「少年時代1.4」
「少年時代1.4」チッ チッ チッ チッ チッ……目覚まし機能を搭載している、楕円を半分に切り取って角を丸く削った形の白い置時計が、新品の初々しさを残す学習机の上で没個性的な音色を延々と刻んでいる。8畳敷きの和室の主たる存在の少女…トモエは、小柄な身体をころんと畳に放り出して右耳を枕にし、一定のリズムで6度づつ時計の円を踏破するノッポな方の針に目を向けていた。「……」眼差しは時計の方へと向かっているが、どうもそれは真に眼窩へと浸透してはいないらしい。トモエの虹彩は歩き続ける長針の姿に惑わされること無く頑として、しかし寝入ってしまわないのが不思議なくらいの頼りなさで、ただただぼんやりと1点に固定されている。一方、うっすらと開いた唇から繰り返し紡がれる浅い呼吸は時計の足音に引っぱられているらしく、4音毎に規律著しくすぅすぅと平らな胸を隆起させては沈ませている。寝姿を伺えば、着いて早々に無造作に寝転がった際、畳の上に広がったワンピースの裾がめくれてしまっている。無印の白が目に染みる靴下はせいぜい足首からふくらはぎの入り口辺りを守るに留まり、女の子らしい肉付きの薄い伸びやかな太ももは、ワンピースの影から放たれ全体の半ば辺りまで剥きだしになっている。いささか人目をはばかる格好と相成っているが、当人は気付いていないのか気にしていないのか、そのままの寝姿でじっと部屋に溶け込んでいた。 「……なによ」何をするわけでも無くじっとしたまま、どれほど経っただろうか。棚やタンスの上に鎮座ましましているぬいぐるみやら人形やらに見守られながらトモエはひとり、何かへ向けて唇を動かした。「ちょっときれいな女の子だからって……ほんとガキ」先程までの虚ろいだ表情の内側から、ありありと熱が込み上げてきた。あたかも言葉と共に溢れ出る怒りやソレに付随したある感情が、幽玄を垣間見せるトモエの面に赤みを与えたかの様で、目元にも熱が伝播したのか、キッと引き締まり力が戻る。「ガキ。 あたしとほとんど背ぇ変わらないし。 ノリお姉ちゃんにべったりだし」トモエの右手が強く握り固められると、身を預かっている何の罪も無い忠実な畳が哀れ、ドンという音と共に無体な仕打ちを受ける。少し爪が伸びていたせいだろう、幾度かの折檻の後に再び緩められた手の平には、赤くなった爪跡で破線が描かれていた。「んぅ~~!」並びの良い歯を食いしばり、排熱のうなりをあげるトモエ。しかしながら、手での折檻とうなり声だけでは熱を冷ましきれないらしく、脱力感と道を分けた勢いでうつ伏せに寝転がると、今度は水泳のバタ足のように畳を蹴たぐり始めた。手で叩く時よりも更に段がひとつふたつばかり持ち上がった騒々しい音が、重ねて手痛い仕打ちを受ける畳と木目の天井との間で、行ったり来たりを繰り返す。 「んゃ~~!!」ごろごろごろ……ごろごろごろ……ごろごろごろ……ごろごろごろ……転がる転がる。細身を駆動輪に、和室の畳をこれでもかと転がっている。傍からは気の抜ける、しかし本人にとっては大真面目であろう奇声を発しつつ、手と足をバンザイの様に伸ばして5尺8寸の距離を幾度も往復するトモエローラー。「ゔッ……」短時間に幾度もの天地逆転を繰り返したトモエローラーが、わりと早く警報をかき鳴らした。リンパ液で満たされた三半規管が幾度も過激に揺さぶられ、上下左右の位置を判定する信号が大量のエラーを連れて平行中枢へと注ぎ込まれる。異常事態に対処しきれない脳がやけくそにぶちまけた命令が視界を混濁させ、それが年端もいかない少女の精神活動への多大なる負荷となり、こみあげる嘔吐感として表層へ表れるに至った。端的に言うと、目をまわした。「はぁ、はぁ……」両の足をぐったり伸ばし、両手は活き馬の様に跳ねる胃を押さえつけながら、トモエの姿勢は仰向けに天井を眺める形で落ちついた。怒涛の動きで髪はばさばさに乱れ、衣服のワンピースに至っては先ほどの捲くれあがりぶりを追い越して、とうとう下穿きを隠す事を断念するまでに達している。端的に言うと、パンツ見えてる。
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