赤い靴履いてた女の子
「貴女には赤が似合うわ」 その日、白黒だった私の世界が鮮やかに彩られた。──赤い靴履いてた女の子 「意外ですぅ…」「かしらー」「うるさいわねぇ」「だって…君が赤なんて」「イメージじゃないのよ?」「水銀燈は…黒」「ばらしぃちゃんの言う通りですわ」 自分の服装でやいやい言われるのは気分が悪い。服装、と言うより靴なのだが。 確かに、私は日頃黒の服装が多い。いや、むしろ黒以外を着ないと言っても過言ではない。 そんな私が今日は赤のパンプスを履いている。驚くのも無理ないのかもしれない。「あー、分かったですぅ!真紅に対抗してるですね?」「そんなわけないじゃなぁい。たまたま今日の服に赤が合うから、よ」「そんなこと言って…見え見えですぅ」 ニヤニヤと笑う翠星石に、もう弁解しても無駄だと分かった私は小さくため息を吐いた。「それにしても、久々だね、真紅」 蒼星石が昔を振り返るように呟いた。 みんなはそれを聞くと思い思いに真紅との思い出を呟く。「まだあの女王様っぷりは健在なのかな?」「しおらしい真紅なんか真紅じゃないかしら」「きっとまだ赤が好きなのよ?」「真紅が赤以外なんて…想像できない…」 そう、赤は真紅の色。 真紅を含め私達、八人はそれぞれイメージカラーがある。 きっと今日も赤を貴重とした服なんだろうと皆で笑っていた。 真紅は私達がまだ幼い幼稚園児のとき、両親の都合で外国へ行ってしまった。 そして今日で十年、私達は帰国してくる真紅に久々に会うことになった。「あ、あれじゃないですか?」 翠星石は待ち合わせ場所の駅を指差して、言った。 そこには金髪の巻き毛を二つで高いとこに結って、赤を貴重としたワンピースを纏った少女がいた。「違いないよ。赤の服だし」「真紅ぅ!久しぶりなの~!」 真っ先に駆け出して行ったのは真紅になついていた雛苺だった。 その声でこちらに気付いた真紅は私達を見ると優しく微笑んだ。「わ~い、真紅、真紅ぅ」 雛苺は嬉しそうに真紅の首にかじりつきっぱなしだ。「久しぶりだね」「えぇ、みんな…変わらないわ」「貴女こそ」 蒼星石と雪華綺晶が率先して話しかける。翠星石は蒼星石の後ろでちょっと引き気味だ。「どうしたの?翠星石」「べ、別にぃ…ですぅ」「翠星石…照れてる…」「ううううううるせぇですぅ!」 言い当てられた翠星石は真っ赤になって薔薇水晶に怒鳴る。「ほら、翠星石も挨拶して」「ぅ……ひ、久しぶりです」「久しぶりね」 真紅はそのやりとりを微笑ましそうな笑顔で見ていた。「お久しぶりね、真紅ぅ」「えぇ、貴女も変わらないわね。水銀燈」 その後、真紅は全員と挨拶を交わした。真紅の顔には心からの嬉しさが滲んでいた。「さ、どこ行く?」「そうね…昔よく行った公園とか、見てみたいわ」「おっけー」 蒼星石の一言で私達は幼少時代によく遊んだ公園へと足を運んだ。「懐かしいわね…なんか、公園が小さく感じられるわ」「僕達が大きくなったからね」 真紅は懐かしげに公園を見回した。「水銀燈ぅ…」 雛苺が私の服の裾を掴んで見上げる。「いいわよ、遊んでらっしゃい」 そう声をかけてやると雛苺はパッと明るく笑って、滑り台に走っていった。「随分と貴女が好きみたいね」「貴女がいなくなってからわねぇ…私にベッタリよぉ」 金糸雀を連れ回して遊ぶ雛苺を見つめる。「それこそ翠星石が蒼星石にベッタリみたいにねぇ」「水銀燈、何か言ったですか?」「何の事ぉ?」 またもや真っ赤になって私の胸ぐらを掴む翠星石に笑ってみせる。「ふふ…」 真紅もそのやりとりに笑いを堪えれなかった様子だ。「ごめんなさい…でもおかしくって」 謝りながらも、その口元には笑みが浮かんでいた。「私達は私達でベッタリですもんね」「…うん」 雪華綺晶と薔薇水晶が互いに見合う。「それにしても雛苺も変な奴ですぅ。水銀燈より蒼星石の方が頼りになるですぅ」「やっぱりベッタリなのねぇ…」「うるせぇですぅ!」「いえ、雛苺は間違ってないわ」「え…?」「水銀燈は頼りになるわよ」 意味深な笑みを浮かべた真紅はいたずらっ子みたいな表情だった。「そろそろ帰ろうか?もう暗くなってきたし」「えー…」 結局、年甲斐もなく公園ではしゃいでしまい、辺りはすでに真っ暗だった。「また遊べばいいよ。真紅も帰ってきたんだから」「ぅー…真紅?」「また遊びましょ?雛苺」「本当?」「えぇ」 真紅の腰から離れまいとする雛苺の頭を彼女は優しく撫でる。「約束よ。また会うのよ?」「会えるわよ。遠くないんだから」 雛苺はそれでも渋々と言った感じで真紅から離れた。「じゃまた連絡するね」「また会うですぅ」「またね…」「お気をつけて」 思い思いの真紅への別れの挨拶を述べる。「今日はありがとう、みんな」 帰り道はわかれており、私と真紅、雛苺、金糸雀は途中まで同じ道のりだ。 雛苺は離れてしまう最後まで真紅の隣から動こうとしなかった。「またねー!真紅!」「またね」 それでも最後は笑顔で雛苺は別れを告げた。「やっぱりなつかれてるわねぇ」「あら、貴女もでしょう?」「貴女には負けるわぁ…貴女が来てから貴女にベッタリだもの」「そうかしら?」「そうよぉ…」 なんとなく無言が続く。でも、窮屈じゃない沈黙だ。「今日は赤い靴なのね」「え、えぇ、たまたまね」 いきなりの言葉にドキリ、とした。 彼女は気付いてくれるだろうか。今日、私が赤い靴を履いていた意味を。「そういえば覚えてる?私に赤を教えてくれたのは貴女だったわね」「そ、そうだったかしらぁ?」「そうよ…こっちに来て、友達のいなかった私に…色をくれたのよ」 真紅はもともと日本育ちではなく、外国生まれだったのだ。 そして三歳の頃にこちらに来たらしい。 いわゆる日系らしいがその金髪碧眼のおかげでいじめられることがあったらしい。「だから少しでも目立たないように黒の服ばかり着てたわ。それを貴女が変えてくれた」「…………」「気付いた?私も黒の靴なのよ」 ロングスカートに隠れがちだった靴を裾を持ち上げ見せる。「そういえばそんなこともあったわねぇ」 なんて言いながら実は嬉しくて仕方ないのだ。 甘酸っぱい幼少を時代が胸に広がる。「何してるの?」 いつも公園のブランコに一人で腰かけている少女に声をかけた。「……気にしないで」「いつも黒のお洋服ね」「………」 黒づくめの少女は何も言わない。「って私もなんだけどね」 そう言ってその少女の隣に座った。「………」「ほら、これ、この前買ってもらったんだけどね赤の靴」「………」「でも私は赤は似合わないと思うの。いめーじ?みたいな」「………」 そして、私はその少女の顔を覗き込んだ。「でも貴女に黒は似合わないわ」「………」「ね、靴交換しよう?」「………私だって似合わないわよ」「そんなことない。貴女には赤が似合うわ」「そう言ってくれたから今の私があるのよ」 そう言って真紅は優しく微笑んだ。「ありがとう、水銀燈」 不覚にもその微笑みに胸が高鳴ってしまった。「な、何よぉ…えらく素直じゃなぁい」「感謝してるのよ。貴女には」 そう言いながらいつの間にか別れる道まで来てしまったようだ。「ありがとう、今日は楽しかったわ」「私もよぉ…」「またね…」「えぇ」 そう言って軽く手を振って見せ、振り返り歩む。「大好きよ、水銀燈」 風にかきけされた声はきっと私の幻聴なんだろう。 その声に振り返らずに私は帰路へと着いた。終わり
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