あの日に時を戻して
「翠星石、ボクと付き合ってくれないか!」幼馴染からの突然の告白。動転しないほうがおかしいとは思わないだろうか。私はまぁ例にもれず動転してしまって、「お断りにきまってるです!な、ななななんでジュンなんかと!」と、心とは裏腹の言葉をはいた。言いながらこれがいつもの2人のペースだと思った。ささいなことで口論するくせに、それでも2人がともにいることはとても自然。そんな2人のペース。だから彼はこのあときっと顔を真っ赤にして言葉を返してくるだろう。そして2人気恥ずかしさを隠すように口論を続けて、・・・今日ばかりは私が先に折れてあげようか。『私もあなたが好きです』と、彼に伝えてあげようか。そんなことを考えていると彼が思いもしない表情を見せた。「きっと、そう言ってくれると思っていた。」彼はそう言って笑ったのだ。そして私の時は止まってしまったのだろう。 3年の月日が経った。私は抜け殻のまま中学を卒業し、高校に進み人形のような学生生活を過ごしている。彼のいないこの街に、私は何の価値も見出せないままで。私の心はあの日に時間を止めてしまっているのだろう。もとあった場所に、ただ痛みだけを残して。――「父さんが海外に行くことになってさ。ボクもついていく」――「一つだけ心残りだった。・・・翠星石のこと。」――「フられて終わり。これで終わりにできた。」――「翠星石、幸せになって。」何百回目かの悪夢で私は目を覚ます。枯れたはずの涙が頬を伝う。「幸せになんて・・なれるわけ・・・ねーです・・・」 真夜中のベッドの上でつぶやいた言葉は、ただ闇に吸い込まれていくはずだった。―幸せになりたいの?―幻聴が聞こえる。「・・・なりたいにきまってるです」馬鹿みたいに幻聴に言葉をかえす。―なら・・・一つだけ願いを叶えてあげる―相当に参っているのだろう、幻聴と会話が成立しているのだから。「願い?・・・そんなの言われるまでもなく一つだけです!」そういって顔を上げると幻聴の主がそこにいた。―叶える・・・言って・・・願い―目の前の鏡の中にいる眼帯の少女と視線が合う。彼女に浮かんだその微笑に急に不安が起こる。だけど、それ以上に期待が私を支配する。願いが叶うなら。私の願いが叶うなら『 あの日に時を戻して 』 「翠星石、翠星石。おい、起きろよ」懐かしい声にいざなわれて私は目を開いた。その瞳に彼を認めるやいなや私を優しくゆすったその手を慌てて握る。「ジュン!ジュンです!!」最後にみた頃の姿そのままで今目の前に彼がいる。私は確かめるように周囲を見回した。目に映ったのは夕暮れに染まる中学校の教室。あの日の放課後だ。「翠星石、手離してよ」夕暮れに染まってか、朱くみえる彼の顔にあらためて目をうつし私はようやく状況を理解した。願いは叶った。あの日に私は帰ってきた。あの日失っていた心を取り戻し、私の心臓は大きく高鳴った。「話があるからさ、屋上にきてくれないか?」ジュンはそう言って教室を出て行った。冷たい音をたてる廊下を歩く。少し肌寒さを感じて一度立ち止まる。身震いをおさえるように深呼吸を一つ。決して間違うわけにはいかない。あの日、私はいつもの調子で彼の告白を一蹴し、彼は待ち構えるようにそれを選んで2人は別々の道に。いつも自信なげな彼だったから、遠距離恋愛なんてできっこないと考えたのだろう。遠くから私を縛るよりも、近くに幸せを見つけてほしい・・・と。だけど、私はもうその気持ちを知っている。だからもう絶対に、そんなことさせるわけにはいかない。私は彼の告白に私も好きだと返す。離れたくないと叫ぶ。一緒にいたいとすがりつく。それで全ては変わるのだ。たとえ遠距離になったとしても、彼のいる3年がそこに生まれるのだ。重い足をゆっくりと持ち上げて屋上に続く階段を一つ一つ昇る。扉を開くと当たり前のように同じ光景が広がっていて、本当にあの日に帰ったのだと改めて私に認識させた。やっときたかと優しい口調で憎まれぐちを叩く彼。私は何も言葉を紡ぐことができずスローモーションのように彼に歩み寄った。「話って・・・なんなんです」彼を見つめられない私は視線を下に落としたままで。「単刀直入に言うよ。・・・・君のことが好きだ」ゆっくりと私は顔をあげる。「翠星石、ボクと付き合ってくれないか!」この奇跡を逃しちゃいけない。私はもうあんな時間を過ごしたくないのだから。言うんだ、私も好きだと。叫ぶんだ貴方とともにありたいと。「・・・・翠星石・・・?」なかなか口を開かない私に彼は戸惑いはじめたようで、その声には不安の色がにじむ。「・・・・やです・・・・」消え去りそうなほどに、か細い声がようやく私の口からもれる。気づけば私はふたたびうつむいているようだった。時間が止まったように2人は動きを止めた。「・・・やだって言ってるデス!!!」私は今度はジュンをしっかりとみつめて言葉を発した。けれどそれは屋上に昇るまでに何度も復唱したそれではない。「ジュンなんて・・ジュンなんて・・どこにでも行っちまえばいいです!」私は何を言っているんだ。そう思うのだけど言葉は勝手にあふれ出てしまう。そして同じくあふれる大粒の涙に、ぼけてしまった視界では彼を見失ってしまいそうで私は思わず彼にすがりついた。「だけど、ジュンがどこか行ってしまったとしても」「私はずっと、ずっと好きでいるです。ずっとずっと好きでいるですから」そう言って私は子供のように大きな声で泣き続けた。ジュンは何も言わず、すがりつく私を抱きしめてくれた。そのあたたかいぬくもりをけして忘れないように、私も彼を強く抱き返した。強く瞑られたまぶたに暖かい光を感じてそっと瞳を開く。そこはまぎれもなく自分の部屋。3年の孤独を集めた私の居場所。結局私は過去を変えられないままに戻ってきてしまったらしい。変わらない部屋を出て、変わらない通い路を歩き、変わらない校門を抜けて、変わらない教室に入る。そして変わらないチャイムの音とともに担任が教室に入ってくる。またくだらない今日が始まるのだと思うと私は顔を上げるきにもならなかった。「・・こうせ・・の・・・らだ・・・んくん・・・」うつむいた私の耳には誰の声も届きはしない。私はまた昨日までと同じように一日を過ごすのだ。心を失った人形のように・・・突然と拍手のようなものが起こったようだった。そしてそれがやんでしばらくたつと、私に異変が訪れた。何が起こったのだろう?突然に私の身体は引っ張られたかと思うや視界を遮られてしまった。どうやら強く抱きしめられているらしい。知らない誰かに?いや違う・・・このぬくもりは覚えている。「ジュ・・・ン?」ゆっくりと束縛が解かれ、私に視界が戻ってくる。目の前には少し大きくなったジュンの姿。夢でも幻でもない本物のジュンの姿がある。「翠星石…ボクと付き合ってくれないか」涙目の彼はあの時と同じ言葉を、今度はとてもあたたかい笑顔で私になげかけた。「・・・幸せにしないと承知しないです」そう言って私は浮かんだ涙を隠すようにもういちど彼の胸に顔を沈めた。「きっと、そう言ってくれると思っていた」と、彼は私を優しくだきしめてくれた。―・・・願いごと・・・叶えた・・・―窓の外、木の枝に座った少女もまた2人の姿を見つめて優しく微笑んでいた。
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