薔薇流し【後編】
この世でもっとも見つけ難いもの。
砂漠で落とした針一本?
闇夜に落とした鴉の羽?
この世でもっとも見つけ難いものは。
自分自身の思い違い。
Hinoichigo tomoekastel
かなりあのなく頃に・薔薇流し編【後編】
「あ~眠い・・・」
昨日の事があったせいか、あまり寝付けなかった。
「祟りとかは通販グッズだけにしてほしいよ・・・」
そして今さっき、蒼星石に電話で呼び出された薔薇骨市の図書館に付いた。む、これはちょっとしたデート気分?
「それでですね、桜田さん。じつは・・」
な、の、に、どうしてこんな刑事さんと二人で話す羽目になるのか。蒼星石はラプラス刑事が来たとたん帰ってしまった。まったく・・
「・・で、薔薇流しの夜にべジータさんと水銀燈さんに会いましたか?」
その二人の名前を出されて、一気に緊張が走る。
「えっと・・会ったような、会わなかったような・・」
「そうですか。では蒼星石さんには?」
「よく・・覚えてなくて・・」
「ふむ、ではこれで失礼致しましょう。おっと・・」
ラプラス刑事が意味深な笑みを浮かべる。
「昨晩は、あなた方四人で祭りを楽しまれたようで。さよう、うにゅー殿の前では特に。では、ごきげんよう・・」
「あ・・・」
その夜、蒼星石からべジータさんの入院と水銀燈さんの失踪を知らされた。べジータさんはお尻を掘られて倒れているところを村人が発見し、命に別状はないものの、そっけない態度でよくわからない言葉使いで話しているそうだ。
ここまで来て、僕は自分のした事の重大さに気付き、今日何度目かの嫌な汗をかくことになった。
「・・・昨夜、村長さんがいなくなったそうです・・・」
調子の悪そうな翠星石の号令のあとに薔薇水晶先生がそう告げた。
「(何で村長さんが?罰を受けるなら僕か蒼星石だと思ってたのに・・・)」
そんな事を考えながら、日直の水やりをしていると、膝に土をつけた雛苺を見つけた。
「ひ、雛苺!どうしたんだ、ころびでもしたのか?」
「大丈夫なの!心配しないでなのー。」
うっすらと涙目なのは気のせいだろうか。
「それよりジュン?薔薇流しの夜に、何か悪いことしたの?」
「え!?な、なんでそんな事聞くんだ・・?」
「昨日、うにゅー殿にネコさんが入り込んだの。でも中には怖いものがあったの。だからガクガクブルブルニャーニャーで逃げ出したの~」
僕はうつむき、覚悟をきめる。
「・・・なあ、雛苺?そのネコさんをイヌさんが見てたんだ・・。そのネコさんはどうすればいい・・?」
雛苺がにっこり笑ってくれる。
「大丈夫なの!イヌさんが勘違いしてるだけなの。ジュンはヒナが守ってあげるのよ。だから・・・」
風が吹き、雛苺の髪が揺れる。
「勘違いのイヌさんがネコさんに噛み付こうとしたら、私に教えてね。桜田君。」
背筋を伸ばし、凛とした姿で去っていく雛苺を、僕はただ見つめることしかできなかった。
―後悔は先には立たない。
「僕、村長さんに話してしまったんだ!うにゅー殿に入ったことを!どうしよう、ジュン君。僕が話してしまったから・・」
「そんな・・蒼星石のせいなんかじゃ・・はっ!雛苺!?」
「え?」
「僕も話したんだ!今朝、雛苺に!!今から連絡とってみる!(くそ!無事でいてくれ!)」
―また、過去に戻ることも叶わない。
「金糸雀までいなくなるなんて・・。僕のせいだ・・僕の・・」
「こんな所にいたの?ジュン。あなたが話してくれれば、私も力になれるわよ?」
「いやだ!そんなことしたら真紅まで消えてしまう!そしたら僕は・・また・・!」
「大丈夫なのだわ。私は消えない。だって、あなたの主人ですもの。そうでしょう?」
「うっ・・くっ・・もう誰も、消えないでくれ・・」
―しかし過去を見返し、考えることができる。
「(今のラプラスさんの話を信じるなら・・蒼星石が村長さんに会う時間なんてないじゃないか・・・)」
「桜田さん、あなただけが頼りなのです!今残っているうにゅー殿に入った最後の一人なんですから!」
「最後・・?じゃあ蒼星石は!?」
「おや?知りませんでしたか?蒼星石さんは薔薇流しの次の日に目撃されてから消息が途絶えているのです」
「(そんな・・昨日もその前の日も、僕は電話で話してるじゃないか!ならあれは・・まさか・・)」
―そして辛くとも、前に進む事もできる。
「金糸雀がみつかったんだって?よかったね、ジュンく・・」
「良くない!見舞いに行ってもツンツンして、まったく取り合ってくれないんだぞ!?あれは俺の知ってる金糸雀じゃない!それにまだ雛苺が・・」
「僕も村長さんが見つかったけれど、昏睡状態が続いているから・・僕が話さなかったら!」
「・・いつ、話したんだよ?村長さんはその日病院に行ってから会合に出てる。失踪したのはそのすぐ後だ!おまえに村長さんと話す機会なんて無かったんだよ!!」
「そんな・・グスッ・・うっ・・」
「(蒼星石に成り代われるのはただ一人だ。なあ、たのむよ。何とか言ってくれよ、翠星石・・!)」
「あ・・は・・あははははははははははははは!!!!」ガシャン!!プー、プー、プー。
その翌朝。桜田家玄関。
「おはよう、ジュン」
「・・・真紅は問い詰めないんだな」
「うにゅー殿に入ったことかしら?翠星石はとても怒っていたわ。だけどそれは、あなたが隠していたからなのだわ」
「僕、翠星石に会ってくるよ。そしてすべてを終わらせるんだ」
「ふっ、すこしはまともな下僕になったわね。いいわ、この真紅も付いていきましょう。大切な下僕を一人にするわけにはいかないのだわ」
「いらっしゃいですぅ。それにしても学校さばって翠星石の家に来るなんて、とんだ不良ですねぇ」
「それはおまえもだろ」
「あはは、そうですね」
少しの間の沈黙が流れる。けれど三人の顔に迷いはなかった。
「ふぅ、もう全部分かってるんですよね。言い訳なんてしないです。すべて翠星石がやった事ですから・・」
「どうしてなの?どうしてこんな事を・・・」
「それは・・翠星石の口からは言いたくねーですよ・・あとでラプラスにでも聞いてくださいです。」
とても悲しそうな顔をしながら続ける。
「ただ、入るトコに入ればもう当分出てこれないと思いますから・・翠星石の最後のお願い、聞いてくれないですかね」
「お願いって・・なんだよ?」
翠星石が僕の方を向き、こちらの心が痛くなるような笑顔で言う。
「ジュンと・・・あなたと二人っきりで話がしたいです。三十分でいい、それ以上は望まないのですよ」
僕は真紅に目をむけうなずく。真紅もそれに答える。
「わかったわ、翠星石。ただし三十分よ?それ以上かかったら・・わかっているわね?」
「大丈夫ですよ、真紅。ジュンは真紅の大事な下僕ですからね」
翠星石と腕を組みながら庭を歩く。不思議と恥ずかしい気はしなかった。
「蒼星石もジュンが好きだったみたいですよ?」
「そうか・・。なあ、二人は仲が良かったのか?」
「そりゃあ、たった二人の兄弟ですからね。ただときどき、世界はどっちを向いているんだろう・・なんて考える事もありますが」
「まあ、それだけ仲がいいってことだろ。一緒にいるとなかなか気付かないけどな」
庭の奥まで来ると、大きな洞穴が見える。
「・・・みんなここにいますです。ジュン、覚悟はいいですか?」
「ああ。だけど、おまえがどうなっても、何をしても、俺たちは最高の親友だ」
そっと頭をなでてやる。
「ふふ、あの蒼星石がおまえに恋した理由・・今ならわかる気がするですよ・・・」
そしてふたりで、洞窟へと入っていった。
三日後、桜田家、ジュンの部屋。
あれから洞窟に入り、眠っている蒼星石と雛苺を見つけた。そこで話してくれた犯行への動機。
「ジュンがあの時私に人形を渡してくれたら・・こんな事にはならなかったかもしれねーですよ・・」
その後で謝まり、プレゼントをしたのは蒼星石だった事にどうして気が付かなかったのか・・・。
それからの記憶は曖昧で、どうやら後頭部を殴られ気絶し、台に縛られたようだ。だが、僕の体には無数のためらい傷と涙の跡しか残されていなかった。
その後、真紅の呼んだ警察に保護されたのは僕と雛苺と蒼星石の三人で、翠星石の姿はなかった。
そして今も、消息は不明。
「どこにいったのかな・・こうしてお前に渡す人形も買ったのにな・・」
くんくん人形の頭が湿っていく。
「今度は、ちゃんと渡すからな・・お前は恥ずかしがって断るだろうけど、最後はきっと貰ってくれる。だから・・」
コン。コン。窓に何かが当たる音。カーテンを開けて見ると・・
「翠星石!!!」
人形を握りしめ玄関に飛び出した。
「あはは、ヤッホーですよ。」
「はは、お前こんな所にいて・・そうだ!俺、お前に渡したい・・もの・・が・・・」
痛くもないし、血も出ていないが、確かに、大きな鋏が、僕の腹に・・・
「ごめんです・・ジュン。でももう、時間がないのですよ・・」
体の力が抜け、崩れ落ちる。薄れ行く意識の中で、僕の体から出る白い光と、高らかに叫ぶ声が聞こえた。
「これで・・これでやっとツンデレになれた!あはははははははははは!!!」
一週間後、薔薇骨市、警察所。
「どうですか?梅岡さん。聴取の方は」
「どうもこうもないですよ!ラプラスさん。みんなツンツンしちゃって。言葉使いも変なんでまともに話もできないです。引きこもりのようなものだと思ったから、自信あったんだけどなあ」
「そうですか・・」
事件にかかわった者は皆同じ症状を示している。
「ただ、ジュンさんのご家族が、『翠星石!!』とジュンさんが叫んだのを聞いたそうです」
「一概にして、事件とは迷いの森と言いますが・・果たしてどういう事なのか・・」
洞窟監禁事件の後、二件の通報があった。一つは桜田さん。二つはマンションの自室で倒れて意識のないところを発見された蒼星石さん。
「これで翠星石さんが別の場所で、別の形で見つかれば良かったんだけどな~」
そうなのだ。この二つの通報の後に翠星石さんは見つかった。しかし、そこは洞窟の隠し部屋で、長い間眠らせられた状態で発見された。外部装置と体内の睡眠成分から、少なくとも監禁事件の前から眠っていた事がわかった。
「あ~あ、これで今日も残業かぁ~」
「ふむ、謎や秘密があると知りたくなるのが人の性。私も来年で定年ですからね。この事件を解決して、この部署の置き土産といたしましょう」
ラプラスはそう言うと、再び事件のファイルに目を通すのだった。
かなりあのなく頃に・薔薇流し編【後編】、完
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