第10話
「あ~、駄目だ!・・・ヒント。」
「そこはまず場合分けをしてから・・・」
図書館での課外授業。臨時講師、柏葉先生。
~重なる想い(Side:柏葉巴)~
「・・・えっと、αの範囲で分ければいいのか?」
「そう。あとはグラフを書けばわかるわ。」
今日は土曜日で学校がお休み。というわけで、桜田くんと一緒に図書館へ来た。
・・・中学生の頃、桜田くんがよく勉強をしていた図書館。
「ん~?・・・なあ柏葉。ここなんだけど・・・」
「・・・自分で考えないと、できるようにはならないわよ?」
「ぐ。」
・・・いつかした会話な気がするのは、きっと気のせいじゃない。だって、何度も交わしたやりとりなんだから。
思い出すのは、中学三年生になりたての頃のこと・・・
・・・・・・
「・・・か、柏葉?」
「わ、桜田くん。なにか用?」
そう言えばあの頃の桜田くんは、まだだいぶ閉鎖的な性格だったっけ。どこか人を避けているような・・・ちょっと頼りない感じ。
それなりに長い付き合いの私が相手でも、話しかけるのを躊躇ったりしてたし。
「じ、実は・・・最近、授業でよくわからないところが・・・」
「・・・?」
「いや、その。だ、だから・・・良かったら、ちょっと教えてほしいんだけど・・・」
「そんなことだったら、別に構わないけど・・・お姉さんは?」
「あいつは、家事とか部活とかで忙しそうだし・・・」
今思えば、多分あれは嘘。きっと桜田くんは、お姉さんを頼るのが嫌だったんだと思う。
最近は変わってきたけど、昔の桜田くんは妙なところでプライドが高かったから。・・・あ、“意地っ張り”って言ったほうが正しいかも。
「うん、いいわよ。部活が始まるまでは暇だし。」
「・・・助かるよ。」
こうして私は、毎日少ない時間だったけれど・・・放課後の図書室で、桜田くんに勉強を教えるようになった。
「・・・これとこれの相似証明をすればいいってこと・・・か?」
「そっちより、こっちの三角形を使ったほうがが証明しやすいと思うけど。」
「ええっと、この辺を求めるには・・・」
「今日授業でやった問題を思い出してみて。」
「こことここの角が等しいから・・・」
「そう。それで証明終了よ。」
桜田くんは元々頭が良かったし、教えたことはすぐに吸収してくれるので、とても教え甲斐があった。それに思ったよりもずっと努力家で・・・正直、ビックリした覚えもある。
そんなこんなで放課後の授業を始めて・・・休日は図書館で勉強したりしながら・・・
そう、一ヶ月ほど経った頃のこと。その日起こったことを、多分、私はずっと忘れない。
「か、柏葉。」
「なに?」
桜田くんが私に話しかけてくるのも日常茶飯事になり、私の反応も少し柔らかくなっていた頃。
だから、桜田くんが私の名前を呼ぶ時に口籠ったのをちょっと不思議に思った。最近はもう慣れてくれていると思っていたから。
まあ、その理由はすぐにわかったけれど。
「もうすぐ・・・部活、大会なんだって?」
「うん。そうだけど・・・それがどうかした?」
私が先を促すと、桜田くんは鞄の奥から小さなぬいぐるみのようなものを取り出して、私にまっすぐ突きつけた。
「・・・その、いつも勉強教えてもらってるお礼といっちゃ何だけど・・・」
「?」
「・・・これ、受け取ってくれないかな。」
それは可愛らしい、ペンギンのストラップ。・・・背中に「必勝」の二文字が編みこまれていた。
「これは・・・?」
「いや、本当は市販のお守り買おうと思ってたんだけど・・・いいの見つからなくてさ。作っちゃったんだ。」
柏葉の竹刀ケースにペンギンのキーホルダーついてたし、それに合わせて・・・と後に続いた桜田くんの台詞は、あんまり耳に入っていなかった。
予想外のプレゼントに、ちょっと思考停止してたから。
「こんなもんしか渡せなくてごめん!いらなきゃ捨ててくれて全然構わないから!じゃっ!」
「待って。」
・・・男の子からのプレゼント、それもそれが手作りの編み物だなんて。私でなくともどう反応しようか考えると思う。
ただ、あんまり引き止めるのも悪いと思って・・・結局出てきたのは一言だったけど。
「・・・ありがとう。大事にするね。」
それからすぐ、桜田くんは走り去ってしまった。
「・・・葉、柏葉。」
桜田くんの声でふと我に返る。見ると、問題をあらかた解き終えて、得意げな顔をしてた。
「どうだ?これで正解だろ。」
「・・・・・・あ、(ⅲ)の式が符号間違えてる。」
「んなにぃっ!?」
慌てて自分の答えを見直す桜田くん。ふと、彼の腕時計がそろそろ正午を誘うとしていることに気付く。
「ねえ桜田くん。今日、お昼一緒にどうかな?」
「・・・んー、え?」
「雛苺と一緒に食べる約束してるんだけど・・・」
なんとなく、誘ってみた。本当に、なんとなく。
高校に入ってからの桜田くんは、その繊細さを薄れさせることのないままに明るくなった。
・・・そして、私を頼ってくれることもあまりなくなった。この図書館に来るのも久しぶり。
それは喜ばしいことだけど、ちょっと寂しく思ってる私の心に、私自身気付いている。
だから・・・なんとなく、誘ってみた。
「桜田くんが来れば、雛苺も喜ぶと思うの。」
「え、えーっと・・・そっちが良いなら。僕は全然いいけど。」
雛苺を口実みたいに使うのはあんまり良くないと思うけど・・・許してね、雛苺。後で苺大福買ってあげるから。
「良かった。それじゃ、雛苺に連絡しておくね。」
「ああ。じゃ、この問題で今日は切り上げだな。」
目を瞑って大きく伸びをする桜田くんは、気付かなかったかもしれないけど。
ポケットから取り出された私の携帯電話には、可愛らしいペンギンのストラップがついている。
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