第十四話「LOVE SONG」
「ふぅ~。いいお湯だったですねぇ~。じゃあ二人は歯ぁみがいてから寝ろですよ~」「は~い。でもその前に、母さん。お父さんが死んで今は悲しくないの?」「そうだよね、お母さん。お父さんがいなくて寂しくないの?」この子たちもたまに鋭いこと言う。人の気持ちに鈍感で、でもどこか鋭かった彼のように。本当に私たちの子なんだな、と実感させられてしまう。「そうですね~。やっぱりまだ悲しい時もあるし、寂しく思うこともあるですよ。でもですね、それ以上にお前たちがいるからいいんです。お父さんの代わりになんてならないけど、それでも、心にぽっかり空いた穴を埋めてくれるですしね。本当に大好きですよ、二人とも」「えへへ~。私もお母さんのこと大好きだよ~」「うん、僕もだよ~。」二人とも素直だ。昔の私たちと違って。LUNA SEA 第十四話 「LOVE SONG」子どもたちが寝静まった頃、蒼星石と二人でリビングにいた。「翠星石、なんで今日はこのこと話そうと思ったの?」「さぁて、どうしてでしょうねぇ?理由なんて特にないですよ。今日ぐらい話してやろうかって気分になっただけです」「それだけ?まぁいいや。今日話したことって、二人とも大人になっても覚えてるかな?」「多分覚えてないと思うですよ。まぁ、成人式の時ぐらいにゃあ、もう一度話してやるかもですね」「それがいいね。…でもなぁ~。僕も二人にそんなことがあったなんてほとんど知らなかったしなぁ」「ふふ。だって誰にも話したことなかったですしね」「はぁ~。僕も恋愛したいなぁ~」「あれ?蒼星石、恋人いないですか?」「うん、毎日忙しくってさぁ」「う、すまんです」「いいよいいよ。それ以上に楽しいし。あの子たちも可愛いし」「いい子ですよね。あのまま育って欲しいですよ」「大丈夫じゃない?翠星石がいたらさ。きっといい子に育つよ」「だといいですね」そんな他愛もない話をしている時、私は一抹の罪悪感を感じていた。蒼星石もやはり、ジュンのことが好きだったこと。そんなことは昔から知っていた。きっとこの子のことだ、想いは伝えられなかったのだろう。それでも、そんなことは少しも見せずに生きてきた。…本当に強い子だ。「そういや、明日は真紅の所に行くですよ。何か伝えておくことはあるです?」「う~ん。特にはないなぁ」あのまま、私たちは、友達として付き合いを続けている。彼女は更に出世し、女性ながら素晴らしい活躍をしている。とは言っても、ジュンに言われてた昔とは違い、少しは気楽に生きているようだ。部下にもそれを指摘されたらしい。こう嬉しそうに語っていた。「今までよりも、全てが明るい」と。「でも、のりが―」ついでに、のりについても話しておこうか。彼女は当時任されていた企画を無事、成功させていた。皮肉なことに、ジュンの死からヒントを得て。『企業と病院との提携における、末期治療患者への精神介護』それが、彼女の仕事だった。ジュンの死をもって、新しいアプローチ方法を確立させた。初めの頃はやはり、罪悪感をもっていた彼女だが、なんとか説得には至った。「きっとジュンも喜んでる」、そう私は信じている。今はそんな彼女も専業主婦。子宝に恵まれてはないが、その分、充実した日々を送っているようだ。私の子どもたちを実の子どものように可愛がってくれている。「じゃあ、そろそろ寝るね。明日も早いし。おやすみ」「はい、おやすみですよ」それから、やることを終えた私は、いつもの日課、ジュンの遺影に手を合わせた。―そういや、ジュンは約束なんて破ったことなかったな…。最後の一つしか。私もそんなジュンに応えるように、約束を守ってきたつもり。一つを除いて。そうして、夜は過ぎてゆく。その日、私は今夜も夢を見た。いつもとは違う夢だった。 夢の中、ジュンが微笑んでいる。でも、それは別れを伝えようとしているものに見えた。そのことに気付いた途端、世界が変わった。真っ暗な闇から、月の沈む海へ。穏やかな、でも寂しくさせるような波。月明かりに照らされた二人。煌々と輝く月。まるで真昼のように。「ジュン。今までありがとうですよ」私は口を開く。彼は静かなまま。「ずっとずっとありがとうです」私の声だけ、響いてる。「今でもやっぱり大好きですよ。愛してるです」まだ私は言葉を紡ぎ続ける。「最後の『ジュンのことは忘れろ』って約束、やっぱり守れそうにないですよ」言葉の切目が夢の切目であるかのように。「でも、これはおあいこですよね。ジュンだって、『いつまでも一緒にいる』って約束、破っちゃったですし」傷付きあっても強く愛した「それでですね、おめぇの子どもは元気ですよ」旅の途中で「二人とも素直でいい子です。翠星石に似て」まだ終わらない夢「今、翠星石たちは、すごく幸せです」抱きしめていたいけど「だから…、ジュンも安心して眠れです」月がもうほとんど沈みかけている。彼はそれに気付いているようだ。決して触れることはない二人。近いのに、届かない二人の距離。別れの時が来たみたい。ジュンが、私に背を向け、波の間へと歩き出す。いつの間にか、私の足元まで、海は来ていた。この愛を忘れない。「ずっと、言いたくて、言えなかったことがあるです!犬のぬいぐるみ、ありがとうです!これからも、大切に、していくです!また!どこかで逢おうです!」私は波間のジュンに叫ぶ。振り返ることはしなかった。一言もしゃべることもなかった。でも…。背中が「うん。またどこかで。」と言っているような気がした。 朝。私は目を覚ます。蒼星石のお弁当作らなくちゃな。何か、夢を見た気がする。でも思い出せない。どこか悲しくて、でもどこか温かい夢。私は思い出さなくてもいいような気がしていた。きっとその方がいいのだろう。そして、不思議なことにもう二度と、ジュンが夢に出ては来ないだろうってことは分かっていた。朝食を作り終えると、そろそろ二人を起こす時間になっていた。蒼星石はもう仕事に出てしまっている。「お~い。チビども~。起きるですよ~」こうして、私の毎日は巡ってゆく。温もりのある、大切な日々。いつか、ジュンに笑って逢うための日々。そんな私たちを見つめていたのは、いつかの犬のぬいぐるみ。第十四話 「LOVE SONG」 了 LUNA SEA 終幕All Songs written by LUNA SEA
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