『青年ハ少女ヲ諭ス』
『青年ハ少女ヲ諭ス』「さて、僕の仕事についてだけど・・・」この不思議な青年。ヴァンパイアハンターと同等な力を持ちながらも、私を祓おうとはしないこの青年。彼は私を見下しながら言った。「君の勘もはずれども遠からず、といったところだ。 僕は『ヴァンパイアカウンセラー』の、桜田ジュンという者だ。以後、お見知りおきを」そう言ってフフフと笑う。「ヴァンパイア…カウンセラー?」桜田ジュン、そう名乗った彼はえらく機嫌がよさそうであった。「引きこもりは知らないだろうけどね、吸血鬼に対する見方がここ数十年で大きく変わったんだ。 確かに君らの仲間の中には人間に害を及ぼすものも沢山いる。 だがね、吸血鬼の中には否応なく血を吸われて、同族に変えられてしまった者もいる。 彼らの多くは陽の下にも出られず、人に害を与える事がないように、申し訳無さそうに生きている。 そんな吸血鬼を狩るのは外道の中の外道だ。人殺しと同じだ。 そのことにヴァンパイアハンターたちは気付いたんだ。 そんな吸血鬼たちのために、僕らヴァンパイアカウンセラーは生まれた。 僕らの仕事は人間社会に帰属したいという吸血鬼たちを助ける事。人間に害を出さない、という条件付でね。 まぁそういうわけで僕は引きこもり吸血鬼がいるという噂を聞きつけてここまできたら その子はあろうことかお客様を美味しそうに食らっていたというわけだ」最後の一文を言うときに、私の血で染まった頬をぷにぷにとつついた。顔が熱くなる。顔が紅潮しているかも知れないが、きっとこの血まみれの顔では大した変化はないだろう。「で、この人、マジのお客じゃないよな? かってに紛れ込んだどっかの泥棒とかだよな?」胸を張って自慢げに話していたと思ったら、ジュンは突然慌てだす。「え、ええ・・・そうだけどぉ・・・」私はあっけにとられてしまう。「この人がお客さまだったら、何か問題あるのぉ?」「アリアリだよ。正当防衛でもなく吸血鬼が普通の人間に過剰な暴力を振るったら、 現行犯ということで僕らは吸血鬼を始末しなきゃならないんだよ。ということで、えいっ」私はまだぴくりと動けない。そして相変わらず喉は露出しており、そこにはジュンのナイフがおしあてられていた。しかしナイフは私の喉元を離れ、日光で一瞬煌いた。次の瞬間・・・。ざくり「・・・!?」喉に激痛が走る。喉が中央から半分に裂かれるような感覚。鮮明すぎる痛覚。呼吸が止まる。激痛が喉から全身へと駆け巡り再び喉へと還ってくる。私の喉は彼のナイフで綺麗に裂かれていた。自分の血が垂れ落ちるのを肌の感覚を通して感じる。青年は事もなげにナイフを手で弄ぶ。彼は私を見下して微笑んでいた。ジュンは肉塊と化した男をナイフの切っ先で示し、言う。「君はこのこそ泥にナイフで喉を切られる。そして自分のものではあるが、久しぶりに血を味わい、 興奮状態となって勢い余ってこの男を殺してしまう。これなら十分正当防衛が成り立つ。 ・・・そんなに睨まなくたっていいだろ。ほら、血を塗りたくればすぐ治る。 傷は少し残るかもだけど、その方が説得力があるな」そういってジュンは血溜まりの血に手を伸ばし、手袋を手ごと血の海にひたす。そしてその手は優しく撫でるようにして、血を私の喉に塗る。そうしたとたんに、私は傷が癒えていくのを感じた。痛みが少しずつ消えてゆく。懐かしい視線。彼が私に向けた瞳は、先ほどの凍りつく氷柱のようなものではなく。木漏れ日のような、暖炉の火の様な、穏やかなものであった。まるで愛娘の頭を撫でるかのように、私の喉を優しくさする。私は文句を言おうと思った。ぶちきれてやろうかとも思った。しかし、彼の穏やかすぎる表情にすっかりそんな毒気は抜かれてしまった。「・・・ところで、ゴホ、私の意向は無視なわけぇ?」喋るたびに喉の傷が痛むが、まぁ仕様がない。今言っておかねばスルーされてしまう気がする。「意向って、何だ?」ジュンはきょとんとした顔で私の顔を不思議そうに眺める。私はジュンを軽く睨みつける。「私の意志よ、ゴホ。あんた、本当に私が社会に出たいなんて、ゴホ、思ってるとでもぉ?」それを聞いたジュンはニヤニヤと笑う。「ふふ、正に社会不適合者のセリフだな。ちょっと外出てみろって。 どうせ何十年もここに引きこもってて、今世界どうなってるか知らないんだろ?」ようやく、喉の痛みがなくなりはじめる。「私は外になんて出ない。私にはこの館以外何も要らないもの」そう言い、私は彼の顔を睨みつける。だが青年のニヤニヤ笑いは止まらない。「僕が君を気に入ったんだ。きっと君には何かある。こんなところで引きこもらせとくには勿体無い。 僕はそう思うんだが、どうだろうかね」変わらない毒抜きの表情で、ジュンは私を見つめ続ける。「私に何があるっていうのよぉ。ずぅっと長い事なんにもしてなかったもんだから、 何にも覚えてる事なんてないわよぉ。私の記憶は、からっぽなの。空洞なのよ。 私は自分の名前さえ覚えていないのよ。そんな私に何があるっていうの? それに何度でも言うけど私はここに居たいの」「でも、君のお父様はそんな消費しつづけるだけのような人生、本当に望むのだろうか」「・・・」私は沈黙する。それにつけ込むかのように、彼はグッと私の顔に接近する。「君、ハーフだろ?」私は目を見開いた。「な、何よ、突然」「皮を裂き肉を穿つはずの犬歯が短い。血を吸わなくても、人間と同じような食料でもだいぶ持つ。 それに今、日光が当たってるけど、体、痛くないだろ」「・・・」「この世には昼間外に出て仕事がしたくても、そうすることのできない吸血鬼がごまんといる」「・・・今度はお説教?」「そういうことだ。吸血鬼の持ってる力ってのは社会的にも役に立つ。 ハーフの君でも、十分に血を補給すれば熊と同等なほどの怪力を振るうことができる。 例えば日中は人間が機械を用いて土木工事、夜は吸血鬼に仕事を任せる、とかね。 吸血鬼の体の仕組みについても、まだまだ研究しなきゃならないことはたくさんある。 その自然治癒の早さ。異常なまでの怪力。他の動物を従え、意のままに操る能力。 中には霧や影にさえ化けるものさえいる。これらのことを人間も出来るようになったら? 吸血鬼ってのは、現段階では人間の理解を超えた存在なんだよ」「つまり、ひとりでも実験体が欲しいってコトぉ?」「そういうことでもある。だけどな、外の世界を知るってこと、自分の世界を広げるってことは 本当に素晴らしい事だと僕は心から思うよ」「・・・」青年はセリフを区切る。一呼吸置いて、感慨深そうに息を吐く。「本当はな、僕は相棒が欲しいんだ。共に仕事をする相棒を」「はぁ? それをこの私にやれっていうのぉ?」青年は私を見る。さっき私を縛り付けた氷のような瞳を思わせるものではあったが、そこに鋭さはない。おちゃらけて言葉をまくし立てる先ほどの彼と同一人物とは思えない、真摯さがそこにはあった。「僕のやってる仕事は、一歩間違えば単なる化物退治でしかない。 非常に大きな危険を伴うものになりえる。だけど、君のような『同族』が傍にいてくれれば これから僕が会うであろう吸血鬼たちとも交渉も有利に進めやすい」「・・・やっぱり私を道具としか見てないわけェ?」「誰にでもこんな話をしているわけじゃない。君だからこそ、こういう話をしてるんだ。 さっきも言ったろ? 『僕は君を気に入った』って」「こんな・・・私を?」「人を気に入るのに、明確な理由なんてないもんさ」陰った私の声を励ますかのように、明るく、大きな声で青年は言う。「・・・それじゃあ、こういうのはどうだ?」青年は私を見つめる。そして私も青年を見つめる。彼の視線から、逃れられない。透き通った、純粋な目。「僕の、友達になってくれないか」第三夜ニ続ク
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