水銀燈の野望 烈風伝 ~序章~
時は戦国の世――備前国に、幼くして両親を失った八人の姉妹が居た。姉妹の父の縁者である備前国主・浦上宗景は、居城・天神山城に娘たちを引き取ることにする。浦上家の庇護のもとで美しく育った姉妹たちはいつしか「薔薇乙女」と呼ばれるようになった。浦上宗景「そうか。水銀燈ももう十五になったか」水銀燈「はい、お養父様」宗景「美しゅうなったのう。もうどこに嫁に出しても恥ずかしくないわ」銀「いやですわ、お養父様ったらぁ」宗景「こやつめ、ハハハ」銀「ハハハ」しかし、宗景は気付いていなかった。長女・水銀燈が並外れた能力と果てしない野望を秘めていることに……
――永禄三年一月。正月の祝い気分も未だ覚めやらぬある夜のこと。家臣たちも眠りに就こうとする刻限、天神山城に突如異変が起こった。家臣「申し上げます。城下にて火災が起こってございます。どうやら不逞の輩が侵入した由」宗景「なんだと? すぐに兵を集め城下に向かわせよ。曲者どもを捕らえるのだ」家臣「ははっ!」すぐさま城内の兵が招集され、城下へと向かった。宗景「まったく、新年早々騒々しい……」城内の喧騒が静まると、宗景は床に就いた。だが、その時にはすでにおびただしい人数が城の本丸を取り囲んでいた。「まだ……まだよ。私たちは動く必要は無いわ」逸る兵士たちを静かな声で制するのは、左目に眼帯をした少女。「そう……これはほんの始まりに過ぎない。主役の出番は、まだまだ……」その頃城下では、紅蓮の炎を上げて燃え盛る屋敷の火を消そうと大勢の人間が集まっていた。そこから少し離れた丘の上に、数十人の怪しい人影が息を潜めている。「いくら空き家とはいえ、見慣れた城下に火を放つのは心が痛むね」「仕方ないですぅ。これもお父様の夢を叶えるためなのですから……」二人の少女が城下の炎を見ながら話をしている。よく見ると二人の両瞳はそれぞれが違う色をしていた。「来た来た……かしらー」木の上から城の方角を眺めていた小柄な少女が、城から出てくる兵達を見て声を上げた。「ようやく来やがったですね。まったくとろっちぃ奴らですぅ」「これで僕たちの役目は果たせたってことだね。引きあげよう」少女たちの合図で人影は闇の中へと溶けるように消えていった。一方城内では新たな騒動が起こっていた。武装した兵たちが本丸に侵入し、残っていた家臣たちを次々に捕らえ始めたのだ。家臣「き、貴様ら、いったいどういうつもりだ! ぐはっ!?」背後から後頭部をしたたかに打たれ、床に倒れこむ家臣。振り返って見上げると、そこには右目に眼帯をした少女の見下ろす視線があった。家臣「お、お前は……」「おとなしくしていた方が身のためですわ。抵抗しなければ危害は加えませんから」家臣「お、おのれ! 曲者だ! であえであえー!」だが叫ぶ声も空しく、家臣は兵達に捕らえられ何処かへと連れ去られていった。再び騒がしくなった城内の声に、宗景は目を覚ました。それを見計らったかのように、家臣の一人が血相を変えて宗景の部屋に飛び込んでくる。家臣「も、申し上げます!」宗景「いったい何だ、騒々しい……」家臣「じ、城内に、本丸に曲者が……ぐはああぁっ!!」血煙があがり、背中を斬られた家臣は前のめりに倒れて動かなくなった。その背後に立っていたのは……「お養父様、ごきげんよう♪」宗景「す、水銀燈……」血塗れの刀をぶら下げて微笑む水銀燈の姿に、宗景は戦慄した。宗景「い、いったいどうしたというのだ」銀「城内に不届者がいると聞きおよび、参上いたしました」宗景「では、この者が……?」水銀燈に斬られて倒れ伏した家臣を、震える手で指差す宗景。銀「いいえ、お養父様。その者ではありませんわ。不届者というのは……」とびきり冷たい笑みを口元に浮かべ、水銀燈は言った。銀「天神山城主、浦上宗景。……貴方のことよぉ」宗景「な、なんだと……?」水銀燈の言葉に宗景は絶句した。銀「聞こえなかったかしら? 浦上宗景。私は貴方の首を貰いに来たのよ」宗景「ば、馬鹿な。では、この騒ぎは……」銀「その通り♪ 私が妹たちに命じてぜぇんぶやらせたコトよぉ」宗景「おのれ……皆の者、であえであえー!!」銀「馬鹿じゃなぁい? 城内の兵は貴方がさっき城下に向かわせたばかりじゃなぁい」宗景「くっ……小娘があっ!」傍らにあった刀を引き抜き、水銀燈の頭めがけて上段から斬りかかる宗景。だが、銀「お馬鹿さぁん♪」水銀燈はその刀を軽々と跳ね上げ、がら空きの胴に痛烈なみね撃ちを見舞った。宗景「がふっ!」脇腹を打たれ、激痛に腰を折って倒れこむ宗景。銀「剣の腕でこの私に敵うと思って? うふふふ」宗景「こ、こんなことをしてただで済むと思うのか? 今に城下の兵士たちが戻ってくるのだぞ」銀「あら、その心配はご無用だわ。なぜなら……」その頃、城門付近。城下に火を放った者を捕らえるために出て行った兵士たちだが、結局はその行方がつかめず城へ戻ろうとしていた。だが。「待ちなさい」赤い着物を着た一人の少女が城内に入ろうとする兵士たちの前に立ちふさがった。見れば少女の背後には槍や弓矢を構えた兵がずらりと並んで城門を固めている。「城の中へ入ることは許さないのだわ」家臣「そなたは……真紅殿」真紅と呼ばれた少女は気丈な表情で城門の前に立ち、目の前の兵達を睨みつけている。家臣「なにゆえ、我らは城の中へ入れぬのでござるか?」紅「お養父様のご命令よ。不逞の輩を捕らえるまでは一歩も城の中へ入ってはならぬとの仰せなのだわ」家臣「しかし、火を放った者はもう城下には居りませぬ。殿は兵達を休ませぬおつもりなのか?」紅「とにかくお養父様の命なのだから、ここを通すわけにはいかないのだわ」家臣「馬鹿な。殿がさように理不尽なことを……」紅「そう。納得がいかないというのね。なら仕方ないわ……雛苺!」「はいなのー!」いつのまにか城門の上には鉄砲を構えた幼い少女が座っていた。雛「ふぁいあ!」銃口が轟然と火を噴き、銃弾は家臣の兜をかすめて鈍い音を響かせた。家臣「げえっ!」雛「ちっ」雛苺は鉄砲をぽいと投げ捨て、すぐさま火の点った次の鉄砲をその手に構えた。雛「つぎはあてるのー♪」紅「だ、そうよ?」家臣「あわわわ……ガクガク」紅「命が惜しかったら、大人しくしておくことね」銀「……と、いうわけだから、兵士たちは当分ここへ戻ってくることはないわぁ」宗景「ぐっ……」寝巻きのままがっくりとうなだれる宗景。銀「さぁ、観念なさぁい?」宗景「ま、待て。聞かせてくれ。何故だ? 何故そなたたちを引き取り育てたわしを討とうとする?」銀「言うまでも無いわ。お父様の仇よ」宗景「なんだと……?」銀「私が知らないとでも思ったの? 貴方がお父様を謀殺した首謀者だってコト」宗景「な、何を言っている。お前たちの父は……」銀「病死した、ってコトになってるわねぇ。でもそんなのは真っ赤な嘘」血に染まった刀を空中で一閃し、血を振り払う水銀燈。銀「貴方はお父様の力を恐れ、病死に見せかけて密かに殺した。そして何食わぬ顔で私たちを引き取った……」宗景「お前、いつからそのことを……」銀「とっくに気づいてたわぁ、大人の嘘なんて。 それでジュンに頼んで家臣たちを徐々に懐柔していったのよ。この日のためにね」ジュンというのは水銀燈の幼馴染であり、浦上家に仕える家臣の一人である。宗景「……このわしを討って、何とする? この備前国を乗っ取るつもりか?」銀「私を甘く見てもらっちゃ困るわぁ。私の望みは天下……そう、京に上り天下を取ることよぉ」宗景「天下だと? そうか、あの男も……」銀「そう……天下を取るのはお父様の望みだった。今度は私がその夢を叶えるのよ。この城を足がかりにね」宗景「ふん。天下など、そうたやすく取れるものか。ましてや女子のお前が……」銀「黙りなさい!」部屋中に水銀燈の凛とした声が響き渡った。銀「私には妹たちがいるわ。みんな、私の夢に協力すると誓ってくれた……力を合わせれば必ず果たせるわ」そう言うと、水銀燈は刀を鞘に収めくるりと背を向けた。銀「……命だけは助けてあげるわ。今日まで保護してくれた礼よ」宗景「……」銀「さっさと消えなさぁい! 私の気が変わらないうちに!」宗景「……ぐっ」その夜、浦上宗景はたった一人で城を落ち延びていった。翌日。水銀燈は天神山城本丸に妹と家臣たちを集めた。銀「コホン……今日からこの水銀燈がこの城の主となり、そして天下を目指すわ。みんな、力を貸してくれるぅ?」紅「言うまでもないのだわ」翠「合点ですぅ!」蒼「もちろん!」金「あったりまえかしらー!」雛「がんばるのー!」薔「及ばずながら……」雪「全力を尽くしますわ」こうして水銀燈は天神山城の城主となり、新たな大名家「薔薇乙女家」の旗を打ち立てた。だが、姉妹たちの果てしない夢への戦いはまだ始まったばかりである。ジ「なんだか、大変なことになっちゃったなぁ。分かってはいたけど」巴「……ええ」ジ「お前……今回出番無かったな」巴「いいの。まだ序章なんだから……そういう桜田君だって、名前しか出てこなかったじゃない?」ジ「言うな」
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