暑いですね。ようやく本格的に夏を迎えた七月の空に浮かぶ入道雲の陰から顔を覗いた太陽。次第に顔を照らす陽光、じわりと肌を湿らす汗。全てが懐かしかった。彼女は夏が好きだった。元々、木々の緑が一番映えるからという理由もあったのだが、やっぱり自分にとって一番嬉しい出来事があったのも大きいだろう。そんな夏の昼下がりの空気を満喫しながら彼女はルンルン気分で彼の家に向かっていた。 帰り道、駅前の広場でジュンを見つけた。巴が、一緒だった。彼女も翠星石達と古くからの馴染みで仲良く同じ大学に通っていた。巴は割と感情を表に出さず、常に話の聞き手役に回る人間だった。さしずめ控えめ、クールといったところだろうか。蒼星石に似ている、と彼女は感じていた。そのため、真逆の性格の翠星石は巴に対してイライラしたり焦れったくなり怒鳴り散らしたことがあったにも関わらず、今まで一度も仲違いをしたことは無かった。翠星石はそのまま二人を観察してみることにした。何故かは分からない。二人は今会ったばかりなのだろうか。立ち話をしている。もう少しそのまま見続けることにした。何故かは分からない。二人は歩き出した。翠星石も後を付けていこうとした。が、その足が動かなかった。いや、正確に言うと、動けなかった。 ────────何で、手ぇ繋いでるですか?意味が、解らなかった。ザワッ、ザワッ。二人はどんどん離れていく。足を引きずる思いで、翠星石も付いていく。二人は互いに顔を向けながら話をしている。あんな楽しそうな巴の顔、初めて見る。ジュンは柔らかい、優しい顔をしていた。あんな顔、自分にしか見せてないと思っていた。意味が解らない。ザワッ、ザワッ。ジュンの家の近くの公園に二人は寄った。翠星石は物陰に隠れて様子を伺った。ベンチに座る二人。見たくない、と思っても目が動かなかった。 寄り添う二人。───嫌だ。ジュンが肩を巴の肩に回す。───嫌だ。徐々に距離を縮める二人。───嫌だ。そして、気がつくと、無心で翠星石は走り出していた。無心のつもりだった。でも頭の中では今の光景が何度もリピートされていた。胸のザワザワはもっと大きなものになっていた。暫く走り、気が付くと彼のマンションの前だった。「夕ご飯、作らなくちゃ、です。」その日、快晴だったにも関わらず、海は荒れていた。しかし、浜辺は驚くほど穏やかだった。
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