《出港、ブロッサム・ダ・ノリス号》
200X年 12月 24日豪華客船『ブロッサム・ダ・ノリス号』にて輸送されし秘宝【ローザ・ミスティカ】を頂きに参ります。-怪盗乙女、ローゼンメイデン「はぁ…」新しく警視庁特別班に配属された白崎巡査は悩んでいた。それもこれも、あの犯行予告が始まりだった。“ローザ・ミスティカ”とは、装飾師ローゼンの最高傑作と言われる八つのパーツからなるティアラのことだ。豪華絢爛の時代のフランスで誕生したそれは、ある年を境に行方知れずとなっていたのだが、それがここ数年で各地で発見の報告が相次いだ。しかし、それの輸送中に何者かに強奪される事件も相次いでしまった。犯人グループは“ローゼンメイデン”と名乗り毎回犯行声明を管理局に送り付け、厳重な体勢の中見事に盗み出してしまうのだった。現在強奪されたローザ・ミスティカは三つ。そして最近になって四つ目が見つかり、同時に犯行声明も送られてきたというわけだ。対する警視庁は特別対策班を設置し、日本警察のメンツと威信をかけて守り抜く意思を固めていた。その対策班に御呼びがかかった時は嬉しかったものだ。まだ巡査の身の私だが、上は自分の力を評価してくれているのだと。ならばその期待には応えなくてはならない。「だというのに…」「あっはっはっはー!飲んでる~?新入りく~ん!?」「は、はい…みつ警部…」どうしてその対策班で宴会をせねばならないのか… ここは警視庁特別班御用達の居酒屋『らぷらす』。妙に親近感を覚えるのはさておいて、確かに人気の少ない場所にあるから情報の漏洩の心配はないだろうが…この班の先輩方に尋ねたところ、この“草笛みつ警部”は腕は確かなのだが、大きなヤマの前になると何時も宴会を開くそうだ。儀式のようなモノだという。だが、まだろくに仕事をしてないというのに、この酒代が国民の血税から出てるかと思うとほいほいと楽しむ気分にはなれなかった。他の人はもう慣れたらしいが。「しかしみつ警部、相手はあのローゼンメイデンですよ?特別な対策は有るのですか?」そもそも、今回は内密に輸送するはずだった。だからこそクリスマス・イヴに出港する豪華客船なんぞを輸送手段に選んだのだが、当たり前のごとく犯行声明がきてしまった。 「問題なぁ~し!それに今回はぁ~心強~い助っ人がいるのだぁ~!飲んどるかぁ~!巴ちゃ~ん!」「・・・」コクリそう、そしてさらに奇妙なのがこの助っ人の女性だ。名前は『柏葉巴』と言ったか。なんでも『極刀・柏菊一文字』の使い手で、剣術で右に出る者はいないとか。見れば確かに刀を持っている。いや、つばが無く木の鞘とつかを見るかぎり“ドス”と表現したほうが正しいかもしれない。 今は芋焼酎をちびちび飲みながらおにぎりをつまんでいる。一応成人らしいが、とてもそんな大それた剣豪には見えない。下手をすると女子高生でも通りそうだ。「はぁ…」こんな調子で大丈夫だろうか…。激しい不安を抱きつつ、みつ警部の大きな笑い声を聞きながら、今日何度目かのため息をつく白崎巡査だった。 12月24日午前8時50分。某港前。「では、お客様方。大変お待たせ致しました。ただ今より乗船を開始致しますので、招待状をお持ちの上係員の…」クルーの一人がスピーカーから港で待機していた群衆に呼び掛ける。にわかに人々が騒ぎだした頃、少し離れた場所に彼女達はいた。「お待たせ…」「ですわ」「これで全員ね。あの三人は?」「もう乗り込んでるですよ。手筈通りに動いて、今は所定の位地で待機してるハズですぅ」「そう。では、私達も行くとするのだわ。お父様の乗る船へ」「了解なの」華やかな衣装の婦人に凛々しい姿の紳士。そんな風格漂う人々の列に、訳もなく彼女達は消えていった。全乗客、乗員の搭乗を完了。船長が出港を命じ、船が汽笛を鳴らす。ポーー!!!午前10時。豪華客船『ブロッサム・ダ・ノリス号』、出港。 「・・・」豪華な客船に乗り込みテンションの上がる人々をよそに、つまらなそうに波打つ水面をながめる男が一人。彼の名前は『桜田ジュン』。「はぁ…」あの姉にも困ったものだ。数年前にイギリスへ突然留学したと思ったら、その後しばらくて地元のちょっとした富豪の御子息と婚約してしまった。その男性は造船会社に勤めていたらしく、船の上で姉とその男性の家族の写真が婚約の報せ付きで送られてきた時は流石の僕も開いた口が塞がらなかった。そして数週間前、その姉からチケットが送られてきたのだ。むろんこの『ブロッサム・ダ・ノリス』号クリスマスパーティーの、である。当初はむこうの家族との顔合わせ…のハズだったのだが、突然ドタキャンされてしまった。なんでも外せない用事ができたとか。会社の方で何かトラブったらしい。ともかく、こうしてこのクリスマス・イヴに僕が一人淋しくこのいかがわしい名前の船に一人きり…という状況が出来上がったというわけだ。いっそ来ないという手もあったのだが、家で虚しいクリスマスを過ごすよりマシかな、なんて考えて来てみるもやはり一人ではどこに居ても同じらしい。彼女?うるさい。ほっとけ。「随分と沈んでいらっしゃるのね。せっかくのクリスマスだというのに」いっそのこと海にこの身を投げて…なんて考えていたからだろうか。見知らぬ女性が声をかけてきた。「いえ、まぁ…」「お一人かしら?」「その…家族に招待されたのですが、用事が出来てしまって」「それはお気の毒なのだわ。…どうかしら?私とこの船を見て回りません?」正直驚いた。てっきり自殺を止めるために話しかけて来たのかと思ったら、誘いをうけてしまった。「こんな素敵な船、そう何度も乗れるモノではなくてよ?それに、ただ海を眺めるよりは楽しめると思うのだけれど」そう言って、真紅のドレスに身を包んだ、ロングの金髪が美しい女性は微笑んだ。綺麗な人だ、と素直に思う。セックスアピールは欠くものの、むしろこの品の前では不粋にすら思える。「では、よろこんで」断る理由もありはしない。僕は躊躇う事なく答えた。…今思えば、あの時に僕の人生の歯車がとんでもない方向へ回り始めた気がする。 10時25分。機密保管施設。「皆ー!機材の設置と起動急いでー!」「ういーす」みつ警部の号令の元、客船の一室にしては物々しい雰囲気の部屋に機械類が運び込まれ、起動していく。この部屋の中央には、あの『ローザ・ミスティカ』が保管されていた。手際よく作業がすすみ、その部屋はある種の要塞と化した。一見すれば、一部のスキもないセキュリティーシステムである。「よっし、ここはもう大丈夫かな」これでシステムを起動させれば、あとはネズミ一匹即座に探知することができる。「…でも、アナタが言うから許可したけど、本当に大丈夫?」搬入時の騒音が嘘だったかのように静まりかえったこの部屋には、みつ警部ともう一人が居るだけになっていた。「・・・」コクリそのもう一人が無言で頷く。「そ…ならいいんだけど。じゃあ、よろしくね」ギイイイイ…ガチャン。重厚な扉がしっかりと閉められ、この要塞は赤外線センサーが目を光らせるだけの暗闇が支配する世界となった。 「どうですか、お宝の方は」指令室に帰ってきたみつ警部に尋ねる。「ん、問題な~し。そっちは?」「ええ、滞りなく」こちらは既に隊の配置と機械類の調整を終えたところだった。指揮系統の確認も出来ている。この手際の良さが彼、白崎巡査がこの部隊に呼ばれた一つの理由であった。 「これであとはパーティーの開始まで待つだけ、と…」パーティーとは、午後7時から行われるクリスマスパーティーの事だ。大広間での立食式の盛大な式だそうだ。怪盗乙女からは時間指定は無かったが、みつ警部はそう読んでいる。これまでの犯行の手口は様々ではあったが、はっきりとした共通点があった。『無関係の人は巻き込まない』『人を殺さない』の二つである。事故によりやむを得ない場合はあっても、自らこの縛りを破ることはなかった。それゆえ、乗客のほとんどが一カ所に集まる時間帯が狙われやすい。そこまで聞いたところでみつ警部に『ならばもっと厳重な体制がとれる別の船にしたらどうか』と提案したことがあったが、彼女は素知らぬ顔で答えてみせた。「その『厳重な体制』を彼女達は三度も突破しているのよ?なら、あちら側にアクシデントが起きやすい不確定要素満載の民間船のほうがやりにくいはずよ。それに、外見だけでは民間人か部隊員か判断出来ないのも強みになる。奴らは部外者には手は出せないから」こういった事を真剣な表情で語られると、あの宴会での姿が嘘のようだ。なるほど、これを繰り返せばあの宴も許容できるようになるということか。…おや、もうお昼なのか。乗客は生唾もののランチに舌鼓をうっている頃だろうが、こちらは自前のおにぎりで我慢するとしよう。あの、みつ警部?勝手にクルーに船の食事持って来させないで下さい。え?嫌だ?わがまま言わない!私達だって我慢してるんですから!! 16時50分。格納庫の一角。「ふ~、やれやれだよ」作業員の制服を着た蒼星石が入ってきた。「お疲れ様ぁ、蒼星石。装備の搬入は済んだわね?」「うん。あの二人にも渡してきたよ。あとの人達ももうじき来るんじゃない?で、こちらはどう?順調?」様々な機械に囲まれた金糸雀が不敵に笑う。「ふっふっふ。このカナがやってるんだから、いつでもどこでも絶好調かしら!」「ふふっ、そうだったね」「蒼星石、先に仕度しちゃいなさい。ノロマの姉の分もお願いねぇ」ギ~「だ~れがノロマですか、だれが」「お待たせなの」接客係りの服装の翠星石と、可愛らしいドレスの雛苺が一緒に到着。「あら、ごめんねなさいねぇ。じゃあ、回収チームは各自準備と着替えを済ませておくのよ?機材のチェックも忘れずにぃ」「オッケー」「あいさーですぅ」「了解なの~」それぞれが分担された任務を果たすのに使用する武器、装備に手をかけた。カチャカチャ。キイ…ガチャキン!!17時10分。倉庫前通路。「え~と確かこの辺りのハズなんだけど…」しまったな。相手の名前くらい聞くべきだった。あれから船内をゆっくり回った僕たちは、思いの外楽しむ事ができた。その後、彼女は待ち合わせがあると言って別れたのだが、お昼に彼女からハンカチを貸してもらっていたのを忘れてしまった。 名前も部屋も知らないので、下手をしたら渡しそこねるのではとこうして後を追ったまではよかったのだけど…「ここって…貨物室だよなぁ。こんな場所で待ち合わせなんてするかな?」業務員でもなければまず立ち寄らない場所だ。彼女は一般船客のはずなのだが。「あ…」やっと見つけた。暗い色彩のフロアだから真紅のドレスがよく目立つ。声をかけようとしたが、部屋…というかコンテナの中へ入ってしまった。あの中は燃料やその他の物質があるだけなはずなのに…。どうにも腑に落ちなかったが、とにかく僕は彼女の後を追い掛けることにした。「あら、もう皆揃ってるのね」「も~、遅いじゃないのよぉ。アナタが先陣を切るんだから早めにって言ったじゃなぁい」先に来ていた人は既に防護服に着替えてしまっていた。「それほど遅れたつもりはないけれど…まぁ謝っておくのだわ。でも、きちんと船内の見回りはしたわよ?」一瞬、水銀燈が目を細めた。「…ふ~ん。まぁ、デートもいいけど大概にしてねぇ」「だ、誰がデートしたなんて言ったのだわ!?」「まったく…じゃあそのツレは誰か言ってご覧なさいよ」「は?連れなんて…」振り向いた先には、船内調査に付き合って貰った男性がハンカチ片手に固まっていた。 さて、僕は何をしていたのだったか?「あ、あの…これ…」そうだ。今朝出会った女性と楽しい時間を過ごし、忘れ物を届けにきたのだ。「それは…そうだったわね。預けてたのをすっかり忘れてたのだわ…」ハンカチを渡して、謝った後に帰る。それだけの事のハズだった。「聡明な真紅様にしては珍しいミスねぇ。ま、その人には悪いけど…」だから…間違っても“テロリスト”のアジトに侵入する事など、万に一つも無いハズだった。外見はただのコンテナだったそれは、中には様々な機材を搭載した指令室に改造され、周りには黒光りする銃器の数々…。そして、黒いタイトな防護服に身を包む女性達…。 僕は震える声で俯いているあの女性に尋ねた。「君は…君は、普通の乗客では…」すると、奥でパソコンに向かっている緑髪の女性がそのままの姿勢で答える。「あら、私達ローゼンメイデンは普通の女の子かしら」ローゼンメイデン!?まさか、あの強盗団の!?一歩後ずさった僕に、銀髪の女性がすっと銃を向けて…なまめかしく呟いた。「ちょっとアブナイ…けどねぇ」
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