【夢と初恋と素敵な人形】
「カナー、そっちは終わったー?」「もうちょっとかしらー!」
ここは草笛家。今日は久々の大掃除。決して大きな家ではないのだが、数々のドールや制作器具の手入れも行うので二人がかりでも一日二日はかかってしまう。
「ふー、あらかた片付いたかな。うんうん、一層キレイになって私のドール達も喜んでるわ~!!」「よいしょっ…!あとはこのダンボールをしまえば…終わりかしら…」
小さな体で目一杯腕を広げて抱えながら歩いていく。当然、足元の段差に気付くわけもなく。ガッ。
「かしらー!?」べちん!ドザザザザ~…「カ、カナ!?大丈夫!?」「うう~、痛いかしら~」ほんのり赤くなったおでこを摩りながら半泣きで呟く。「きゃー!カナ可愛すぎー!!」ズリズリズリ「ぎゃー!みっちゃん!今まさちゅーせっちゅされると真面目に痛いかしらぁ~!!!」 「はぁ、せっかく片付けたのにやり直しかしら~」「まぁ、二人でやればすぐに終わるから大丈夫よ」「うん…あら?」
散乱した物の中に、一際目をひくドールがあった。
「みっちゃん、この人形は?今まで見た事ないかしら」「ん?ああ、この人形はね…」
とても懐かしそうに、そして愛おしそうにその人形を抱えるみっちゃん。
「キレイかしら~。誰かから貰った人形かしら?」「うん、そうなの。随分昔の…中校生の時だったかな?私がね、ドールの世界で生きていく事を決意させたモノなの」「へぇ~…ねえ、みっちゃん。その時のお話聞かせて欲しいかしら!」「え?う~ん、まぁ掃除も大体終わったし…ちょっと恥ずかしいんだけど…そんなに聞きたい?」「ぜひ、お願いするかしら!」 「私が中学三年の時に、ちょっと入院したことがあってね。まぁ、ニ週間くらいで退院出来たんだけどさ。だけどその頃は同人のサークルに入ってて、その発表が近かったから病室で絵を描きまくってたのよ」 「み、みっちゃんらしいかしら…」「そしたらね、同じ部屋の男の人が話しかけてきたの。『良かったら見せてくれるかい?』って。描いてたのは女の子の人形のアニメの同人だったからちょっとびっくりしたんだけど」 「それで、見せたかしら?」「うん。今そんな事言ってきたら『このロリコン変態オヤジ!』って言われそうだけどねー」「はは…」「でね?そしたらそのマンガに興味をもってくれたらしくて、色々話すようになったの。なんでもドール関係の仕事をしてるらしくて、それで気になったんだって」「なるほどかしら」「私もこんな機会滅多にない!って思ったから色々聞きまくってね~。ドールの外見から歴史から服の作り方まで。消灯時間が過ぎても話してたから看護婦さんに怒られちゃったわー」きっとその人寝不足になったかしら…みっちゃんの爆発的エネルギーを知る金糸雀はちょっとその人が不憫に思えたという。「で、私は退院したんだけど、その人はまだ暫く入院してるらしくて。だからお世話になったお礼もかねてお見舞いに行く事にしたんだけど…」「けど?」「実は私もその頃に少しだけドール服を作ってたの。まだ遊び程度だったから全然なってなかったんだけど、その人から話し聞いてたら無性にちゃんとした服が作りたくなったのよ!」握りこぶしを掲げ熱くかたるみっちゃん。「だから、お見舞いついでに私の作ったモノを見てもらおうって思ったの。色々教えてもらったから試してみたかったしね。それからは、一週間くらい学校の授業そっちのけで作業したもんよ!」 「(それはダメかしらみっちゃん…)」「完成した時は嬉しかったな~。まるでお店にあるような出来だったし。それで、ちょうど日曜日だったからお見舞いに行って、その服を見せたの。」「喜んでくれたかしら?」「それがねぇ…あ、お見舞いに来た事や服を作ってきた事についてはとても喜んでくれたんだけどね?私が渡したを服をじ~っと眺めたと思ったら、やれ『縫い目が荒い』やら、やれ『生地のバランスが悪い』やらもう言う言う!そこまで言うか!?ってくらいメタメタに言われたわね~」 「うーん、流石プロかしら…」「まったくね。でも、言われてから服を見てみると確かにその通りなの。持ってくる前はショーケースに入れれば様になるだろうなーなんて思ってたのに、その時はただのボロ布に思えたくらい。 顔には出さなかったけど、もう心の中じゃ恥ずかしくって悔しくって大泣きだったわ!」「かしら…」「でもね、散々に言ってくれた後にその人が微笑みながら言ったのよ。『だけど…とても優しい服だ。人形、好きなんだね』って。」当時を思い出したのか、みるみる顔が赤くなっていく。「もーなんかね、あの顔見た瞬間に胸の奥がキュ~!ってなってね!心臓バクバクでときめいたー!みたいな?いや~、あんな感じは後にも先にも初めてだったな~!うわっはっはー!」 「あははは…」みっちゃんにも一端の初恋があった事に感動すると共に、現状に無性に悲しくなる金糸雀だった。 「それでその後はどうなったの?みっちゃん」「うん、自分でも顔が真っ赤なのがわかったからさっきとは別の意味で恥ずかしくてね~。『で、出直してきます!』って言って服かっさらって帰っちゃった」見舞いに来た以上多少なり失礼かもしれないが、恋する乙女としては仕方ないところか。「だけど、もう一度作ろうって思ってさ。また散々に言われるかもしれないけど、どうしてもまたあの笑顔が見たかったから…」「(凄いかしら!みっちゃんの乙女思考フル回転かしら!少女漫画みたいかしら!)」「後は二ヶ月くらい服を作りつつお見舞いの繰り返しだったな。同人サークルもあったからハードスケジュールだったけど、あのトキメキの前ではこの程度の障害は無に等しかったわ!」 「(…さすがみっちゃん。乙女モードでもやることはやるかしら…)」「お見舞い行くたびにドキドキして楽しかったな~。ちょっとでも服について褒めてくれた日なんか…もう嬉しくって嬉しくってね!あんまりにも嬉しかったから自分で着てやろうかと思った事もあったんだけど…うん、ものの見事に引きちぎれちゃった。」 「…着る前に無理だって気付かなかったかしら?」「いや、トキメキパワーでなんとかなるかなって」「・・・」恋は盲目。その意味がよくわかった気がした。「だけど、夏コミが近づいてくると流石に忙しくて…二週間くらい行けなかった時があったのね」少し声のトーンが下がる。表情も心なしか沈んでいるように見えた。「それで夏コミを終えて久しぶりにお見舞いに行ったんだけど…いなかったの。その人」「え、退院しちゃったかしら?」「ううん。なんかね、色々な事情で急遽違う病院に移動になったらしくて。場所も遠いトコだったから行くに行けなくてさ」 「それは…残念かしら…」「あの時は泣いたなー。そして生まれて初めてコミケを恨んだわね。『同人の神様!これはあの人をモデルにヤオイ本を描いた私への罰なのですか!?』って」「それかしら」ノータイムで金糸雀に返されてちょっとひるむ。 で、でね?その時に看護婦さんが渡してくれたモノがあるの。一つは手紙。そしてもう一つが…」「…その人形ってことかしら?」「そ。看護婦さんに頼んだんだって。私が来たら渡してくれって」その人形を掲げて二人で見上げる。「手紙にはお礼の言葉と、この人形の話しが書いてあったの。なんでも、この人形の名前は【アリス】って言って、理想を追い求めた少女なんだって。貴女が自分の理想に辿り着けるように、この人形を贈りますって」可愛いらしくもどこか強い意志を感じさせ、ある種の誇りすら見てとれる人形だった。「私の理想…それまではまだ自分の進路なんて決めてなかったんだけど、その時誓ったの。私が思い描く最高の…ううん、それすら上回る服をデザインして、作って、この人形みたいなアリスになるんだって。」アリス。それは究極を目指す少女のカタチ。「私だけのアリスを作って、私自身もアリスになって。そしていつか、そんな二人をあの人に見て欲しくてね。」「ステキかしら…」「後でわかったんだけど、あの人はドールのデザイナー界ではかなり有名な人だったの。だから私は自分の店を持って、そこで自分だけのメゾン(宇宙)からアリスを探し出す…。そして私も名前が広がれば、あの人が見つけてくれるかもしれない…なーんてね?」 「とってもいいと思うかしらみっちゃん!カナも応援するかしら!」「ふふ。ありがとう、カナ」「そういえば、その人は今どうしてるかしら?」「うーん、それがね~、私も調べてみたんだけど、退院してからは夫婦で世界中を飛び回ってるみたいなの。世界中の芸術作品とかを見てまわってるんじゃない?あ~、私もお金があったらし~て~み~た~い~!」床に転がって手足をばたつかせるみっちゃんを見つつ、その浪費癖じゃ一生無理かしら…と、至極真っ当な感想を持つ金糸雀だった。「あらら、話し込んでたら夕方になっちゃったね。夕飯どうしようかな」 「…ねえ、みっちゃん。今日はカナに作らせてほしいかしら!」「え?うん、じゃあ私も何か手伝うよ」「いいからみっちゃんは部屋で休んでて。ご飯が出来たら呼ぶかしら」「そ、そう?じゃあお願いしようかな…」「任せてかしら!」「みっちゃーん!出来たかしらー!」「ああ~いい匂い~。わ!凄い!がんばったねカナ!・・・あれ?」テーブルには豪華な食事と、3セットの食器。そして椅子の一つにはあの人形が収まっていた。「今日のご飯は、みっちゃんが夢に向かって走り続けられるようにって思いながら、あとこの子に夢が叶う時までみっちゃんを見守ってほしいって思いながら作ったの。だから三人で食べるかしら!」 「カナ・・・」「もちろんカナも今まで以上に協力するかしら!だから絶対夢をつかんでね、みっちゃん!!」「うっ…うっ…うわーん!!ありがとうカナー!!!私頑張るから!最後まで頑張るからぁあああああ!!!」ぎゅ~!!!「うぎゅ!…ガ、ガナは…いつでも…みっじゃんの…見方がじら…」ガクッ「へ?い、いやあああああ!カナァアアアア!私を置いていかないでぇええええ!!」そんな、いつも通りの二人と一体で食卓を囲みながら、草笛家の夜は更けていった。また後に金糸雀の紹介であの人の面影を感じさせる少年と出会うことになるのだが、それはまた、別のお話。
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