一緒だよ?
彼女には、こうなる事がずっと前から分かっていたのかもしれない。しかし彼女は気付かない振りをしていた。何故?それは、彼女にとって彼の吐息があまりにも優しかったから。彼女にとって彼の肌があまりにも心地よかったから。だから、今まで彼女は自分の心を騙し続けていた。
「どうして……どうしてですか? 蒼星石……」
鮮やかな朱の服を来た蒼星石に、翠星石は悲痛な言葉を投げかけた――。
「蒼星石、それは本当ですかっ!?」
蒼星石の予想もしていなかった告白に、翠星石は驚きの声を上げる。
「そんな大きな声で驚かなくても……」「そりゃ驚きもするです! 蒼星石が男に誑かされるなんて!」「ちょっ、そんなんじゃないって! ただあの人の事考えると、頭がぼうっとしたり、胸が苦しくなったり……」
僅かに頬を朱に染めながら、蒼星石は胸の内の恋を告白する。
「蒼星石は本気なのですね? ……分かったです、ならば翠星石は全力で蒼星石のバックアップをするです!」「ホントに……?」「大船に乗った気持ちでいるですよ!」
妹の為ならば、どんな事でもしてあげよう。どんな事があっても見方でいよう。大切な妹を取られたような複雑な気分であったが、翠星石は心からそう誓ったのだった。
たとえばクリスマス。
「この日の為に、蒼星石が一生懸命編んだマフラーじゃないですか」「う、受け取って貰えるかな……?」「絶対成功するです。受け取らなかったら、翠星石がぶん殴ってくるですよ!」「な、なんか渡さない方が良いような気がしてきた……」
たとえばバレンタイン。
「ほらチャンスですよ! こんな格好のイベントをみすみす逃す手は無いです!」「で、でも心の準備が……」「あーもう、じれったいです! 貸すです、こうなったら翠星石が渡してきてやるです!」「お願いだから、それだけはやめて!」
そして姉妹二人の努力の結果、蒼星石の恋はついに実る事ができた。
「蒼星石、本当に良かったです」
最初は反対していた翠星石も、この時にはまるで自分の事のように喜んだ。
「ありがとう、翠星石」
この優しい彼女が姉でよかった。蒼星石は心からそう感謝した。
「ずいぶんと遅れちゃった……急がなきゃ」
その日は彼の誕生日だった。彼へのプレゼントを選ぼうとしたが、いつも翠星石と一緒に決めていた蒼星石は、何が良いかずっと決めかねていたのだ。あれこれ悩んだ挙句、結局は高級万年筆と言う、ごくありふれた物に落ち着いたのだった。
「……喜んでくれるかな?」
もしかしたら、嫌な顔をされて受け取って貰えないかもしれない。そんな心無い彼では無いと知りつつも、やっぱりプレゼントを渡す時は少し臆病になってしまう。いつもそれは杞憂に終わるのだが、性格上こればかりはそうそう治る物ではない。
「あれ?」
彼の家への道すがら、よく見知った後姿を見かけた。あの背格好、間違いない……彼である。もしかしたら、なかなか訪れない蒼星石に痺れを切らして迎えに来たのかもしれない。もしそうなら、彼に悪い事をした。そう思って、蒼星石は彼の後姿に声をかけようとする。
「こんな――」
こんな所で何をやってるの?そう尋ねようとした。だがその言葉は最後まで紡がれる事は無かった。目の前の、あまりにも現実離れした光景が広がっていた。そこに居たのは彼だけではなかった。蒼星石の良く知った人……翠星石が居た。そして翠星石と彼の唇が触れ合っていた。
朱に染まった万年筆を手にした蒼星石に、翠星石は言葉を投げかける。
「悪いのは翠星石ですのに……どうして彼を……」
蒼星石と同じ色に染まった服を着た彼はもう動かない。
「どうしてって、ボクと翠星石は二人で一人だからだよ。楽しい事も悲しい事も二人で共有しなきゃ。ボクたちはいつまでも一緒だよ?」
そう言って蒼星石は、翠星石の身体をそっと優しく抱きしめた。蒼星石の服は空気に触れ、徐々に黒色に近づいていたのだった……。
fin
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