第一話《三つ巴 ~a three-way fight~》
暗い部屋にパソコンの駆動音が響く。その中で二人は黙って画面を見つめていた。「…金糸雀。この情報、信用できるのぉ?」「機密通信情報をピチカートがくすねたモノだからまず正確かしら。ただ…」「ただ?」「この情報伝達経路は最近は使われなくなってたかしら。なのにどうして今更使う気になったのか…」「罠、にしても妙なカンジねぇ…」「かしら。でも、たとえ“清潔”な情報だったとしても…」片方の女性がため息をついた。「厄介な場所にあったもんねぇ…これは一筋縄じゃいきそうにないわぁ」「東ティモール?」聞き慣れない国名に首をかしげる。あれ?でもどっかで聞いたような…「ジュン、あなたはもう少しニュースを見るべきなのだわ。2002年にインドネシアから独立して騒がれたでしょう?」ああ、なんかそんなニュースがあったような。「で、そんな所でローザ・ミスティカが見つかったって事か?」「そうかしら。ピチカートはフルタイムでネットやメールバンクから『ローザ・ミスティカ』の単語をあらってるの。そしたら東ティモール警察からの通達がヒットしたかしら」 「ん?警察が見つけちゃったならダメじゃないのか?」水銀燈が深いため息をつく。「今回の問題はそこなのよぉ。実は今、この国は治安が悪くてねぇ。地元警察や軍隊までデモやストライキを起こしちゃって、政府は近隣の国々の軍隊を治安部隊として受け入れてるくらいに」 「発見した経緯は、地元警察がとある窃盗団を捕らえて盗品を調べいたら…」「その中にあった、ってことですね?」「かしら。ただ、現物を見たワケじゃいの。団員からアジトに隠してあるって情報を得て、早速見つけだそうとした時に…」「…治安が荒れてそれどころじゃなくなった、と」「そぉ。おかげでローザ・ミスティカは野ざらしになってるのだけど、おかげで国内には多国籍軍がピリピリしながらうろうろしてるのよぉ」内乱鎮圧の軍隊か、そりゃ大変だ。前の船にいた日本の警備隊とは根本的にワケが違う。「でも、だったら前みたいに誰かが運んでる所を叩けばいいんじゃないのか?」それでも危険だろうが、彼女達はそれを四度も成功させているのだから。だが、僕の提案に水銀燈は難色を示した。「もちろんその方法も考えたんだけどねぇ。今回は情報の出所が気になるのよぉ」「うい?地元警察のどこが気になるの?」「発信元じゃないかしら。問題はその送信先なの」「何処だというの?」真紅が聞くと、水銀燈がけだるそうに地面を指差して呟いた。「“ここ”よぉ」-とあるイタリア市街の地下レストラン「よし、それでは今回の議会はこれまでだ。各自…」やれやれ、ようやくお偉方のご機嫌とりの時間は終了か。全く、幹部になろうが叩きあげは辛いねぇ。「お疲れ様です、ベジ兄貴。車はあちらに」「ああ」ビルを出ると子分の一人が駆け寄って来た。コイツは俺の事を“ベジ兄貴”と呼ぶ。なかなか使えるヤツさ。車に乗り、しばらく走らせたところでコイツが口を開いた。「しかしベジ兄貴、いつからウチ(イタリアマフィア)はトレジャーハンターになったんですかね?」「ふん、まったくだな」…いや、俺には解ってる。上が望んでいるのはカネじゃない。そもそも、こんなはした金であんな危ない国に手を出す理由がない。上が欲しいのはその中にある“あるモノ”だ。 「それで、俺達はいつから向こうに?」「…来月に開催されるセレモニーの時にゃ居ないとならんから、その数日前だな」東ティモール。どうして上はそんな国にまで資金集めをするのか…始めは疑問に思ってたが、ある資料を見て納得したよ。ったく、上もえげつねぇぜ。“彼女達”の事は知ってるだろうによ。 恐らく、明日にでも上から作戦の詳細が知らされるだろう。コイツにはその時にでも話しておくか。 「ああ、ベジ兄貴。情報部の奴らがなにか怒ってたましたが。兄貴があの国からの資料伝達を古いルートで請求したとかなんとかで」「やれやれ…。ま、次から気をつけるとでも言っておけ」「了解」夜景に目を向けながらコートからお気に入りの銘柄のタバコを取り出し、火を付けて深々と一服する。「まぁ…チャンスくらいは与えてやらんとな…」「何か?」「いや、なんでもない。気にするな」「はっ」今度は部下に聞かれぬように自分の胸の中で呟いた。「(だがその後は、互いの仕事をするだけだ)」-警視庁特別捜査班控え室「たくも~、どうしてあんな場所から出て来るのよ~」バリバリとせんべいをかじりながらみつ警部呟く。まぁなんとも…人様には見せられない姿だ。「仕方ないですよ。まぁ、治安がある程度安定したら地元警察に頼むなりこちらから出向くなり…」「そんな余裕ないわよ」ぴしゃりと言いきる。目は先程までの淀んだものから真剣なものに代わっていた。「余裕がない、とは?」「じゃあ逆に聞くけど、どうして地元警察は(型は古いけど)秘密回線までつかってイタリア政府にローザ・ミスティカ在りかを通達したの?」言われてみれば…確かに妙だ。久々のめぼしい情報に浮かれていたか…。「まさか、政府とローゼン・メイデンが?」「ん~、それは考えにくいわね…まして一怪盗団が新設国にまでコネをまわすとも考えられないし。でもまぁ、ようするに“誰かが狙ってる”って事よ。そして私達でさえ得られた情報が、奴らに届いていないハズはないわ」 我々がこの情報を得られたのは、昔知り合った現地のオーストラリア軍の一人からのタレコミだった。彼はストを起こした地元警察から聞いたらしい。「まぁ…そうですね。でも、実際どうするんです?捜査礼状なんてまず下りませんよ?」「でしょうね。だから…」みつ警部が言いかけた時、一人の事務員が入って来た。「あ~、警部。なんとか三人の休暇とれましたよ。部長は愚痴ってましたが」「ふふふ、ありがと♪」警部の突然表情が一転した。あの満面の笑み…嫌な予感がビンビンする。が、一応聞いておかねば。「あの…休暇とは?」「私と貴方と巴ちゃんの三人分の休暇よ。喜びなさい?海外旅行よ?」「行き先は…まさか…」「むふふ♪まずはインドネシアに飛んで…」コツコツとヒールを鳴らし、くるりとこちらに振り返る。先程と同じ、邪悪な笑みを浮かべて…「そこから、“東ティモール”よ!」「は~い、全員注目ぅ~」水銀燈の掛け声に、一同が目線を向けた。あの後の簡単な話し合いで、できるかぎり早期に現地まで回収に行くことが決まった。何処の誰とも知れない奴らに奪われ闇に消えるより、少々の危険があっても取りに行くべきだ、という判断だった。 そして今、僕らメンバー全員は例の孤島の一室にいる。いわゆるミーティングというやつだが、作戦前の会議は何時もこの部屋でするのが慣例らしい。僕自信これが初めての作戦になるわけだが…まぁ、あの船で強制的に手伝わされたしな。これといって特別緊張もしなかった。「まずはこれを見てちょうだい。東ティモールのあるティモール島の地図よぉ」机の上に広げられた地図には横長の島が画かれている。この島のだいたい真ん中から東側が東ティモール、西側がインドネシア領になっているようだ。東ティモール自体の大きさは長野県よりちょっと大きいくらいだと書いてあったっけ。 「前にも言ったけど、今この国には多国籍軍が駐在していてまともな“宝探し”が出来る状態じゃないわぁ。そこで、首都ディリで来月行われる治安悪化やデモを踏まえての大統領演説が行われる日を狙うわよ」 水銀燈が地図の一点を指す。「首都ディリの場所は東ティモールの北端。この日は在中軍も首都の警備に当たるからその他の地区は手薄になるはず。運よく、盗賊団のアジトは南西の沿岸部に点在してるしねぇ」 真紅が地図を睨みながら聞く。「アジトの詳しい数や位置は解っているの?」「カナが調べた限りでは、粗末なモノも含めれば確認されているだけで最低七つ。多分もっとあるかしら」「…この国は赤道近くで高温多湿の熱帯性気候。加えて環太平洋造山帯の一部。ジャングルもあれば山もある。隠れ家にはこと欠かないね」「そんなに沢山の場所を探索する時間などあるのですか?」雪華綺晶の問いに水銀燈が渋る。「今回の難所はそこねぇ。大統領演説のセレモニーは正午から夕方の5時まで。首都の厳戒令が解除されて国境警備がキツくなる前にこの国を出ないといけないから…どんなに遅くても4時までには帰り支度をしないといけないわぁ」 「つまり、その4時間で見つけださないといけないわけだね」「そ。もしタイムリミットまでに発見出来ない場合は脱出を優先する事。例え首都でトラブルが起きて厳戒令の解除が遅れるとしても同じよ。いいわね?」他のメンバーが同時に頷き、僕も遅れてそれにならった。「それで、詳しいプランは?」「入国と探索は今回二グループに分けることにするわぁ。まず、チームαは私、金糸雀、蒼星石、雪華綺晶、薔薇水晶。チームβは真紅、翠星石、雛苺、そしてジュンよ」 ふむ、あの三人と一緒か…雛苺はいいとしても、真紅と翠星石にこき使われそうだなぁ。てか二人してこっち見てるし。微妙に笑ってるのが恐怖心を煽るぜ…「チームβは一般ルートで先行して入国。首都ディリのある北部のバウカウ地区に拠点を張って現地の動向を調査して頂戴。チームαは多国籍軍関係者に成り済まして機材の搬入を。現地に到着次第チームβと合流して作戦の最終確認よ」 「探索も分かれてするってことなの?」「ええ。前日になったらバウカウ地区から西側の国境沿いのマリアナ地区に逃走拠点を張って演説を待って…」水銀燈の指が地図の上を滑る。「開始と同時に出発して1番近いアジトまで南東の海岸沿いにサメ地区を移動。そこが空振りなら二手に分かれて探索よぉ」「確認されてるアジトにローザ・ミスティカがあれば、最悪でも3時間もかからないかしら」どかっ、と椅子に座り直して翠星石がぼやく。「そうであることを願うですけどねぇ~」「まぁねぇ。でも念のため、移動中も回りに注意を配って捜索すること。一応金糸雀があやしい場所には当たりをつけてあるから」金糸雀が皆に詳細な地図を配る。そこには2チームの理想ルートや隠しアジトの予想地点などが記載されていた。「その地図は現地には持って行かないから、各人しっかりと頭に叩き込んでおきなさぁい。他のチームのも同様にねぇ」「げ」その地図の詳細さ故に僕が思わず声を出してしまうと、笑いながら水銀燈がフォローを入れてくれた。「ふふっ。まぁ、貴方は私達のサポート役だから安心なさぁい。真紅や翠星石の指示に従えばいいのよぉ」「ですぅ。ビシバシ使ってやるですから覚悟するですよ?」「下僕の見せ所なのだから、せいぜい励むのだわ」「…了解」表面上は渋っていたが、内心はホッとしていた。場所も状況もあの船とはえらく違うため、僕では状況把握すらままならないだろう。万一、一人はぐれてしまえば事だ。きっと現地の獰猛な未開人に捕らえられ、怪しげな儀式の生け簀にされることだろう。 「なにか疑問点があれば私か金糸雀に聞く事。…よし、それじゃあ各自準備に取り掛かりなさぁい」それぞれが適当に答えて、ぞろぞろとその部屋を後にした。さて、僕もしっかりと準備を…ん?雛苺が呼んでる。なんだろ。チーム内の話し合いかな? -各地、空港ロビーにて「巡査ー!巴ちゃーん!こっちこっち~!」「ちょっ…待ってくださいよ…!」まったくあの人は…そんなに急かすならトランクの一つくらい持ってほしいものだ。あれ?そういえば巴さんの姿が…「…あ。巴さーん!搭乗の時間ですよー!」「・・・」コクリ。免税店なんぞを覗いていた巴さんが小走りに寄ってくる。一人で歩き回るなんて彼女にしては珍しい事だ。「…巴さん、海外に行くのは初めてですか?」「仕事ではありましたが…観光は初めてです」これも一応仕事なんだけどなぁ…。にしても巴さん、随分と機嫌が良いようだ。無表情の彼女からどうして解るかと言うと、お腹の辺りで両手の指を絡めているからである(これは彼女の荷物も私が持っている事を示唆している)。 最近気付いたことだが、彼女は恥ずかしがったり偉く機嫌が良くなると指を絡ませるクセがあるようだ。「巡査ー!早くしないと飛行機が行っちゃうわよ~!」向こうでみつ警部が手をぶんぶん振りながら叫んでいる。あちらも随分とご機嫌なようだ。どうして解るかと言えば、笑顔全開で跳び上がってるからである。「飛行機は逃げはしませんよ!恥ずかしいですから大声で叫ばないでください!…はぁ」やれやれ、今回の旅が旅行になる事を切に祈るばかりだ。…ほら巴さん!お土産コーナーは帰りにも見れますから早く行きますよ!「(搭乗口は四番になります。それでは良い旅を)」「(ありがとうなのだわ)」手続きを終えた真紅が戻って来た。その真紅の顔が珍しく緩んでいるのは決して旅に浮かれているからではなく…「じゃあ行くですか~“ジュンちゃん”?…ぷくくく…」「…いい加減笑うの止めないか?」「そうよ翠星石。ジュンに失礼なのだわ。だってこんなに似合っ…ぷっ…!」「・・・」そう、今の僕は女装中なのだ(雛苺と翠星石に揉みくちゃにされた昨日の夜は僕の心に深い深い傷痕を残した)。何故こんな恥辱に耐え忍ばなければならないかと言えば、国際手配真っ盛りだからである。…はぁ。 それは彼女達もそうなのだが、ほとんど顔を知られていないので髪型を変えるくらいで済むらしい。…ちっ。「ぷー。ヒナがデザインしたんだから笑わないで欲しいのよ。とっても可愛いでしょ?」「もちろんですぅ。そりゃもう、まともに見れないくらいに…ひひひ」「ふぅ、ふぅ…。あら、もう時間が無いのだわ」ええ、貴方達が笑い悶えてるせいで。「それじゃあ行くの!あ、ジュン。リボンとフリルが曲がってるのよ?」…ちなみに、僕の姿の詳細は“絶対に”記さないので期待してくれるな。「ベジ兄貴、搭乗の時間です」「ん」読んでいた新聞を畳み、サングラスをかける。こちらの準備も向こうの手回しも無事に済んだ。ここまでは何の問題もない。が、「やれやれ、せっかくのオセアニア旅行が仕事…。しかも内乱中の国とはな」まったく、仕事中でも愚痴が出るとは…俺も年をとったかな。そのくせ面倒事を自ら呼び込むんだから、我ながら酔狂なもんだよ。「ま、労働は尊いしな。きりきり働くとするか。じゃあいくぞ」「はい」「目指すは常夏の新設国!」「お父様の遺産が眠る場所」「東ティモールへな」
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