『友情』についての考察―6頁目
僕は水銀燈の家を出ると、雛苺の家に向かって走り始めた。開き直りかけていた。どうせ、あと三年もしたらバラバラになるんだ。死ぬときはどうせ一人なんだ。友人家族といっても所詮は他人。利用価値がなければ迷わず捨てるべきなんだ。利用できそうな奴は骨まで啜るべきなんだ。そう思い始めていた。けれど、それじゃあまるっきり真紅と同じじゃないか。水銀燈に、会えてよかった。人は自分の嫌いなものに近づいていく。それは、矛盾しているようだけど、事実なのだろう。彼女は、きっとあるときそのことに気づいたんだ。きっと昔の彼女は真紅のようだったのかもしれない。けれど、彼女は美しかった。やさしかった。まぶしかった。さあ、早く雛苺の元へ駆けていこう。許してもらえないかもしれない。けれど、それは僕が悪いんだ。その時は、しっかりと謝って、きちんと顔を上げて帰ろう。難しいだろう。けれど、それが必要なんだ。大事なんだ。しなくてはならないことなんだ。叫びたいのを我慢して、僕は闇夜の中煌々と輝く彼女の家まで疾駆する。
家につくころは息も上がり、しばらく休まないと動くこともままならなかった。しばらく深呼吸をして、息も整うと意を決してインターホンに手を伸ばした。ピンポーンこれまで聞いた中でもっとも無機質な音が響き、あたりの喧騒の中に沈みゆく。「はーい!どなたなのー?」「僕…なんだ、けど雛苺…」「あっ!蒼星石なの!トゥモゥエー!蒼星石が来たのよー!」ああ、まだ巴さんもいたのか。少し、言い出しにくい。けれども、巴さんもいてもらったほうがいいのだろう。なんといっても、彼女は雛苺の『親友』なのだから。「さ、蒼星石上がって上がって!」「あ、う、うん。お邪魔させてもらいます。」「で、こんな時間にどうしたのー?」「君に、いいたいことがあるんだ。」「私、いないほうがいい?」「いや、いてもらってもかまわない。というより、いてもらった方がいい気がするんだ。なぜかはうまくいえないけど。」「そう。なら、ここに居るわね。」「話って?…最近何があったかの話?」やはり、雛苺はよく見ている。物事も、人も、その思いも、風景も。ただ、大事なところしか見ていないだけなんだ。おそらく、雛苺は誰よりも敏感で、誰よりも鈍い。「…うん。僕は、あることで『友達』が何かわからなくなって、誰も信用できなくなったんだ。いや、少し違うかな。『信頼』していた人たちが『信頼』出来なくなったんだ。例えば、君みたいにとても大切に思っていた友人が。突如として僕を嘲り始めるんじゃないかって。それがとても、とても怖くて、恐ろしくてしょうがなかったんだ。だから、君が心配して声をかけてくれても、素直に打ち明けられなかったんだ。図書館でも、君達に声をかけようと思った。でも、君達に拒絶されるのが怖くてそれが出来なかったんだ!ごめん。裏切られるのが怖いだなんていって、僕のほうから君達を裏切ってた。本当に、ごめんなさい!」「…なんで、急に私達に、いえ、雛苺に話してくれる気になったの?」「水銀燈に、教えてもらったんだ。人は自分が嫌っているものに近づいていくんだって。そのとうりだったよ。僕は君達に裏切られたくないばかりに、僕が君達を裏切っていた。」「水銀燈ってあの水銀燈?銀色の髪の?蒼星石、あんまり喋った事なさそうなのよー?」「…うん。でも、水銀燈も同じような目にあったことがあるらしくって。それで、そのときの自分と僕が似た雰囲気だったから声をかけてくれたみたい。」「……やっぱり、あの時真紅に何か言われたのね?」やっぱり、雛苺は賢い。それを誇示しないだけだ。「…うん。僕は友達じゃなくってアクセサリーだったんだって。驚いたよ。そんなことをいきなり言われたこともだけど、その一言で何も信じられなくなるなんて。やっぱり、人って脆いもんだね。心も、体も。ちょっとしたことで壊れてしまう。水銀燈も、小学校のころ、真紅に同じような、いや、僕より酷い目にあってるそうだよ。いまさら許してもらえないかもしれないけど、それでも、謝りたくて…」
「うゆ。確かに許したくないの。悔しいのよ。雛と蒼星石の小学校のころからの『友情』は、真紅の一言で揺らぐようなものだったなんて。…けど、それでもやっぱり、蒼星石はヒナの大事な大事な友達なのよ!」「ありがとう…ありがとう…ありがとう…」嬉しい。涙が零れそうなくらい。友情とは、たとえ蜘蛛の糸ほどの太さしかなくても、それはものすごく丈夫なんだろう。少なくとも雛苺と僕のものは。疑わない限り。魔法や、夢と一緒で信じなければ消えてなくなる。もう二度と僕は、この絆を断ったりはしない。失いたくない。この大事な『友人』を。「ねぇ。蒼星石。一つだけ、聞かせてもらってもいい?私と雛苺が一緒に居ると、いつもあなた避けてるわよね。どうして?」「それは…」避けてる?僕が巴さんを?そんなことがあるかな?確かに避けてたかも。なんでだろう。いや、無意識のうちに避けていたとしたら答えは決まっている。それは、きっと…
「そうしたほうがいい気がして。なんだか二人で話してるときに僕が居ると邪魔な気がして…。なんていうか、割り込んじゃいけないようなきがしたんだ。」「…そんなことないわよ。だって、あなたも大事な私達の『友人』だもの。ね?」巴さんが友達だと思ってくれていたなんて。僕の一方的な感覚だと思っていたのに。迷惑がられているだろう、疎まれているんだろうと、そう信じ込んでいたのに。「………うん。巴さん。ありがとう。」「巴でいいよ。」「ありがとう。巴。それじゃ、雛苺、翠星石にも早く会いたいから、そろそろ帰るね。」「うん。あ、明日は巴もお昼一緒に食べられそうなの!」「え、そうなの?じゃあ、明日はお弁当豪華にしなきゃ。…そうだ。明日、もう一人誘っていいかな?」「水銀燈なの?もちろんなのよー!」「じゃあね!」さあ、これで疑心暗鬼も治ったようだ。家に帰ったら、一番疑ってしまい、一番心配をかけた、一番大事で、一番親しい翠星石に、必死で謝ろう。たとえ許してくれなくとも、許してくれるまで謝り続けよう。大丈夫。きっと、笑って許してもらえる。なんてったって、翠星石だもん。僕は、夜空の星に翠星石を描きながら、家路をたどった。
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