《背中合わせ》
《背中合わせ》私は今日、失恋をした。その事実に気づいた時、まず訪れたのは笑いたくなる衝動。自分でも可笑しな話だと思う。だけど、実際には、私は彼と、彼の傍にいる彼女に曖昧に微笑む事しかできなかった。私は今日、初めて恋していた事を知った。彼らに歪に微笑みかける自分を、冷めた自身が見つめている。その笑みが歪な訳がない―己の表情程度、幾らでも操れる。だから、それを歪と感じたのは、心と体が一致していない事を悟ってしまったから。私は今日、初めての恋が、失恋に終わった事を知った。終わるまで自覚していなかった想いを、失恋と謳えるのだろうか。誰もいない夕闇が落ちた公園で、温かい缶の紅茶を飲みながら、ぼぅっと考える。どうでもい事を考えていないと、どうにもならない感情に飲み込まれてしまう。馬鹿らしい思索に耽っていると、背後に人の気配を感じた。無遠慮なその気配の持ち主は、私が何事か発する前に、背後に腰を下ろす。気配の主に注意しようと振り返りそうになるが―その無遠慮さと合わさった髪とで、「誰か」という最大の懸念が予想できたので、放っておく。「―なぁに、感傷に浸ってるのよぉ。似合わなぁい」「うるさいのだわ。―これ位の事、放っておいて頂戴」「放っておけないわよぉ。貴女が逃げ帰った後、あの二人に言い訳するのに必死だったんだからぁ」「ほんとに無遠慮…。言葉に容赦がないわね」顔を合わせないままで、軽口を叩き合う。確かに、二人の前に彼女を置き去りにしたのは謝罪の余地があったが、今のやり取りで消失した。もっとも、と口を開きながら、別の事を考える。彼女は謝罪なんか求めていないだろうが、と。「でぇ、なんでまた、こんな所にいるのよ?」「別に。―ただ、なんとなく、足が向いたのよ」「ふぅん、………嘘ばっかり」「……理由に思い当たるんなら、端から聞かないで頂戴」想像上、嘲るような表情で言ってのける彼女に、毒づいた言葉を返す。―此処は、私と彼の思い出の場所。劇的な事があった訳ではない…ただ、よく一緒に遊んだ場所というだけ。だけど、その事実だけで、私にとって掛け替えのない所となっている。「―ともかく。戯言を続けるつもりなら帰って頂戴。私は――」「――1人であまぁい思い出に浸って、めそめそするから?つまんなぁい…」「――すいぎん―っ!」「――私も、混ぜなさいよぉ」上半身を回して振り返るつもりだったが、私よりも背の高い彼女がもたれ掛かってきたので、勢いが削がれる。―あぁ、そうか。私は、漸く、この無遠慮な悪友の真意に気づいた―彼女の、微かに震える声を聞いて。「――いつから?因みに、私は………随分前からだと思うわ」「曖昧ねぇ。私なんて、今にして思えば、一目惚れだった気がするわぁ」「その割には、アプローチが足りてないんじゃない?」「その通りだと思うけど、貴女にだけは言われたくないわねぇ」振り向く事なく、言葉だけをやり取りし合う。私も彼女も、今の自分の顔は見られたくないし、互いに見たいとも思わない。―誰が見たがると言うのだ。親愛なる友人の泣き顔など。「そう言えば、確か一年前、三人で勉強会した時の事、覚えているかしら?」「んー、実力テストの時?―あぁ、彼の家にお招きされたのよねぇ」「そうそう。―私は、私だけが呼ばれてると思って、結構めかしこんだんだけど…」「ぷ、あはは、やっぱりそうだったんだぁ。――私もよぉ」思い出は尽きない。代わる代わる、私と彼女は「そう言えば」と話を切り出す。その度に、当時の自らを振り返り、けらけらと笑いあう。――頬に、涙を伝わらせながら。「初恋は実らないって、本当だったのね」「そんなの、実らせる努力をしなかった昔の負け犬のいい訳よぉ」「……言ってて、胸が痛くない?」「……今のは結構ずきずききたわぁ……」過ぎ去った、甘く楽しい思い出を語り。目の前にある、苦く切ない現実を迎え入れよう。相変わらず、一つのベンチで背中合わせの私と彼女は、笑いながら泣きながら、そう思った。(nのフィールド@休憩所・緊急投下用スレ>>251、及び本スレ【君の為に】【歌う】>>364にイメージイラストを頂いております(後者は前者の転載)。感謝!)
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