【薔薇水晶と、 と、 】おしまいのゆめのはなし。2
【薔薇水晶と、 と、 】【冷凍庫の心の中の氷の中の水晶の中の白い少女と少女である少女】「あはは、あはは、あはは」 少女は笑う。物語を壊してなお、楽しそうに。 それは、誰から見たって、狂ってる光景。狂人も聖人も誰も彼もが彼女が狂ってるという。 ──もちろん、それは、事実なのだけども。 それは、そうだ。彼女は、本来この物語に関わるべき存在じゃない。彼の夢を、永遠に彼に気付かれない隣に居るべきだった。 もっと言えば、少女はそうするつもりだった。 ……だから、何時からなのか、わからない。少女が狂ったのは。 それは、ラプラスと呼ばれる男と出会ってからなのか。 それは、この世界での、何故か、普通の少女に存在しなかった(うまれなかった)雪華綺晶と呼ばれる少女に出会ってからか。 はたまた、ジュンが、雪華綺晶に出会い、水銀燈に出会い、そして──(やめて、おきましょう) ひどく、その先にある思考が嫌だった。忘れたかった。自分に、どうしようもできないことがあるのを、認めたくなかった。 “彼女”の、自分を断罪した時の瞳。あれは──自分が失ってしまった、純粋に想った瞳だ。 失ってしまっても、絆は切れないけれど。だけど、羨ましいと思い、嫉妬する心だけは、目を背けることが出来そうになかった。「──そんなもの、当たり前でしょう?」「あら、目が覚めたの?」 もう一人の、“彼女”と対の少女は答えず、言う。「薔薇水晶は、私の恋心から生まれたわ。それは、ジュンが願った想いにだって負けないくらい、綺麗な想いよ。 ──だから、貴方が、過去と存在しえなかった違う物語の未来に縋り付いたって、どうしようもない。薔薇水晶は、ただただジュンを想っているだけだから」「…………あは」 まったくその通りだ、とアリスは納得する。なら、そう、勝てないのは、しょうがないのかもしれない。「だけどね、雪華綺晶」「…………」 返事をする気はないようだった。かまわず続ける。「だけど──だからこそ私は、この物語で、未来を目指すことにしたの」 ──だって、そのための忘れ物なのだもの。くすくす。 独りぼっちの彼女の話をしよう。 彼女は、生まれてから、たった三度を除いて常に彼と共にあった。言い換えるならば、三度の孤独を味わった。 一度目は、彼と、出会った時。ただ、少女が雨に打たれて泣いていた時。少女が、この物語に生まれた時。 それは、運命だった。運命、だったのだ。誰が決めたのではない。二人は、自然に惹かれあった。 だから、運命は、世界の選択じゃない。偽りの神さまは知らなかったけど。 だって、彼が教えてくれたのだから。【運命】とは、何なのか、と。 ──だけど、今、少女は、独りぼっちだ。 少女は独りで居ることに耐えられない。独りは、死んでしまう。少女は、彼と、彼女が居なければ、こんなにも弱い。 とてもとても恐い神さまに立ち向かえたのだって、二人が居たからだ。二人が居たから、少女は強くなれるのだ。 二度目は、雪華綺晶に存在を譲り渡して、鏡の中に閉じこもった時。しあわせのはなしをした時。 少女は、逃げたのだ。ジュンの想いと、雪華綺晶の想いがわかったから。全て、理解したから。 だから、きっと、鏡の中は、違う物語だったに違いなかった。しあわせは、なかった。 ──そして、三度目。それは、少女しか知らない、孤独の時。 ジュンも知らない。雪華綺晶ですら知らない。誰も知らない、彼女だけの秘密。 これを話す機会はないだろう。少女はずっとそう思っていた。だって、少女は幸せだったから。 だから、今こそ、三度目の孤独の話をしよう。彼女の、愛しい夢と、赦されざる現の話を。【閑話 ─ある四人の少女たち憂鬱─ 】「どう、したらいいのかな」「そんなこと言われても、わかんないですぅ……」「そうね。わからないわ。あんな非常識な、事態なんて」「でも、雪華綺晶は、ううん、あの三人は、何時だって非常識だったわ。……私は、そんな三人が、好きなの」「雛苺……」「ふんっ、そんなの、翠星石だってそうですよ。見ていてムカつきまくりなのを除けば、本当に、見ていて楽しいんですから」「あはは、翠星石の気持ちわかるよ。僕も、実はムカついてたりする」「うわ、何か双子ペアからどす黒くも清らかな笑顔が飛び出してるのかしら!?」「怖いのー」「──ま、悩む必要も、なかったのかな」「そうですね。でも、たぶん、……洒落にならないでしょう」「だけど、私たちは、仲間よ。放ってなんて、おけないかしら」「ええ。真紅だって、助けなきゃいけないの」「うん、わかった。じゃあ、行こう。助けに。僕たちの仲間を、助けに──」 ──誰だって、どうしようもないことがあるのは知ってる。だけど誰もがそれにあがけるわけではない。†【閑話 ─ある一人の少女の憎悪─ 】「──見つけた」 少女は辿り着いた。自分の最愛の人と、最愛の友人と、最も忌み嫌うものが居る場所へ。 ──だから黒衣の天使は歩き出す。 では、薔薇水晶の話をしよう。寂しがりやで、嫉妬深くて、雪華綺晶が大好きで桜田ジュンのこと愛している彼女の話だ。 薔薇水晶の、三度目の孤独の話をするのならば、まず【薔薇水晶とジュン】の物語の話、それも、出会ってすぐの時期について話さなければならない。 その期間は、薔薇水晶とジュンにとって、あまりに甘美な時間で、二人だけの秘密とでも言えばいいのか、二人は、二人の世界に居た。 ジュンは、水銀燈を傷つけることでしか救うことが出来なかったことに嘆いていたし、薔薇水晶は、ジュンが嘆いていることが悲しかった。 これは、その時交わされた約束の話だ。しあわせの約束。……不変の、誓い。∽「私は、ジュンが好き」「僕は、薔薇水晶が好きだ」「だから、しあわせをくれるの?」「違う。二人が二人を好きだから、しあわせが訪れる」「しあわせは、変わらないものなの?」「変わらない。変わらせてなんか、やらない」「ジュンは──」「え?」「それなのに、泣いているの? しあわせなのに、泣いているの?」「────」「うん、ごめん。ごめんなさい、ジュン。わかった。わかったよ。ジュンが、私に、しあわせをくれると言うのなら、私は、ジュンに──」 誓い。生まれたての彼女の、最も純粋な誓いだった。∽ 誓いは、果たされている。一度を除いて、果たされている。 それはもちろん、薔薇水晶の想いの証明であり、そして、やはり、誓いなのだ。決意。変わらぬ意志。 ──さて、それでは、孤独の話をしようか。意志が、たったの一度だけ、崩れた時の話を。 ──この話は、薔薇水晶が気付いただけの話だ。 雪華綺晶が、幸せで幸せで幸せそうであればあるほど、時折ふと、不安を見せるのに気付いたり、水銀燈が、ジュンを見る目がー情愛ではなく、縋るような目だということに、気付いて、そして、 そして──真紅と、ジュンの交わす視線には、決して言葉で表現できない、深い何かがあることに、気付いただけ。 あまりにも自然だから、判っていなかった。後に、アリスという少女が伝えるように、二人には、絆があったのだ。薔薇水晶でさえ、中々気付くことの出来ない強い絆が。 薔薇水晶は、どうしたらいいかわからなくなった。別に、どうする必要もなかったはずなのだけど、どうにかしなければいけないという直感が働いた。 水銀燈の時でさえ不安になっただけだったのに、【真紅とジュン】のことを思うと、胸が壊れてしまいそうだった。 ──そして、その夜、夢を見た。とても美しい、絆の、夢を。 多く語ることはない。ただ、絶対に切れない絆を見ただけだ。薔薇水晶は、そういうものを、“視る”ことが出来たから。 そして、意志は、ただの一度も破られたことのない誓いは、壊れた。 その翌朝、目が覚めて、ジュンを強く抱きしめた。泣きながら抱きしめて、それでもなお、身体の震えは止まらず、ジュンと、雪華綺晶に慰められ続けた。 それだけ。薔薇水晶が、しあわせなしあわせな薔薇水晶が、孤独を感じ、震えて泣き出してしまうほどの絆が存在していた、という話。† つまるところ──アリスの天敵が、薔薇水晶であるのならば、薔薇水晶の天敵もまた、真紅という少女なのだ。 絆と、しあわせ。二人はそれぞれ、ジュンと確かに繋がっていて、だから、判る。 この物語の、王子様のことを。† ジュンは目を覚ました。「──おはよう、ジュン」 にっこりと、魅力的な笑顔を見せる彼女は、まるでお姫様みたいだな、と思った。
【そして、だから、彼女は】「──お父様、居るんでしょう?」 薔薇水晶は、槐の家に来ていた。彼女は、知っていたから。槐が、あちら側に居たことを。「……隠していた、つもりだったんだが」 槐が現れる。とても、つらそうな顔だった。「そんなのは、どっちでもいいの。お父様はお父様だし、お父様の愛情を疑ったことはないよ」「嬉しいことを言ってくれる。──これで、あのクソガキのためにここに来たんじゃなければ、万々歳なんだが」「教えて」 薔薇水晶は、ただ簡潔に言う。「ジュンの居るところの、攻略方法。ジュンの居る場所なら、判るから」「攻略方法って──いいか、薔薇水晶。これは、そういう次元の話ではない。普通の女の子には、無理な話なんだ」 諭すように、槐は言う。槐は知っていたから。完璧な少女の圧倒を。 だけど、それでも、薔薇水晶は、揺るがなかった。「そんなのは、関係ない」 確かに、すごい絆だと思った。ジュンが盗られてしまうんじゃないかと怖くて怖くて仕方がなかった。 だけどそれは違う。それは、違ったのだ。瞳を閉じただけで視える。自分と、ジュンの繋がり。 そう。決して、繋がりは、途絶えたけとなど、ない。自分とジュンは一つだと、胸をはって言える。「それに──」 そう、それに、だ。「──私、めちゃくちゃ嫉妬深いんだよ、お父様? ジュンが他の女の子と居るだけで、狂ってしまいそうなほどに、ね?」 それは、とても強い意志(ちかい)の宿る言葉だった。だからもう、槐の答えは決まっていた。「……判ったよ。あのクソガキはどうでもいいが、マイスイート雪華綺晶を助けて来てくれ」 薔薇水晶は、笑顔で答えた。∽ さあ、神さまが世界を壊すなら、私たちで世界を作ろう。──泣いている女の子は、誰だってしあわせを手にできる。
壊れることについて。そもそも、人間が壊れるというのは、どんな意味を持つのか。 それは、物理的な破壊か、それとも、精神的な破壊か。はたまた、抽象で語るべき破壊なのか。 では、水銀燈という少女について観察し、考察してみよう。彼女は、この物語において、少し特殊な立場にある。 彼女は、“本当のこと”を知っているし、桜田ジュンともとても近い。また、薔薇水晶に姉と呼ばれるし、雪華綺晶がジュンに近づくと過剰に反応する。 そして、何より、彼女は、真紅と、一番仲が、いい。 別に、意図したわけではなかったのだろう。アリスとなった彼女は、心のどこかで罪悪を未だに感じていたのかもしれない。 夢でうなされ現でうなされ、アリスはそれだけ姉妹であるところの水銀燈が大事だった。 仲がいいのか、と聞かれれば、そうではない。だけど、そういう問題でもない。嫌いでも、大事なものはある。アリスが水銀燈を嫌いかどうかは別として。 だから、だから、アリスはこっそり教えてしまったのだ。本当のこと。【雪華綺晶】のことを。登場人物が、知る必要の無いことを。 でもそれは禁忌。世界の根幹は、それだけで壊れる。アリスは、真実を甘く見ていた。真実は、それだけであらゆる上位に来る。神様だって、真実を覆すことは出来ない。真実を倒せるのは、嘘だけだ。 ……ああ、話がそれてしまった。話を戻さなくては。 じゃあ、水銀燈は、何で壊れたのか。そもそも、壊れる必要が出来たのは、どこにあったのか。 省みるに、それは真紅のせいだった。真紅が、日常を破壊していたのだ。既に。ジュンと、普通の再会を果たして、結ばれた時に、破壊された。絶望した、と置き換えてもいい。 そのままだったら、別ベクトルの結末が待ちうけていた。だけど、そうはならない。水銀燈は、ジュンと一つになろうとして、真紅を守ろうとする。 それは、何故か。簡単。本来の物語を良しとしない神さまが居たから。 神さまは、そうやって、水銀燈を、助けたのだ――。‡「ああ、水銀燈が、来たわ」 アリスは歌う。「大丈夫。私が行くわ。え? 何でって、ほら。私は、ずっと待っていたんだもの」 アリスは歌う。「――だって、水銀燈は、必要でしょう? 貴方に」 アリスは、歌う。笑いながら。 歩く。そこは監獄だった。窓の一つも無い。白い壁白い床白い天井。真っ白で塗りつぶされた監獄。 ふと、自分がどこに居るのかわからなくなってしまいそうだ。完全な白の世界。それは、地獄とか、天国とかと、何の違いがあるのだろうか。 つまり、異常なのだ。存在するものの、精神を乱す。しかも、その異常は美しさを持っているから性質が悪い。「私には、関係ないけど」 精神はとっくに壊れている。壊されている。真紅とジュンに助けてもらったから、壊れていたって、もう大丈夫だけど。 それよりも、おかしい。この空間は、廊下しかないのだろうか。先ほどから長い間歩いている気がするが、部屋の一つも見当たらない。いや、ドアがないのだ。 そのくせ、道は一本道だ。まるで、余計な寄り道はするなとでも言わんばかりに。「……案外、そう言っているのかしらねぇ」 せっかく色々と用意してきたのに、その用意が無駄になってしまいそうだ。 といっても、水銀燈が用意したものは物騒なものばかりだったから、無駄になった方がよかったのかもしれなかった。 彼女は、“こういう”事態が予測できていたから、備えた。いつ何時、どんな時だって、自分の大切な者を守れるように。 水銀燈は、確かに普通の女の子だった。だけど、別に普通の女の子が何も出来ないわけではないのだ。 剣を持てば、相手を斬る事が出来る。銃を持てば、相手を撃つことが出来る。慈愛を持てば、相手を癒すことができる。 故に、水銀燈は、決して無力な女の子ではなかった。 ――だからその時、一歩を踏み出そうとした、その時、彼女は、気づくことが、出来た。「…………ッ」 飛びのく。直感がした。今、一歩を踏み出そうとすれば、嫌なことが起きる。進めば、もう戻れない。 水銀燈は、剣を構える。何故かは知らないが、一番しっくりくるのだ。後は、黒い翼でもあればいいのだが、と思う。何故かは、やっぱりわからないけれど。「…………」 極度の緊張状態。得体が知れない。一瞬でも気を抜けば、“連れて”行かれそうだった。「――そこ!」 何もないはずの虚空に剣を振るう。一閃。そして、何かが、崩れ落ちる音がする。「…………え?」 水銀燈は、目を瞠る。何だ。何が、起きた? 今、何を、自分は、見ている?「あら、水銀燈。こんなところで、何をやっているの?」 ――忘れ物はありませんか? 何故か、そんな声が水銀燈には聞こえた。
実験は失敗。彼女は嘆息した。まだ、固定できていないんだろうか。慣れるまでに時間がかかる。 もっとも、原因としては、自分があまりにかけ離れすぎているからなのだろうか。多分、そうなんだろう。 それを自覚するために心が痛むが、かまわない。心が痛むのならば、彼に癒してもらおう。彼の傍に居るだけで、自分は【幸せ】になれる。「ねえ、ジュン。――抱っこして頂戴」 とにかく、甘えよう。うん。それが、いい。‡【雪華綺晶】 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ――うん。わかったよ。ジュン。‡ そして、八人の少女が集う時が来る。
真っ白な嘘が真っ黒な現実に塗りつぶされる。
携帯のベルが鳴る。音が鳴る。夢が鳴る。「ああ、貴方はそれでも私に気づこうとしないのね」嘆く言葉は水に消える。吸い込まれる。空気圧を上げよう。温度も上げよう。だけど熱は逃がさずに。「私は貴方が好きなんです。いつ好きになったかはわかりません。私は彼女に嫉妬します。私は彼女たちに嫉妬します。だけど私は私に嫉妬します」月が踊る。星は気にしなかった。だけど雲は隠してくれた。だから月明かりも星明りも太陽に置いていかれた。「世界の扉は一つでした。私が全部壊してしまったの。ねえ、大変。あふれ出る零れ出る想いは、どこに映せばいいのかしら」無駄話を妖精がする。妖精の言語はバラバラで世界のカケラを繋ぎ合わせてもきっと通じない。通じ合うことなんて、幻のような奇跡のような、結局は嘘。「ああ、だけどだけど、貴方は忘れ物をしたわ。忘れ物をしてしまったのね。可哀想。可哀想な貴方。忘れ物をして、私のことをお忘れになったの?」少女が泣く。泣いて泣いて、求めて求める。凪の中で風が生まれる。神さまの中で夢が終わる。現実の中で物語が始まる。「忘れ物。……ね、だから、あは、ねえ、貴方?」 ――だから、この話は、ほんの少しを残して、おしまい。「――忘れ物、見つかりました?」 ……忘れ物、わーすれた。
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