ちょっと幸せなエピローグ
これでこのお話はおしまい。私とジュンのお話はおしまい。でもね、もう少しだけ、お話を続けて良い?私とジュンのほんの少しの幸せのお話。もう少しだけ、続けさせてください。
~ちょっと幸せなエピローグ~
夏休みも一ヶ月半ほど過ぎ、今は9月上旬。夏の暑さはいまだ衰えず、うだるような日差しが僕を照りつける。「あぢぃ……」手うちわをしながら、陽炎の立ち昇るアスファルトの道路を行く。蝉の鳴き声はまだやまない。ミンミンとけたたましく鳴きやがるこん畜生が静かにしてくれるのはいつの日だろうか。と、気付けば目的地はすぐ目の前。小洒落たアパートの二階が僕の目的地。そこへ至る階段、新しく塗り替えられたペンキは目に優しい色。ライトブラウンは落ち着いた外観と相まって成る程といったところ。軽い金属音を規則正しく鳴らしながら僕は階段を昇る。昇りきれば目的地はすぐ目の前。表札のかかった扉の前に立つ。木製の表札はなかなかにセンスの良い物なのだが、これを選んだのはおそらくアイツなのだろう。その表札に書かれている名前を見たら、そうとしか思えない。っと、いかんいかん、そんな事よりだ。僕は備え付けられたチャイムを鳴らす。数秒の間、ドアの奥からドタドタと足音が鳴り響く。そして、ドタン、と大きな音。「こけたな」
苦笑してしまう、きっと今の顔は緩みきってしまってる。ああ、ダメだダメだ。こんな顔してたら彼女がどんな事言うか。きっと顔を真っ赤にして、目を潤ませてヘソを曲げてしまう。鍵の開く音、僕は必死で笑いそうになるのを堪える。「その………ジュン?」ぎぃ、と扉の隙間から彼女の顔が見えた。顔を真っ赤にして目を潤ませた彼女が。ああ、もう仕方ない奴だな。僕はドアを開け放って、「きゃんっ……!」彼女を抱き締める。「あ……あの、ジュン?」「ばーか」「ふにゅっ……」変な泣き声だ。でも、愛しくてしょうがない。「痛かったんだろ?ん?」「ふにぃ……」何も言わず薔薇水晶は僕の背に腕を回す。「うん、痛い……」「どうして欲しい?」僕は彼女の要求を待つ。
じらしてると、おずおずと彼女の顔が上を向いて。鼻の頭を少し赤くして、頬を桃色に染めて。そして、満面の笑顔で
「ぎゅっ、してっ♪」
ああ、まったく。僕は何だか背中がむず痒くて彼女の頭を撫でる。彼女はイヤイヤしながらも嬉しそうに受け入れる。「ったく、甘えん坊めが」「甘えん坊だもん。言ったよ?」「はいはい」僕はそのまま彼女を思い切り抱き締める。「えへへぇ……」すりすりと、猫がするように僕の胸に顔をおしつける薔薇水晶。「今日はお泊りだよね?」「ああ、今日もな」「えへへぇ……いっぱい、ラブラブしたいなぁ?」「はいはい」僕は照れ隠しにぶっきらぼうに言う。「あのね、表札をねぇ――」「言わんで宜しい」「えぇ~……」
そう、言う必要なんてない。だって、僕と彼女は前よりずっと一緒なのだから。あの時みたいに離れることなんてないのだから。彼女の部屋には僕と彼女の歯ブラシ。彼女の部屋には僕と彼女の写真。彼女の部屋には僕と彼女の着替え。彼女の部屋には僕と彼女の思い出。そして、「と言うかアレはやり過ぎだ。恥ずかしいでしょ」「それは、その、銀ちゃんに言われてやってみたくなりまして……」「人の言う事を間に受けないの」「むぅ~……」「むぅ~、じゃない。膨れない」「でもでも……ジュンとの思い出作りしたかったんだい……」そう言われたら、弱い。「……それじゃ、まあ、今日くらいは、良いけど」「やたっ!」「でもだから―――って、うわっ!」抱き締められ、僕は部屋の中に押し倒される。閉じられるドア、そこにかかる表札。そこに書かれた名前、それは
桜田ジュン桜田薔薇水晶
僕ときみの、名前
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