『きみとぼくと、えがおのオレンジ』~第9話~
薔薇水晶と別れて、僕はまた、独り。だけど付き合いは変わらない、ベジータや笹塚とは普通に遊んでいる。水銀燈も変わりなく付き合いに参加する。ただ、変わったのは僕と薔薇水晶が恋人でなくなっただけ。それだけ。だけど僕は大きなものを失った。付き合いの中に彼女はいるのに遠く離れて手が届かない。僕は間違えていた。とても償いきれない大きな間違いだ。それは彼女に言われて初めて気づいた僕の間違い。
僕は彼女に心を開いていなかった
どんなときも僕は彼女に心を開いていなかった。好きだと分かっているのに、恐れて、踏み込まなかった。彼女の真意を聞くのを恐れた。嫌われるのが怖かった。それだけで、僕は彼女に近寄るのを拒否した。なんと、愚か。
夏休みが来た。付き合いが減り、自分の馬鹿さ加減にあきれ返った僕は悩み続け、自堕落な生活を送っていた。バイト以外は外に出る気がしなかった。姉と一緒に住んでるので家事をしないとまではいかなかったがそれでも、それ以外は極力部屋を出なかった。俗に言う引きこもり一歩手前、メールを返す頻度も減った。笹塚もベジータも水銀燈もメール回数が減った。薔薇水晶とは、アレ以来一度も。誰とも会いたいとも思ってなかったので丁度良かった。それが変わる。夏休みに入って3週間ほど、僕は笹塚とベジータに呼び出された。突然だったが、しかしバイト以外にする事のない僕だ。大人しくその呼び出しに答えた。場所は予備校時代に良く行ったカフェ。集合時間に間に合うように行けば既に二人はそこに。カウンター席に腰掛け、ぼけーっと雑談していた。僕が来たのに気づいて手を振る。「よぉ」「おっす」いつも通りの挨拶になぜか心が揺らいだ。久々に会えたからだと思う。
「んで、どうしたんだよ」僕は二人が座ってる席の横に腰掛ける、平穏を装って。「遊ぶにしてもこんな暑い中何処に行こうってんだ?」「ん、まぁ」「それもそうだがな」歯切れの悪い回答だ。「なんだよ、ダチ同士で隠しあうことでもあるのか?」ニヤニヤと冗談めかして言う。僕らの付き合いでは冗談とギャグと下ネタが大半だ。しかし、そんないつもの付き合いをしてるのに二人の態度は不自然なまま。流石に何があったのか気になる。「桜田」ベジータが僕を見据えていた。それはいつもの冗談を言い合うときの顔じゃない。それは笹塚も同じだった。ベジータの顔が険しくなる。「お前さ、平気か?」心臓が高鳴る。「何がだよ」言葉が震えていた。「分かってんだろ?僕らがどういう話をしてるのか」逡巡、息を止め、ゆっくりと言葉を放つ。「……薔薇水晶」「そうだ」
3人で並びあい、視線は外に。真面目な話をするときは、いつも、こう。「別れたんだってな」「ああ」「理由はやっぱアレかい?」『アレ』、それは中学時代一緒だった笹塚だけが知っている事。「………かもしれない」「一応、オレも聞かせてもらった」「話そうかどうか悩んだんだけどさ、でも今のジュンが見てられなくて」そんなに酷いのだろうか、今の僕。「ま、薔薇嬢との事だがな。お前、本当にこれで良いのか」ガラスの向こうの雑踏を眺めながらベジータはつぶやく。「………」答えることが出来ない。「悩んでいるのは分かる。だがな、過去は過去だ。今も同じ事になるかは オレにも、お前にも、誰にも分からないんだ。それに彼女たちが そんな人間に見えるか?俺には絶対見えない。だからだ……そのだな」「要はさ、素直になっちゃえって事。ジュンがさ『アレ』のせいで恋愛すんのが 怖いのは知ってるよ。だけどさ、そのままでいてるなんて馬鹿みたいじゃん。 それに僕も水銀燈や薔薇水晶さんがあんな事をするタイプには万が一にも 見えないね。見える奴がいたらソイツは阿呆だ。 おまけに恋愛なんて僕とベジータは何度も撃墜されてる。そう思えば、な?」繋ぐように笹塚の言葉。
「ああ、オレはこの前も蒼嬢にアタックして、だな。はは……あはは」「こっぴどくやられたんだ。確かにジュンみたいな目にはあってないけどさ。 でもさ、こうやって恋愛するのって大事だぜ?薔薇水晶さんの事 今でも好きなんだろ?そうでなきゃ、そんなにやつれないよ、ジュン」「やつれてるのか、僕?」僕は自分の顔に手をやる。あまりそうは思えないが。「ああ、かなり酷い。この前もかなり酷かったが」「……何時ごろ?」「テスト期間の最中。少なくともあんなやつれ方テストじゃできない」「………はは」情けない限りだ。どうして、僕はこんなにも情けないのか。情けないっぷりをずっと引きずって、引きずり続けていて。しかも、この二人はそんな僕を心配してくれていて。ああ、畜生、どうしてコイツらはこんなに良い奴なんだ。今の僕にはとても、眩しすぎて。過去を知っていてくれてるから、もう、自分で理由が分かってるから。発した言葉は少ないのに、だけどその言葉の意味は分かっているから。だから、余計に。「まだ、未練たらたらじゃないの?」「………ああ」「好きなんだろ」「ああ」「どうしたい?」「……やり直したい」
「だったらさ、やり直しちゃえよ。あっちから告白してくれたんだろ? 望みはまだ絶たれていないと思うよ?」「お前は悩みすぎだ。しかも独りでうじうじとだ。良いか、俺達はダチだ。 もし駄目だったのならここで俺達が慰めてやる、酒を片手にだ。 もし上手くいけば、そのままいっちまえ。ヤれるところまで突っ切れ」「は?」「ベジータ、下ネタをいきなり言うんじゃないよ。洒落になってないっての」「ふん、僻みだ。こいつだけ彼女が出来るんだからな!!オレはな…… オレなんかな……夏休みなのに……まだ一人も……くっ!!」「泣くんだベジータ僕の胸で。僕も似たような感じだから……」「あ……はは」何だかおかしかった。そうだ、何を悩んでいたと言うんだ僕は。この二人を見ていて、何だか自分がバカらしく思えてしまった。ふっきれてしまった。あの時と真っ直ぐ向き合うことは怖い事だ。だけど、それは、些細な事じゃないか。今はあの時と同じじゃないんだ。心の隅でアレはまだ燻ってるけど、けど、アレは薔薇水晶にできることか?いや、できるはずがない。アイツは、そんな奴じゃなくて、不器用で。思い出してみれば、アイツはまっすぐで、可愛らしい奴だったじゃないか。僕だけを見つめていてくれてたじゃないか。僕の傍でずっと手を繋ごうとしてくれていたじゃないか。それなのに僕は何を見ていたんだ?ああ、まったく。
僕は大馬鹿だ
「悪かった、笹塚、ベジータ」僕は席を離れる。「行くのかい?」「ああ」「そっか」瞳だけを向けて微笑む笹塚。「薔薇水晶にもう一度会ってくる。今度は真っ直ぐに向き合うよ」心が軽い。「ま、オレはできれば破局して欲しいところだ」ニヤリと嗤うベジータの顔。「ならねーよ、絶対」僕も笑い返す。身体が軽い。「まあ、後で事後報告してくれよ。成功したら奢ってくれ」「ああ」「できれば、昼飯でよろしく~」「ああ」僕は出口に向かう。そして、二人に手を振る。「それじゃ、行ってくる。あと……」「「ん?」」僕はゆっくりと深呼吸する、大切な言葉を伝えるために。これからへの一歩にするために。うん、よし。
「ありがとう」
二人が微笑む。それはとても心を優しくする笑みだ。それに勇気付けられ僕は外に出る。空はもうすぐ傾く、ならば時間はあまりない。
さあ、行くとしようか、彼女と向き合うために
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