『きみとぼくと、えがおのオレンジ』~第10話~
僕は薔薇水晶を呼び出した。そこは、初めて彼女に告白された日の集合場所。駅前の時計下。彼女はそこにいてくれていた。本当だったら断ってもおかしくないのに。「ジュン……」「一緒に、来てほしいんだ」「あ……」僕は彼女の手を取る。歩き出す、彼女と並んで。薔薇水晶は何も言わずついて来てくれた。何も言わずただひたすら、僕は目的の場所へ向かう。彼女の温もりが握った手から伝わる。こんなに暖かいのに、僕は気づかなかったんだ。彼女は僕を好いてくれて握ってくれてたんだ。それを考えるだけで胸が痛い。自分の愚かさに胸をむしりたくなる。だけどそれよりも、僕は今しないといけない事があるんだ。
それは2回目のデート、僕は彼女と観覧車に乗った。デパートの中に出来た風変わりな観覧車だったけど。けど、あの時の彼女の顔を僕は覚えていた。どうして覚えていたのか。それは、きっと、彼女が、本当に好きだったからだ。心の何処かで彼女と距離をとろうとしてたけど、無理だったんだ。彼女と向き合うことを恐れていたけど、それでも向き合いたかったんだ。あの、嬉しそうな、子供のような無邪気な笑みを見逃せなかったんだ。あの、屈託のない、僕といる事を喜んでくれた笑顔が離れなかったんだ。だから、あの、心の底からの嬉しそうな瞳を忘れられなかったんだ。全てを告げる場所、それは別に何処でも良かった。けど、僕はそこにしたかった。彼女の本当を垣間見た場所で僕は本当を告げたかった。それに、今の時間だったら。空を見上げる。そこは夕空、後50分もしたら日が落ちる。だから急がないと。二人で人ごみを掻き分けて、目的地へ。周りを見る。10人ほど並んでいる。間に合うだろうか。
二人で何も言わず無言で並んで。周りの男女の姿は何も目に入らず。ただ、彼女の手の温もりを確かめて。残り35分。僕らの番が来た。「ジュン……?」「乗って欲しい……」微かなためらい、だけどコクリとうなずく薔薇水晶。二人を乗せて、空へ観覧車が動き出す。僕は向き合う、彼女と。それは閉じた函を開く事だ。とても難解な仕事だ。だけど、今ならできる。「薔薇水晶」「……何?」ゆっくりと深呼吸、そして、告げる、真実を。「好きだ」まっすぐ、惑いを振り切り。「……うそだよ」「嘘じゃない、本当だ」「でも」「僕は向き合えなかった。怖かった。薔薇水晶と向かい合って、 本当に薔薇水晶が僕を好きなのかどうかを知るのが怖かった」
「………」「僕は昔、ある女子に告白したんだ。だけどさ……」一回言葉を切る、あの出来事をちゃんと話せるように。噛み締める、脳裏に走る、あの原風景。「それを全校に知られた。手紙を使ってだったからさ……それを張り出された。 最悪さ、僕は学校に行かなくなった。そして恋をするのが怖くなった。 でも、でもさ……僕は薔薇水晶が好きになったんだ」止める事が出来ない。もっと、ちゃんと話せるのに。「だからさ、好きになっても言えなかった。きっと嫌われるんじゃないかって。 それで、また、あの時見たいになるんじゃないかって!だから……だからさ 僕はお前に向き合えなくて、それで、自分の気持ちが嘘だって思い込もうとして。 それで……それ――!」僕はそれ以上言葉を繋げられなかった。僕は薔薇水晶に抱きしめられていた。頭を胸に抱えられていた。「えへへ……もう、良いよ。ジュンも……だったんだね。そう……だったんだ。 だから……好きになっちゃったんだね。へへ、不思議……だなぁ」「……」「アタシね……銀ちゃんをね、好きだった子に恋をしたの。それでね…… 変なのに、こんなに変な子なのにね……告白しちゃった」震えていた。その声は、震えきっていて、泣きそうで。彼女もまた、僕と同じで。
「分かってたんだよ?オタクだもん……嫌われるって、変な子だって……。 でもね、好きだった気持ち……抑えられなくて、それで、そしたら……!」僕を抱きしめる力が強くなる。「言われたんだ……キモイ、変人、消えろ、って。それで、イジメられちゃった。 机に落書きされて、本を破られて、ゴミをいれられて……他にも色々。 でね、アタシね……気づいたら目が見えなくなってた。精神的なものだって。 イジメられたせいだって……だから……眼帯をしてるの、今も。 それでね……銀ちゃん怒ったんだ。御父様もおねえちゃんも……みんな」暖かいものが僕の頬を伝う。それは薔薇水晶の涙。「イジメはなくなったけど……けど、アタシの目は治らなかったんだ。 だからね、御父様にも、銀ちゃんにも、お姉ちゃんにも迷惑……かけた。 苦しかった……つらかった!!恋なんかしないって……二次元だけでいいって! でも……でも、好きになっちゃった……ジュン、好きになっちゃった……。 怖くて……でも、銀ちゃんのおかげで……告白できてでもそれは私のせいで。 それで………銀ちゃんに悪くて……でも、ジュンが好きで……辛かった」僕は、力なく僕を抱きしめる薔薇水晶の腕を解いて、「ジュン?あっ……!」逆に抱きしめた。この行為がお互いの傷を舐めあうだけだと言われたって良い。僕は、薔薇水晶が愛しくて仕方なかった。彼女を抱きしめたくてしょうがなかった。なぜなら、僕は、彼女を、好きになったから。なぜなら、僕と、彼女は、同じだったから。
「幸せになろう」「え……?」「いっぱい、幸せになろう。最初は間違えたけど、今から始めよう。 恋で傷ついたからさ、辛かった分、恋で幸せになるんだ」「……どうやって?」「甘えあって、キスしあって、抱きしめあって、一緒の時間を過ごして 今を一生懸命好きになりあう」腕に力がこめられて、「アタシ、ものすごい甘えん坊……」「構うか」「ジュンが思う以上にオタクだし……変」「そんなの障害にならない」「きっとジェラシー妬きまくる」「最高だ」もっと、腕が、僕を離すまいと、「浮気は許さないよ?」「しない。薔薇水晶を悲しませる事はしない」「エッチなことするんだよ?」「恋人同士だからな」「……アタシで、良いの?」そして、彼女は僕を見上げる。「薔薇水晶だから、良いんだ」「ジュン……ん」「……ん」
それは宵闇が訪れるほんの一瞬前、オレンジとダークブルーが入れ替わるほんの一瞬だった。彼女の笑顔はオレンジ色で、涙もオレンジ色。僕の顔はオレンジ色で、観覧車の中もオレンジ色。全てがオレンジに染められた夕暮れだった。
お互いの身体を抱きしめあい、手を重ね
お互いの体温を感じあい それは契約のようで、それは契約で
函を閉じていた二人で
開いた二人
僕らはキスをした
「ん……あ、ふぁ」「……ん」どれだけの間キスをしていたのか、観覧車は天辺まで。唇が名残惜しげに離れる。気づけば夕焼けは地平線に落ちるところ。僕と薔薇水晶はその光景を一緒に、肩を抱き合って見ていた。「ジュン……」「ん?」「好き……だよ」「ああ、僕もだ」「今度は本当……だよ、ね?嘘、じゃないよね?」「ああ、嘘じゃない、本気だ」薔薇水晶が僕の顔を見上げる。その目は何かに縋るようで、でも、それだけじゃなくて。互いの手を取り合い、互いを支えあい、互いを癒し、互いを許す。そんな綺麗なものでできていた。「じゃあね……ずっと、一緒だよ?」「ずっと……?」「ずっと……このまま、一緒」「ああ……一緒だ」手を握り合う。指を絡め、離れないように。どちらからともなく、そして、僕らはまたキスをする。
閉じた函は開かれて、僕らは一つになった。それは、とても優しい時間で、満たされていて。お互いの心と身体を共有しあった時間で。目を覚ますと彼女は僕の隣で静かに眠っていた。眼帯を外した彼女の寝顔はとても安らかで、僕は彼女を抱きしめる。起こさないように、壊れないように、優しく。「ん……ぁ」ゆっくりと彼女の瞼が開く。両の瞳で、彼女は僕を見ていた。僕を見とめ、微笑んだ。僕も微笑む。「えへへぇ……おはよ」「おはよう、薔薇水晶」顔にかかった髪の毛を払いながら僕は。「ん……」キスをする。「ふにぃ……なんか、しあわせ」また、微笑む。生まれたままの姿、僕らはまた抱きしめあう。差し込む夏の日差し、それは僕たちを祝福していた。
こうして、僕たちの物語は終わり、また始まる
きみとぼくと、えがおのオレンジ ―fine―
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