苦難 六番目
書類整理に今度の授業で生徒達に配るプリントを作成し終わりグッと伸びをする潤。 今日は、茶道部も無いし……腕時計に視線を移せば、既に夕方六時半。 殆どの生徒は帰宅し……残っているとすれば、運動部に所属している生徒たちぐらいだろう…… と、潤はプリントを整頓しながらに思う。 それにしても、今日は珍しく平和な一日だった……と、潤は遠い目をして思う。 個々最近余りにも激動の日々だった。 正体がばれたり。正体がばれたり。正体がばれたり。全裸見られたり。 八乙女の二分の一。四人に正体がバレるとか、どれだけなんだ……とはぁとため息をつく。 今の所、正体がばれた四人から何かしてくると言う事は無く。 また、その四人からまだ自分の正体を知らない四人へ、自分の正体を伝えると言う事もしていない様だった。 ただ……やたら、水銀燈が此方を見てきたり……雛苺がやたら引っ付いてきたり…… 薔薇水晶が自分の後ろを追い掛け回す度合いが増えたり……真紅が、自分の顔を見るなりそっぽを向くと言う事柄ぐらいだろうか? まぁそれぐらいならどうにか……と、思う潤だが……胃薬を使う量は一向に減っていなかったりする。 ちなみに、鬼である潤に胃薬など効かないが……気分の問題である。 さて、帰宅するか……と、潤は席を立ち上がりまだ仕事をしていた教員に「お先に失礼します」と声をかけて職員室を後にした。 職員玄関で靴を履き替え校舎から出るとまだ練習をしているのだろう……グラウンドの方から元気な声が聞こえてくる。 んー青春を謳歌してるねぇ。などと、爺臭い(実際年齢千余年ばかりの鬼)事を考えつつ歩き始める。 ふと、生徒玄関から誰かが出てくるのが見えた。 そして、見えた瞬間潤は、回れ右をしてさぁダッシュで逃げるか! と、足に力を込める。 が……結果として、それは無駄におわった。 「あ、桜田先生」 ダッシュする前に声をかけられ……潤は、間抜けなポーズでその場に留まるという事態に発展。「何してるんですか?」 くるりと体制を建て直し、苦笑を浮かべながら頭を掻く潤は心の中でとほほ……とため息をつく。「いや、個々最近健康に気を使っていてね。ジョギングして帰ろうかと思ったんだよ。蒼星石君」 苦しい言い訳を告げる潤に対して、潤に声をかけた生徒こと八乙女が蒼乙女の蒼星石は感心した様に潤を見る。「ん、まぁ蒼星石君に声をかけられたのも一興。途中まで一緒に帰るかい?」「え? は、はい! 是非!!」 潤の言葉に、グッと握り拳を作って答える蒼星石。 そんな蒼星石の様子を見て……あぁ元気だなぁ……と、暢気に思う潤。 ちなみに蒼星石としては、好きな男性と一緒に帰れると言う事に、内心興奮状態である。 つまり……潤ザ鈍感。 まぁ、八乙女と鬼と言う関係を無視して、教師と生徒と言う関係上そう言う事柄は無いと かたくなに思っている潤なのでしょうがないと言えばしょうがないのだが…… 潤と蒼星石は、校門をくぐりお互い一緒に帰路につく。 潤と蒼星石が、別れる地点まで二人は他愛の無い会話をして笑う。 もし、他人がみたのなら仲の良い親子だな……などと思うだろう。 「そういえば、桜田先生」「なんだね?」「部侍威蛇って鬼知ってます?」「あぁまた懐かしい名前……を……あー……」 ピタッとその場に立ち止まり、額に冷や汗なぞ浮かべながら潤は蒼星石を見る。 蒼星石は、ニコニコと潤を見ており……潤は、なんてうっかり。などと、まぬけた表情を浮かべるのだった。「桜田先生。桜田先生は人ではないですね?」 と、蒼星石は潤に相変わらず笑顔を浮かべたまま尋ねる。「何故わかったのかね? 蒼星石君?」 潤は、苦虫を潰したような表情を浮かべる。 蒼星石は、そんな潤を見ながら潤の影を指差した。 潤が己の影を見ると……其処には、大よそ人とは言えない影。 影の形は……鬼の形をしていたのである。 そもそも、蒼星石はその影の形を見るまで潤を人間と信じて疑わなかった。 偶然、目に入った潤の影が鬼の形だったと言う訳である。 そして……随分前に母親から見せてもらった蒼乙女の歴史書に 『潤』の名前を持つ鬼と『部侍威蛇』の名前を持つ鬼の事が記されている事を覚えていた。 鬼の影。桜田『潤』。歴史書に記された『潤』と言う名前を持つ鬼。 少ないキーワードで、あてずっぽうに尋ねてみたら……見事当りでした。と言う訳である。 また、潤は今日一日が何事もなく平和と言う事に気が緩んでいたという点もある。 人化の術は完璧で、気配・臭いなど総て人間そのモノだったのだが……気の緩みは影の形に影響してしまったと…… もしかして、一番間抜けな正体のバレ方じゃないか? と、潤は頭を抱えてしまった。「別に、僕はどうもしません。桜田先生が、悪い鬼じゃないって先代が残した書物に書いてありましたし」 と、蒼星石が言うと潤は少しばかり救われた気がしたが……「蒼星石君? 当時はそうだったかもしれない。でも今は……違うかもしれないのだよ?」 太陽の灯りを背に潤の影が蠢く。 擬音をつけるとしたら、ゴゴゴゴ……だろうか? 異様な雰囲気が潤と蒼星石の間に漂う。 だが、それでもなお蒼星石はニッコリと笑みを浮かべ しっかりと迷いなく「違いません。僕自身で見て……桜田先生が悪い鬼で無いと言う事がわかります」 そう言い放った。 そんな蒼星石を見て潤は毒気の抜かれた様な顔をする。 蠢いていた影も今では、ただの潤の形をした影に戻っていた。「断定するとは、いやはや……まったくもって現代の八乙女は初代の生まれ変わりかね?」 くっくっくっとよっぽどおかしいのか、口元に拳を当てて笑う潤。 そんな潤に首を傾げつつ蒼星石は、そんなに自分が初代蒼星石に似ているのだろうか? と、思った。「蒼星石君の疑問を解消する為に、帰路に着きながら初代の事を話してあげよう」 蒼星石の様子を見て、潤はそう言うと蒼星石は少々驚いた顔をするが直ぐにニッコリと笑みを浮かべ。「お願いします」 と、答えたのだった。 それにね。桜田先生。 歴史書にはね……『潤』は旅に出てしまったけれど もし長い旅から戻ってきて…… 困った事があったなら『潤』に相談しなさいって書いてあったんだよ? だから、もし困った事が起きたら……相談させてくださいね?
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