さよなら、いとしいひと
死にネタですので、苦手な方はスルーをお願いします。彼の仕事がやっと軌道にのってきた頃だった。毎晩毎晩、徹夜で服のデザインして、縫い物をして、やっと認められるようになった頃だった。私のお腹のなかに、ずっとずっと、待ち続けていた赤ちゃんがきてくれた頃だった。本当に、いい事続きで、神様に守られているんじゃないかと思っていた頃だった。でも、ジュンが、死んじゃった。よそ見運転の車に撥ねられて、打ち所が悪くて、死んじゃった。あなただけは、こんなことにならないと。わたしたちだけは、神様に守られていると。これから、幸せな生活が始まると。信じていた、矢先だった。私は泣いた。泣いて泣いて泣いて。食事も摂らず、寝る事も忘れ、泣き続けていた。妹に電話で泣きついていた。「どうして!? どうしてジュンが死ななければならなかったですか!」「…」「翠星石も、ジュンも、何にも悪い事はしてなかったです!」「…」「二人で、幸せになろう、って言ったのに!」「…」「ジュンはまだこの子の顔も見てないです! この子も父親のことを知らずに育つです!」「…」朝も昼も夜もなく、不平不満をぶつけ続けていた。彼女に電話が通じなくなるのは、そう遅くはなかった。私は、本当に一人になった。彼の葬儀の日。太陽は憎らしいほど高く昇ってて。日光の照りつけるところには、人がいなくて。コンクリートから、もうもうと熱気が立ち込めていて。私と、彼と、二人っきり。「これが、最後のデートですね」自分で言ってて、泣いてしまった。彼の顔は隠されていて見えない。きっと損傷が酷いのだろう。それにこの季節だ。腐っているかもしれない。棺は固く閉ざされていて、開かない。最後の顔すら、見せて貰えない。「さようなら、ジュン」私は泣いた。彼に抱きついて泣いた。まるで赤子のように泣いた。何もない駐車場に私の泣き声が響いた。みっともない。私が彼の胸で泣くとき、彼は私の頭を撫でてくれた。優しく、優しく、撫でてくれた。今、私の頭に触れているのは、冷たい金属の縁。温かかった、彼の手ではない。それがとても悲しくて、涙がとまらなくて。「ひぐぅッ…ジュン…! ジュン…!」ただただ、泣き続けていた。私はそのまま崩れ堕ちた。―――――翠星石。なんだろう、わたしのなおよぶこえがきこえる。―――――さぁ、立って。泣くのをやめて。お前の身体は、ひとりだけの身体じゃないんだぞ。あったかい。なつかしい。やさしい。あなたわだあれ?―――――君のことが大好きで大好きでたまらなかったモノだよ。ジュンなのですか? ゆめのなかでならまたあなたにあえるのですか?―――――あるいはそういうこともあるかもしれないね。ならわたしわずっとこのなかにいるです。―――――僕はそんなことは許さないよ。僕はお前たちに強く生きていて欲しいから。わたしわジュンのそばにいたいです。ジュンといっしょにしあわせになりたいです。―――――聞いて。僕はもう死んでしまったんだよ。幻と一緒だ。それに僕はずっとお前たちと一緒だよ。これからも。どうしてそんなことがいえるですか。あなたわもういないんでしょう?―――――これ、僕の骨。ちょっと失敬してきた。人差し指の骨だと思う。これが僕。…あったかい、です。―――――これを、僕を、お前が離さない限り、僕はお前たちを守ってやれる。傍にいられる。はい、これ僕の娘のぶん。…このこわ…おんなのこなのですか?―――――そうだよ。お前に似て、美人でしっかりしたいい子に育つんだ。……―――――この子を立派に育てるのは、お前の仕事だ。さぁ、行くんだ。…また、あえますか?―――――お前がしっかりやってれば、また会えるよ。絶対。じゃあ、わたし、がんばるですよ。―――――その意気だ。さあ、行って。目を覚ます。まくらのシーツがぐっしょりと湿っていた。何だか不思議な夢を見た気がする。手には、何か固いものを握っていた。石ころのような、灰の塊のような。少し温かい何か。「大切にしますよ。ジュン。」ベッドから重い身体を起こす。ジュン、ジュン、聞こえますか。今日から私は強くなりますよ。もう泣きません。もう惑ったりしません。生まれてくる、この子の為にも。死んでしまった、ジュンの為にも。私は立って、歩き出します。二度と、倒れたりなんかしません。だから、ジュン、天国から見ていてくださいね。翠星石の生きる姿を。自慢してもいいですよ。立派な嫁がいた、って。そしてたまには遊びにくるです。絶対、絶対、二人で元気にやってますから。あなたの席はいつでも、空けておきますから。終
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