真紅の茶室 その壱
――姫路城、二の丸にある小さな一室。ここは真紅が専用の茶室として使用している場所である。紅「戦の後の一杯のお茶……このひとときが一番落ち着くのだわ」ススーッ(襖の開く音)銀「♪ででっでででっでででっでででっでで~でろん♪」紅「Σ(゚д゚ )」銀「おきのどくですが ぼうけんのしょ は きえてしまいました」紅「……いきなり何なのかしら? 水銀燈。ここは私の茶室なのだけど」銀「残念なお知らせよ。作者が再インストールをドジったせいで『水銀燈の野望』のデータがあぼーんしちゃったらしいわぁ」紅「そんな……私たちが命がけで戦った記録が、失われてしまったというの?」銀「そぉよ。『美作攻略編』以降も綺麗さっぱりね。おかげで今、作者の脳内はジャンク同然になってるわぁ」紅「もともとジャンクだったという気もしないでもないのだわ」銀「手厳しいわねぇ」紅「おかげで上洛後の予定だったこの番外編が前倒しになった理由も腑に落ちたのだわ」銀「そぉいうコト。ところで真紅ぅ、せっかく来てあげたんだから私にもお茶淹れてくれなぁい?」紅「お茶くらい自分で淹れなさい」銀「……その台詞、アナタの口からだけは聞きたくなかったわぁ」紅「しょうがないわね……今淹れるから少し待ちなさい」銀「あ。やっぱり私はヤクルトのほうがいいわぁ」紅「時代設定無視もいい加減にするのだわ」銀「……美味しい。アナタの淹れるお茶がこんなに美味しいなんて知らなかったわぁ」紅「当然よ。お父様が教えてくださったのだから……ところで水銀燈」銀「なぁに?」紅「茶室に来る時くらい、その物騒な腰の物は置いてきたらどうなの?」銀「あら……この『迷鳴』は私の半身も同然なのよ? 片時も手放すことなんて出来ないわぁ」紅「二尺八寸もある妖刀を脇に置かれたら、落ち着いて茶も飲めないのだわ」銀「我慢なさいな。アナタがその茶碗……『放絵』を手放せないのと同じコトよぉ」紅「それを言われると……何も言えないのだわ」「迷鳴」と同じく、「放絵」もまた姉妹の父が大切にしていた家宝であった。いつも持ち歩くわけではないにしろ、時々「放絵」でお茶を飲まなければ気が落ち着かない真紅なのだ。銀「それにしても……こうして真紅と二人きりで話すなんて、ずいぶんと久しぶりねぇ」紅「そうね。今までは合戦でも別々になることが多かったのだわ」銀「合戦以外でも内政に外交に忙しいし……まったく、領主なんてやるもんじゃないわねぇ」紅「ここまで来てそれはないのだわ……貴女以外に、いったい誰が薔薇乙女家を率いるというの?」銀「冗談よぉ。でも、真紅たちの助けが無かったらとてもやってらんないわぁ」紅「どこまで冗談なのか分かりかねるけど……そう、ひとつ聞いておきたいことがあるのだわ」銀「あらぁ。なぁにぃ?」紅「もし首尾よく天下を取ることが出来たとしたら……その後はどうするの?」銀「まだ二ヶ国も治めていないのに、天下人になった後のことなんて想像つかないわぁ」紅「でも……それが分からないと、私達は何のために戦うのか……いつかその理由を見失ってしまうのだわ」銀「……そうかもね」水銀燈は障子の隙間から庭を見やり、息を吐いた。あれほど喧しかった蝉の声も聞こえなくなり、代わりに蛙や蟋蟀の声が夕刻のひんやりした空気を揺らしている。銀「正直なところ、本当に想像もつかないのよ。ただ……」紅「ただ……?」銀「ただ、これだけは言えるわ。もしも天下を取ることが出来たら、その後はもう二度と戦は起こさない」水銀燈の眼に宿る鋭い光に、真紅は一瞬飲み込まれるような錯覚をおぼえた。銀「民が平和に、幸福に暮らしていける国を作る……それはお父様の願いでもあるわぁ」紅「……そうだったわね」銀「お父様が喜んでくださるような国にするにはどうしたらいいか……今はそこまで考えが至らないのよ」紅「それはそうね。京まではまだ遠い道のり……」銀「私は決して私利私欲のために戦っているんじゃない。それだけは信じて欲しいわ」紅「それはもとより信じているのだわ」真紅は静かな所作で「放絵」を手に取り、お茶を啜った。紅「安心したわ。貴女の思い、きっと妹たちや家臣たちに伝わっているはずよ」銀「だと嬉しいんだけどねぇ……ところで真紅ぅ?」紅「何かしら?」銀「アナタ、誰か意中の殿方は居ないのぉ?」紅「い、いきなり何を言い出すのかしら」ズズズ銀「たとえば……ジュンとかぁ?」紅「ブハアァァ!!」銀「ちょwww きったなぁ~い……アナタ、それでも茶人なのぉ?」紅「あ、貴女が急に変なこと言うからいけないのだわ! お茶返せなのだわ!」慌てて畳を拭きながら、弁解する真紅。銀「今の反応、気があるのは確かなようねぇ」紅「あんな軟弱者を好きになるわけないのだわ! そういう貴女はどうなの!?」銀「私ぃ? 私はねぇ、京に上ったら素敵な殿方を登用しまくってぇ、それでそれでぇ……」モワァァン紅「なんという妄想狂……さっきの台詞を撤回したくなってきたのだわ」妄想モードに入った水銀燈を無理矢理茶室から追い出すと、真紅は再びお茶を淹れた。紅「ふぅ……やっぱりお茶は一人が落ち着くのだわ。でも……」これを機に、家中の人間を茶室に招いて話をしてみるのもいいかもしれない――そんなことを思いながら、真紅は日暮れまでお茶を楽しんでいたのだった。
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