はしるあお
はしるあおただひたすらに走る二人。「あっちだよ、ジュンくん!」先を走る少女は叫ぶ。闇を裂くのは、少女の白い息と声。凍てつくような真夜中の寒さの中、少女の声が反響する。空気の冷たさは、身体だけでなく心も裂くようだ、と少年は思う。彼に待っているのは、彼女との別れ。それでも元気に走り続け、楽しく笑い続ける彼女。痛い。彼の思いは、自らの骨を肉を皮膚を突き破って外界へとあふれ出る。少年の感じる痛みは現実に感じる痛みよりも鋭く彼を切りつける。少しずつ加速する二人の足音。彼らは夜の闇の中、走り続ける。「で、そこに何があるっていうのさ?」少年は問う。「とっても綺麗なものさ」彼女が答える。 走り続ける今。彼女といられる今。それは彼にとっては夢のような時間だった。「あとどれくらい走るの?」走り終わる地点。彼女との別れの時間。それは彼にとっては夢の終わりと等しかった。「もっとずっと遠くだよ」この道が悠遠くまで続けばいいと彼は願った。空の奥のずっと遠く。地平線から陽光が少しずつ漏れ始める。「もうこんな時間か。少し急がなきゃ」彼らは走り続ける。まるで歪な坂を転がり落ちるかのように。速くなっては遅くなり、乱れたペースで、しかし確実に進んでゆく。「ねぇ、憂鬱でしょ」彼女は唐突に尋ねる。「どうして」「僕がとっても憂鬱だからさ。もう少しジュンくんと一緒にいたかったなと思ってる」「僕も同じ意見だよ」「…きっとその憂鬱も晴らせるよ。あれを見れば」彼女の横顔を見る。少し嬉しそうで、少し楽しそうで、そして、とても辛そうだった。少年は彼女のその表情を見て、少しだけ安心した。なぜ、彼女の悲しそうな顔を見て安心するのか。わからない。わからないけれど。彼らは走り続ける。走って走って走り続けて、ついに、たどり着いた。そこは山の頂上。「ジュンくんにこれを見てもらいたかったんだ」走って走って至ったその場所。目の前には海。黒から紺へ、そしてオレンジに変わりゆく海。その奥には光り輝く太陽。周りに邪魔をするものはない、剥き出しの陽の光。「陳腐でありふれたものだけど、僕は何よりこの光が、風景が、好きだった。 だから、ジュンくんにこれを見せて別れることにしたんだ」美しかった。その光に照らし出されたありとあらゆるものが彼に美しく見えた。木の葉一枚一枚が光り輝き、雲は虹のように様々な色をたたえていた。海は宝石を散りばめたかのようにきらめいて、そして、彼女が、隣で微笑んでいた。涙が流れ出す。「それじゃあね、ジュンくん」彼女は彼の隣から消える。まるで煙か蜃気楼であるかのように。涙が濁流のように流れ出す。夢は覚めた。彼の憂鬱は彼女のともに消えて去った。終
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