日常の本の閑話な話
日常の本の閑話な話「まぬけねぇ」 先ほどから全く減っていないアイスティーをストローで混ぜながら水銀燈は言う。 氷がカラカラと心地良い音を立てたけれど、彼女がそれを飲む気配はない。 グラスは既に汗をかいて、テーブルに小さな水溜りを作っていた。「やっぱり、そう思いますか?」 私は苦笑いする。 先ほど注いできた2杯目のメロンソーダを口に含むと、炭酸がシュワっと爽やかに弾けた。「そう思わない人がいるなら、見てみたいものね」 そう言う水銀燈は、やはりグラスの氷をかき混ぜていた。 視線はずっと手元を見つめていた。 きっと、何の意味ももたない行為なのだろう。「でもですね! 翠星石は精一杯の愛情表現をしてるつもりなのですよ」 頬杖をついてフウと溜息を漏らす。 水銀燈の目が、チラと私を捕らえたように感じた。「だけど……いざ、その人を前にすると憎まれ口を叩いてしまうのです……」 もう一つ、溜息をついて水銀燈に視線を送ると、彼女も何とも言えない視線を送ってきた。「そぉんなことで、わざわざこの水銀燈を呼び出したのかしら?」「そうです」 あっさり答えると、水銀燈はなんだか気の抜けた表情をした。「……あ、そ」 不機嫌そうではあるが、怒ってはいないらしい。 恋愛に関しては彼女が一番大人なのだ。 いつも迷惑を被っているのだから、たまに頼ることに文句なんか言わせない。「そうねぇ……別にそのままでいいんじゃない?」「へ?」 しばらくの沈黙の後、水銀燈は言った。 意味が理解できずに、私はおかしな声をあげてしまった。「だから、無理に変わる必要なんて無いでしょう?」 拍子抜けだった。 アドバイスをもらう気でいたし、水銀燈の事だから何かすごいテクニックがあるだろうと考えていた。 それなのに、水銀燈の返事は私の想像と180度ちがった。「どうしてです?」 思わず尋ねる。水銀燈は――よくわからない顔をしていた。「そのままの貴女を愛せない男ならさっさと乗換えた方がいいってこと。計算なんてしても無駄よ」 立ち上がりながら、私を見ることなく言う。「もう用は無いでしょ? 私は帰るわ」 水銀燈は500円玉を1枚テーブルの上に置いてヒラヒラと手を振ると、あっさりと店を出て行ってしまった。 ドリンク代は2人分でも500円に満たないというのに。 これは彼女なりの激励なのだろうか。「甘々ですね」 普段、冷酷に見える彼女の意外な一面に思わず笑みがこぼれた。「ありがたく、おごって貰うですよ」 結局、殆ど減っていないアイスティーを眺めて呟いた。 ――水銀燈の言ってること、今はまだわからない。だけど、「ありがとうです」 明日こそ、尻込みせずに彼に話し掛けてみよう。もっと私を知ってもらおう。そう思った。
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