第百二十五話 JUMと真紅姉ちゃん
「一つ屋根の下 第百二十五話 ジュンと真紅姉ちゃん」
蒼姉ちゃんが去ってから早一時間ほどが過ぎていた。僕はベッドに腰掛けている。「……次はやっぱり真紅姉ちゃんなのかな。」普通に考えれば、今までの順番からすれば真紅姉ちゃんに間違いない。しかし、何となく無駄なサプライズでも用意してあるような気もする。何せ、ウチの姉ちゃん達の事だ。ふと、そんな考えが浮かんでくる自分に苦笑してしまう。「それだけ、僕はこの家に……姉ちゃん達に馴染んでるって事なんだろうな。そうだ……」ベッドから腰を上げて台所に向かう。ポットでお湯を沸かして、紅茶の葉も持って部屋に戻る。「真紅姉ちゃんだとしたら、これがないと怒られちゃうしな。」自分で言って笑ってしまう。本当、我ながら下僕体質が身についてしまってるよ。「ジュン。私だけど……入っていいかしら?まぁ、いいわよね。」一応コンコンとドアがノックされる。しかし、僕が返事なんてする前にドアは開けられてしまう。その主は、言うまでもないだろう。矢張り真紅姉ちゃんだった。ただ、目立つところがあるとすれば、背中に比較的大きな荷物を背負っている事くらいだろうか。「ん、いらっしゃい真紅姉ちゃん。紅茶の準備も出来てるよ。」真紅姉ちゃんは少しだけ目をパチクリさせている。しかし、すぐにいつもの顔立ちに戻ると、背中の荷物を床に置いて僕の隣に座ると、早速紅茶を口に入れた。「……上出来ね。さすがは私の下僕だわ。少しは進歩したじゃないの。」真紅姉ちゃんはそう言うと少しだけ嬉しそうにクスリと笑う。「そりゃあもう。真紅姉ちゃんには、この家に来た時からずぅっとコキ使われてきたからね。そろそろ進歩しないと学習能力がないと思われちゃうだろ?」真紅姉ちゃんは「そうね」と言うと、再び紅茶のカップを口につける。と、そこで僕は目立つ物の質問にうつる。「んでさ……その荷物は何?着替えとかにしては大きすぎないか?」女の子は荷物が多いと言うけれど……まるで2、3日は泊まりに行くかの量だ。まさか……真紅姉ちゃんはヒナ姉ちゃんやキラ姉ちゃんあたりを言いくるめて2,3日滞在するつもりなんじゃ……「ああ、これ?少し貴方にして欲しい事があって部屋から持ってきたのよ。」真紅姉ちゃんはそう言って、荷物からそのお仕事を取り出す。あ……この洋服って……「これって……去年、僕が真紅姉ちゃんの誕生日に作った服?」
その服に僕は、見覚えがありまくった。だって作ったのが僕なんだから。見間違えじゃないかって?いや、間違いないね。首元に真紅姉ちゃんをイメージした赤薔薇のモチーフがあるし。「ええ、そうよ。私はとても大切に着ていたの……でも、ちょっとお馬鹿な八女が……ね……」そう言って、真紅姉ちゃんはペロンとその服を広げて見せてくれる。ぱっと見た感じは綺麗だ。言ってた様に大切に着てくれているのが分かる。が……細部にチョコチョコと綻びとかが見える。取れかかってるボタンもあるな。うわ、腕の部分も破れかけてないか?よく見れば、破損は結構酷いぞ。「まったく……なにが『うおおぉ~~……大雪山おろしぃーー!』よ、あの馬鹿水晶は……人の大事な洋服をなんだと思ってるのかしら……」思わず頭痛がする。多分、元気の有り余った薔薇姉ちゃんが、抱き枕とストリートファイトでもしてたんだろう。んで、素っ裸な枕じゃつまらないし……と、目に入ったのが洗濯したての真紅姉ちゃんのこの服。枕に服を着せて本人は大満足するほどファイトしたんだろうなぁ。想像するだけでシュールな光景だ。「はぁ……仕方ないなぁ。って、真紅姉ちゃんが悪い訳じゃないしね。服もこのままじゃ可哀想だし。いいよ、繕ってあげるよ。」「ええ、お願いするわ。私は貴方の淹れてくれた紅茶で、本でも読みながらゆっくりさせて貰うわ。」真紅姉ちゃんはそう言って、荷物のなかから本を三冊ほど取り出して紅茶を僕の机の上に置くと、僕のベッドに腰掛けていつものように、自分の時間を楽しみ始めた。「さて……じゃあちょっと裁縫道具を取り出そうかな……」僕は腰を上げると、押入れにしまってある裁縫道具を引っ張り出す。「時間はかかってもいいわ。綺麗に仕上げて頂戴。」「言われなくってもそうするよ。ちゃんと元通りにするさ。」僕はちょいと糸を舐めると、すっと針に糸を通す。さて、真紅姉ちゃんが大切にしてくれている服を修繕いたしましょうかね。
背中に程好い重量感を感じながら僕は洋服の修繕を進めている。真紅姉ちゃんは僕と背中合わせで僕にもたれて座りながら優雅に時間を過ごしている。薔薇姉ちゃんの大雪山おろしは思いのほか強力だったようで、こうやって手にとって見ると思ってたよりも破損箇所が酷かった。これは下手したら明日の朝までかかるか……いや、なんとしても朝までには直し終えないといけないんだ。だって、タイムリミットがあるんだから。タイムリミットか……と、ふと思う。今でこそ修繕をチクチクしてるけど。真紅姉ちゃんはローゼン家の五女。つまり、父さんがくれた時間も今日で五日目。すでに半分は切っている。なのに僕は未だに決めかねている。いや、決めかねているってレベルでもない。正直なところ……実感すら未だに沸いてないくらいかもしれない。本当……僕はどうなるんだろう……とまぁ……そんな余所事を考えていれば手元が狂うも至極当然とも言える訳で。「っつあっ……!!」指に鋭い痛みが走る。それとほぼ同時に、ツツッと指から赤い血が滴り落ちてくる。「ちょっとジュン?大丈夫?」真紅姉ちゃんがパタンと本を閉じて僕の手を取る。「ははっ、ちょっと失敗しちゃったよ。」「全く、貴方らしくないわね。大方考え事でもしていたんでしょう?」真紅姉ちゃんの言葉も思わずドキリとする。明らかに図星。完全に集中力を欠いていたからなぁ。「少し深いかしら……ちょっとジッとしてなさい。消毒してあげるから……言っておくけど……これはタダ働きばかりさせても悪いから……その代価よ?」真紅姉ちゃんはフゥと息を吐き、少しだけ頬を赤く染めると何を思ったか僕の指を口に含んだ。「ちょ、ちょっと真紅姉ちゃん!?一体何をして……?」「んっ……だから、消毒よ。光栄に思いなさいよ?この私がわざわざこんな事してあげてるのだから……」
真紅姉ちゃんの舌が僕の指を這っているのが分かる。丁寧に、丁寧に傷口を舐めてくれている。目を瞑って僕の指を舐めている真紅姉ちゃんに思わず不埒な想像をしてしまいそうになるけど、ブンブンと頭を振って振り払う。しばらくすると、真紅姉ちゃんは口を離す。「……血は止まったみたいね……」傷口を押したり抓ったり叩いたりして、血が止まったかを確認している。うん、どうやら止まったみたいだ。「ん、有難う真紅姉ちゃん。」僕はハハハっと苦笑いしてみせる。しかし、真紅姉ちゃんは何故か真剣な面持ちで僕を見つめている。そして、次の瞬間には僕の頭を掴んで自分の方に引っ張る。えっ、ちょっ……と思ってると……コツン……そんな少し可愛らしい音がした気がした。当たったのは唇じゃなく、オデコ。「ジュン……迷うなと言う方が無理な事かもしれないわ。貴方は今、きっと今までの人生で一番大きい分かれ道に立っているのだわ。」真紅姉ちゃんの蒼い瞳がジッと僕を見つめる。僕は思わず、その真剣さに聞き入ってしまう。「迷う事は悪い事じゃないわ。ううん、迷わずに進める人生なんて人生とは呼べないでしょう?敷かれたレールに乗って進んで行くなんて、電車と変わらないわ。人生のレールは、電車とは違う……自分でその場その場で敷いていかなくてはいかないわ。」今僕はレールの分かれ道に立っている。そして、右か左か。どちらかにレールを敷かなくてはいけない。両方なんて出来ない。例え出来ても、僕が進めるのは片方でしかないんだ。「そうね。今選ぶ事が出来るのは片方だけかもしれないわ。でもね、ジュン……一度道が分かれたからと行って、もう二度と交わらない訳じゃないわ。右を選んでも左を選んでも……何時かきっと再び交わる日がきっと来る。私はそう思ってるわ……」真紅姉ちゃんはそれだけ言うと、オデコを離して再び僕の背中にもたれるように本を読み始める。ふと、僕は昔の事を思い出した……小学校の低学年くらいの頃。あれは遊園地だったかな。みんなで迷路に入った時だった。分かれ道になり、当然のように姉妹の意見が分かれた。で、だ。銀姉ちゃんを筆頭とするチームと真紅姉ちゃんを筆頭とするチームに分かれて、右と左で進んだんだったな。間違えた方が罰ゲームとか言いながら。でも結局は……僕達はみんなでゴールする事が出来た。だってさ……その道はただ単に二股に分かれていただけで、すぐ合流したんだから。「はははっ……そんな事もあったっけ……よしっ!!」そんな昔の話を思い出した。ただそれだけ。でも……僕の心はさっきよりもずっとずっと晴れやになった気がした。
次の日の朝。僕は洋服の修繕の仕上げに取り掛かっていた。真紅姉ちゃんは、僕に寄り添うように隣で作業を見つめている。何となく、楽しそうに。「やっぱりその指は魔法の指ね……」「そんな大袈裟な物なんかじゃないよ。」「いいえ、魔法の指よ……だって、とても幸せな気持ちになれるもの……」真紅姉ちゃんは少し目を細めて幸せそうに僕の作業を見ている。僕は満更でもなく照れるように作業を急ぐ。「ねぇ、ジュン。いつか……いつか私が結婚をする時。その時は、美しいドレスを作って欲しいわ。」「そんな大変なの作れないよ……」「できるわ……いずれ、貴方は何でも作れるようになる……」真紅姉ちゃんは、そう断言する。いつものように、自信を持って。「んっ……よしできた!着てみてよ、真紅姉ちゃん。」プツッと糸を切り、真紅姉ちゃんに洋服を広げて見せる。「綺麗……少し待ってて頂戴。部屋で着てくるわ。」真紅姉ちゃんはそう言って、いそいそと自分の部屋に戻っていく。その間の僕は裁縫道具を片付けておく。そうしてるうちに、直した服に身を包んだ真紅姉ちゃんが部屋に戻ってきた。「どうかしら?」真紅姉ちゃんはクルンと小さくその場で回ってみせる。真紅姉ちゃんの金色の髪が、服が、スカートが一緒に舞う。自分で言うのも可笑しいけど。それは、真紅姉ちゃんが着るべくして作られたような似合いっぷりだった。「ああ……似合うよ、真紅姉ちゃん……」それしか感想が出てこなかった。いや、それしか言い様がなかった。真紅姉ちゃんは嬉しそうに笑ってくれる。「ジュン、この服こそが今の貴方の心境だと思うの。モノは作り手の気持ちが直に伝わるわ……こんな素晴らしい服を作ってくれた貴方の心はきっと、綺麗に晴れていると思うの。」真紅姉ちゃんはそう言って、僕に近づいてくる。ゆっくり、ゆっくりと……
「でも、ずっと晴れてばかりではないでしょう、雨がふり、嵐が吹き荒れる事もあるでしょう……」真紅姉ちゃんは僕の顎を小さく持ち上げる。「景色は移り変わり、放っておけば大変な事になるかもしれない。でも、その度に貴方は戦い続けなくてはならないわ……だってそれが……」「それが生きている事だから……だよね?真紅姉ちゃん。」真紅姉ちゃんは微笑む。だから、僕も微笑む。「いい子ね、ジュン……大きくなった貴方に、私からのご褒美……」そう言って、唇を近づけてくる。僕はただ、それを待つ。「本当に想いが繋がれば、楔などいらないのだわ。例え貴方が遠くに行っても繋がっていられる……信じていられる……だから、私は……下僕の任を解く……!!」唇が温かい。柔らかくて、優しい味がする。きっと、これが真紅姉ちゃんなんだ……「これで貴方はもう自由……どちらを進むにも障害はないわ……でも、もし……もしも貴方が再び私の下僕になりたいと言うのなら…・いつまでも待っているわ。」「真紅姉ちゃん……」彼女は変わらず笑顔で。僕から少しだけ離れると行った。「そろそろ行くわ……」ああ……そうか。もう、時間だったんだ……「ジュンの思いは、ここに……確かに残っている。だから、ジュンも忘れないで……」真紅姉ちゃんは、その想いを噛み締めるように首元に……僕が真紅姉ちゃんの誕生日に作ってあげた洋服の首元。赤薔薇のモチーフに手を添える。「私は真紅……誇り高いローゼン家の五女……そして幸せな……」
貴方のお姉ちゃんEND
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