第十二話 「gravity」
LUNA SEA 第十二話 「gravity」ジュンの調子がこの頃ますます悪化してきた。さらにやせおとろえ、骨のようになってしまっている。それでも、弱音など吐かず、気丈な様子を私に見せ続ける。それが、逆に悲しかった。しかし、私もそれに応えなくてはならない。ジュンが笑顔で旅立てるために。「そういやさぁ、人って死んだらどこ行くんだろうな?」「いきなりどうしたですか?考えたこともないですよ」「いやな、この体になってからよく考えちゃうんだ。死んで消えるのはやっぱり怖いし」「そんなこと…いや、そうですねぇ、天国に行くっていうのじゃ不服なんですか?」「いや違うんだ。そうじゃなくて、天国とか地獄は信じてるよ。でもそれがどこにあるのかってね」「なるほど。そういうことですか。ジュンはどう思ってるです?」「僕はなぁ…、ロマンチストだとか言って笑うなよ?月に行くんじゃないかって思ってるんだ。特に月の海にな。夜の暗い中でも、残してきた大切な人のために、転ばないよう、転んでケガしないように、足元照らすためにさ。 海かな?っていうのは、どっちかって言うと地球からのイメージになるんだけど海ってもともと全ての生き物が生まれた所じゃん。だからもう一度そこに戻って、また還ってくるためかな、って思ってるんだ。」「へぇ…。そうですかぁ」「お、笑わないんだ」「いや、ちょっと驚いてるですよ。ジュンってそんなことに興味ないって思ってたですからね」「まぁ状況が状況だからね。嫌が応でもこうなっちゃったんだよ」「翠星石はそんなこと考えもしなかったですからね…」「それに、一つ頼みたいことがあるんだ」「…。何です?」「僕が死んだら、骨は海に撒いてほしい」「…わかったです。わかったですけど、なんでそんなこと言うですか?ジュンはしんだりなんかしないです!」「ん。まぁごめんな。変なこと言っちゃって」私達が結婚し、実際に籍をいれてから1週間と5日。毎日が霞んでしまいそうだけど、それでも輝きを放つ日々を過ごしていた。1週間と5日、それは二人の心が一番繋がっていた時1週間と5日、それは私が桜田を名乗れていた時1週間と5日、それは最後の輝き、最も儚かった日々その前に一つ、私が、と言うべきか彼が、と言うべきか分からないが、プロポーズをした後は皆が駆け付けてきてくれ、少し呆れながらも祝福してくれた。その面子には、病院の先生もいた。もともと知り合いだったそうだ…あれ?この人は確か…。ささやかな結婚式、私の両親、祖母は「あなたが幸せになれるならそれでいい」と認めてくれたのだが、祖父は「なんでこんな奴と…」なんて言っていたが、最後にはなんとか認めさせた。彼の病気がどうこうではなく、ただ、私が結婚するのが嫌だったらしい。いい加減孫離れしろ。小さな、というか普通のケーキをウエディングケーキ代わりにして、夫婦最初の共同作業。これから先にもまだあればいいな、とその時私は願っていた。蒼星石に話を聞けば、ジュンは私にプロポーズをその日にするつもりだったらしい。それの段取りを聞こうとしたら、ジュンが慌てて「それだけはやめてくれ」だって。私は気になるのだが、蒼星石は「そうだね。義兄さんが言うならやめておこうか」なんて笑っていた。ちぇっ、そう言われちゃ追求しにくいじゃないか。そんなやりとりが楽しかった結婚式。初めから本音で話し合えた日さて、そろそろ話を戻そうか。そんなヤリトリをした日、今思えばジュンは感じていたのかもしれない。その日の夕方、ジュンの様子が一転した。苦しみを訴え出したのだ。私は真っ白になりそうになる頭でなんとかナースコールを押す。すぐに医者、看護師が来た。テキパキと手際良く、点滴を繋げ、様々な機器をだしてゆく。この時、真っ白な頭の隅の方に、あぁ、別に手術室に運ぶんじゃないんだな。そうか、もう手術なんてする必要がないんだ、なんて思うどこか冷めた私がいた。それでも、ジュンが話をできる状態に戻るまで気が気じゃなかった。確か、皆に連絡は入れたんだと思うどこか私のジュンのためにできることと言えば、祈ること。たったそれだけ。 スースーと寝息を立てている。安らかな寝顔。駆け付けてくれた皆に見守られながら眠っている。夜、9時半頃、彼は目を覚ました。「ん…。あ、う、あぁ、おはよう」なんて間抜けなことを言う。「おはようじゃないです!今何時だと思ってるですか!心配かけさせて、何様のつもりです!いきなり苦しみだして、眠って目を覚ましたらこれですか!このオタンコナス!」私は一口に不満を吐きだす。どれだけ心配したのか少しは分かって欲しかった。他の皆になだめられる私。「あぁ、心配かけさせてごめんな。まだ、もう少しいける。それと、そろそろ皆に言っておきたいことがあるんだ」最期のようにゆっくりと言葉を紡ぎ出してゆく。「姉ちゃん。こんな弟でごめん。いつも心配させて、迷惑ばっかかけてたよな。そのせいで自分の時間を奪っちゃって本当に悪いと思ってるんだ。でもそれ以上に感謝してる。だからさ、これから先は、自分のために、自分の楽しみのために生きてほしいんだ。姉ちゃんなら、すぐに恋人ぐらいできると思う。幸せになってください」まずはのりを見つめ、言う。次は蒼星石を見つめ、「蒼星石。お前ものりと同じで人が良すぎるんだよ。自分っていうものを殺しちゃってる。人のために、ってのは確かにいいことだけどさ、人を幸せにするまえに、まず自分がもっと幸せにならなくちゃ。お前にも幸せになって欲しいし。これでいい、なんて言うかもしれないけど、お前の場合、自分に自信がもてないだけだろ?自分に自信を持ってくれ。充分その要素はある。それに、義兄になってすぐこうなってごめんな。今まで本当にありがとう」言い終わると、真紅に向き「真紅さん。仕事の面でも、生活の面でも支えていただきありがとうございました。これは、蒼星石にも言うけど、自暴自棄になっていた時、助けてくれて、ありがとう。あれがなければ、今の僕は誰かに感謝も何もできませんでした。それに、部下としても、足を引っ張っていてすみませんでした。そのたび、お時間をとらせていまい悪かったです。最後に一つ、生きていくのに肩に力が入りすぎでは?もう少しだけ気楽になってほしいと思ってます。支えてくれる人も沢山いるはずですし」そして、彼の両親を見、「父さん、母さん、今まで育ててくれてありがとう。二人より先に逝く親不孝者だけど、今までの人生幸せだった。仕事のせいで、あまり会えなくなってたけど、それでも二人が僕らを思ってたのは伝わってた。今までは素直になれず、嫌なことばっかり言っててごめん」今度は私の家族を見て、「お義父さんお義母さん、おじいさんおばあさん。翠星石を残して旅立つようなことをして、すみません。そして、こんな無茶な結婚を認めてくれて、本当にありがとうございました。僕は少しの間でしたが、あなたたちと家族になれて、本当に幸せでした」ジュンが私を見て、口を開こうとした時真紅さんが、「私は外で紅茶を飲んでくるわ。でも缶のは不味いわね。それに比べてあなたの紅茶は本当に美味しかったのだわ。私も今まで楽しかったわよ。私こそありがとうと言うべきね」と部屋を出ていった。蒼星石も「ここは人が多くてちょっと息苦しいね。気分転換に外に出てくるよ。義兄さん、いやジュン君。僕も君にはすごく感謝してるんだよ。昔の僕は暗かったじゃないか。でも君のおかげて少しは変わることが出来たんだ。ありがとう」のりは、「そ、そうね。私もお外で少ししなくちゃいけない用事があったのよぅ。でもね、ジュン君。私はあなたを疎ましく思ったことなんて一度もなかったわ。本当にジュン君は誇りにできる弟よぉ。私もあなたといれて幸せだったの。ありがとうねぇ」こうして、皆、何かの用事があるなどと言い、「ありがとう」と言い残して部屋を出ていった。去り際の顔は皆同じ、泣きそうな、涙を堪えた顔だった。病室に残されたのは私とジュン。二人だけ。「あぁ、皆行っちゃったな。良い人すぎだよ、やっぱり」彼も涙ぐんでいる。「やっぱり、僕は幸せ者だったな。こんなに良い人たちに囲まれてたなんてな」―本当にそれは私も思う。私もまた、幸せ者なんだろう。「翠星石、お前とはずっとケンカばっかしてたよな。それで気付いたら元通りになってさ」「そうですよね。いっつもなにかとケンカして、仲直りして。でも、今だから言うですけど、それが翠星石には嬉しかったですよ。ケンカするほど仲がいいってのは本当だったみたいですね」「だな。僕もなんか嬉しかったな。この性悪!とか言いながら、一緒にいれてさ」「本当ですよね。そんな何でもない毎日って楽しかったですよ」「…ごめんな。僕のわがままに付き合わせちゃって」「?何がです?」「結婚してくれ、なんてさ。やっぱ僕が死んだら、重荷になっちゃうじゃんか。僕が言うのもおかしいけど、お前はまだ若いし。再婚ってことになったら「違うです!」私は割り込んで言う。「これはお前のわがままでもなんでもなくて、二人で望んだもんです!翠星石は絶対後悔なんてしないですよ…。翠星石も望んでたです…、願ってたです!それを…、お願いだから重荷だなんて言わないで欲しいですよ…」「そっか…。ごめんな。大切に思ってるものをそんな風に言っちゃって。それともう一つ。謝っとかなきゃな」「何をです?」「いやさ、約束、破っちゃっうな。それに泣き虫のお前を泣かしちゃいそうだし」真っ白な壁。真っ白なカーテン。病室のベッド。ピッ、ピッと規則的な音を立てる機器。チューブに繋がれた体。あれ…?デジャビュを感じる…。そうか、夢で見た光景だ。「そうですよぉ。いつまでも一緒にいるって約束したじゃないですかぁ!」「ごめんよ」「嘘吐き。ジュンなんか…大嫌いですぅ!」夢をなぞるように私は言葉を紡ぐ。けど、夢とは違って私は今、泣いてはいない。だから「でも、それ以上に大好きなんですよぉ。愛してるですぅ」うなだれた私の頭を、ゆっくりと撫でる。「あぁ。僕も翠星石が好きだよ」頭にのせられた掌の温もりを私は忘れないように。「それと、二つ。約束してほしいことがあるんだ」言葉を紡ぐ。「一つは、僕を追って来ないこと。しわくちゃの婆さんになってから会いに来い。それともう一つ。僕のことは忘れてくれ」顔を上げられない。彼を見たら、きっと私は泣く。「そうだ。外の皆にも伝えておいてくれ。今まで本当にありがとうございましたって。翠星石も、今まで本当にありがとうな。愛してる」返事の代わりにもっと強く握りしめる。「そうか。ここにも天国はあったんだな…」その言葉に私は顔を上げ、彼を見つめる。網膜に焼き付けて、決して忘れないように。―ほら、やっぱり泣いた。あの言葉を最期にジュンは目を閉じた。意識を無くしてから三時間、彼は静かに息を引き取った。それは、ジュンの最後の闘いだったんだと、信じている。その日、ジュンは、夜明けを待たず、もう一つの天国、月の海へ行った。第十二話 「gravity」 了
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。