『心ヲ食ム白薔薇』
その瞬間。蒼星石は迷っていた。雛苺の様子がおかしくなったと判断した直後、蒼星石は即座に雛苺へと飛び掛った。そこまではよかった。思考の入る余地もなく、経験と勘が、彼女の体を突き動かした。蒼星石は年は若くとも、それなりの経験を積んでいる。それだけの訓練を積み、それだけの修羅場も越えてきている。しかしそれでも、雛苺と向き合った瞬間、彼女は迷ってしまった。蒼星石は、吸血鬼を殺さずに、最大限のダメージを与える方法を知っている。極限まで痛めつけはするが、相手を殺さずに済ます術を彼女は知っている。だが。蒼星石は迷った。目の前の少女。彼女にそれを実行しても良いのだろうか?蒼星石と対峙したソレの姿。雛苺。見る限りは齢10になるかならないか程度の体躯しか持たない彼女。少し力を入れて捻ってしまえば、へし折れてしまいそうな細い首。木の枝のような手足。それらが、迷いを、躊躇を、蒼星石に生み出した。もしも、大人の吸血鬼にやるように、彼女に攻撃を行ったら。あの小さくて脆そうな、雛苺は、耐えられるのだろうか。死んでしまいや、しないだろうか。湯水の如く彼女の脳内に溢れかえる疑問。真面目な性格だからこその欠点。蒼星石は、考えすぎてしまった。そんな彼女の心境を知ってか知らずか、雛苺は愉快なものでも見るように、笑う。「遅すぎるわよ、お姉さん」雛苺は蒼星石目掛け、その短い足をフルスイングする。蒼星石が感じたのは、金属バットで殴られたかのような衝撃。直後に彼女が見たのは、雛苺の細くて脆そうな脚。右目を覆う少女の手。宙へと弾き飛ばされる鋏。「うあっ!」そして蒼星石は宙高く吹き飛び、床へと叩きつけられ、ワンバウンド。「蒼星石!」柏葉を介抱していたジュンは、蒼星石へと駆け寄る。「大丈夫か?」ジュンが蒼星石に話しかけるが、彼女の顔は真っ青。額には冷や汗。蒼星石がぱくぱくと口を開くが、声が小さすぎて、聞き取る事ができない。「骨が折れちゃってるみたいね」雛苺は金色の左の瞳で、蒼星石を見下ろす。「私には関係ないけれど」そう言い捨て、雛苺が部屋を去ろうとする。その瞬間。「待てよ」饐えた臭いに満たされた部屋の中には、倒れた二人の女、一人の少女、一人の男。雛苺は、ジュンのいる方向を見つめる。ジュンが雛苺を睨みつける。「お前は一体何なんだ?」雛苺はふふふ、と笑う。その様子だけは年相応というか、姿相応の、無邪気なものだった。「そこの女の人が言ってたでしょ? 私は雛苺。雛苺よ」「じゃあ、その目を隠してる右手、離してみろ」もう一度、雛苺は笑う。左目を宝石のように、虚ろに光らせて。小さな口を、いっきに耳元まで釣り上げ、口の中から、白い歯を覗かせて。おにんぎょうのような表情で。笑う。「いいわよ」そういった、彼女の声は。冷たくもなく。熱くもなく。歯車が軋み、廻るような。人間とも、人外とも、そもそも生き物が発するものとは思えないような声だった。人の心を見るジュンは、わかっていたのだろう。彼女を動かしているのが、『雛苺』という肉体を統制しているのは、雛苺本人ではないことを。だからこそ、彼女の”右目”を見たときには大したリアクションを取らなかったのだろう。嗚呼、雛苺。彼女の右目があるはずの場所に、あったもの。それは、空っぽになった眼窩。そこから伸びる、一輪の白薔薇。「綺麗でしょう?」雛苺の形をしたそれは、ころころと笑った。「とても綺麗だな、馬鹿」ジュンは、にやりと笑う。「?」一方、それを見た雛苺状のものは、笑うのをやめる。ドスン「どうしてさぁ!」ジュンは笑う。大笑いする。爆笑する。雛苺型のそれの前に降ってきたもの。それは、この小屋(?)の天井だった。「時間稼ぎされてるとか、考えないのかなぁ!」どんなトリックを使ったのかはわからないが、天井が、床が、壁が、崩れ落ちて雛苺風のそれへと降り注ぐ。ジュンが笑い、砂埃が舞い上がり、部屋中が白い煙で多い尽くされる。聞こえるのは、ガレキがぶつかりあい、削りあい、積まれ、コンクリートというコンクリートが一箇所に集まる音。雛苺的なそれがいた場所のみ、綺麗に天井も床も壁も消えうせ、空からは綺麗な半月が覗いていた。ガレキの崩れる音が止まり、その空間で音を発するものはいなくなる。閑。静止する空気。沈黙する空間。世界が止まってしまったのだろうか、と思えるほどの、無音。その静寂の平穏を、ジュンが至極楽しそうに、それはそれは楽しそうに、切り裂いた。「生きてるんだろ? 僕には、視えるんだぜ。その娘の心も、お前自信の心も」コンクリートと鉄筋の山から這い出したそれは、言う。「貴方も、その力を持ち、似たような道具を使う」ガレキの中には、ちょうど子供一人入る程度の空間が出来ている。目を凝らせば、その中に白い茨で編まれたシェルターを見出だすことができた。「うふふ。運命を感じるわ。私と似た道具を使い、似たような力を持つ」そう言うや否や、雛苺憑のそれの小さなかわいらしい手のひらから生えてきたのは、白い茨の蔓。茨の蔓は、ガレキを一ツ、持ち上げて、ジュンへと投げつける。ガレキはジュン目掛けて飛んでいくが、当のジュンは微動だにしない。どんな魔法を、超能力を使ったのだろうか。ガレキは宙を飛べば飛ぶほどに細かく切り刻まれてゆく。そしてついにジュンにぶつかる直前に、塵となり散り散りになって掻き消えてしまった。「何してもいいけど、ここから一歩でも動いたら今のガレキみたいになるから、自己責任で」ジュンの笑みは、止まらない。棒立ちの状態で、雛苺並のそれも笑う。「素晴らしい武器だわ。まさに私は今、窮地に立たされてしまった。 だけど貴方、チェックメイト、とでも言うつもりかしら? まだまだよ。詰みにはほど遠いわ。だって私には、こんな逃げ道があるのだから」笑った瞬間、ジュンは見た。ジュンだからこそ、見えた。雛苺系のそれから、茨の蔓を模した心の糸が放たれ、蒼星石と柏葉へ注がれるのを。二人の体が、その心の糸を少しずつ飲み込んでいくのを。糸を受けた”手負いで栄養失調かつ貧血気味で、昏倒中の柏葉”が、ゆっくりと、立ち上がるのを。糸を浴びた”骨折の激痛に苦しみ、微動だに出来ないはずの蒼星石”が、床から這い上がるのを。二人の右目から、雛苺と同じような、白い薔薇が咲くのを。二人の左目が、無表情に、電燈のように、黄金に輝くのを。そして柏葉、蒼星石は美しいデュエットを奏でる。『貴方は、友人に、部下に、同じようにその武器を使えるのかしら?』「どうなの?」後ろの雛苺様のそれは、首をこっくりと傾げ、ジュンに尋ねる。それはそれは、楽しそうに。蒼星石、柏葉は、人形のような様子でジュンへと歩み寄り、それぞれに剣を振り下ろす。「くそっ」苦々しげに、ジュンは雛苺形のそれから、背を向け、掌で二人の斬撃を受け止める。響いたのは、金属と金属が擦れ合う音。『そこに仕込んでたのね。やっぱり』蒼星石と柏葉はデュエットを続ける。『鋼線』ようく目を凝らせば、ジュンの指の一本一本から、細い細い糸が伸びているのが見える。それらひとつひとつを、指からたぐっていくと、ジュンの手袋の中で束になっているのが見える。心の糸などではなく、実在する糸。これこそがジュンの必殺の武器。切れ味抜群のピアノ線。それが、雛苺程のそれの周りを縦横無尽に駆け巡り、囲んでいる。抜け出す隙は、皆無。だった。しかし、ジュンが蒼星石と柏葉の剣を受け止めようと、背を向けた瞬間。ほんの一瞬の隙ではあるが。鋼線で作られた結界に緩み、歪みが生まれてしまった。その隙を見逃さず、鋼線の領域の隙間を縫うようにして、そこから抜け出した雛苺為は、言う。「私がこの鋏の子を相手にしてる頃からかしら? その鋼線を小屋のひび割れに潜り込ませて、それで一気に切り崩した、って感じかしら。 普通こういう武器は巻きつけて切り刻むものだというのに・・・。 おまけにそれを誰にも気付かせないだなんて・・・。 すばらしい才能ね。賞賛に値する腕前よ。”心”から尊敬するわ。 だから、名乗ってあげる。私の名前は雪華綺晶。この”心”は誰のものでもない、雪華綺晶」本当に幸せそうな表情で。そう、まるで新しい遊び道具を見つけたかのような子供のような顔で。雪華綺晶は、そう言い捨て、去ってゆく。それと同時に、ジュンへと振り下ろされた、柏葉と蒼星石の剣から、力が失われる。二人は力なく崩れ落ち、再び昏倒した。ぴくり、とも動かない。二人の左目は元の色に戻り、傍には白い白い、雪のような穢れのない色をしていた薔薇が、泥のような色に染まり、ばらばらの散り散りに散り尽くしていた。~「ウノ!」翠星石が声高に言う。「ひっひっひっひっひっ。ちょろいちょろい、ですぅ!」「卑怯よぉ。私は今ルール覚えたばっかりなのにぃ」「そんなもん知るかですぅ」蒼星石や柏葉は絶体絶命の状況だというのに。私と翠星石は呑気にもウノをプレイ中だった。戦績は今のところ、10戦10敗。流石に覚えたてと言えど、負けすぎだろうか。「さーて翠星石は上がりですぅ♪」翠星石がカードを高らかに掲げ上げ、満面の笑みを浮かべ、不愉快な笑い声と共にカードを机に叩きつけようとした、その瞬間。私は直感した。『何かが、来る!』感じた次の瞬間には、私は翠星石を押し倒していた。背後で、窓ガラスが砕け散る音を聞いて、私の判断は間違ってなかったと、確信する。翠星石の悲鳴を、下のほうに聞く。こういうときこそ、戦う事のできる私が落ち着いて、彼女を諌めなくては・・・。「だだだ大丈夫ぅ?」思いっきり声が裏返ってしまった。格好がつかない・・・。「おめぇに押しつぶされそうだってこと以外は・・・」「ななな、何が来たのかしら・・・」私は未だに、落ち着きを取り戻せてはいない。翠星石を抱きかかえる私の腕はぶるぶると震えている。で、翠星石はと言えば、死んだかのように黙り込んでいる。静まり返った部屋の中。3秒前と変わっているのは、砕け散った窓ガラス。そして―――「なんか変な匂いすると思ったらこれねぇ・・・」カーペットに黒い焦げ付きを作っていたそれ。ライフルのものと思しき弾丸だった。私たちは、誰かに狙撃されている。私は弾丸を拾おうと立ち上がるが、翠星石が私の服の袖を離さない。「ダメです、水銀燈」私と翠星石の位置が180度回転する。翠星石が私を押し倒す形になる。そして彼女が、落ち着き払った声でいう。「弾丸の軌道の上にでちゃダメです。狙撃されるです。 どうやらあの弾丸、聖水処理もされてるみたいですし・・・狙撃手の狙いは、あんたですよ」ちらと弾丸を見ただけで、それほどの情報を引き出す。この娘も、なかなか侮れない。「じゃあ・・・早く逃げましょうよぉ」私は翠星石から離れたい一心で、翠星石の服の袖を引っ張りながら、言う。「ダメです。きっとドアを開けたら狙撃手の思う壺、です。 きっとそっちの方にも何か仕掛けがあるにちげーねーです」至極、正論である。言い返せない=離れられない。私の思いを察してか、翠星石が言う。「す、翠星石だっておめぇとこんなことはしたくねーですよ」翠星石は顔を真っ赤にして目を逸らす。・・・私じゃなかったらいい、とでも言うのかこの女は。私の考えすぎだと願いたい。「とりあえず、目くらましが出来れば、脱出もいいのですが・・・」目くらまし・・・?あれをこーすれば・・・できないことはないかも。「目くらまし、すればいいのねぇ?」「でもおめぇ、けむり玉とか持ってるのですか?」「ちょっと力技だけど、閃いちゃったわぁ」にやにやと背筋のぞくぞくがとまらない。「大丈夫、きっとうまくいくわぁ」そう言って、私はポケットにしまっておいた、血入りのビンに口を付ける。さぁ、お祭りの始まり、始まり。第12夜ニ続ク不定期連載蛇足な補足コーナー「チュパカブラもどきと眼鏡っ子」銀「作者、絶対『ビートた○しの超常現象スペシャル』だったけ? 見てたわねぇ それにしても仮にも乙女にチュパカブラって、どういう了見よぉ」ジ「まーいーんじゃないのー? やってることは大差ない気がするし」銀「・・・ということで、ジュンの主装備が今回、露出露呈されまくりですね。初登場黒星だけど」ジ「黒星じゃない。あいつが逃げたんだ。それにそもそもこの武器は『斬ること』に特化した武器なんだよ。 相手が岩石だろうが、真綿だろうが、なんだろうが切り裂く。これがこの武器の特性。 詳しい使い方とかは『HELLSING』のウォルターさんと同じと思ってくれればいい。 だから、雪華綺晶を締め上げたとしても、下手したら雛苺の体ごと輪切りにしてしまう。 締め上げて捕まえるってのは、やろうと思えば出来ない事じゃないけど、けっこう難しいんだぜ? あれ退魔仕様の武器だし、ホントに下手に使ったら致命傷をあたえかねない。 用は、ワイヤーを切りたい相手に巻きつけて締め上げることで切っちゃうわけよ。 やろうと思えば、鞭みたいにも使えるし、それで相手を断つ事だって出来なくもない」銀「そういえば、館で使ってた、えーと”烏”だっけ? あれは使わないのぉ?」ジ「僕はあんまり射撃上手じゃないんですゥー。 それに館でこの鋼線使えなかったのは、別にワケありだしね」銀「なになに? きになるわぁ!?」ジ「トォォォォップ・シークレェェェェット」銀「あんたトップシークレットって言いたいだけでしょぉ」ジ「じゃあ『禁則事項です☆』で」銀「きめえ」終
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